異世界転生チートマニュアル

小林誉

第47話 対価

ファングが提案した宣伝方法は至って単純。商人ギルドに頼む事だ。日ノ本商会を作る時点で登録はしてあるのだが、それは無許可で商売をした場合、圧力をかけられたり嫌がらせをされたりと言った事態を回避するためだ。毎月決まった額の寄付金さえ治めておけば、特にギルドから文句を言われる事もない。最近になって寄付金を納め始めた剛士にとって、ギルドは金だけ取っていく嫌な組織という認識だったのだが、ファングには違ったようだ。


「商人のネットワークは馬鹿に出来ない。街中はもちろん、街道を行き来する行商人が橋渡しをするから、遠い街で別の街の情報が集まってる事もある。宣伝するならあいつ等に頼んだ方が一番確実で効率的だろ」


剛士達が把握していない事だが、実際他の国や領地ではネズミレースや競馬、そして宝くじを真似した商売が始まっているところもある。技術や知識が模倣される宿命にあるとは言え、それらが急速に普及したのは商人達の口づてが主な要因だ。


「でも、商人ギルドに頼むとなるとお金がかかるんじゃないの?」


当然の疑問をナディアが口にする。やっと借金が完済された状況なのに、また借金をする羽目になるのかと身を固くする剛士を安心させるように、ファングは手を上げる。


「確かに金で頼むならぼったくられると思う。しかし情報や技術なら話は別だ。あいつ等が望むような、何か利益の出る技術をこちらが提示してやれば、向こうの方から協力させてくれと言ってくるんじゃないのか?」
「例えば?」
「そこを考えるのが剛士の仕事だろう。お前の持つチートマニュアルの中から、奴等が欲しがる餌を見つけるんだ」
「丸投げかよ……!」


いきなり無理難題を突きつけられた形の剛士だったが、彼は自身が再び借金を背負う事を回避するため、その日から必死でチートマニュアルを読み込み始めた。自らが書き綴ったチートマニュアルの内容は多岐にわたる。農業、工芸、医療に林業、軍事や政治などあらゆるジャンルを網羅しているのだ。一体その中のどれが商人達の目を引きつけ、且つ利益を独占されるような事態を避けられるのか、剛士は必死で頭を悩ませた。


「……見つけたぞ。多分これならいけるはずだ……」


三日ほど部屋に籠もり、寝る間も惜しんで探し続けた新しいチート。それは複式簿記だった。複式簿記――簡単に言うと元帳となる帳面なり何なりに、借方(費用)と貸方(利益)を記入して統計を出し、現金がいくら増えたか減ったかを現す計算方法の事だ。この世界の入出金の明細は統一されていないので各商会によって仕様が違っている。その為計算間違いなどが非常に多く発生しやすく、商売上での揉め事の一因ともなっていた。剛士は商売を始めた時点で無意識にこの手法をとっていたため言われるまで気がつかなかったのだが、これを他の商会に導入させれば、無駄を省いた上に今まで表に出なかった利益まで現れる事になるため、宣伝料の対価としては十分だと考えたのだ。


「確かに見やすいなとは思ってたけど、他の商会のやり方を知らなかったから、これが特別な事なんて思わなかったわ」
「確かに。地味だからな。しかしまぁ……使ってる本人が気がついてないってのが、いかにも剛士らしい」
「うるさいな。うっかりしてただけだ」


リーフやファングの指摘に剛士は渋面を作る。一応宣伝の対価としてはこれで十分なのだが、剛士は「それに――」と続けた。


「俺達が共同で経営している運送屋があるだろう? あれは情報を集めるために各駅に奴隷を配置してるが、それも利用しようと思ってる」
「具体的には?」
「情報を集めると言う受け身だけに使うんじゃなく、情報を発信させるんだよ。行商人や大店は自前の馬車があるから駅を使う機会は少ないだろうけど、他の人間は違うだろ? 冒険者や旅人に移民を募集している領地があると知らせれば、興味を持って訪れる人間がそれだけ増えるはずだ。これを使わない手は無い」


発想の転換――受け身に使っているものも、見方次第で攻撃に使えるという事に、今更ながら四人は気がついた。


「そうね。そう言う事なら。早速各地の駅にいる奴隷達に連絡を取りましょう。明日にでも本国にある駅に手紙を託せば、一週間もすれば全ての駅に連絡が行くはずよ。手紙は私が書いておくから」
「頼むナディア。俺とファングはその間ギルドで交渉しておく。リーフは――」
「ここに残って畑の世話でしょ? まだまだ確保する大麻の数が足りてないし、今私が島を離れるわけにはいかないわ」


と、深いため息を吐きながら、リーフはウンザリした様子を隠そうともしない。


(こりゃそろそろ爆発するかな? 何か娯楽を与えてやらんとマズいか……。さし当たって服か装飾品の類いを適当に見繕おう)


毎日同じ事の繰り返しでウンザリし始めているリーフの様子を見て、剛士は密かにそう決意した。


「よし、じゃあ明日に向けて準備しよう。では解散」


パンと剛士が手を打つと、席に着いていた後の三人が席を立ち、それぞれの準備のために動き出す。目的地は商人ギルドのある日ノ本商会立ち上げの地、競馬場のある街だった。
 

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