異世界転生チートマニュアル

小林誉

第90話 決着

激戦は続いている。マリアンヌ軍は大きく二手に分かれ、援軍であるクライン王国の軍がフランに、本体がエルネストへとそれぞれ対峙していた。戦闘が開始されてから一時間以上は経っているだろう。そこかしこに力尽きた人馬が放置されていて、断末魔があちこちから聞こえてくる。しかし生きている者はそれらに目を向ける余裕も無く、目の前の敵を必死になって攻撃するのみだ。


「ファング様! そろそろ矢が尽きそうです!」
「解っている! 撃ち尽くしたら本隊の後ろに撤退するぞ! 次で最後の斉射だ!」


開始早々特殊弾でフラン軍の援護に徹していたファング隊は、特殊弾は当然として、通常の矢も尽きようとしていた。そうなれば彼等に戦闘力など皆無だ。彼等弩兵は射撃訓練を繰り返し行っているものの、剣や槍を扱う訓練はしていない。乱戦に巻き込まれたら命はないだろう。反撃の機会を狙って突出しようとしていたクライン王国軍に最後の一斉射を放った後、彼等は全速力で後退していった。


「フラン様、ファング隊が後退していきます」
「矢弾が尽きたのでしょう。彼等はよく働いてくれました。おかげでこちらは随分と有利に事を運べています」


エルネストとマリアンヌ、両軍の戦いは拮抗している。当初押され気味だったエルネスト軍は、敵の騎兵の大部分を討ち取った事で勢いを盛り返し、逆にマリアンヌ軍を押し返しそうな勢いだ。


「かかれー! 今が勝敗の分かれ目だぞ! ここで押し込まねば我等に勝ち目はない! 何としてでも押し切るのだ!」
「エルネスト様! もうこちらに余力はありません! 予備兵力は全て投入しています! ここは一旦後退しては――」
「黙れ敗北主義者め! 口を動かす前に手を動かせ! 貴様も前線に行ってこい!」


エルネストが生来の傲慢ぶりを発揮して周囲の兵を叱咤しても、精神力や勢いだけで勝てるなら誰も苦労はしない。多数の死傷者を出しているため、押し返す程度が限界なのだ。
エルネストは歯がみしながらジリジリと消耗していく兵力を眺めているしかなかった。


フラン軍とクライン王国軍の戦いは、時間の経過と共にハッキリと勝敗が解るようになってきていた。軍の数は互角でも、連戦で士気上がるフラン軍と、他国の争いにかり出されたクライン王国軍では士気が違う。おまけにファング隊による嫌がらせとも言える攻撃が断続的に続いたため、クライン王国軍は一方的に押されまくる展開となっていた。


二時間が経過した頃、ついにフラン軍の猛攻に耐えきれなくなったクライン王国軍の一部が潰走を始めた。それを見たフランはすかさず剣を抜きはなつ。太陽光にきらめく彼女の剣がまばゆい光を反射して、戦場でも美しさを保つ彼女の姿を更に神々しく見せた。フランはすらりと剣を前に構え、近衛隊に檄を飛ばす。


「勝機! 今こそ力を振り絞る時です! みな、私に続きなさい!」
「フラン様御出陣!」
「道を空けよ!」
「近衛隊抜刀! 殿下の御身をお守りせよ!」


フランが直接出張ると言っても、彼女自身が最前線に立って敵と剣を交える訳ではない。彼女の周囲は一騎当千の近衛隊が守りを固め、猫の子一匹通さない布陣となっている。しかし前線の兵にそんな事は関係無い。後ろで偉そうにふんぞり返るだけの指揮官よりも、共に危険な前線へ出て来てくれる指揮官の方に親近感を覚え、やる気も出てくるというものだ。フランの近衛隊と共に、彼女がここに居ると知らせる美麗な旗が風になびく。あの下に自分達の主がいる。それを目にした前線の兵達は、疲れた体にむち打って再び敵に斬りかかっていった。


