異世界転生チートマニュアル

小林誉

第56話 村から街へ

製鉄所は完成した――が、規模は小さい。農機具などの日用品をメインに作り出すために必要な製鉄所なので、鉄の生産量はそれほど多くない。剣や鎧を始めとする武器の類いを作るためには新たに大規模な製鉄所が必要になるだろう。その新しく出来た製鉄所の横には、フランの紹介で訪れた鍛冶士が主導する鍛冶工房が建築中だ。今日も職人達に大声で指示を出しながら細かい注文をつけている最中だった。


「作業台はそこじゃない! そっちの部屋の隅に置け! おいそこ! それはもう少し南寄りだ! 槌を振るう時が窮屈になる!」


怒鳴り慣れていると言った感じで次々指示を出している男の名はエギル。生まれついての細工師と言われるドワーフだ。ドワーフと聞いて思い浮かべるのは、樽のような体型と丸太のような太い腕から繰り出される圧倒的な攻撃力。頑丈な体は耐久力に優れるが、その体型故の速度の無さ。そして大きく特徴的な長い髭と、見た目に反した器用さだろう。


どういうわけか、彼等はその太い指で繊細な細工から無骨な武器まで何でも作り出せる能力を持っている。その代わり魔法に関するものが一切使えないので、種族的な特徴なのだと思われる。種族と言えばドワーフとエルフは仲が悪いと相場が決まっている。エギルが初めてこの島に訪れた時、リーフと衝突するのではないかと剛士達が気を揉んだものの、懸念していたような事態は起こらなかった。


「村のエルフなら嫌ってたかも知れないけど、私は別に気にならないわ」
「へぇ……リーフは開明的なエルフなんだな」


感心したように言う剛士の言葉に、リーフは可愛らしく首をかしげてこう言った。


「そういうわけじゃないんだけど。だって、私から見れば村のエルフもドワーフも、同じようなブサイクの集団でしょ? 区別なんて出来ないわよ」


自分が一番美しくて、その他は全部自分より下――その驚くべき価値観に、剛士達は絶句するしかなかった。


(同族でも他種族でも同列に扱うのは差別がなくて良い事なんだが……なんか俺が思ってたのと違うな)


とにかく衝突がないのなら良い。難しい事を考えたくなかった剛士達は、それ以上追求する事は無かった。


肝心の鉱山も順調だ。大陸から渡ってきた冒険者が、廃棄された坑道の奥へと連日入って行き、倒した魔物の素材や放置された鉄鉱石を持ち帰っている。彼等に対応するために冒険者ギルドの出張所が臨時で設置されているので、いちいち大陸に帰らずとも報酬の支払いが出来るようになっていた。ただ、宿屋や飲食店がないので少々問題が発生しているのだが。


食料は輸入されているものを日ノ本商会が分けて販売するため何とかなるものの、寝床がないので村に空き部屋を提供してもらうか、作りかけの集合住宅の一つに雑魚寝する形になっていたのだ。


「その辺も急いで何とかしないとな。飯を食うのも一苦労だと、この先誰も寄りつかなくなる」
「フラン様に相談した方が良いね」


四人の中で一番細かい部分に気がつくナディアは、対外的なやり取りを主な仕事にしている。孤児出身の元盗賊がなぜ貴人相手の手紙のやり取りなど出来るのかと不思議に思う剛士だったが、彼女は盗賊ギルドで一通りの礼儀作法を叩き込まれたおかげだと言う。


「どこかに潜入する仕事がいつ自分にまかされるかわからないでしょ? 各分野によって勉強させられることは違うけど、私はたまたま貴族関係の事をやらされただけよ」


あまり過去の事を話したがらないナディアは苦笑しながらそう言うと、さっさと自分の仕事に取りかかった。


§ § §


剛士がこの島を手に入れてから、ほぼ半年が過ぎた。急速な人口増加や食糧問題、資金難に悩まされつつ何とか今日まで島の平穏は維持されている。既に二つの港と造船所は完成して島の玄関口は整備されているので、大陸とのやり取りは以前と比較にならないほどスムーズに、且つ大量になっているし、製鉄所と鍛冶工房も完成したので手押しポンプの量産は始まっていた。そして農地の開拓も順調だ。森を切り開きながら木材を運び出し、それをそのまま住居用へと転用する。そして開けた土地はそのまま農地に早変わりだ。


人口が最初の百名から二千人前後へと膨れ上がったので、ファングは若い男女を纏めて自警団を設立、領内の巡回と治安維持に当たっている。それに伴い牢屋や詰め所も新しく設置され、寂れた村の姿は小規模な街へと変貌していた。


新たに移住してきた者達は農業や漁業と言った当たり障りのない仕事に従事させ、剛士に忠誠を誓う元不法移民者や奴隷達を使って、大麻の栽培や警護、そして新たな極秘の仕事をさせ始めている。


§ § §


街の中央から大きく離れたその場所は、未だ開拓の済んでいない森の奥深くにある。そこには学校の体育館ほどの大きさを誇る建築物が建てられており、四方には物見櫓や巡回警備の兵士の姿があった。誰がどう見ても重要な施設だ。


施設の中では剛士を始めとする元奴隷の技術者が顔をつきあわせ、新たな技術の開発に精を出していた。


「剛士様。弩の量産は順調です。既に在庫は百挺確保出来ています。専用の矢も順次量産させていますが、自警団全員に装備させるにはもう少しかかります」
「船用の大型バリスタの開発も終了間近です。後は実際に船に備え付けて、問題点を改善していかなければなりません」
「ああ。よろしく頼むぞ」


書類に目を通しつつ、報告を受ける剛士はいちいち頷く。以前ロードとの会食の時に弩のサンプルを渡してしまっているので、今回作っているのはそれの簡易版だ。射程や威力を少し落としてでも構造をシンプルにして量産を容易にし、取り扱いのしやすさを向上させていた。船に備え付けるバリスタは新作だが、まだ発射実験を済ませていないので威力は未知数だ。


(大陸の方がきな臭くなってきたらな。フランが以前にも増して忙しく動き回っているようだし、駅から送られてくる情報だと、国内で大規模な兵士の移動が確認されている。いよいよ何か起こる前兆かも知れん。それまでこの島の防備を完璧にしておかないとな……)


秘密裏に戦力を強化しながら戦いに備える日ノ本商会。忙しく仕事をする剛士にキャラック船完成の一報が届いたのは、それから少し後の事だった。



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