勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第179話 道具

「メリアだと? 誰からその名前を聞いた?」

油断なく剣を構えながら、私を挟み込むように動く男達。視界の端にそれらを収めつつ、いつ飛びかかられても対処出来るようにローブの中で剣の鞘に手をかけました。

「あの子は私の妹ですから。知っていてもおかしくないでしょう?」
「!」

言った瞬間、問答無用とばかりに男達は飛びかかってきました。躊躇の欠片も感じられない本気の殺気。完全に私を敵対者と見なしての行動です。並の騎士など比べものにならないほどの踏み込みと速さ。普通の人間なら訳がわからない内に絶命し、手練れの戦士であっても負傷は免れないような攻撃です。しかし――修行を終えた私が脅威を感じるほどではありませんでした。

「なに!?」
「なんだと!?」

男達の剣先は僅か数センチといった距離で私に回避されていました。一度や二度なら偶然ですみますが、何度も何度も同じような避け方をされていれば、実力の差を痛感したのでしょう。男達は焦ったように大声を張り上げました。

「敵だ! 敵だぞ! お前等出てこい!」

一瞬の間を置くと、その叫びに反応したのか、小屋の中から何人もの男達が飛び出してきました。数は全部で五人。既に交戦していた二人と合わせれば合計七人と、騎士団なら小隊が編制出来る数です。それに加えて彼等の実力。ここにいるだけで彼等の全戦力とは思えませんし、複数の潜伏地があると考えれば、この国にとってかなりの驚異となるでしょう。

敵と判断すれば容赦なく、何者かと問うまでもないのか、彼等は必殺の剣を幾度となく繰り出してきました。なるべく無傷で捉えてメリアの居場所を聞き出したかったのですが、流石にそんな余裕は無さそうです。

「仕方ありませんね」

私はローブを跳ね上げると同時に剣を抜き放つと、眼前に迫った彼等の剣を纏めて跳ね上げました。

「まさか!?」
「馬鹿な!」

自分達の実力に相当な自信があったのでしょう。男達の顔は驚愕に歪んでいました。その隙を見逃さず、私は男達の体に剣の一撃を叩き込んでいきます。

「う!?」
「ぐはっ!」

剣の腹とは言え、鉄の塊で勢いよく殴りつけられて平気な人間など存在しません。一人が腹を抱えてうずくまり、一人は足を打ち付けられて身動きができなくなり、一人は利き腕の骨でも折れたのか、剣を取り落として大きく後ろに退きました。

「油断するな! この女強いぞ!」

客観的に見て勝ち目はない。しかし彼等に諦める様子はありませんでした。街のゴロツキなら既に武器を捨てて逃走しているでしょうし、まともな軍隊でも撤退を視野に入れる状況なのに。だと言うのに彼等の目から殺気が消えることはありませんでした。

「……降参してください。あなた達では私に勝てません」

メリアの話を信じるなら、彼等はこの国に大規模な騒乱を巻き起こそうとしているのですが、現時点では何もしていないのです。まだ思いとどまらせるか、重い罪を犯さぬ前に捕らえる事が出来るはずです。

(メリアのように自分達が見捨てられたと信じているなら、それは彼等だけの責任ではない。私達にも原因があるのだから。今ならまだ間に合う。どうか無駄な抵抗を止めて欲しい……)

そんな願いも虚しく、私の気持ちは彼等にまるで通じなかったようです。殺気の籠もった彼等は傷ついた体を庇いながら立ち上がると、自分達の服に手をかけて一気に引き裂いたのでした。

「!?」

露わになった彼等の体……その中心には、人間の拳ほどの大きさがある宝石が埋め込まれていたのです。ドクン、ドクンと、まるで心臓のように鳴動するそれからは、直感的に危険を感じさせられたのです。

「それは……!?」
「流石に勇者と呼ばれるだけのことはあるな。今の俺達でも歯が立たないなんてな……。だが、これなら……どうだ?」

男達の体――正確には、その胸に埋め込まれた宝石が光を放ったかと思うと同時に、瘴気が一気に膨れ上がったのです。

「これは……まさか!」

瘴気を放つ存在など、この世には魔物と魔族しか存在しません。と言う事は、彼等に力を与えた存在とは! 驚く私が愉快なのか、男の一人が勝ち誇ったような笑みを浮かべました。

「気がついたか? そうだ。これは魔族から与えられた力。この力のおかげで、俺達はお前等に復讐することができる!」

どこか恍惚とした男達は、力を見せつけるように宝石が埋め込まれた胸を誇らしげに反らしました。邪悪な波動を放つその宝石とは対照的に、彼等はまるで子供のように、無邪気に喜んでいるのです。その落差にゾッとしながら、私は最後の説得を試みたのです。

「馬鹿なことは止めなさい! 魔族が無条件で何かを与えてくれることなどないのです! 奴等の狙いは人族の殲滅。どれだけ力を与えられようとも、必要のなくなった道具は処分されるだけなのですよ!?」
「そんな事は百も承知だ!」
「!?」

予想外の返答に絶句する私に、彼等は暗い笑みを浮かべました。

「俺達だって馬鹿じゃない。わかってるんだよ。利用されてるなんてな。誰からも見捨てられて、この世界から追いやられた俺達に手を差し伸べたのが、たまたま魔族だったってだけさ。死ぬ寸前まで追い詰められた俺達だ。助けてくれたのなら、誰の味方にでもなってやるさ」
「お前にはわからないだろうよ。勇者フレア。虐げられた俺達の気持ちなんて」
「俺達は自分の命なんて惜しくない。ただ、思い知らせてやりたいんだ。俺達を捨てた世界に、俺達が存在したんだって事をな!」

なんて事……。彼等は最初から死ぬ気なんだ。死を覚悟して行動している彼等には、私の言葉など届きはしない。恐らくメリアも同じ動機で動いているのなら、彼等のようにいつ命を投げ捨ててもおかしくない。せっかく再会出来そうな妹なのに、私はまた失ってしまうの……? 目の前が真っ暗になりそうなその現実に、私は膝から崩れ落ちそうになったのです。

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