勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる
第171話 眠る教皇
森から結構な距離を歩いて街まで帰還する頃には、もうすっかり日が暮れて辺りは暗くなっていました。
「やっと帰って来られました……流石に疲れましたね」
足を引きずるようにして帰ってくると、慣れ親しんだ街の空気が私を迎え入れてくれたような錯覚をしてしまいました。
「早く神殿に戻って報告しなければいけないんですが……」
最優先でやることはわかっていますが、長い間まともな食事を摂ることも無かった私にとって、通りの屋台や飲食店から漂ってくる美味しい料理の匂いは抗いがたい魅力がありました。
懐を探り、硬貨同士のぶつかるチャリッと乾いた音が微かに響いたのを確認すると、私は迷わず手近な屋台に足を向けます。神殿の地下に潜るだけだったため持ち出した現金はたかが知れていますが、使う機会もなかったのでそのまま残っていました。屋台で買い食いするぐらいは問題無く出来ます。
「すみません。串焼きを三つください」
「はいよ! 銅貨二枚――って、あんたフレア様か!?」
注文してきたのが私だとわかった途端、屋台のご主人は驚いた顔で固まってしまいました。勇者を名乗っている以上、国内に限り私はちょっとした有名人なので、顔を知っている人は少なからず居ます。私はそんな彼に笑いかけながら、代金である銅貨を手渡しました。
「長い間修行に出ていて今帰った所なんです。あんまり美味しそうな匂いがしたものですから」
「そうなんですか! いやいや、修行にねぇ。流石フレア様だ。あんたが帰ってきたなら教皇様も安心だろうね」
教皇様が……安心? どう言う事でしょうか。私がダンジョンに向かう時、わざわざ見送りに来てくださったのが教皇様です。かなりお年を召した方ですが、まだまだ元気そのもの。私にとっては親代わりのような存在です。その教皇様に何かあったんでしょうか? かすかに感じた嫌な予感を無理矢理抑え込み、私は務めて平静を装いました。
「教皇様に……何かあったんでしょうか?」
「あれ? ああ、そうか。今帰ってきたばかりなら知ってるはず無いよな。悪い悪い」
申し訳ないと頭を掻くご主人に表情を読まれないように頑張っていましたが、彼が次に口にした言葉を耳にした途端、私の余裕は消し飛びました。
「教皇様が倒れられたそうだよ。噂じゃ、もう長くないんじゃないかって――」
手に取りかけた串焼きが地面に落ち、背後で何か騒いでいるご主人の声が聞こえましたが、それどころではありません。私は疲れも忘れ全力で駆けだし、大急ぎで大神殿まで戻ってきました。地下に潜ったはずなのに、突然表から帰ってきた私に門番達が驚いていましたが、彼等の様子に構わず荒い息を吐きながら中へと急ぎました。
「フレア様!?」
「教皇様が倒れられたと聞きました。今はどのような様態なのですか?」
「それはその……」
神殿の奥、教皇様の寝室の前で顔なじみの神官と鉢合わせになりましたが、彼の煮え切らない返答に苛立ちばかりがつのります。
「かまいません。直接確かめます」
「あ、お待ちください! 今は――!」
私を止めようとした彼を押しのけ、教皇様の寝室へ強引に押し入ると、そこにはベッドの上に横たわる教皇様の姿がありました。
「教皇様!」
駆け寄り、教皇様の手を取って縋り付いても、彼からは何の反応もありません。幼い頃何度となく頭を撫でてくれた温かい手をギュッと握りしめ、全力で回復魔法を使ってみましたが、教皇様の意識が戻ることはありませんでした。私の魔法は修行の影響で以前より遙かに威力を増しているにもかかわらず、何の変化もないことに愕然としていると、さっき押しのけた神官の声が聞こえました。
「なぜ……病気や怪我ではないの?」
「原因不明なのです。我々もありとあらゆる魔法を試してみましたが、まるで回復する兆候が見られません。一つわかったのは、眠り続けているのが教皇様ご自身の意志だということだけです」
「どう言う……意味ですか?」
それが事実なら、教皇様は何者かに危害を加えられた訳ではなく、自分の意志で眠りについている事になってしまいます。でも、一体なぜ? 何のためにそんな事を? 意味がわからず困惑するだけの私に、神官は気の毒そうな顔を向けました。
「教皇様が何をお考えなのかは、私達にはわかりません。ですが……このまま眠り続けると、いかに教皇様と言えど衰弱死は免れないでしょう」
「!」
教皇様が亡くなられる? そんな事……想像もしたくありません。街を徘徊するだけの孤児だった私を引き取り、ここまで育ててくださった方が、顔も知らない生みの親より恩のある教皇様が亡くなるなんて……何としても防がなくては!
「何か……目を覚まさせる方法はないのですか?」
「我々の技術ではなんとも……申し訳ありません」
絶望的な気分になりかけたその時、神官のただ――と言う言葉が聞こえました。
「この世のありとあらゆる呪いを打ち払ったと言われた伝説の僧侶リチウム。彼の使っていたと言われる錫杖が手に入れば、ひょっとすれば……」
リチウム――かつて勇者ブレイブと共に旅をした三人の内の一人で。魔王討伐後は一時期ここリュミエルの教皇にまで上り詰めた人物。変わり者だったらしく、ある日を境に職を辞して貧困に喘ぐ人々を助けて回ったそうです。彼が冒険者時代に私用した武具は大神殿にいくつか残されているはずですが、回復魔法の威力を増幅し、どんな状態異常もたちどころに元に戻したと言われる錫杖は行方不明のままです。
仮にそれが手に入ったとしたら、ひょっとして教皇様の眠りも覚めるのでは……?
