勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第178話 掃きだめ

カイルは教会の人間と言う訳ではありませんし、彼が過去にどんな事をしていた人間かもわかっていません。ただ、いつの頃からか貧民街へ姿を現し、そしてゴロツキの巣窟だった場所にある程度の秩序をもたらしたと言う事だけしか知られていないのです。そして貧民街のまとめ役である彼に教会側が接触を図り、以来交流が続くことになっています。

「人捜し……ですか?」
「ええ。ここ最近、この辺りに住み着いた……もしくは、身を潜めている人物に心当たりがあれば教えて欲しいのです」

私がそう言うと、カイルは少しだけ考え込むように眉を顰め、視線を宙へと向けました。

「フレア様も知っての通り、ここは日常的に人が増えたり減ったりする地域です。漠然とした内容だと探しようがないのですが」
「それもそうですね。では……」

教皇様から聞いたメリアの様子を思い出しながら、私はどのような条件なら彼女達に当てはまるのか、思考を巡らせました。

「……極端に他者と関わりを持とうとしない者。それとは逆に、積極的に交流を持とうとする者。つまり、ここの住人として似つかわしくない行動を取る者を探しています。彼等はある考えの下、大規模な騒動を起こそうとしていますから、目立たないように動くか、仲間を増やそうとするか、そのどちらかの行動をとると思うのです」
「なるほど……そう言う条件なら……心当たりがあります。しかし、大規模な騒動とは穏やかじゃありませんな」
「ええ、まぁ……」

メリア達が具体的に何を狙っているのかがわからない以上、漠然とした言い方になってしまうのは仕方のないことです。短期的に見れば街のあちこちで破壊活動を同時に行う事もあるでしょうし、長期的に見れば組織に寄生して、国全体を腐らせるという手もあるはず。とりあえず潜入した者をすぐにあぶり出すには無理なので、今できることをするだけです。

「実は、フレア様が言うような人間が十人ほど、半年ぐらい前にこの貧民街へと流れてきました。若い者が絡んで返り討ちに遭ったようですが、こっちから手を出さない限り関わろうとしない連中なんで、あえて無視していたんですよ」
「それは……私が探している人間かも知れませんね。どこに住んでいるか案内して貰えますか?」
「ええ。構いませんよ。ただ……」

何か言いたげなカイルの視線にハッと気がついた私は、わかっていると頷いて見せました。

「もちろん、報酬はお支払いします。今は手持ちが無いので無理ですが、後で必ず届けます」
「そうですか……では、着いて来てください」

いつもなら即金で払っているだけに疑問に思ったようですが、一応納得したのか、カイルは背を向けると歩き始めました。錫杖を手に入れるために全部使ってしまいましたからね……。ちょっと考え無しでしたか。少し反省しつつ、私はカイルの後を慌てて追いかけました。

§ § §

カイルに案内された場所は、貧民街でも更に外れた場所にある、所謂掃きだめと言われていた場所でした。一口に貧民街と言っても一応棲み分けはされていて、例えば若くて元気のある世代の住む地域『表』や、売春などを生業にしている女性の集まる地域『花』、過去に犯罪を起こしたり、暴力を生業とした危険な人物が多く住む地域の『裏』、そして力も若さも持ち合わせていない老人や子供が多く住む地域が『掃きだめ』と呼ばれています。

お腹を空かせた子供が物欲しそうにこちらを見てきますが、フードを深く被って目線を合わせることを避けなければなりません。下手に食べ物でも施そうものなら、その少ない食料を巡って奪い合いが発生するので、食糧の配給などは一度に、しかも大量に行う必要があるのです。

(中途半端な優しさは毒にしかならない……)

聖女などと呼ばれることもある私ですが、こんな光景を目にする度に、自分の力の無さにため息が出そうになるのです。でもメリアは……あの子はこんな光景に我慢ができなくなって、なんとかしたくて、動こうとしているのでしょうね。

「ここです」

暗い考えに囚われている私がカイルの言葉にハッと顔を上げると、そこには一件の小屋が姿を現しました。物陰から観察すると、その異様さが一目でわかります。

「これは……物々しいですね」
「ええ。連中、戦争でもおっぱじめるつもりなのか、こんな小さな小屋で守りを固めているんですよ」

現れた小屋は、貧民街にあるものとは一線を画す作りになっていました。まず、小屋の大きさは他にあるものとさほど大きな違いはありません。しかし、窓や壁を補強するように鉄板が打ち付けられていて、小屋の周りはトゲトゲの付いた柵で囲まれているし、見張りのつもりなのか武器を手にした男が二人、鋭い目で周囲を警戒していたのです。

「なるほど……確かに、ただの浮浪者ではありませんね」
「ええ。それに、腕の方も立つようです。俺だと一対一でも何とかできるかどうかってところですね。ですが、フレア様なら」

カイルの言うように、見張りの物腰を見る限り、彼等はかなりの手練れに見えました。常時厳しい訓練を受けているこの国の聖騎士に匹敵するか、それ以上に思えます。多対一なら厳しい状況ですし、以前の私ならかなりの苦戦を強いられた事でしょう。しかし――

「問題ありません。たとえ武力に訴えられようと、私なら切り抜ける自信があります。ありがとうございますカイル。案内はここまでで結構です。あなたは下がって」
「フレア様……わかりました」

自分がいても邪魔になる。そんな気遣いで下がってくれたカイルに感謝しつつ、私は覚悟を決めて物陰から姿を現しました。当然、見張りをしている彼等がそれに気づかないはずがありません。素早く武器を構えると、私を挟み込むように左右に分かれました。

「何者だ?」
「人を探しています。メリアという何聞き覚えはありませんか?」

メリアと言う名に反応した彼等から、一気に殺気が膨れ上がりました。やれやれ……どうやら、剣を交えぬわけにはいかなそうですね。

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