異世界転生チートマニュアル

小林誉

第27話 奴隷制度

各地に駅を作る計画の第一段階は成功した。提携した商会は契約通りすぐにも動き出すだろう。全ての駅が完成するのはしばらく先になるだろうが、その間剛士達はやっておかなくてはならない事があった。駅に常駐し、各地から情報を送ってくる人材――つまりスパイの確保だ。


表向きはただの商会員として振る舞い、現地の人々に溶け込みつつ密かに情報を集める。そんな人材を集めるのは難航すると剛士は思っていたのだが、簡単に解決できる方法が見つかった。


「奴隷にやらせれば良いんだよ」
「……へ?」


何でも無い事のように言うファングの言葉に、一瞬剛士は理解が追いつかずに呆けてしまう。それも当然だろう。地球で奴隷が売買されていたのは剛士が生まれるより遙かに昔だ。社畜という奴隷階級が居る事に目をつむれば、現代の地球で奴隷はいない事になっている。そんな人々を雇うという発想自体が剛士には無かったのだ。


「奴隷って……この世界にはそんな制度があるのか?」
「奴隷ならいくらでもいるぞ。お前の世界には無かったのか?」
「まあ、見た目で奴隷とわかる人は街中にはいないから、剛士が気がつかなかったのも無理ないね」
「どう言う事だ?」
「つまりね――」


ナディアの話をまとめるとこうだ。奴隷と呼ばれる人間達は大体二種類に分けられる。まず解放奴隷。借金や身売りなど、犯罪に手を染めず、やむない事情で奴隷の身分に落とされた人々がこの解放奴隷になる。解放と言うだけあって、彼等は自分の借金を返すなり、奴隷としての刑期が終わるなりすれば奴隷の身分から解放される。


そして、重大な罪を犯して奴隷の身分に落とされたのが犯罪奴隷だ。彼等は基本的に解放奴隷と違って奴隷の身分から解放される事が無く、生涯奴隷のままだと言う。


どちらの奴隷にも共通しているのは、主に対して危害を加える事を禁止されている事と、そして主に下された命令に絶対服従な事の二つだ。例えば、ずっとそこに立っていろと言われれば気絶するまで立ち続けるし、走り続けろと言われれば生命が危機に陥る寸前まで走ってしまう。それだけ主の命令は絶対的なものなのだ。


しかし、だからといって奴隷には何をしても良いのかと問われれば、実はそうでも無い。どの国にも共通している事だが、一応彼等にも人権が認められ、肉体的、性的問わず虐待が禁止されているし、二重売買――つまり、奴隷として購入して、更に売り渡す事は禁止されている。


そんな彼等であるから、仮に剛士が秘密を漏らすなと命令されれば拷問されようが誘惑されようが絶対に口を割る事が無い。末端の情報収集として彼等ほど向いている人間はいないのだ。買う側にとって良い事ばかりのような奴隷制度なのだが、問題が無いわけじゃ無い。ここまで説明していたナディアは困ったように頭を掻きながら、こう続けた。


「ただね、凄く高いのよ。犯罪奴隷は素行や見た目が悪いから安価で手に入れられるけど、危ない奴等だからまともに働くかどうか疑問だし。解放奴隷はまともな奴が多い分値も張るわ」
「そうはいくらぐらいなんだ?」
「そうねぇ……あまり詳しくないけど、解放奴隷一人分で犯罪奴隷が五人は買えるらしいよ。解放奴隷は安いので金貨二十枚はするって聞いた事ある」
「高いな……!」


予想以上の価格に思わず頭を抱える剛士。今の彼なら金貨二十枚程度安いものだが、それが数十、数百人分となると話は別だ。現状、ただでさえこの街の領主に借金を抱えている身であり、これ以上の負債を抱え込むのはなるべく避けたい事態だった。


「じゃあ……各駅に一人だけ解放奴隷を紛れ込ませて、後は現地の人間を雇うしかないんじゃない?」


ソファに身を預け、だらけきっていたリーフが面倒くさそうに口を開いた。


(それもそうか。別に全員奴隷で固める必要は無いんだし……)


まるで、異性が居ない事で油断しきっている女子高生のようなリーフの態度にムッとしつつも、剛士は彼女の意見に頷く。


「よし、それならリーフの言うとおりにしよう。善は急げだ。早速今から奴隷集めに行こうと思うんだが……奴隷ってどこに居るんだ?」


問われて仲間達は顔を見合わせる。リーフはエルフの村から最近出たばかりだし、ファングとナディアは冒険者であって、基本的に奴隷と接する機会が無い。ここに居る四人全員が奴隷と縁の無い生活をしていた者達ばかりだ。


「仕方ない……街で適当に探してみるか」


フラガを手にして外に出た剛士の後を仲間達がついてくる。フラガがあれば大抵の危険は自力で回避できるものの、剛士を一人にしておくと余計なトラブルを起こす可能性がある事を仲間達が学習しているため、護衛兼監視なのだ。


街に出た剛士達は買い食いをしながら情報収集を続けていく。しかし当然のことながら、露店の店主程度が奴隷売買の場所などを知っているはずもなく、ただ無意味に時間と金だけを消費する結果となっていた。


「一目で奴隷とわかる格好をしてるなら、直接本人に聞けるんだけどな……」
「犯罪奴隷は監視の下で重労働に従事するのが普通だからね。まず街中で見る事はないよ。解放奴隷は見た目普通の人と変わらないしね」


二つの奴隷の大きな違いはその扱いだけではなく、その外見にもあった。犯罪奴隷は逃亡防止と反乱防止のため、首に大きな首輪がつけられている。もう後が無い奴隷がヤケを起こして他人に危害を加えそうになった時、首輪が自動的に締め付けられる寸法だ。


その点解放奴隷は逃亡する恐れが殆どないため、物騒な首輪を着けられる事もない。万が一逃亡した場合は各地に手配が回され、捕縛された後に犯罪奴隷の身分へと落とされる事が決まっている。少ない刑期で済む者がわざわざ危険を冒すはずもない。


「ギルドに行って受付に聞いたところで、つまみ出されるのがオチかな?」
「……難しいと思うぞ。今の所俺達はギルドに殆ど貢献してないからな」


まだ立ち上げたばかりの剛士の商会はギルドに対して上納金も納めていない。そんな商会が情報の出回っていない奴隷売買の場所を聞いたところで、素直に教えてくれるとはどうしても思えなかったのだ。


このままでは埒が明かない。そう判断した剛士は、自分達の関係者の内唯一その情報を知っていそうな人物に当たる事にした。


「……しかたない。こうなったら彼を頼ろう」
「彼って……?」
「この街の領主だよ。一度顔を合わせただけだけど、今の俺達になら教えて貰えるかも知れない」


領主に面会する――ロードの一件以来、剛士達の間でそれはトラウマになっている出来事だ。美味い飯で歓待しておいて、いきなり手の平を返したように剣を突きつけてくる。また同じ事があった場合、今度こそ命がないかも知れない。全員がその可能性を思い浮かべて表情を曇らせる。


「出来るだけ避けたかったんだけどな。こうなった以上は仕方がない。覚悟を決めようじゃないか」


そう言って、剛士は大通りの遙か先――佇む城に視線を向ける。今回の選択が吉と出るか凶と出るか、誰にも予想できない事だった。



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