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異世界転生チートマニュアル

小林誉

第1話 転生とは名ばかり

「突然だが、お前は一年後に死ぬ」
「はあ?」


ある日の事、何十年か前に死んだ剛士の祖父が夢枕に立ってこう言った。久しぶりに会う懐かしい顔だと言うのに、爺さんはニコリともしていない。それどころか苦虫を噛み潰した様な表情をしている。死人が突然現れたと言うのに剛士は不思議と恐怖を感じず、ああ、これは夢だとすぐさま思い込んだ。そんな彼に構う事無く、元気な死人は一方的な説教を開始する。


「お前の所業は目に余る。普段から神仏に対する信仰などかけらも持たず、他人に対する気遣いも皆無。その結果誰も信じずも誰からも信用されず、自己中心的な人間が出来上がった。その上――」


この堅物の教師のような口調――ああ、そう言えば俺の爺さんはこんな人だったなと、剛士は今更ながら思い出す。生前、剛士の爺さんは田舎で住職をしており、地域の人達(主に爺さんと同年代)から随分と慕われていたらしい。その影響なのかは知らないが、剛士や両親が田舎へ帰るたび、やれ人には親切にしろ、他人の為に無償で尽くせ、先祖代々の霊に感謝しながら日々を過ごせ――などなど、耳にタコができるぐらい何度も聞かされていた事だ。


(よっぽどあの世でやる事が無いのか、それともこの世に未練でもあるのか。これだけうるさい人間なら、あの世からも追い出されたのかも知れないな。ま、どちらにせよとっとと消えて欲しいんだが)


「なんだその口の利き方は!」


自分が心の中で思った事に怒鳴り声を上げられ、驚いた剛士は布団から飛び起きた。そこで初めてこれが夢でも何でもなく、現実の出来事だと認識したのだ。


「マジかよ……」


自分の頬をつねったり殴ったりと忙しい事この上ない。ちらりと視界に入った時計はちょうど午前二時を指している。草木も眠丑三つ時と言う奴だ。まあ、今時そんな事を言う奴は居ないだろうが。


「正座!」


幼い頃叩き込まれた習慣は大人になってからも抜けていなかったらしく、剛士は反射的にその場で姿勢を正してしまう。幽霊を目の前にした恐怖など何処かに消し飛び、黙って祖父の説教を聞く姿勢――正座して頭を垂れる――を実行したのだ。


「私は今神様の使いとして働かせていただいている。本来なら寿命が尽きた魂を天に迎える役目なのだが、無理を言ってお前の元に来させてもらった」


寿命の尽きた魂を迎える――人によっては鎌を持った死神を連想するかも知れないが、あれは外見が悪いだけで悪霊の類ではない。西洋では死後現世で彷徨い続け、悪霊化する魂を冥府へと導く役目をもった神とも言われている。剛士の祖父はそれと似たような立場にあると言いうだけだ。


「俺の下にって……まさか、俺……死ぬの?」


一瞬にして真っ青になった孫を安心させるように祖父は微笑む。見ず知らずの人間なら人のよさそうな笑顔に見えるそれも、見慣れた剛士からすれば邪悪な笑みにしか見えなかった。


「安心しろ。今すぐは死なない。お前が死ぬのは一年後だ」
「なんだ、死なないのか……って! 一年後!?」


一瞬安堵したのも束の間、無慈悲な――本当に無慈悲な宣告に剛士はただ茫然としていた。某国が連発する気軽な無慈悲とは違い、わざわざあの世からやって来た祖父が口にした宣告は、テレビの中の出来事のように聞き流すことなどできはしない。


「な、なんで死ぬんだよ!? 俺ピンピンしてるじゃないか! 病気か? 病気なのか?」
「病気ではない。事故だ。お前の命脈は、ちょうど今から一年後に尽きる事になっている。その運命は何をしても変えられない。家に籠ろうがシェルターに隠れようが、必ず死ぬ。例えば顔を洗っている途中に足を滑らせて頭を強打するとか、おしっこをしている時に足を滑らせて便器で溺死するとか、いくらあがこうが無駄な、絶対変えられない運命なのだ」
「そんな……なんで足を滑らせてばっかりなんだよ……。俺の足はどうなってんだ!」


