異世界転生チートマニュアル

小林誉

第23話 囮

「全身が痛い……動けない……」
「情けないわね~。怪我したわけでもないのにさ」


情けない声を上げる剛士をリーフが呆れた表情で見つめている。襲撃事件から二日が経ち、剛士はベッドで寝込んでいた。四人の内怪我らしい怪我をしたのはファングとナディアの二人のみで、その二人も街の治癒士に癒やして貰って今では傷も残っていない。なのに何故――と、普通の人間なら思うだろう。答えは単純。ただの筋肉痛だ。


鉱山で働いていた頃ならいざ知らず、最近の剛士はろくに体を動かすこともしないで、怠惰な日々を繰り返していただけだ。そんな人間がいきなり全力で、しかも常人より激しく動き回れば、筋肉痛になるのが当然だろう。


しかも情けないことに、筋肉痛に悩まされたのは事件の翌日では無く、二日経ってからなのだ。


「これが老い……か」


まるで、女みたいな名前のニュータイプに殴られたグラサン男のようなセリフを吐きながら、剛士はベッドの上で一人もだえていた。


「帰ったぜ」
「おう、戻ったかファング。どうだった?」
「やっぱり連中、ロードに雇われてたみたいだな。取り調べで自供したってさ」


襲撃者達を撃退した後、剛士達は傷を負って呻いている奴等をふん縛り、急いで街の衛兵の元へと走った。ただ一般市民が襲撃されただけなら衛兵達の動きも鈍かったかも知れないが、剛士達は仮にもこの街を治める領主のビジネスパートナーだ。ないがしろにして上司の不興を買ってはたまらないと思ったかどうかは不明だが、衛兵達は結構な人数で競馬場(仮)に駆けつけ、同時に街中で不審人物の捜索に入った。


そして引っ立てられていった連中の取り調べを初めて二日――つまり今日だが、ある程度の情報がファングを通じて剛士達にもたらされたと言うわけだ。


「あの火傷男、顔を見られただけでここまで執念深く付け狙うのか? ちょっと異常だよな」
「いや、本当の目的はそこじゃないと思う。ソレだよそれ」


言って、ファングは剛士の枕元にあるチートマニュアルを指さした。


「……なるほど。確かにそれなら納得出来るな。まだこの本を諦めてなかったのか」


剛士が意図したことでは無いとは言え、目の前から消えれば元の持ち主を怪しむのが当然だ。火傷の顔を見られた恨みに加えて、世界のパワーバランスを崩すかも知れない本の獲得は、ロードとしても無理を押してしなければならなかったに違いない。珍しく深刻な顔をする剛士を励ますように、ファングが言う。


「でもまぁ、今後は好き勝手出来なくなると思うぜ。なにせ他国の領土に無断で侵入した挙げ句に戦闘行為までやらかしたんだ。良くて地位の剥奪、悪くすりゃ打ち首だろう」


これが同じ国内の事なら、ただの私闘として処理されていた可能性もある。しかし今、剛士達が居るのはロードが所属する国とは違う別の国だ。取りようによっては戦争を吹っかけたとも言え行為だけあって、ロードには自国の国王より何らかの処分が下されるだろう。


「だと良いんだがな……」
「逃げた奴も何人か居たしな。連中がこのまま逃げればいいんだが、再び襲撃してくる可能性もゼロじゃない。一応警戒しておいた方が良いぜ」
「そうだな……」


ベッドの傍らに立てかけてあるフラガを眺めながら、剛士は力なく頷いた。


§ § §


今、剛士は一人で街を歩いている。賑やかな街の大通りから少し離れた位置にあるその通りは、住んでいる住民達の影響なのか、ジメジメと湿気が強くて薄暗い場所だ。力なく壁によりかかったままこちらを見上げてくる浮浪者や、少しでも食べ物を得ようと無言で手を足しだしてくる浮浪児などが時折姿を見せている。しかし剛士はそんな彼等を全て無視し、ひたすら人気のない方へと歩みを進めていた。


「なんで俺がこんな事しなきゃならんのだ……!」
「文句言うな。何度も話し合った結果だろ」


一人不満を口にする剛士をたしなめるようにフラガが小声で反応した。襲撃事件からしばらく経ち、一旦平穏を取り戻したかに見えた剛士達だったが、彼等を襲った襲撃者達は思いのほか諦めが悪く仕事熱心だったようだ。


事件以来剛士達の住む小屋の周囲には領主から派遣された兵士達が見張りをしているのだが、時折そんな彼等を挑発するように散発的な襲撃が繰り返されている。襲撃と言っても大規模な物ではなく、遠くから矢を射かけたり野生動物を突っ込ませてみたりと、なかなか精神に堪える嫌がらせの類いだ。


このままでは競馬場が完成しても客足に響くし、まして、客を直接攻撃されてはせっかく新しい商売を始めたのに誰も近寄らなくなってしまう。それだけは避けなければならないため、剛士達は一計を案じる事にした。


誰かが囮になって連中をおびき出し、一網打尽にしようと言うのだ。


「やっぱり、剛士以外に考えられないよね」
「だな」
「あんた以外に居ないわよ」
「嫌だ! 絶対嫌だ!」


断固として拒否した剛士だったが、仲間達はそんな彼を誠心誠意説得に当たった。


「よく考えろよ剛士。その本を読めるのはお前だけだし、書いたのもお前だ」
「そうよ。あたし達を捕まえたところで無視されたら終わりだけど、剛士の代わりはいないのよ?」
「私達だけじゃなくて街の兵士も協力してくれるって話じゃない。それにフラガと一緒に居れば自分で身を守れるんだから大丈夫でしょ? 何が不満なのよ」
「俺じゃなくても、俺に似た誰かにやらせりゃ良いじゃないか! つまりは変装だ! それなら別に――」
「いいからやんなさいよ!」


なんとか抗弁しようとする剛士だったが、リーフの鉄拳によって阻止されてしまった。他の二人も面倒になっていたのか特に止める様子も無い。このままではボコボコにされてしまうと判断し、彼は嫌々ながら囮を引き受けたのだ。


横目でチラチラと周囲を観察しつつ、ゆっくりと亀の歩みで先に進む剛士。異変があればすぐにフラガが彼の体をコントロールして危険を回避してくれる手はずではあるが、緊張するのを止められそうも無かった。そして彼の嫌な予感に反応するように、手の中にあるフラガが震える。


「……おいでなすった。敵だぜ、剛士」


薄暗い一本道の真ん中に立つ剛士を挟み込むように前後から人が飛び出してくる。数は全部で四人。前と後ろに二人ずつだ。そして正面に立つ少し大柄な男がゆっくり被っていたフードを捲ると、そこには襲撃してきた時に見たハゲ頭が現れた。



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