異世界転生チートマニュアル

小林誉

第108話 対抗策

「……なんですって?」
「……敵が新兵器を投入してきました。斥候部隊が壊滅です」
「はぁ~……」


長いため息を吐くフランの機嫌は最悪だ。戦況は少しも好転せず、妙な動きをする貴族達の牽制に忙しいこの状況で、また新たな兵器が出現したというのだから、もう怒鳴りつける元気もなくなっている。しかし皮肉な事に、怒りを抑え込めるようになるといつもの冷静沈着なフランが戻ってきた。彼女はとりあえず文句を言いたくなるのをグッと堪え、その新兵器についての情報を得ようとする。


「……それで、どんな武器だったのです?」
「はい。生き残った兵士の説明では、丸くて高速移動する小さな球だったと聞いています。接触した途端爆発し、ゴーレムですら一撃で破壊されたそうです」


フランの優秀な頭脳は敵の新兵器がどんな姿をしているのか頭の中で想像してみる。丸くて高速移動をし、尚且つ接触した途端に爆発する武器――たったそれだけの情報で、彼女はいくつかの対策を思いついていた。


「詳しい話を直接聞きたい。生き残った兵士を連れてきなさい」
「はは! ただちに!」


伝令役の騎士は弾かれたように立ち上がり急ぎ足で謁見の間を退室していく。敵の新兵器によって斥候隊が壊滅したと言う現実に、貴族達に動揺が走る。しかしフランは思考の海に沈んでいるのか、彼等に気を配る様子はない。やがて戻ってきた騎士は一人の兵士を連れていた。その兵士は一生会う機会がないと思っていた女王からの突然の呼び出しに、全身をガチガチに緊張させ、額にはいくつもの脂汗が浮いている。おまけにフランの回りは国の重鎮たる貴族達が固めているのだ。ここで粗相などおこせば、自分はおろか家族にまで咎が及ぶかも知れないのだから、緊張するのも無理のない事だった。


「陛下、生き残りの兵士を連れて参りました」
「ご苦労様。さて、先の戦いで生き残った貴方には、二、三聞きたい事があるのです。敵の新兵器は接触した途端爆発したと報告を受けていますが、それに間違いはありませんか?」


問われた兵士は自分を連れてきた兵士に視線を向ける。女王に直接返答して良いのかどうかを迷ったのだ。フランが統治してからはないのだが、古いしきたりを守る国では、未だに配下が王と直言を交わす事が許されていない国もある。兵士は失礼がないのか目線で騎士に問いかけると、彼は黙って頷いた。それに安心したのか、兵士はやっと口を開く。


「お答えします。ご報告申し上げたとおり、敵の新兵器は接触した途端に爆発しました。ゴーレムや人の区別なく」
「ふむ……。では、障害物に接触した時はどうなりました?」
「障害物……ですか。申し訳ありません陛下。私はあれが障害物に接触した場面を見ておりません。ただ、こちらに近づいてくる途中にあった大きな段差などは、迂回するなりして回避していたのを見ております」


(と言う事は、敵はそれを直接目で見て操っている? ゴーレムにしては動きが機敏すぎるから不自然だし……恐らく既存の魔法体型に、あの大砲と言う武器に近い性質の何かを組み込んでいるはず。厄介だわ……。でも、それならそれで対策は立てられる)


フランは兵士を下がらせ、代わりに軍の責任者であるジェラール将軍に目をやる。


「陛下?」
「ジェラール。敵の新兵器に対抗するため、簡単に設置できる柵を大量に作らせなさい。それだけで敵の新兵器の大部分は防げるはずです。そうですね……弓で飛ばせて、地面に突き刺さる形態が良いでしょう。たとえばこう……」


フランは侍従に紙とペンを持ってこさせ、自分の頭の中で描いていた対処法を絵にしていく。


「飛ばす時は一本の棒状で、衝撃を受けると広がる構造にすれば即席の盾として使えませんか?」


それはまるで一本の傘を半分にしたような形だった。傘に比べると骨組みも少ないし、構造的には単純だ。もともと広がろうとする力のある材質を、紐か何かの切れやすい材質で止めておくのだ。人間の骨格に例えるなら、傘の柄が脊髄で、広がる部分が肋骨だとイメージすると近いかも知れない。広がりきると一枚の板に近くなるため、爆弾ゴーレムと接触する面積が増える事になる。


それを見たジェラールは思わず舌を巻いた。話を聞いただけで対抗策を瞬時に思い浮かべるなど、やはり自分達の主はただ者ではないと。冷静で頭の切れるフランが戻ってきている事に、彼は内心喜んでいた。


「実際に使ってみない事には言い切れませんが、私としては十分対抗策として使えると思います。急いで職人を集め、量産を始めさせます」
「頼みましたよ」


話は終わりと謁見の間を後にしたフランは、私室に戻ってすぐ、セルビーにある男を呼び出させた。呼び出された方はこの事を予想でもしていたのか、時間をかけずに彼女の部屋へと現れた。


「お呼びでしょうか陛下」
「ヴィッツレーベン子爵。首尾はどうです?」


現れたのはヴィッツレーベン子爵ことエルヴィンだ。剛士と交渉を終えた彼は現在デール王国に戻っており、色々と影で動き回っていた。


「上々です。剛士の奴めはこちらの話に乗ってきました。多少警戒はしているでしょうが、餌をちらつかせれば、すぐに食いついてくるはずです」


自信満々にそう言い切るエルヴィンにフランは不安しか感じない。これまで何度も彼女の予想を裏切ってきた剛士だ。またとんでもない罠が隠されているのではないか――と、彼女は疑心暗鬼に近い状態になっている。


「餌をちらつかせると簡単に言いますが、彼等が危険を冒してまで食いつく餌がありますか?」
「あります。彼等が唯一欲してやまない餌。それは陛下、貴女の首です」


エルヴィンの言葉に目を見張るフラン。戦況を打破する起死回生の策か、はたまた滅亡への一本道か。ゴクリと喉を鳴らしたフランは、緊張に身を固くしながらエルヴィンの話に耳を向けた。



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