異世界転生チートマニュアル

小林誉

第93話 難癖

日ノ本公国とデール王国の仲は急に悪くなったのではない。仮にも国内統一に尽力した人物の起こした国だけあって、内心はともかく、表面上は官民共に仲良くしていた。肥料と共に、作物の品種改良を進めた公国の作物はデール王国内で人気だったし、この世界に初めて生み出されたサッカーや野球と言ったスポーツは、あっという間に両国国民の生活に浸透していったからだ。


新しい調味料から生み出された新しい料理、熱狂できる娯楽、日本丸を始めとする帆船の航行能力で、今まで不可能だった遠方の国にある文物などが手に入るとなれば、誰も彼もが日ノ本公国へと足を伸ばした。


そうなればどうなるか? 当然デール王国の景気は悪くなっていく。デール王国は今までとなんら変わりのない旧態依然とした国だ。しかも内戦の傷跡が深く、各地で貧困に喘ぐ民が残っている。フランも頑張ってはいるのだが、彼女でもどうにも出来ない事はある。人が減った分は色々な箇所で問題となって噴出していた。兵士の減少による治安の悪化、公共工事の遅れ、手続きの遅れによる賃金の未払い、労働力の不足などなど。次第に彼等国民の不満は溜まっていった。困ったフランは必死になって考える。どうやって国民の不満を解消しよう? どうやって経済を立て直そう? 考えに考えた彼女が選んだ方法は――戦争だった。


現実の世界でも、彼女と同じような立場になった指導者が戦争を選ぶのは珍しくない。内にこもった不満のはけ口として明確な敵を外に作ってやれば、とりあえず指導者に対する目は外に向いてくれる。日々のニュースを眺めていれば、日本の近くにもそんな国がいくつもあるのはわかるはずだ。外側から冷静に観察出来るのなら、そんな手には簡単に乗らないと誰もが言えるだろう。しかし現実は違う。世の中大半の人間は、周囲の人間が『アイツは悪い奴だ』と言っていれば、ほぼ何も考えずに同調してしまう。


これは政治だけの話じゃない。例えば何処かのサイトで何かの商品のレビューがあるとしよう。高評価がついていればそれを購入し、悪い評価がついていればそれを回避した人は多いと思う。そのレビューをした人間が本当に買ったかどうかなど関係無くだ。人はそれだけ思い込みや第一印象だけで対象の善し悪しを決めてしまうのだ。


ましてこの異世界は情報伝達力が低い。ネットはおろか、電話すら普及していないので、情報は基本口コミでやり取りされる事になる。剛士の考えた駅のシステムは彼等だけの情報伝達手段であるので、世界に普及しているわけではない。そんな中、フランの放ったサクラが国中でこう宣伝したらどうなるだろう? 『日ノ本公国はデール王国の利益をかすめ取っている』『国がいつまでも豊かになれないのは、日ノ本公国が利益を独占しているからだ』『剛士は戦に直接参加せず、おいしいところだけ持って行った卑怯者だ』『事実、彼の配下は外からちまちま矢を射るだけで、一人の犠牲者も出さなかったではないか』『不正は正さなければならない』『日ノ本公国へ正義の鉄槌を下すべし』『奪われた富を取り返せ』


最初は疑っていた国民も、違う人間から繰り返し同じような内容を耳にすると、次第にそれが真実だと思い込んでしまった。公国に友好的な国民達は当然反論したが、なにせ人権意識が低いこの世界だ。袋だたきならまだマシな方で、物理的に口を封じられた者も少なくない。デール王国の反公国感情が次第に高まっていくと、両国の交流も途絶えがちになっていった。そしてついに決定的な事が起きる。剛士の結婚だ。


剛士は内戦終結前に身柄を引き受けていたブリューエットを、正式な王妃として迎え入れると発表した。今まで独身だった王に妃が出来た事で日ノ本公国はお祭り騒ぎになったが、これに対してフランが即座に噛みついた。曰く『内戦によってデール王国を混乱させた元凶の一人であるブリューエットを妃に迎え入れるのは、デール王国に対する明確な敵対行為である。公王剛士はデール王国に妃を差して罪を償わせ、正式に謝罪するべきだ』と言った具合に。


これには当然剛士は勿論、日ノ本公国の国民も激怒した。せっかくの祝い事に水を差すどころか、新しい妃を罪人として差し出せとは何事か――と。


「そもそもブリューエットを嫁にしろって言ったのはフランだろうが! それを今になって罪人だから差し出せ!? 舐めるのもいい加減にしろ!」


珍しく激怒している剛士に、彼の仲間であるファング達三人はどう対応したものか顔を見合わせる。しかし渦中の人物であるブリューエットは冷めたものだ。怒りも焦りもせず、四人の様子をじっと見ている。


「……最初からこれが狙いだったとしか思えないな」
「そうね。普通なら剛士に差し出さずに処刑していたはずよ」
「と言う事は、戦端を開く口実としてブリューエットを押し付けたわけ? あくどい事考えるわね……」
「あの子ならそれぐらい当然よ。私にはわかるわ」


ブリューエットが発言すると四人の視線が彼女に集中する。ブリューエットはそれに少し居心地悪そうにしつつ、言葉を続けた。


「あの子は四人兄姉の中で一番大人しかった。兄様や姉様達が出しゃばりだったという理由もあるけど……今から思えば、あれは自分で目立つ事を避けていたんだと思うわ」
「……何か、そう思う根拠があるのか?」


剛士の質問にブリューエットは静かに頷く。


「あれはあの子が10歳の誕生日の事よ。私達は誕生日ごとにお父様から贈り物をいただくの。兄様や姉様や私は人目を引く高価なものをねだるのだけど、あの子だけは実用的なものばかり欲しがっていた。私は不思議に思って聞いた事があるのよ。フランはなんでそんなものばかり欲しがるのって。そしたらあの子はこう答えたわ。『ブリューエット姉様。高価なものをもらっても他人に羨ましがられるだけです。私は妬まれるのも侮られるのも嫌ですから。だって将来何があるかわからないでしょう?』って。今から考えたら、もうあの頃から国が分裂するのを見越していたのかも知れない」


ブリューエットの言葉に場が静まりかえる。僅か10歳そこそこの子供が自分を完璧に律しつつ、10年先を見据えて行動するなど、頭が切れるにも程がある。神童なんてものじゃない。怪物と言ってもいいだろう。ファング達三人は心なしか青ざめており、剛士は完全に頭が冷えていた。


(ただのお嬢様だと思ってたけど、実際は鬼の類いだったな。だが、それならそれで良い。鬼退治をするだけだ)


剛士は勢いよく立ち上がり、力一杯テーブルに拳を叩きつける。バンッ! と言う音にびくりとした仲間達が驚いて彼を見上げる中、剛士は決意を込めて語り始めた。


「……フランが二手三手先を見据えて行動しているのはわかった。今回の事も、普通の奴なら彼女の手玉に取られて食い物にされただけだろう。だが――」


剛士は仲間達をぐるりと見渡す。


「俺達はフランの予想し得ない武器や戦い方を構築しているんだ。いかに頭が切れようが、それだけは絶対に覆せない! 今回の事は又とない機会だ! わざわざ向こうから喧嘩を売ってくれたこの状況を利用して、フランやその手下を叩き潰し、デール王国を全て支配下に置くぞ!」


剛士の力強い宣言に、仲間達は決意を込めて頷いた。



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