異世界転生チートマニュアル

小林誉

第42話 造船所

このファンタジー世界における船は大体が帆船だ。軍用としてガレー船が使われているものの、商用としてはその大部分が帆船に置き換わっている。しかし帆船と言っても、この世界の帆船は地球の物と比べて随分小さい。大航海時代の船に置き換えると、漁船は一本マストのバルシャぐらいしかなく、商人が使う大型船でもせいぜいそれを一回り大きくした程度だ。つまり、造船業が発展する余地が十分に残されているという事だった。


「ここが造船所だ。危ないから勝手にそこら辺の物に触るなよ」


大麻漬けになった会頭から紹介された造船所を訪れた剛士達四人は、いかにも職人と言った気質を持つ、厳つい顔の親方に案内を受けていた。船を建造するためのドッグには大小様々な作りかけの船があり、それぞれに何人もの職人がついて作業を続けている。


それを見た剛士は何でもない風を装って、親方に声をかけた。


「彼等はここに勤めて長いんですか?」
「そうだな。下積みで最低でも五年、船の建造に携わる事を許されるまで更に五年。船の設計を任されるのがその五年後だ。個人差はあるだろうが、平均して15年から20年はかかると思っていい」


一人前扱いされるまで想像以上に年月がかかると知り、剛士は思わず舌打ちしそうになるのを堪える。


(そんなに時間がかかるとなったら、衣食住含めて職人一人にかなりの金がかけられてるな。こりゃ言い出しにくいぞ……)


剛士が今回ここに訪れた目的――それは船の注文などではなく、職人の引き抜きだ。人の力を借りる事なく、自分達の領地で造船所を作り大陸側にあるあらゆる船を上回る商船や軍船を量産する。そうすれば将来戦いが起きた場合、島を守るのが容易くなるはずだった。


(俺の島は海という天然の要害に守られている。これを活かさない手は無い。相手がどれだけ大軍を揃えようと、陸にさえ揚げなければ負ける事はないんだからな)


その布石のために必要な第一歩が職人の確保だった。ただの職人でも引き抜ければ御の字なのだが、出来れば腕の良い職人を引き抜きたい。しかしその為には、目の前に居る親方を説き伏せねばならなかった。


「つかぬ事をおたずねしますが、他の土地に赴いて技術指導してくれる職人ははいませんか?」


その言葉を聞いた途端、親方がギロリと剛士を睨む。一瞬怯んだ剛士だったが、今更後には引けなかった。


「……俺の話を聞いてなかったのか? 職人を育てるのは時間がかかると言ったんだがな。技術を得た職人を外に出す……その意味がアンタにはわからないのか?」
「それは十分すぎるほど伝わりました。でもそこを何とかなりませんか? ご存じのように私の領地は海に囲まれてますから、自分達で船を用意できるようになったら助かるんですよ」
「…………」


頭を下げて頼み込んでみるものの、親方は厳しい目を向けるだけだ。剛士の事情は会頭から親方の造船所へと伝えられている。普段懇意にしている会頭の頼みとあって、人付き合いの嫌いな親方が剛士の案内を承諾してくれていたのだ。案内だけでも譲歩しているのに、この上大事な職人を引き抜こうとするなど、彼には到底容認出来るものではない。無言で剛士達を追い出そうと親方が一歩踏み出したその時、何者かの声が背後からかかった。


「親方。その人の頼み、俺が引き受けても良いぜ」
「……ポルトか」


親方の背後には、いつの間に忍び寄っていたのか一人の男が立っていた。名をポルト。年の頃は三十半ばで、他の職人同様日々の力仕事で鍛え上げられた、日に焼けて引き締まった体をした男だ。すこし癖のある赤毛を短く纏め、その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。そんな彼を見た親方は忌々しさを隠そうともしないで舌打ちした。


「引っ込んでろポルト。お前の出る幕じゃない」
「何でだ? その人は職人を雇いたいんだろ? なら俺が適任じゃないか」


あからさまに鬱陶しそうな態度をとる親方にポルトは食らいついている。事態がよく飲み込めない剛士だったが、これを好機と加勢する事にした。


「手伝っていただけるなら大歓迎ですよ! 是非我が領地に来てください!」
「お、そうか? なら決まりだな。じゃあ親方――」
「待ちやがれ!」


さっさと話を纏めようとした剛士とポルトの態度に堪忍袋の緒が切れたのか、親方が造船所中に響き渡るような怒声を張り上げた。その迫力には強気でいたポルトも一瞬で黙り、剛士などは完全に固まってしまっている。後ろに控えるファング達も突然の事で硬直していた。


「ポルト! お前はまだ半人前で人前に出せる腕前じゃねえ! アンタもアンタだ! 勝手にうちの職人を引き抜こうとするなら案内はこれまでだ。サッサと出て行ってくれ!」
「ちょっと! ちょっと待ってくださいよ!」
「うるさい! 本当は外の人間を入れるつもりなんぞなかったのに、会頭さんがどうしてもと頼み込むからお情けで見せてやったんだ! それなのに引き抜きをやろうなんざ恩を仇で返しやがって! 二度と来るんじゃねえ!」


有無を言わさず親方は剛士達を出口の方に追いやる親方に、剛士達はろくに抵抗も出来ないまま造船所を追い出されてしまった。
  

「……何なんだよ。あんなに怒る事ないだろ」


目の前で勢いよく閉められた扉をを前にただ呆然とする剛士だったが、ファング達は何となく親方の気持ちを察したようだった。


「剛士。お前は知らないと思うけど、この世界の職人てのは余所に移る事が滅多に無いんだ。一つの工房で技術を教えられた従僕は、基本元居た工房から回されてくる仕事だけを取り扱う事になってる。勝手に独立した場合は元居た工房やそれと連なる工房から圧力をかけられて、全然仕事が回ってこなくなる。だから引き抜きに応じる奴なんて居ないんだよ」
「知ってんなら教えてくれても良いだろ!?」
「いや、止めたところで納得しなかったろ?」


頭を掻きながら激高する剛士を何とか宥めようとするファングだったが、そんな事で剛士が納得するはずもなかった。彼の壮大な計画は、最初の一歩で盛大に躓く事になったのだから。


「まあ落ち着けよ。一旦腹ごなしでもして何か策が無いか考えようぜ。このままここに居たって何の解決にもならないし」
「そうだよ剛士。怒るよりこれからの事を考えた方が建設的だよ」
「アンタはもう軽々しく動けるような立場じゃないんだから、少しは落ち着きってものを身につけなさいよ」


一番落ち着きからほど遠いリーフにそう言われては、流石の剛士も呆れてものが言えない。しかしそのおかげで冷静さを取り戻せたのも事実だ。


「そうだな。ファングの言うとおり、ここはメシでも食って善後策を協議しようぜ。何か良いアイデアが浮かぶかも知れない」


後ろ髪を引かれる思いで造船所を後にした剛士達。しかし彼等の姿をそっと物陰から除いている人影が居た事など、剛士達が知る由もなかった。





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