確証はありませんが他に手はありません。このまま教皇様が衰弱死する様子を見ているわけにもいきませんし、なんとかして探してみましょう。
「やっと帰って来られました……流石に疲れましたね」
足を引きずるようにして帰ってくると、慣れ親しんだ街の空気が私を迎え入れてくれたような錯覚をしてしまいました。
「早く神殿に戻って報告しなければいけないんですが……」
最優先でやることはわかっていますが、長い間まともな食事を摂ることも無かった私にとって、通りの屋台や飲食店から漂ってくる美味しい料理の匂いは抗いがたい魅力がありました。
懐を探り、硬貨同士のぶつかるチャリッと乾いた音が微かに響いたのを確認すると、私は迷わず手近な屋台に足を向けます。神殿の地下に潜るだけだったため持ち出した現金はたかが知れていますが、使う機会もなかったのでそのまま残っていました。屋台で買い食いするぐらいは問題無く出来ます。
「すみません。串焼きを三つください」
「はいよ! 銅貨二枚――って、あんたフレア様か!?」
注文してきたのが私だとわかった途端、屋台のご主人は驚いた顔で固まってしまいました。勇者を名乗っている以上、国内に限り私はちょっとした有名人なので、顔を知っている人は少なからず居ます。私はそんな彼に笑いかけながら、代金である銅貨を手渡しました。
「長い間修行に出ていて今帰った所なんです。あんまり美味しそうな匂いがしたものですから」
「そうなんですか! いやいや、修行にねぇ。流石フレア様だ。あんたが帰ってきたなら教皇様も安心だろうね」
教皇様が……安心? どう言う事でしょうか。私がダンジョンに向かう時、わざわざ見送りに来てくださったのが教皇様です。かなりお年を召した方ですが、まだまだ元気そのもの。私にとっては親代わりのような存在です。その教皇様に何かあったんでしょうか? かすかに感じた嫌な予感を無理矢理抑え込み、私は務めて平静を装いました。
「教皇様に……何かあったんでしょうか?」
「あれ? ああ、そうか。今帰ってきたばかりなら知ってるはず無いよな。悪い悪い」
申し訳ないと頭を掻くご主人に表情を読まれないように頑張っていましたが、彼が次に口にした言葉を耳にした途端、私の余裕は消し飛びました。
「教皇様が倒れられたそうだよ。噂じゃ、もう長くないんじゃないかって――」
手に取りかけた串焼きが地面に落ち、背後で何か騒いでいるご主人の声が聞こえましたが、それどころではありません。私は疲れも忘れ全力で駆けだし、大急ぎで大神殿まで戻ってきました。地下に潜ったはずなのに、突然表から帰ってきた私に門番達が驚いていましたが、彼等の様子に構わず荒い息を吐きながら中へと急ぎました。
「フレア様!?」
「教皇様が倒れられたと聞きました。今はどのような様態なのですか?」
「それはその……」
神殿の奥、教皇様の寝室の前で顔なじみの神官と鉢合わせになりましたが、彼の煮え切らない返答に苛立ちばかりがつのります。
「かまいません。直接確かめます」
「あ、お待ちください! 今は――!」
私を止めようとした彼を押しのけ、教皇様の寝室へ強引に押し入ると、そこにはベッドの上に横たわる教皇様の姿がありました。
「教皇様!」
駆け寄り、教皇様の手を取って縋り付いても、彼からは何の反応もありません。幼い頃何度となく頭を撫でてくれた温かい手をギュッと握りしめ、全力で回復魔法を使ってみましたが、教皇様の意識が戻ることはありませんでした。私の魔法は修行の影響で以前より遙かに威力を増しているにもかかわらず、何の変化もないことに愕然としていると、さっき押しのけた神官の声が聞こえました。
「なぜ……病気や怪我ではないの?」
「原因不明なのです。我々もありとあらゆる魔法を試してみましたが、まるで回復する兆候が見られません。一つわかったのは、眠り続けているのが教皇様ご自身の意志だということだけです」
「どう言う……意味ですか?」
それが事実なら、教皇様は何者かに危害を加えられた訳ではなく、自分の意志で眠りについている事になってしまいます。でも、一体なぜ? 何のためにそんな事を? 意味がわからず困惑するだけの私に、神官は気の毒そうな顔を向けました。
「教皇様が何をお考えなのかは、私達にはわかりません。ですが……このまま眠り続けると、いかに教皇様と言えど衰弱死は免れないでしょう」
「!」
教皇様が亡くなられる? そんな事……想像もしたくありません。街を徘徊するだけの孤児だった私を引き取り、ここまで育ててくださった方が、顔も知らない生みの親より恩のある教皇様が亡くなるなんて……何としても防がなくては!
「何か……目を覚まさせる方法はないのですか?」
「我々の技術ではなんとも……申し訳ありません」
絶望的な気分になりかけたその時、神官のただ――と言う言葉が聞こえました。
「この世のありとあらゆる呪いを打ち払ったと言われた伝説の僧侶リチウム。彼の使っていたと言われる錫杖が手に入れば、ひょっとすれば……」
リチウム――かつて勇者ブレイブと共に旅をした三人の内の一人で。魔王討伐後は一時期ここリュミエルの教皇にまで上り詰めた人物。変わり者だったらしく、ある日を境に職を辞して貧困に喘ぐ人々を助けて回ったそうです。彼が冒険者時代に私用した武具は大神殿にいくつか残されているはずですが、回復魔法の威力を増幅し、どんな状態異常もたちどころに元に戻したと言われる錫杖は行方不明のままです。
仮にそれが手に入ったとしたら、ひょっとして教皇様の眠りも覚めるのでは……?
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