死刑宣告されて冷静さを保てる人間など、そうそう居るとも思えない。ましてメンタルが弱い内向的な性格の剛士なら、祖父の言葉は冷静さを失わせるのに十分であった。結果、彼は自我を保つために奇行に走る事になる。


「けええええっー!!」
「あっ! こら待て!」


突然裸になった剛士は祖父の制止を振り切って風呂場に飛び込むと、すっかり冷めきった湯船の中にダイブした。風呂の水が溢れるのも構わず座ったまま上半身だけでクロールする剛士。涎と鼻水を撒き散らし、少しだけ小便まで漏らした湯船で水泳の練習。その目は完全にイッちゃってる人の物で、出来れば近寄りたくない類の人だ。


「げへへへ! 死にたくない! 死にたくないよー!」
「落ち着けこの馬鹿者が!」
「これが落ち着いていられるか! 余命一年なんて短すぎるわ! 俺はまだ四十になったばかりだぞ!」


真っ赤になった祖父以上に真っ赤な顔で怒鳴り返す剛士。最近の日本の平均寿命からすると、四十は人生の半分と言ったところか。人間五十年とか言ってたどこぞの焼き討ちマニアじゃあるまいし、死を迎え入れるには確かに早すぎる年齢だろう。しばらくして錯乱から立ち直ったかと思った剛士だったがそうでもなく、びしょ濡れのまま風呂から上がると、なぜか靴下だけ履いてその場に崩れ落ちる。


「まだやりたい事が山ほどあるってのに! 欲しい車も通いたい店も、食った事無い美味い物もあったのに! なんで死ななきゃいけないんだ!」


号泣である。大の大人が人目も憚らず、全裸に靴下と言うシュールな格好のまま床に突っ伏して嗚咽を上げているのだ。壁が薄い造りのボロアパートの為、両隣がさっきから壁をどんどこ叩きまくっているが、そんな事、今の彼には気にもならなかった。


「まあ落ち着け。確かにお前は一年後に死ぬが、私が神様にお願いして、特別なはからいをしていただく事になった」
「…………」


嗚咽がピタリと止まりガバリと身を起こす。現金な物で、何か特典があると聞けば反応せずにいられないのは日本人としての悲しいSaGaだろう。


「さっきも言ったように、お前は神仏を蔑ろにし過ぎた。極楽浄土へ迎え入れるには早すぎる。その為に、一度別の世界で魂を鍛え直す事になった」


最近流行りの異世界転生と言う奴だ。ネットでよくある設定に一瞬鼻白んだ剛士は、祖父の咳払いに慌てて姿勢を正す。


「ここまでが前提。こっから先が特典だ。生まれ変わるに当たって、何か一つこの世界から持って行く事を許そう。車でもパソコンでもスマホでも何でもいい。お前がこれと言った物を持って行くと良い。一応それはどんなにもろい物でも壊れる事は無く、お前が命尽きるまで側を離れる事は無い。一年後のこの日、私は再び現れる。その日までよく考えて選べよ」


そう一方的に宣言して、剛士の祖父は煙のように消え去った。後に残されたのは靴下だけ履いたずぶ濡れの四十男だけだ。彼はそのまま気絶するように崩れ落ち、朝まで過ごす事になる。


翌朝、剛士は目覚めと共に精力的に活動を始めた。昨夜おきた出来事を夢じゃないのかと疑う事も無く、今までの人生で一番精力的に動いていただろう。まず彼のやった事は、貯金を全て降ろす事。そして会社を辞める事だ。真面目とは言い難い勤務態度ではあったが、首になるほど不真面目でもなかったので勤続年数だけは長い。特に引き止められもせずに辞めた会社の退職金はそこそこの額があった。


