異世界転生チートマニュアル
第87話 フランの覚悟
エルネストとマリアンヌ――その両陣営が激突し、大きな被害を出した事は最速でフランの耳へと届けられた。夜通し駆け続けた航空騎士は、城に到着するなり乗馬共々崩れ落ちて治癒術士の世話になったが、彼等が届けた情報はそれだけの価値があったのだ。
数の上では両陣営ともフランと互角程度にまで落ち込んでいる。しかし実際には、それ以下の状況になっている可能性が高いのだ。原因は負傷者の数である。このファンタジー世界では死なない限り大体の怪我は治ってしまう。腕がちぎれようと、足がもがれようと、魔法をかければ元通りになるのだ。しかし誰も彼もが魔法の恩恵を受けられるわけではない。魔法を使える者はもともと少なく、その上治癒専門となると更に数が減ってしまうためだ。
万単位で怪我人が出ている状況だけに、全員を治療しようと思ったら何年かかるか解ったものではない。そんな理由で、実際に戦える人数はフランの勢力以下となっていたのだ。
ここでフランが取るべき方針は何だろうか? 一つはエルネストとマリアンヌのどちらかに味方して一方を滅ぼし、余勢を駆って残りの勢力を滅ぼす方法。しかしこれはいくら何でも実現性に乏しい。腐っても二大勢力がタダでやられるはずがなく、どちらかと戦っている時に背後から襲いかかられるのが関の山だろう。もう一つは、決着がつくまで静観を決め込む方法。一番楽で損耗のない方法ではあるものの、時間が経てば地力の差が出てきて再び差を広げられる恐れがあるので、フランの立場としてこれは却下だ。最後の一つはどちらにも攻撃する方法。現状片方だけに専念すればなんとか倒せる力を持つフランであるので、二つ同時に相手にするなど無理に決まっていた。
どのような手を使うのか頭を悩ませるフラン。困った彼女に再び知恵を授けたのは、やはり剛士だった。
「全軍で出撃するところまではフラン様と同じ考えですが、私はそこから違う方法を採りたいと思います」
「具体的にはどんな……?」
「現在フラン様は両方に文を出し、味方と思われているはずなのです。それを利用しない手はありません。具体的にはですね……」
剛士が提案した策とは、再び両陣営に対して味方面すると言う戦術だった。フランは全軍を持って出撃すると同時に新たなメッセージを両方に送るのだ。『そちらの援軍として加勢する。頃合いを見て横合いから攻撃を仕掛けるので、安心して欲しい』と。
互いに自分達の援軍が来たと思っている状況なら積極的に攻撃を始めるはず。なにせ自分達の方こそ数が多いと思い込んでいるのだから。絶対的有利な状況で戦闘を回避すると言うのは、軍を率いる人間にとって抗いがたい魅力だろう。まして彼等は前回の戦いで多くの損害を出しながらも、ほぼ引き分け状態で逃げ帰っているのだ。千載一遇の好機を逃がすはずがない。これが最初の戦い前ならフランの行動を疑ったかも知れないが、状況が彼等の目を曇らせるだろう。
そんな状況で戦いを始め、フランが参戦せずに様子を見るだけに終わればどうなるか? 一度始めてしまった戦いはそう簡単に終わらない。逃げようとすれば背後から攻撃され、自分達ばかり被害が大きくなるからだ。そして、そこまで待っても動かなかったフラン軍なら、もはや敵と通じていると確信するだろう。下手に逃げれば挟み撃ちにされてしまう――そんな危険性が高いために逃げるに逃げられない。消耗しきり、大体の勝敗が決定してからが本番だ。
「――で、そこで勝ち残った方を叩くんですよ。そうすれば労なく両方の陣営に壊滅的な損害を与える事が出来ます。だまし討ちみたいな感じになりますけど、お行儀良く負けるより遙かにマシでしょう? 負けた者は愚痴を言う事すら出来なくなるんですから」
あまりにもえげつない剛士からの策を聞かされ、フランは軽い目眩を覚えていた。もちろん全てが剛士の言った状況通りにはいかないだろう。しかしフランの動き方次第で、それに近い状況には持って行けるはずなのだ。
(剛士殿は目的を定めるとなりふり構わない怖さがありますね。それは王として立つ者に必要な資質と言えます。どこか甘さが残る私には、それがまだ得られていない……。羨ましくも、悔しくもありますね)
頭を振って余計な考えを追い出すフラン。彼女は決然と頭を上げると、集まった諸将に対して号令を発した。
「これぞ千載一遇の好機です! 全軍に出撃の準備をさせなさい! 余力を残す必要はありません! 一度で勝負を決するつもりでかかりなさい!」
剛士の献策に感謝を述べたフランは、いつもと違って自身も戦の準備をし始める。侍女を呼んで普段身につけない鎧を用意させ、一つ一つ身につけていくのだ。王族にしか纏う事が許されない高価な装備は日の光を反射して白銀に輝き、フランの姿をまるで戦乙女のように凜々しく見せていた。フランの姿を目にした兵達は、そのあまりの美しさに思わずため息を吐く。
後方の城に籠もってばかり居る人間と前線に出てきて戦う人間――前線で戦う兵達が、一体どちらのために戦いたいと思うかなど、言うまでもない事だ。フランは彼女自身が言うように今回の戦いを総力戦だと思っている。ここで失敗すれば全て終わり。なら少しでも勝つ確率を上げるために、兵の士気ぐらいは上げてみせる。これはフランが示した覚悟の表れだった。