もはやクライン王国軍にフラン軍を止める手立てはない。中央を突破された彼等は敗北を悟ったのか、我先にと逃走を開始していた。一度兵が逃げ始めたら、どんな指揮官でも立て直すのは難しい。命を捨ててまで主のために戦う兵など稀だ。命惜しさに逃げる兵が続出し、ついには全軍が潰走を始めた。


そうなればマリアンヌ軍本体もただでは済まない。頼るべき援軍は既に瓦解し、消耗はしているものの、余勢を駆って、この戦場で一番元気なフラン軍が自分達に襲いかかってくるかも知れない。その事実は彼等の心を恐怖で縛り付け、体の動きを鈍くさせた。


「よーし! 勝てる! これなら勝てるぞ! フランめ、よくやった! 後はマリアンヌを後ろから叩けば我等の勝利だ! 者ども! あと一息だ! あと一息で勝利は我等のものだ!」
『おおおおお!』


エルネスト軍も最後の力を振り絞ってマリアンヌ軍へと襲いかかる。ここでフラン軍がエルネストの言うように、後ろから襲いかかれば勝敗は決しただろう。マリアンヌ軍は壊滅し、エルネスト軍も多数の者が生き残ったに違いない。しかし、事態はエルネストの思惑と別の方向に動き出す。なぜなら、クライン王国軍を打ち破ったフラン軍はその場で動きを止め、傍観し始めたからだ。


「何をしている!? フランめは何をやっているのだ! このままだと我々も全滅だぞ!」


事態の飲み込めないエルネストが血走った目をギョロつかせながら周囲に怒鳴り散らすが、それに答える者はいない。エルネストの家臣である彼等は悟っていた。フラン軍が動かない事を。今のフランにとって、マリアンヌ同様エルネストも邪魔者でしかない。それが互いにすり潰れるまで戦っているのだから、わざわざそこに参戦などせず、どちらか一方、もしくは両方が倒れるまで放置しておくのは当然だった。しかしそんな事を口にすれば、今度は自分がエルネストに何をされるか解らない。彼等は油断なく周囲を見渡し、いつ逃げ出すべきか機会を窺っていた。


そんな彼等を余所に、フラン軍は再び隊列を整え、攻撃の準備を始めていた。そしてついに決定的な瞬間が訪れる。マリアンヌ軍本体がエルネスト軍の攻撃に耐えきれなくなり、潰走を始めたのだ。そこに間髪入れず襲いかかったフラン軍。最早戦う力をなくし、逃げ惑う兵を刈り取るなど造作もないのだろう。フラン軍の将兵は面白いように首級を上げていった。


「おお! やっと動いたかフラン! 出来の悪い妾腹の妹にしては良くやった! そのまま其奴等を皆殺しにしてしまえ!」


決着がついた事を無邪気に喜ぶエルネスト。しかし、彼の側近は一人、また一人と、陣から脱出を始めていたのだ。


やがてマリアンヌ軍を片付けたフラン軍は、踵を返してエルネストの元へと駆けてくる。それを上機嫌に見つめるエルネストは、彼等が自分の元へ跪き、臣下の礼を取ると信じて疑わなかった。しかし、フラン軍の将兵は礼どころか雄叫びを上げながら彼に迫ってくる。流石に変に思った彼が逃げるか留まるかを逡巡した時、彼の配下達は彼を見捨てて逃げ出した。


「こ、こら待て! 何処へ行く! 主を置いて逃げるとは何事だ!」


怒鳴る彼に耳を貸す者は居ない。慌てて配下の後を追おうとしたエルネストだったが、その時には目前にフラン軍騎兵部隊が殺到していた。


エルネストが最後に何を思ったのかは誰にもわからない。かつては次期国王の最有力候補と目されていた彼は、自分の思い描いていた豪華な玉座に座る事なく、血と汚泥にまみれながら全身を槍で貫かれる最期を遂げた。



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