異世界転生チートマニュアル

小林誉

第53話 本音

フランの住む城は典型的なヨーロッパの城郭だ。本丸に当たる美麗な建物を取り囲むような形で、周囲数キロに渡って巨大な城壁がそびえ立っている。それだけならこの世界にありふれている城の一つなのだが、この城には他にない特徴があった。白いのだ。城壁から内部の建物全てが白く塗られていて、城郭そのものが一つの芸術作品のように完成された美しさを誇っている。


日本で似ているものを探すとするなら、ディズニーランドのシンデレラ城か、ノイシュヴァンシュタイン城のレプリカである、太陽公園の白鳥城が適当かも知れない。


そんな城を訪れた剛士達は守衛に来訪目的を告げ、現在前後を兵士に固められながらフランの下へと案内されている最中だ。本来なら謁見の間で話をするのが適当なのだろうが、今回はフランの方から剛士達を招待している上に、秘密裏に話を済ませたいという理由もあって、フランの私室へと案内される事になっていた。


「…………」
「…………」


フランの側仕えと思われる女が「ご案内します」と最初に言ったきり、一行の間に会話はない。剛士達は緊張で身を固くしているために会話する余裕も無いし、案内は案内で剛士達に対する態度が冷たい。あからさまに態度で示す事こそないものの、商人風情と侮っているのだろう。


そんなピリピリとして張り詰めた空気を纏わり付かせつつ、やがて一行は城の奥にある一室の前に辿り着いた。ここまで来るのに何度か兵士が守る扉をくぐり抜けているので、ここが貴人の住む部屋なのだと言う事を嫌でも実感させられる。扉の前にはこれまで同様兵士二人が直立不動で立っていて、剛士達を油断なく見定めていた。


「フラン様。客人をお連れしました」
「入っていただいて」


声が聞こえると同時に部屋の扉が内側へと開かれていく。着いてこいと視線を向ける女に頷きを返し、剛士達は緊張しながら部屋に足を踏み入れる。部屋の中は城の外観同様、白を基調とした調度品の類いが多く、唯一違うのは床に敷き詰められた赤くフカフカの特徴的なカーペットだ。そんな部屋に気を奪われそうになった剛士の視線の先――そこにこの部屋の主であるフランの姿があった。


「ようこそ皆さん。歓迎いたしますわ。私がこの城の主、フランと申します」


輝かんばかりの笑顔で出迎えたフランに、剛士達は一瞬言葉をなくして立ち尽くしてしまう。自分達とは明らかに生まれも育ちも違う、別のカテゴリーとも言えるその魅力的な容姿に、柄にも無く圧倒されたのだ。


「ゴホン!」
「え? あ、ああ。失礼しました。俺……いや、私は剛士。日ノ本商会の会頭です。こちらは共同経営者のファング、ナディア、リーフです。以後、お見知りおきを」


呆然とする剛士の態度を咎めるような側仕えの咳払いに正気を取り戻した剛士は、慌てて自分達の紹介を済ませていく。フランは頭を下げる一人一人に笑顔を向けてよろしくと挨拶を返している。その様は、まるで順位を上げるためファン相手に必死で媚びを売る量産型アイドルのようだ。


通り一遍の挨拶から季節の話、日ノ本商会の手がける博打関連の盛況ぶりを話題にして、
ある程度場の空気が和んだその時、フランが何気ない感じで口にした言葉に、部屋の緊張が高まる。


「そう言えば、皆さんはご存じかしら? 最近国内で流通している大麻という薬の事を」


空気の変化にフランが気がつかないはずがない――が、彼女の態度は先ほどまでと少しも変わらない。浮かべる笑顔もそのままだし、口調が特に変化したわけでもない。だと言うのに、剛士は言い知れぬプレッシャーを感じていた。


「その薬は、使用する事によって一時的な快楽を得る事が出来る、魔法のような薬らしいのです。私も少し興味があるのですけれど、どうやったら入手出来るのか見当もつかなくて」


困ったわとばかりに首をかしげるフラン。自然な動きに見えるが、四人の中で猜疑心の特に強い剛士はそれが芝居だと見破っていた。


(これが王族って奴か……。今まで会った貴族は高圧的な分わかりやすかったが、これは真逆だな。この笑顔や態度は全部作り物。本性は計算高い女のはずだ。て事は、このお嬢さんに対して嘘を言ったところで、簡単に見抜かれるだけか……)


さてどうしたものかと剛士は頭を悩ませる。誤魔化したところで通用するとも思えないし、そもそも、ここに呼んだ時点で調べはついていると見るべきなのだ。なら正直に打ち明けた方が心証が良いだろう――そう判断し、剛士は本音で語り出す。


「その薬なら当商会で扱っております」
「剛士!?」
「まあ! 本当ですの!?」


驚くファング達を手で制し、口元を上品に押さえるフランに対して言葉を続ける。そんな彼女の態度に口元がヒクつきそうになるのをなんとか堪え、フランに負けないような作り笑顔を浮かべる剛士。


「フラン様がお望みであれば勿論献上させていただきますが……フラン様は別の事をお望みなのでは?」


(ただ薬が欲しいだけならわざわざ呼び出す必要がない。俺達を呼んだからには、何か別の目的があるはずだ)


一体何を言い出すんだとハラハラするファング達と違い、当のフランは剛士の言葉を聞いた途端今まで見せていた作り物の笑顔を引っ込め、代わりに不適とも言える笑みを浮かべる。


「話が早くて助かりますわ。流石は今まで見た事もないような商売で急激に力を伸ばす商会の会頭。貴方となら建設的な話が出来そうですわね」


草食動物から突然肉食動物に変化したようなフラン。正に羊の皮を被った狼という表現がピッタリくるその変化に、剛士は知らず冷や汗を流していた。



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