異世界転生チートマニュアル

小林誉

第83話 様々な新兵器

エギルが完成させたのは俗に言う火縄銃だった。火縄銃――戦国時代、ポルトガルから渡ってきて、あっという間に国内に普及していった初期の銃だ。銃口から火薬と弾を込め、火皿という部分に点火用の火薬を詰めて発射する。一発撃つのに時間がかかる上に雨の場合は使えなくなると言う欠点がある、古い銃だ。


(本当なら銃身にライフリングの加工をして、弾もミニエー弾ぐらい作りたかったけど、一足飛びでそこまで作り上げる技術がまだない。エギルやその部下達に経験を積ませるためにも、まずは火縄銃からだ。数も揃えやすいしな)


エギルが配下として使っているのは、彼を頼って島に渡ってきたドワーフが数人と、奴隷の中で手先の器用な者ばかり数十人だ。銃を量産する事を考えるとかなり少ない人数だが、むやみやたらに数を増やして秘密が漏れる危険性を高めたくないという、剛士の配慮だった。


「試射はしてみたのか?」
「ああ。何回か撃ってみたぞ。思ったより威力はなかったけどな」
「そりゃそうだ。これはあくまでも次につなげるための練習だからな。これを作るのに慣れてきたら、次はミニエー銃、エンフィールド銃と言う風に段階的に進めていく」


火縄銃の有効射程はせいぜい50メートルから100メートル程度だ。その間の距離なら敵の鎧を貫通するほどの威力を誇る。しかし野戦で戦う場合なら、火縄銃より現在量産している弩を揃えた方が効果的だろう。弩は銃ほど作るのが複雑でないし、材料も木と鉄だけと言う簡素なものだ。おまけに火縄銃より射程が長い。


現在、剛士達は武器の開発に注力しているため他に労力を裂く余裕が無い。本来なら蒸気機関や内燃機関などを開発して、それを利用した車や船などを作りたいのだが、人手不足と時間の無さの両方がそれら全てに待ったをかけていた。


「それより肝心の大砲はどうなった? 完成したのか?」
「あれはもう一息ってところだ。砲そのものより駐退復座機に手こずってる。試射をする時は知らせるぜ」


駐退復座機――駐退機と復座機を一体化したものをそう言う。大砲を発射した時、砲身を後ろに移動させる事によって衝撃を軽減するのが駐退機。それを元に戻すのが復座機だ。固定台から大砲を発射すれば、一発二発はともかくとして、連射していけば土台が衝撃に耐えられなくなって壊れる。それに固定式だと命中率も悪いし仰角も取れない。弾込めのしやすさも考慮すると必須の装備だった。


剛士が開発させている大砲は16世紀から17世紀にかけて活躍したカノン砲だ。駐退復座機だけは19世紀に発明されたものでチグハグな印象を受けるが、これも銃同様に職人を育て、量産のしやすさを主眼に置いた処置だった。


「爆雷はどうだ?」
「そっちは完成してる。あれは単純に火薬を樽に詰めるだけだからな。今の所使い道も無いだろうし、試作を一個作って保管してあるぜ」
「そうか。じゃあ念のために完成品は三笠に積むよう手配しておいてくれ」
「わかった」


思ったより開発が進んでいた事に満足した剛士は秘密工房を後にした。火薬を使った兵器の類いは今の所最優先で進めなければならない事だが、剛士にはもう一つ気がかりな事があったのだ。


街の中心部に戻ってきた剛士は屋敷に戻らず、そのまま冒険者ギルドへと足を向ける。そして顔パスで二階に上がると、正面にあった部屋のドアをノックして中へ入った。


「進捗はどうだ?」
「剛士さん。通信棒の事ならまだ全然ですよ」


剛士が訪れた部屋には数人の若い男女が集まって、何かの棒を手に持ちながら瞑想していた。よく見ると彼等の体はやんわりと輝いており、何らかの魔力を放出しているのがわかる。その棒の大きさは先日剛士がフランと会話をする時に使ったものにソックリだ。