「死に望む人間のやる事なんか……決まってるよな!」


カッコいい台詞を吐いた後、初めにやった事は――エッチなお店に行く事だった。普段できるはずの無い特殊なプレイを散々堪能した後、次にやったのがパソコンの物理的破壊だ。ハードディスクを全消去し、風呂の中に沈める。その後念入りにハンマーでぶっ叩き、バラバラに解体して廃品回収業者に引き取ってもらった。その後は家にある本を始め、私物の処理だ。とにかく剛士は自分がこの世に存在した痕跡を残さないように、徹底的に身の回りの整理に勤めていた。そうして一か月が過ぎた頃、彼はようやく次の人生の為に動き始める。


「持って行けるものは一つだけって爺さんは言ってたな。車やパソコン、スマホは論外だ。バッテリーがもたないし、そもそも電力があるかどうかも疑わしい。移動手段としてチャリを用意するって手もあるが、あまり必要とも思えないな。とにかく燃料や電力で動く物は却下だ。となると知識……本が一番か?」


祖父が言っていた言葉を思い出す。持って行くものは何があっても壊れないし、命尽きるまで離れる事は無い――と。なら持ち運びが出来て知識を書き留められる本が一番だ。


「どんな世界に転生させられるのか知らないけど、この場合地球より文明が遅れているのがパターンだよな。ならやる事は一つだ」


知識を蓄え、本にする。普通なら図書館に行ったりネットで調べたものを書き留めるのだが、剛士は少し頭の残念な大人だったため、人とは違う行動に出る。彼のやった事は、普段彼がよく閲覧している小説投稿サイト――その名も『小説家であろう』で片っ端から転生チートものを読み漁り、内政チートとして使われている技術を書き留める事だった。


「幸い金ならあるし、寿命が尽きるまで遊んで暮らしても問題ない。もうこの人生は諦めて次にシフトだ!」


彼は頑張った。高校や大学受験をした時よりも勤勉に学んでいた。他人から見てドン引きする内容を学んでいるとしても、彼だけは真剣だった。生まれ変わったような態度の剛士を見れば、彼の祖父は喜んだかもしれない。孫もようやく心を入れ替えたと、ひょっとしたら心変わりして、彼を極楽浄土へと連れて行ってくれるかもしれなかった――が、剛士はそんな殊勝な人間では無かった。


「次の人生じゃチートを使ってハーレム作って、大金持ちになってやる。無敵の力を手に入れて気に入らない奴をぶっ飛ばして、好き勝手生きてやるぞ!」


そう、彼を動かしていたのは欲望の二文字のみ。この男、祖父から受けた説教の内容などすっかり忘れ、自分の欲の為にのみ動いていたのだ。いっそ清々しいほどのダメ人間っぷりである。その行動が正しいか正しくないかはこの際置いておくとして、彼は一日も休むことなく自らを助けるための本の製作に没頭し続け、ついに約束の日が訪れた。


「剛士……お前、その恰好は……」
「何か問題あるのか? どうせ死ぬんだから、見てくれを気にしてもしょうがないだろ?」


一年ぶりに現れた祖父が見たのは、汚物としか形容できない生命体であった。髪や髭は伸び放題。風呂にもあまり入っていないのか、体臭が凄まじい事になっている。その上部屋の中には食い散らかした弁当の残りから放たれる悪臭が充満しているので、実体を持たない祖父以外の者なら脱兎のごとく逃げ出していただろう。


「……まあいい。それより、持って行く物は決まったのか?」
「ああ。これを持って行く」


と言って剛士が差し出したのはルーズリーフの山だった。ページにすると千以上はあるだろうか? 汚く細かい字で書き殴られたルーズリーフはいくつもの紐で縛られ、まるで大昔の書物のように見えなくもない。


「これには俺が調べた異世界で役立つ知識が書かれてる。農業や医学、軍事や政治に至るまで全部だ。これさえあれば俺は異世界で成り上がれる! 新しい肉体に生まれ変わった上にチートな知識! 一気に勝ち組だ!」


