異世界転生チートマニュアル

小林誉

第97話 未知の兵器

「よく……聞き取れませんでした。……もう一度言いなさい」
「で、ですので……我が軍の先鋒は壊滅いたしました……。その……死傷者は九割近くに登るかと」
「そんな馬鹿なことがあるわけないでしょう!」
「も、申し訳ありません!」


珍しく怒気を露わにするフランに、報告を上げてきた侍従の一人が這いつくばる勢いで頭を下げた。二年もの間訓練に訓練を重ねた兵に新型の兵器を与えて送り出したのだ。負けるはずがない戦いでの敗北――それもほぼ全軍が死傷するという前代未聞の完敗だ。信じがたい報告にフランの唇は興奮で震えていたのだが、怒鳴りつけられた侍従はそれ以上に全身を恐怖で震わせていた。そんな侍従の姿を目にしたフランは、自分が完全に冷静さを欠いていたことを改めて自覚する。


「はぁ――!」


深い深いため息を吐き、目をつむりながら何度か深呼吸して呼吸を整えていく。王は冷静であり続けなければならない。そうでなくては感情任せに判断して、父のような失政を招いてしまう。今の立場になってから何度も何度も自分に言い聞かせてきた言葉を、フランは頭の中で繰り返す。


(一体何がどうなって……!? 数の上では完全にこちらが上回っていたし、兵器の質も遜色ないはずだった。まさか、また何か奇策の類いで……? いえ、流石にあの男でも今回ばかりはどうしようも無かったはず。それが何故……?) 


自分一人の頭で考えても思考が堂々巡りをするだけだ。あまり気の進まないことだが、フランは侍従に詳しい報告を求めた。


「それでは、生き残った兵士長からの報告をさせていただきます。我が軍は特に攻撃や妨害を受けること無く、目標とする福岡の一キロ手前に到着すると、攻撃の準備を開始したそうです。前衛は破城槌と盾、後衛は大型バリスタの組み立てを」


そこまでの報告でおかしな点は少しも無い。ごく一般的な行軍と攻撃準備、ただそれだけだ。フランは頷いて先を促す。


「すると、目の前にあった福岡の市壁が轟音と共に光を放ち、次の瞬間我が軍の兵がなぎ倒されていたそうです」


要領の得ない報告を受け、再びフランの頭に血が上った。


「意味がわかりません! どう話が飛んだらそんな事態になるのですか!? 敵の姿は影も形もなかったのでしょう!?」
「わかりません! そう報告されただけで! 私にも何が何だか……」


再び怒鳴られた侍従は、半泣きで今にも消え入りそうなほど身を小さくしていた。再び自己嫌悪に駆られたフランが頭を振りながら手で立つように指示すると、侍従はおっかなびっくり立ち上がる。


「何か……何か見た者はいないのですか? どんな些細な情報でも良いのです。それだけの攻撃を受けながら手がかりも無いでは、手の打ちようがないではありませんか」
「ええと……敵の武器を見た者は、現在の所確認できていません。ですが……」
「ですが?」


フランの私室に、侍従が鳴らしたゴクリという喉の音が響く。


「攻撃の度に爆発の魔法によく似た音がしたと、生き残った兵が申しております」
「爆発……ですか。魔法による反応は無かったのですよね?」
「はい。魔法による攻撃ではなかったと、全員が口を揃えて言っております。魔力感知の長けた者の話では、個人の魔力や精霊による働きも皆無だったそうです。それと、市壁に穴が空いていたと報告があります」


侍従の話にフランは形の良い眉をひそめる。今の話を聞く限り、手がかりどころかますます訳がわからなくなっただけだ。それでも彼女は数少ない情報から、何とか推理しようと試みる。


(と言う事は、確実に武器による攻撃――それも新兵器によるものだと断言できそうですね。一体どんな……? 遠距離武器なのは間違いない。それでいて大型バリスタより長射程で威力の強い攻撃……。市壁に穴が空いていたと言う事は、恐らくそこから何かを飛ばしたはず。……ああ、もう! せめて武器を見ていれば対策を練ることが出来るというのに……!)


強靱な精神力で動揺を抑え込んだフランだったが、苛立ちは隠しきれていなかった。彼女の指はトントンと忙しく机を叩いたままなのだから。


「……仕方ありません。攻撃は一時中断するよう侵攻軍本隊のジェラールに伝えなさい。このまま闇雲に仕掛けては再び犠牲を増やすだけです。手勢の中から間者を放ち、敵の新兵器が何なのかを突き止めるのが先です」
「承知しました」


逃げるように去って行く侍従の背中を見送りながら、フランはこの状況にどう対処したものか、頭を悩ませていた。


§ § §


「陛下、福岡より連絡がありました。敵の先鋒は壊滅。大半の兵を討ち取る事に成功し、生き残りは逃げ帰ったそうです」
「予定通りだな。さて、フランは次にどう出るかな?」


敵に壊滅的な被害を与えて勝利したというのに、CICの誰一人として喜びに声を上げることは無い。彼等――あるいは彼女達はどんな状況でも冷静に、私見を入れる余地も無く、情報を正確に伝える訓練を受けている。たとえ味方が勝とうが負けようが、自分の仕事を淡々とこなすだけだ。


「ファング将軍にはこのまま追撃を命じますか?」
「そうしたいところだが、ファング隊は足が遅い。連中には少しデール王国側に侵入させて、適当なところで次の作戦に移るよう命じろ。ロバーツの方はどうなってる?」
「船足から考えて、そろそろ敵の軍港近くまで移動しているはずです。あ、少々お待ちを……」


報告と共に小さなメモを受け取ったローズが剛士の下に戻ってくる。


「ロバーツ提督より連絡がありました。敵の艦船を発見。これより交戦に入るそうです」
「いよいよか。戦列艦の実戦デビューだ。予定通りの性能が出れば良いんだがな」
「ロバーツ提督なら問題なくやれるでしょう」


笑顔を浮かべてそう言い切るローズ。内心不安に思っていた剛士だったが、彼女の言葉で落ち着きを取り戻した。余裕のあるように見せてはいても彼は彼で不安なのだ。もともとが小心者なので今の態度は虚勢を張っているに過ぎない。付き合いが長いローズにはそれが解っているだけに、彼女はそれとなくフォローに回っていたのだ。





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