異世界転生チートマニュアル

小林誉

第112話 消極的な戦い

三メートル近くの身長を持つゴーレムが持つのは、この決戦のために用意された特別製の盾だ。銃と言う正体不明の攻撃は近距離だと騎士の鎧すら貫通してくる威力を持っている。ならどうすれば良いのかという課題に対して、デール王国軍が出した答えは、装甲の厚みを増す事だった。


鉄のプレートを何枚も合わせて作った即席の盾は厚さ十センチはあるだろう。ゴーレムに持たせるだけなので、デザインは最初から放棄されているらしく、鉄の板に持ち手がくっついているだけのシンプルなものだ。人間なら持ち上げる事すら出来ないであろうその大盾を、人ならざるゴーレムは軽々と持ち上げて前進していく。


デール王国軍はそのゴーレムで敵の攻撃を防ぎつつ、城壁に取り付く算段だった。しかしそんな考えが甘かったと、彼等は即座に思い知らされる事になる。日ノ本公国軍の攻撃が始まった途端、味方の兵士を全て隠すように配置されていたゴーレムは盾ごと吹き飛ばされ、後方で破城槌を運んでいた兵士も同様に肉塊へと変えられてしまったのだ。


「な、何だ今のは!?」
「攻撃なのか!?」


動揺する暇もあればこそ、城壁に備えられたカノン砲からの砲撃は途切れる事なく続いていて、焦って逃げようとする兵士をズタズタに引き裂いていく。軍団長が一時後退を命じて下がらせようとした先鋒は、多くの死傷者を出しながらなんとか生還したのだった。


「どうしたものか……。破城槌がなければ城門を破壊する事も出来んし、それらを守ろうにもこちらの攻撃はまるで届かん。正攻法では無理だな。お前達も何か意見はないか?」


軍団長がそう問いかけても、彼の部下達は目線を下げるだけだ。戦闘前はあれ程敵を侮っていたというのに、近づく事すら出来ずに兵を失っては、流石の好戦的な彼等も意気消沈していた。自分達が如何に危険な敵と戦っているのか今更ながら実感したのだ。


「やはり何も無いか……。まぁ、この場で思いつくような手なら、今まで誰かが実行しているだろうしな……」


軍団長はそうため息を吐く。本来なら撤退したいところだ。数はともかく、兵器の性能に差がありすぎて戦いにならないため、対抗策を考えてから戦うのが普通だろう。しかしフラン自らが出陣し、尚且つ全軍の先方を任されている彼の立場からして、撤退するわけにはいかないのだ。


「なら……散発的な攻撃を仕掛けるしかないか。何も我々だけが痛い目を見る必要はあるまい。他の軍団やフラン様がご到着なされるまで、せいぜいゆっくりさせてもらおう」


ひょっとして、この時彼が犠牲を恐れず攻撃を続けていれば、後の結果は変わっていたかも知れない。強力な武器を持っていても日ノ本公国軍は少数だ。戦えば疲労するし、腹も減れば睡眠も取らなければならない。数に任せて戦い続ければ弾も尽き、体力の限界に来た兵士は戦えなくなっただろう。しかし軍団長が下したこの結論のおかげで、日ノ本公国軍は休息と弾薬の補給を行う時間の猶予を与えられた。


デール王国軍が公都を包囲していると言っても、彼等が地形の全てを把握しているわけではないので、当然抜け穴が存在する。そのいくつかある抜け穴を使う事で、ファング隊から離脱した魔法使いとその護衛達は、難なく鹿児島に帰還する事が出来た。彼女達魔法使いが加わる事で、鹿児島の守りは更に強固になり、弾薬の節約も可能となったのだ。


初戦から三日が経ち、デール王国軍の第二陣が戦場に到着した。六つある軍団の内二つが到着した事で戦力的には倍になり、籠城する日ノ本公国軍に与えるプレッシャーも増している。睨み合う両軍の戦いは、何も陸だけでは無い。海でも同様に繰り広げられていた。


§ § §


敵の襲撃を警戒していた榛名と妙義の二隻は、鹿児島近くの海域で大規模な敵海軍を発見し、交戦を開始していたのだ。


「ロバーツ提督! 敵の二隻が回り込んできます!」
「取り舵! 装填が間に合わなければバリスタを使え! 左舷カノン砲斉射だ! 敵を近寄らせるな!」


海戦に参加している両海軍の艦艇数は、日ノ本公国が二隻、デール王国が三十隻。三十隻の内三笠型が十隻で、後は漁船を改良した小型艇だ。圧倒的に不利な状況で日ノ本公国軍が何とか持ちこたえているのは、いくつもの海戦を経験したロバーツによる指揮と共に、武器の射程の違いが大きかった。


海戦が始まってから既に三時間が経過している。海原には撃沈された船の残骸や、脱出した乗組員達が漂っているのだが、彼等に救いの手が差し伸べられるのは当分先の事だろう。


デール王国海軍はほとんどの艦艇を撃破され、その戦闘能力のほとんどを失っている。しかし日ノ本公国海軍も無傷というわけにはいかなかった。性能と練度で勝るとは言え数の暴力はいかんともしがたく、破れかぶれで突っ込んでくる敵艦艇からの攻撃によって、まず妙義の速力が大幅に低下した。弱った獲物から叩くのは戦術の基本。これ幸いと妙義に殺到したデール王国海軍だったが、彼等を迎えたのはカノン砲とバリスタ、そしてミニエー銃による弾幕の雨だ。敵からの集中攻撃を受けた妙義のダメージは酷いものだ。帆は焼け落ち、船体には大穴が空き、乗員にも多数の死傷者が出た。榛名からの援護射撃がなければ確実に海の藻屑と消えていただろう。


しかし妙義はギリギリのところで沈む事だけは回避し、戦闘海域からゆっくりと離脱していく。残る一隻となった榛名は仲間の仇討ちとばかりに奮戦し、残る数隻を仕留めるのみとなっていた。


「後方の一隻は動きが止まりました! 左舷の敵は撃沈です! 残りは正面の一隻のみ!」
「聞いての通りだ! 野郎共! 最後まで気を抜くなよ! 面舵いっぱい!」
「了解!」


右に降られる船体は猛烈な遠心力を発揮し、甲板に居る乗員を振り落とそうとする。今日一日だけで数えるのも馬鹿馬鹿しいほど同じ目に遭ってきた乗員は、歯を食いしばってそれに耐える。彼等の目の前には、敵の最後の一隻がバリスタを放とうとしているところだった。


「敵の砲撃来ます!」
「構うな! 撃てー!」


榛名の左舷からいくつもの砲煙が上がり、猛烈な勢いで砲弾が発射される。いくつかの砲弾が飛んできたバリスタの矢と空中衝突して派手に爆発したが、残りは全て敵の船へと吸い込まれていった。直後、敵の船はバラバラにはじけ飛ぶ。いかに大型船舶とは言えしょせんは木造船。カノン砲の直撃を受けて耐えられるはずがないのだ。


「提督、これで敵の海軍は殲滅しました。母港に戻りますか?」


戦いが終わったというのに、ホッとする暇もなく部下から質問されたロバーツは、頭を掻きながら首を振る。


「いや、そんな暇はない。敵の主力が公都に攻め寄せているんだ。我々はこのまま鹿児島に寄港し、補給と整備を行う。場合によっては籠城戦に加わる事になるから準備しておけ!」
「り、了解!」


この状況で悠長に種子島まで戻る余裕など無い。榛名に残されたカノン砲と砲弾はそのまま籠城戦に使えるからだ。傷ついた船体を応急処置で持たせながら、榛名は鹿児島へと急ぐのだった。



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