異世界転生チートマニュアル

小林誉

第109話 エルヴィンの作戦

「……私の首?」
「さようです陛下。貴女が前線に出れば、奴等は必ず食いついてくるはずです」
「…………」


自らの主君に対して囮になれと言う、エルヴィンの大胆不敵な提案に、流石のフランも二の句が継げなかった。エルヴィンはそんな彼女にニヤリと笑ってみせる。


「……具体的にはどのような?」
「はい。では僭越ながら、私が考案した作戦案を説明させていただきます」


エルヴィンが説明した作戦案――それは作戦とも言えないような、あまりに無謀な行動計画だった。現在本格的な交戦を避けているため、デール王国軍は数の上で日ノ本公国軍を圧倒している。彼の作戦とはこの数の差を利用したものだった。


日ノ本公国軍の新兵器であるカノン砲や銃、そしてゴーレム爆弾は確かに驚異だが、最大の弱点は数の少なさにある。彼等は長射程を利用してアウトレンジからの一方的な攻撃以外、今の所戦おうともしていない。つまりそれには理由があるとエルヴィンは踏んだのだ。敵地に乗り込んだというのに要塞を造り、亀のように閉じ籠もって動かない――それは逆に考えると、動きたくても動けないのではないか? と、エルヴィンは考えた。


数が少ない上に足が遅い。なら、まともに戦わず、散兵戦術を取れば良い。数に勝るデール王国軍をいくつもの軍団に分け、それぞれが別ルートで日ノ本公国の王都を目指せば良いのだ。敵は数と足という弱点を抱えているために、追撃できても一軍団がせいぜいだろうし、どの軍団が犠牲になるか解らないが、その間他の軍団は被害を無視して王都を目指せばいい。多くの兵が犠牲になる前提の無茶苦茶な作戦だったが、フランはその作戦が唯一の勝機である事を直感で理解していた。


「……確かにそれなら……。それで、私が囮というのは?」
「フラン様には奴等を引き留める足止め部隊を率いていただこうと考えております。全軍が一斉に動き出した時、一番近くに女王率いる手薄の軍があるとなれば、奴等は死に物狂いで襲いかかってくるはずです」


日ノ本公国軍を足止めする部隊は高確率で殲滅させられるだろう。それが解っていながら当然のように囮を提案するエルヴィンに、フランはその美しい顔を引きつらせる。


「それでは……私は殺されてしまうではないですか」
「なにも本当に陛下が居る必要は無いのですよ。偽情報を使えば誤魔化せます。私は剛士に情報を流す約束をしていますから、私の口から陛下が囮の中に居るように見せかけて、実際は別の部隊を指揮していただく……と言うのが最善かと。囮を務める者達には気の毒ですが、他の部隊が敵の補給線を遮断してしまえば、流石に連中も戦い続けるのは不可能でしょう。無力化した敵本体に我々を止められる手段などなく、後は無防備になった王都を攻め落とせば勝ちです」
「…………」


熱の籠もったエルヴィンの説明に、フランはだんだん本当にそれで上手くいくような気がしてきた。現状八方塞がりなのは疑いようのない事実。打開策を打てずに手をこまねいていたフランにとって、無茶ではあるものの、エルヴィンの作戦案は魅力的なものに映った。


「……面白い策ですが、ここで決めてしまうわけにはいきません。決断を下すのは一度他の者と相談してからにします」
「御意。ですが陛下、この作戦案が上手くいった暁には、私の処遇を……」
「もちろん、戦いが勝利に終われば功績に見合った恩賞を与えると約束しましょう。とりあえず、今日は疲れました。下がりなさい」


ため息を吐きながら背もたれに体を預けるフランに一礼して、エルヴィンはフランの私室を後にした。そしてすぐジェラール将軍を呼んで、たった今エルヴィンが提案してきた作戦案を検討するように指示した。無茶な作戦にジェラールも困惑気味だったが、彼はフランの疲れた表情を見ると、口をつぐんで部屋を後にする。


後に残されたのはフラン一人。侍従のセルビーにも部屋に入らぬよう命令した彼女は、ボンヤリと壁に掲げられた地図を眺めて再びため息を吐いた。


「……囮にする兵達の家族には何と言い訳すれば良いのか……。しかしそれぐらい思い切った手を選ばなければ彼等に勝てないのも事実。お互い全力で戦うなら、最初で最後の軍事行動になるでしょうね。そして失敗すれば後はない。戦いが終わって最後に立っているのは私か彼等か……。神のみぞ知ると言ったところでしょうか」


ジェラールに検討を命じたフランだが、彼女の中ではエルヴィンの作戦案を選ぶ事が決まっていた。後は実行に移すのみ。今日三度目のため息を吐くフランの表情は、少しも晴れる事はなかった。





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