異世界転生チートマニュアル

小林誉

第91話 戦勝パーティー

フランによる国内統一は成った。軍を失ったマリアンヌはクライン王国を頼って亡命し、残された貴族達は保身のために我先にとフランに恭順の意を示した。もはや単独でフランに対抗できる勢力など存在せず、彼女による国内統一は時間の問題だった。デール王国の国王は内戦の終了とエルネストの戦死を聞かされた時、持っていた杖を落としたとか落とさなかったとか噂されたが、実際は淡々と事実を受け入れただけだった。


「お父様。今後デール王国は私が統治し、発展させていきます。お父様は離宮にあられて、幸せな余生をお過ごしください」
「フラン……。余が不甲斐ないばかりに、お前達にはいらぬ苦労をかけてしまった。本当に申し訳なく思っている」
「お気になさらず。立場が立場だけに大々的には行えませんが、お兄様の亡骸は手厚く葬りますのでご安心を」
「そうか……。よろしく頼む」


国王は退位に反対するでもなく自ら玉座をフランに譲り渡した。彼も、もともとこんなやる気のない人物ではない。若い頃は才気に溢れ、様々な改革を断行し、国民からの人気も高かった。しかし、二人目の妻を迎えたあたりから雲行きが怪しくなった。彼の最初の妻――エルネストとブリューエットの母は、夫である国王を愛していたのだが、非常に嫉妬深い女だった。それに比べて、二番目の妻――つまりマリアンヌとフランの母は第一夫人ほど野心家でもなく、穏やかな性格だったらしい。出来れば争いごとなどを避け、子供達と平和に過ごしていきたいと言うのが彼女の願いだった。


しかし、彼女の望みは叶わなかった。靴の中に画鋲を入れるとか、近所の井戸端会議で噂されるとかの嫌がらせはなかったが、連日に及ぶ第一夫人の嫌がらせは日を追うごとにエスカレートしていき、ついには食事に毒を混ぜられる事態にまでに至った。第二夫人は自らと子供達を守るために戦う事を決意する。と言っても直接武力を使うのではなく、毒や暗殺などといった暗闘の類いだ。互いに暗殺者を雇って相手にけしかける。しかしどちらも失敗続きで、結局彼女達は自ら短剣を手に取り、互いの胸に突き立てると言う凶行に及んだ。両者とも精神に異常を来していたとか、子供を守るために必死だったとか諸説あるが、真相は闇の中だ。


とにもかくにも、この一件が切っ掛けで国王は一気に老け込み、政務に対する興味をほとんど失ってしまった。貴族が国内で犯罪行為をしても咎めもせず、陳情に訪れた民の話も聞こうとしない。そんな彼に愛想を尽かした貴族や国民は、フランやエルネストなど、独立勢力を築く者達へすり寄っていったのだ。


しかしその混乱もフランによる国内統一で解決する――はずだ。彼女が治世を誤り、父と同じ道を辿らなければと言う前提だが。


フランが勝利を収めた事は、彼女と共に戦っていたファングからの知らせで剛士も知っていた。彼はクライン王国の介入と言う予想外の事態に少し驚いたものの、ファングを労い、即座に帰還するよう命じた。


「これでフランはしばらく国内の事に手一杯になるだろうな。余勢を駆って今の内に俺達を倒すってのも警戒してたけど、どんな大軍でも島に攻め寄せるのは無理だ。三笠型が何隻もいるしな」


フランが島に手を出してくるのは、早くても一、二年以上先だと剛士は予想している。戦後、報酬のやり取りにある三笠型一隻と弩二百の譲渡。それらを解析して自軍に取り込み、量産を成功させてから仕掛けてくるはずだ。小さな島とデール王国丸ごとでは生産力に天と地の差がある。時間をかければかけるだけ有利になる事が解っているので、フランが焦る理由がない。


「しかし、それだけ時間があれば十分だ。こっちも新型兵器を量産できる」


事実、既に銃と大砲の量産化は始まっている。後は頃合いを見計らってこれらの兵器を新型に切り替え、質の向上を目指すだけだった。


§ § §


「剛士殿。あなた方の尽力には大変感謝しています。お約束の報酬も近々引き渡すつもりですのでご安心を」
「ありがとうございますフラン様。此度の戦勝、まことにおめでとうございます」


フランの主催する戦勝パーティーには剛士とファングの二人が参加していた。会場も以前行ったフランの城ではなくデール王国の本城だ。学校の体育館など比較にならない大きさの広間には大きなテーブルがいくつも並び、各地から取り寄せた名産や珍味、美酒が溢れんばかりに並べられている。安全を確保するため周囲には近衛隊を始め、重装甲騎兵や航空騎士までが警戒を続けていた。


そして会場には、名実ともに彼女がこの国の支配者であると言う事を内外に知らしめるため、国内だけでなく他国の賓客も招き入れられていた。戦勝を祝う他国の使者は、まさか弱小勢力であるフランが国内を統一するなど夢にも思っていなかったので、情報収集に躍起になっている。慌てて祝いの品と共に使者を送りつけてきたのは、少しでも彼女の人となりを知るための行為だろう。


そして使者の中にはクライン王国の者まで居た。つい最近殺し合いをしたにもかかわらず押しかけてくるその面の皮の厚さに、フランの配下などは露骨な態度にだしていたのだが、当のフランは笑顔で彼等使者の対応をしていた。それを見た彼女の配下は主の器の大きさに感心していたのだが、フランは彼等が思うほど内心は穏やかではなかった。


(マリアンヌ姉様が生きている限り、まだクライン王国が手を出してくる可能性は高い。国力の差があるから時間さえ稼げば大人しくなると思うのだけど、当分は警戒が必要ですね。警戒と言えば……彼の事も注意しないといけないわ)


フランが視線を送る先には剛士の姿がある。この後、剛士には約束通り領地が与えられ、フランの名において独立が承認される流れだ。国内統一を果たしたフランなら力尽くで反故に出来そうな案件なのだが、事態はそう簡単にはいかない。


今回の戦いで剛士の貢献は味方の誰よりも大きなものだ。ブリューエットに対する作戦案から始まり、三笠ら海上戦力の活躍。そしてファング隊による決戦場での働きなど、誰が見ても勲功第一だろう。そんな彼等に報いる事なく約束を反故にすれば、フランに対する求心力はあっという間に霧散してしまう。働いた家臣に報償どころか毒酒を与える王など、仕える価値がないと判断されてしまうからだ。国内の掌握に全力を注ぐフランにとって、それは最悪の事態を意味する。そんな理由があって、フランは剛士との約束を果たすしかないのだった。


(二年。今から二年は力を蓄え、国内を完全に掌握しなければなりません。周辺諸国への牽制が完了した時こそ、彼を排除しなければ。デール王国は私の国。たとえ一画であろうと不純物が混じってはいけないのですから)


来賓をにこやかな笑顔で対応しながら、冷めた目を剛士に向けるフラン。数年後に再び戦乱が始まる事など、この場では剛士とフラン以外誰も予想もしない事だった。



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