ガハハと笑う孫をアホを見る目で見つめながら、祖父は一つため息をついた。


「それでは行くぞ? とりあえず死因は窒息死と言う事になる予定だから、ちょっとだけ苦しいと思うが我慢しろよ」
「え、窒息死? ちょっとまって、それって凄く苦し――」


剛士が最後まで喋る事は出来なかった。なぜなら、大笑いした拍子に伸び放題だった髭や髪が不自然な動きで彼の口に飛び込み、喉を完全に塞いでしまったからだ。当然必死になって取り出そうともがく剛士。覚悟はしていても、土壇場になって生への執着が捨てきれなかったらしい。


「むごっ……! おげ……!」


ものの一分も経たない内に、白目をむいた剛士はその場にぶっ倒れ、完全に動きを止めてしまう。その様子を見ていた祖父は懐から懐中時計を取り出して、かっちり五分待った後、彼の体を調べ始める。


「心音、呼吸音無し。完全に死んでいるな。おい剛士、おーい……反応がない。ただのマグロのようだ……っと、遊んでる場合じゃないな」


その場に霊感の強い人間が居たら、白っぽい人影が倒れた人間から何かを抜き取る様子を目撃したかも知れないが、残念ながらこの場には彼等以外に誰も存在しなかった。


「はっ!?」


唐突に目を覚ました剛士は、自分が見た事も無い場所で大の字になって寝ていた事に気がついた。彼の横には一冊の本が落ちており、中を開くと自分が書きなぐったルーズリーフの内容が書き込まれている。


「俺は死んだんじゃ……。生きてるって事は転生したのか? よっしゃあああ!」


拳を突き上げ、人目も憚らず歓喜の声を上げる剛士。だがそんな彼に水を差す様に、頭の中に聞き覚えのある声が響く。


『あー……テステス。聞こえてるか愚かな孫よ。ワシだ。お前の祖父だ。そっちの世界はこっちからかなりの距離があるんでな、会話は一方通行でしか出来ないので、要件だけ言うぞ。心して聞け。まずお前は生まれ変わった。今のお前は新しい肉体を得ている。今までの体は分解されて消滅し、その世界で新たに組み直されている』


祖父の言葉に慌てて体を確認してみる。顔を撫でまわしたり一物の大きさを確認したり、指の数を確かめてみたりと色々やってから、剛士はある事実に気がついた。


「おい待てよ。これって今までと同じ体じゃないか。生まれ変わるって話はどうなったんだよ!? おいジジイ! 話が違うぞ! 取り消しだ! クーリングオフしろ!」


何も無い空に向かって怒鳴り続ける剛士。だが彼の抗議など無視して、祖父の話は続けられる。


『えーと、お前はひょっとしたら赤ん坊からやり直せると勘違いしているかもしれんから説明しておく。転生とは生まれ変わりと言う意味もあるが、環境を一変させるという意味もある言葉だ。つまり、今のお前の状況がそれだ。それに一度体を作り変えているんだから、生まれ変わった事には違いないだろ?』


まるで鼻くそでもほじくりながら言ってるような適当さで、剛士の祖父はそう言い切った。


「な、なんだそりゃ……全然話が違う……」
『それにお前をそっちの世界に送ったのはお前の魂を鍛え上げるためだ。楽して良い思いしたら修行にならんだろ? サービスとしてお前の作った本は綺麗に装丁しておいてやったから感謝しろ。ついでに言っておくと、その本は決してお前から離れず、破損する事も無い。ではな。次会う時はお前が死んだ時だ。それまで精一杯生きてみろ』


ブツン――と、まるで一方的に電話が切られたような音と共に、祖父の声は聞こえなくなった。後に残されたのは一冊の本を持ったみすぼらしい格好の四十男だ。食べ物も金もなく、言葉が通じるかどうかも怪しい世界に放り出され、剛士の出来る事と言えば、ただその場で呆然とする事だけだった。


「ふ……ふざけるな糞ジジイ! こんな状態からどうしろってんだ! 馬鹿野郎ー!」


広い空に剛士の声が響き渡る。彼がこれからどうなるか、それは神のみぞ知る事だろう。

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