「今の所一本だけ魔力供給が終わりました。あと一本は最短でも一週間はかかりますよ。もっと人数が増えれば別なんですけどね」


剛士の問いに答えたのは、この小グループのまとめ役でもあるマリアだ。彼女は二十歳になったばかりの若い魔法使いで、魔法使いばかりと言う珍しいパーティーを率いて各地を巡る冒険者でもある。この地を訪れたのは最近大陸で噂されていた事を耳にしたからだ。誰が言い始めたのか知らないが、馬車の中継駅や冒険者ギルドの職員達がこぞって同じ事を言う。曰く、普通より多くの報酬を貰える依頼が多い……とか、二年無税で家まで貰える新天地……とか、生まれも育ちも気にしない領主なので、働き次第じゃ奴隷でも貴族に慣れるなどだ。


半信半疑で島に訪れた彼女達はものは試しと依頼を受けてみる事にした。それは炭鉱に潜む魔物の討伐と石を持って帰ってくると言う単純な依頼だったのに、本当に大陸側の倍近い報酬が出たので、彼女達はこの島にしばらく滞在する事に決めたのだ。


魔法使いは数が少なく貴重なため、彼女達が島に入ってきた情報はすぐ剛士にも回ってきた。戦争にかり出して戦わせるような真似をすれば、すぐ逃げられて終わりだと考えた剛士は、島で出来る仕事を彼女達に任せる事にした。


それがマリアの言う通信棒の制作だ。フランとの会話でその存在を知った剛士は、早速ありとあらゆる伝手を使ってソレを量産できないか聞いて回り、あっさりと作成方法を聞き出す事に成功した。


しかし問題はそこからだった。通信棒を作るために必要なのは、まず20センチほどの金属の棒。これは鉄鉱石から作れるので何の問題もない。しかし、その次が問題だった。魔法具として使うためには棒に魔力を込めなければならない。しかも、一定以上の実力を持った魔法使いを何人か集めて、日数をかけて染め上げると言う面倒な作業を繰り返さなければならなかったのだ。


マリアのパーティーはそこそこ名の通った実力派だったにもかかわらず、その彼女達でさえ、一本の金属棒を染め上げるのに全員で一週間以上の時間を必要としたのだ。


だが、それだけなら剛士よりもっと金持ちからもあるフランが量産していてもおかしくない。だったらなぜ――と普通は疑問に思うだろう。その答えは単純。彼女達は通信が容易になるとあらゆる面で有利になるという、その便利な状態を知らないからだ。現代日本に住んでいた剛士なら、軍隊が情報を共有できる状態がどれほど敵に対して有利なのか、言われるまでもなく理解している。しかしフラン達異世界人は電話すらない世界の人々だ。情報の即時共有がどんな状態をもたらすのか想像も出来ないのだろう。だから通信棒を量産して物事を有利に進めようと言う発想がないのだ。


そんな事に貴重な魔法使いを使うなら、戦争に直接参加させる方がマシ――とでも考えているのだろう。


(俺にとっちゃありがたい事だ。上空で通信役にこれを持たせて地上の指揮官達と逐一連絡を取ったらどうなるか。奇襲するのも容易になるし、その逆は簡単に防げるようになる。敵の薄いところをピンポイントで攻撃するぐらい訳もない。仮想敵であるフランには絶対教えないけどな)


そんな考えは顔に出さず、剛士は作業を続けるマリア達に懐から取りだした数枚の銀貨を手渡した。


「疲れてるだろうけど頑張ってくれよ。一組完成するごとにまた臨時報酬を払うからな」
「マジかよ! 流石会頭! 太っ腹!」
「こんな楽で実入りの良い仕事は他にないよね! ここに来る事を選んだマリアに感謝だよ!」
「会頭、ありがとうございます! 頑張ります!」


思ってもいなかったボーナスが手に入り、魔法使い達は俄然やる気になったようだ。それを満足げに見つめ、剛士はその場を後にする。領地の発展は順調。戦力補強も問題なし。後はエルネストとマリアンヌが上手くつぶし合ってくれれば――と、剛士は願わずにいられなかった。



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