「恐らくこれを逃せば、私がこの国の覇権を握る機会は今後一切なくなるでしょう。今回で決めるのです」
そう覚悟を決めた表情で、フランは自らの本拠地であるロシェルを後にした。
数の上では両陣営ともフランと互角程度にまで落ち込んでいる。しかし実際には、それ以下の状況になっている可能性が高いのだ。原因は負傷者の数である。このファンタジー世界では死なない限り大体の怪我は治ってしまう。腕がちぎれようと、足がもがれようと、魔法をかければ元通りになるのだ。しかし誰も彼もが魔法の恩恵を受けられるわけではない。魔法を使える者はもともと少なく、その上治癒専門となると更に数が減ってしまうためだ。
万単位で怪我人が出ている状況だけに、全員を治療しようと思ったら何年かかるか解ったものではない。そんな理由で、実際に戦える人数はフランの勢力以下となっていたのだ。
ここでフランが取るべき方針は何だろうか? 一つはエルネストとマリアンヌのどちらかに味方して一方を滅ぼし、余勢を駆って残りの勢力を滅ぼす方法。しかしこれはいくら何でも実現性に乏しい。腐っても二大勢力がタダでやられるはずがなく、どちらかと戦っている時に背後から襲いかかられるのが関の山だろう。もう一つは、決着がつくまで静観を決め込む方法。一番楽で損耗のない方法ではあるものの、時間が経てば地力の差が出てきて再び差を広げられる恐れがあるので、フランの立場としてこれは却下だ。最後の一つはどちらにも攻撃する方法。現状片方だけに専念すればなんとか倒せる力を持つフランであるので、二つ同時に相手にするなど無理に決まっていた。
どのような手を使うのか頭を悩ませるフラン。困った彼女に再び知恵を授けたのは、やはり剛士だった。
「全軍で出撃するところまではフラン様と同じ考えですが、私はそこから違う方法を採りたいと思います」
「具体的にはどんな……?」
「現在フラン様は両方に文を出し、味方と思われているはずなのです。それを利用しない手はありません。具体的にはですね……」
剛士が提案した策とは、再び両陣営に対して味方面すると言う戦術だった。フランは全軍を持って出撃すると同時に新たなメッセージを両方に送るのだ。『そちらの援軍として加勢する。頃合いを見て横合いから攻撃を仕掛けるので、安心して欲しい』と。
互いに自分達の援軍が来たと思っている状況なら積極的に攻撃を始めるはず。なにせ自分達の方こそ数が多いと思い込んでいるのだから。絶対的有利な状況で戦闘を回避すると言うのは、軍を率いる人間にとって抗いがたい魅力だろう。まして彼等は前回の戦いで多くの損害を出しながらも、ほぼ引き分け状態で逃げ帰っているのだ。千載一遇の好機を逃がすはずがない。これが最初の戦い前ならフランの行動を疑ったかも知れないが、状況が彼等の目を曇らせるだろう。
そんな状況で戦いを始め、フランが参戦せずに様子を見るだけに終わればどうなるか? 一度始めてしまった戦いはそう簡単に終わらない。逃げようとすれば背後から攻撃され、自分達ばかり被害が大きくなるからだ。そして、そこまで待っても動かなかったフラン軍なら、もはや敵と通じていると確信するだろう。下手に逃げれば挟み撃ちにされてしまう――そんな危険性が高いために逃げるに逃げられない。消耗しきり、大体の勝敗が決定してからが本番だ。
「――で、そこで勝ち残った方を叩くんですよ。そうすれば労なく両方の陣営に壊滅的な損害を与える事が出来ます。だまし討ちみたいな感じになりますけど、お行儀良く負けるより遙かにマシでしょう? 負けた者は愚痴を言う事すら出来なくなるんですから」
あまりにもえげつない剛士からの策を聞かされ、フランは軽い目眩を覚えていた。もちろん全てが剛士の言った状況通りにはいかないだろう。しかしフランの動き方次第で、それに近い状況には持って行けるはずなのだ。
(剛士殿は目的を定めるとなりふり構わない怖さがありますね。それは王として立つ者に必要な資質と言えます。どこか甘さが残る私には、それがまだ得られていない……。羨ましくも、悔しくもありますね)
頭を振って余計な考えを追い出すフラン。彼女は決然と頭を上げると、集まった諸将に対して号令を発した。
「これぞ千載一遇の好機です! 全軍に出撃の準備をさせなさい! 余力を残す必要はありません! 一度で勝負を決するつもりでかかりなさい!」
剛士の献策に感謝を述べたフランは、いつもと違って自身も戦の準備をし始める。侍女を呼んで普段身につけない鎧を用意させ、一つ一つ身につけていくのだ。王族にしか纏う事が許されない高価な装備は日の光を反射して白銀に輝き、フランの姿をまるで戦乙女のように凜々しく見せていた。フランの姿を目にした兵達は、そのあまりの美しさに思わずため息を吐く。
後方の城に籠もってばかり居る人間と前線に出てきて戦う人間――前線で戦う兵達が、一体どちらのために戦いたいと思うかなど、言うまでもない事だ。フランは彼女自身が言うように今回の戦いを総力戦だと思っている。ここで失敗すれば全て終わり。なら少しでも勝つ確率を上げるために、兵の士気ぐらいは上げてみせる。これはフランが示した覚悟の表れだった。
「恐らくこれを逃せば、私がこの国の覇権を握る機会は今後一切なくなるでしょう。今回で決めるのです」
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