異世界転生チートマニュアル

小林誉

第45話 イヴ再び

「大麻のおかげで借金もかなり減ってきたし、ここいらで解放奴隷を一気に増やしておこうと思う」


夕食後に四人がまったりとしている時、剛士は突然そう宣言した。剛士が突然こういう事を言い出すのは今に始まった事ではないので、ファングが順序立てて説明するよう剛士に促す。


「……人手が足りないからそれに関しちゃ問題ないと思うが、何人ぐらいをどこに使うつもりなんだ?」
「もちろん大麻の警護だ。数は二、三十も居れば良いだろ。今の住民達は何故か俺の事を救世主のようにあがめているから、裏切られる心配はないと思うんだが、戦闘の専門家じゃないからな」


突然現れた上に食料を与え、本来課せられる刑罰もなかった事にしてくれたとして、剛士は冗談抜きで神のようにあがめられている。普段あまりものを考えないで行動する剛士でも、流石にそんな目を向けられては無茶な真似は出来ず、彼等の前では大人しくしている事が多い。基本的に小心者なのだ。


そんな彼等を危険にさらしたくない――と言う理由でもないが、人には向き不向きがあるために、剛士は彼等住民を農作物の栽培など、大麻以外の仕事に振り分けたいと思っていた。


「解放奴隷なら、元冒険者とか兵士とか、戦いの経験者も居るはずだろ? そんな連中に大麻の警護をやらせたいんだよ」
「良い考えだと思うけど、その分値段が張るんじゃないの?」


心配顔のナディアに対して、剛士は不敵に笑ってみせる。


「いよいよ運送屋が動き始めたからな。そっちの利益は全部奴隷購入時の借金返済に充てて、少し余裕が出来てきた。競馬もネズミレースも繁盛してるし、何より大麻の売り上げがデカい。アレで一気に楽になってる。今の状態なら奴隷の十人や二十人、即金で買い取れるぜ」


以前奴隷商のイヴから奴隷を買った時、十四人で金貨八百枚。利子を含めると九百枚の大金だった。それと同じかそれ以上の人数でも一括で払えると言うのだから、日ノ本商会の経済状況は劇的に改善している事になる。


ちなみに、剛士達の給料は決まった額が支払われている訳ではなく変動制だ。名目上剛士が商会長を名乗ってはいるが、四人とも共同経営者と言う立場なので報酬に差が出る事はない。剛士とリーフで始めた宝くじの時は、入出金がどんぶり勘定過ぎてセバスチャンのような内通者に良いように金を扱われていた苦い経験があるため、今回はちゃんと帳簿をつけ、全員がチェックする体制を布いていた。その分以前のように好きなだけ金を使う事が出来なくなっているが、商会としての力は格段に増していたのだ。


「実はもうイヴに便りを出している。近日中にはこの島に来るはずだ」
「もう決めてるなら良いんじゃないの? 面白そうだから奴隷選びの時は同席するわ」


娯楽の少ないこの島では、外から来た客の応対が良い暇つぶしになる。散財できる経済状態でないのでストレスの溜まっていたリーフが珍しくやる気だった。


§ § §


「ご無沙汰しております皆様。本日はよろしくお願いいたします」


八割方出来上がってきた桟橋に横付けされた船から、奴隷商のイヴとその配下、そして商品である奴隷達が降りてきた。彼女等は活気に溢れる港を眺め、何か商売になる機会が転がっていないか抜け目なく観察していたようだ。


「お久しぶりですイヴさん。こちらこそよろしくお願いします。まずは村へ案内しましょう」


そんな彼女達を出迎えた剛士一行は、人と資材を運ぶために拡張され、歩きやすくなった一本道を村に向かって歩いて行く。道の大部分が資材の行き来に使われているため荒れ放題だが、歩道は凹凸が少なくそれほどでもない。そんな道を、行列を成して一時間ほど歩いた先に、剛士達が使っている小屋が見えてきた。


「では早速ですが、今回連れてきた奴隷達の目録をご覧ください」


前回同様、挨拶もそこそこにイヴは奴隷達の特徴を事細かい書いた目録を剛士達に差し出してきた。ちなみに、小屋の中に全員は入りきらないので、奴隷達は外で待機している。


「剛士様からいただいたお手紙に、希望する奴隷を書いていただいていたので、今回は戦闘を得意とする者、またはその補佐の出来る奴隷を中心に連れて参りました」


食い入るように目録を眺める剛士達を、笑みを浮かべながら眺めていたイヴがそう補足した。確かに彼女の言うとおり、今回は元冒険者がその大部分を占めている。年齢も比較的若い者が多く、夜の見張りなどをやらせても問題ないほど体力面に期待が持てた。


「今回は三十名連れて参りました。前回同様一人辺り金貨五十枚ほどになります。今回も分割で――」
「全員買います」
「――え?」


いつも淑女然としたイヴの態度が珍しく崩れ、滅多に見られないものを見られた剛士は満足げに笑みを浮かべている。


「……全員でございますか?」
「そうです。今日連れてきた全員を買います。すぐ契約書を作って貰えますか?」
「……ありがとうございます。では、お支払いは前回同様分割でと言う事で?」
「いえ、現金で払いましょう。ナディア、頼む」
「わかったわ」


剛士が指示すると、奥の部屋に引っ込んだナディアがいくつかの皮袋を持って戻ってきた。前回借金をして無理に奴隷を買っていた商人とは思えない気前の良さに、イヴはしばらく呆気にとられたように口を開けたままになっていた。


「剛士様、日ノ本商会は一体どんな商売に手を出しているのですか? これほどの金額を即金で支払えるなんて、私共が把握している事業だけでは不可能だと思うのですけど……」


王侯貴族や富裕層に繋がりのあるイヴだ。大麻の事を薄々感づいているのかも知れないが、それを喋るほど剛士も馬鹿ではない。


「たまたまですよ。運送屋の収益が思ったより多かったのと、事業の効率化を図る事で利益が増えただけです。この島では娯楽もないですからね。使い道がないのなら、貯金が増えていくのは当然じゃないですか?」


競馬や運送屋の収益だけでは、今剛士が支払った額は到底稼げない。イヴもそれは解っているだろうに、敢えて突っ込んで聞くような事はしなかった。


「剛士様。この調子で収益を上げていくと、その内領主様の仲介無しに直接取り引きできる日が来そうですね」


領主の仲介を挟まない――つまり、剛士が富裕層の仲間入りをすると、暗に言っているのだ。


「そうなる事を望んでいますよ。その時はまたイヴさんのお世話になるかも知れませんね」
「ええ。その時は是非ご贔屓に」


契約を終え、大金を得たイヴは商売用ではなく心からの笑顔を浮かべて島を離れていった。それを見送り、剛士はふうっと息を吐く。


「とりあえずこれで大麻の警護は何とかなるな。次は領民集めだ」


港と造船所の整備、食糧の増産、主幹産業となる大麻の栽培。島を形作る上で必要なものは揃いつつある。後はこれを発展させていくため住民を増やす必要があった。どこでどうやって人を集めるか、何か良い方法はないかとチートマニュアルを捲りながら、剛士は頭を回転させ始めるのだった。



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