勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第167話 アネーロの意志

「兄さん! なんで引き下がるのよ!」

俺以上に血の気の多い妹達が、今にも掴みかかってきそうな勢いで俺に詰め寄る。……コイツらがいてくれたおかげで、少し冷静さを保てていたようだ。じゃなきゃ、あそこでシェルパの野郎と切り結んでもおかしくなかった。

「少し落ち着け。あそこで暴れてもどうにもならないってのは、お前達にもわかってるだろう?」
「そうだけど……でも、悔しいのよ!」

アヴェニスはよほど悔しかったのか地団駄を踏んでいた。凄いな。本当にそれをやる奴は初めて見たぞ。

「お前達の悔しさもわかる。だが、お前達は俺がこのまま大人しく引き下がると思っているのか?」
「!」

驚いた顔でこちらを見る彼女達にニヤリと笑ってみせた。そう。俺だって悔しいのは同じだし、このまま引き下がるなんて癪だ。それにアネーロが処刑されるとわかっているのに、指をくわえて見ているつもりはないんだよ。シェルパの野郎の鼻を明かすためにもな。

「でも、具体的にどうするつもりなの?」
「決まってるだろ。正面からが無理なら忍び込むまでだ」

§ § §

夜。宿から密かに抜け出した俺達は、王城内へと侵入を果たしていた。警戒厳重な城に忍び込むなんてアサシンでも苦労するだろうが、俺達なら造作もない。以前なら難しかっただろうが、魔境での修行で色々と妙な技を身につけているからな。

「……巡回が来る」

イプシロンの忠告に頷き、全員が呼吸すら止めて気配を完全に絶った。これこそさんざん魔物に襲撃された末に得た技だ。正面に立っていてもなんとなくそのまま見過ごしてしまうほど気配が微弱になる技で、潜入にはもってこいだ。今もすぐ近くまで来ていた巡回の兵士が、こちらの事を気にもしないで通り過ぎていった。城に潜入してからそんな兵士をすでに何人もやり過ごしている。襲撃を避ける事もでき、戦闘でも役に立つ便利な技。これを身に着けられただけでも魔境に行った甲斐があったな。

「当たりっぽいな」

国によって造りは様々だろうが、城に作られている牢屋なんて大体地下にあるに決まっている。だから俺達は最初から地下に伸びる階段だけを探して城の中を彷徨った。結果、三十分ほどウロウロしただけで目的の場所にたどり着けたようだ。

気配と足音を消しながら身長に地下へと降りていく。城内に備え付けられたランプの光が届かなくなり、代わりにユラユラと揺れる松明の灯りが目に入ってきた。地下牢は階段からまっすぐ通路が端まであり、その両端に作られた牢に囚人が閉じ込められているようだ。それでも牢の数は全部で二十もないだろう。

ジリジリとした足取りで一番下まで降りた。気配から察するに、この牢周辺にいる人数は五人ほどか。アネーロ達三人が別々の牢に入れられているとしても、見張りは二人と言うことになる。通路の先に目をこらすと、そこには椅子に座ったまま船を漕いでいる二人の見張りが確認出来た。侵入者がいるとは欠片も思っていないんだろう。それか、アネーロ達が牢破りをしないと考えているかだ。だがこれはこちらにとって好都合。念には念を入れて、深い眠りに落ちてもらわねば。

妹達に手振りで合図を送る。それだけで何をするべきか察した二人は、音も無く通路の先に向けて駆けだした。

「う」
「ぐ……」

見張りの二人は短くうめき声を上げて白目を剥いた。背後から頭を殴られれば誰でもそうなるだろうが、一応引き上げる前にポーションで回復させておいてやるか。

「……何者だ?」
「俺だ。アネーロ」
「!」

薄暗い牢の中から問いかける声に対して、俺は顔を覆っていた覆面を外すことで答えた。アネーロは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻す。

「バンディットか。一体何をしにこんな所までやってきた?」
「何をしに? 決まっているだろう。お前達を助けるためだ」

当たり前のようにそう答えた俺をアネーロはしばらく黙って見つめた後、スッと視線を下げた。

「……申し訳ないが、帰ってくれないか」
「な!?」

信じられない返答に二の句が継げない。俺がここまでやって来たら、当然アネーロ達もすぐに脱出すると思っていた。他に選択肢はないだろうとと、端っから断られる可能性すら考慮に入れてなかったんだ。

「……国王陛下が私を投獄するように命じたのなら、私はそれに従わなくてはならない。勇者と呼ばれた者なら尚のこと。牢破りなどをするわけにはいかん」
「そうは言うがアネーロよ。お前、この後自分達がどんな罪で裁かれるか知らないんだろう?」

シェルパの野郎は死罪だと言っていた。このゼルビスの法には詳しくないが、あれだけ死罪死罪と連呼して実は軽微な犯罪でしたってわけもあるまい。だからアネーロも自分がすぐに釈放されると思っているはずだ……と、俺は考えたんだが――俺の予想はまたも裏切られた。

「知っている。反逆罪は何者であろうと死罪だ。私は近いうちに処刑されるだろう」
「……知ってたのかよ。知っててなんで逃げ出さないんだ? シェルパが騒いだところで、お前の罪はでっち上げなんだろう? 無実なら、生き残るために戦えよ! それに、お前の仲間はどうなるんだ? このままじゃ、お前に付き合って処刑されちまうんだぞ?」

生きることを諦めているかのようなアネーロの態度に、俺は怒りが沸々と湧き上がる。魔境で背中を任せて戦った勇敢な男はいったいどこに姿を消したんだ? コイツはいつからこんな腑抜けになった? 何も言わないアネーロを怒鳴りつけてやろうと口を開きかけたその時、静かな声が別の牢から届いた。

「良いのです、バンディット殿。我々なら気にしていません」

声の主はアネーロの従者の一人、紅一点のスイレイだった。彼女は理不尽な死が目前に迫っているというのに、少しも焦った様子がなく、静かに微笑んですらいる。

「アネーロ様が国の決定を受け入れると決めたのなら、我々はそれに従うだけです。たとえそれがえん罪であったとしても。旅に出る時、我々の命はアネーロ様に預けてあります。どう使うかはアネーロ様次第です」
「……すまん。二人とも」

そんなスイレイに向かって短く詫びるアネーロも、自分の命などどうでもいいと思っているように見える従者二人も、俺には少しも理解出来なかった。

「イカレてるぜ……お前等」
「そうかも知れない。だが、私は陛下に忠誠を誓って今まで生きてきた。不器用に見えるだろうが、今更他に生き方を選べんのだ」
「…………」

アネーロの意志は固い。これ以上俺が説得を試みたところで、心変わりは難しいだろう。素人なら気絶させてから担いで逃げるって手もあるが、アネーロ達相手にそれは通用しない。本人にその気が無いのに抵抗されれば、俺達に出来る事はなくなるんだ。

「……本当にいいんだな?」
「ああ。構わない。だがバンディットよ。ここまで来てくれた事には心から感謝している。これから先、お前達の旅が無事に行くよう、祈りを捧げているよ」

それだけ言って目を閉じたアネーロに、俺は掛ける言葉を持っていなかった。戸惑う妹達に首を振り、俺達は元来た道を静かに戻っていく。アネーロよ。お前が決めた生き方なら仕方ない。最後ぐらいは見届けてやるぜ。俺は心の中で呟くと、地面を蹴る足に力を込めた。

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