勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第165話 シェルパ

バリオスからベルシスまでの距離は、魔境から戻ってくることを思えば随分と短い。それでも二三日で到着するような所でもないので、俺達は乗合馬車を使ってゆっくりと進むことにした。

「なんか久しぶりだね、こんなにゆっくり動くの」
「そうね。魔境じゃ景色を楽しむどころじゃなかったし、帰りは早馬だったからね」

妹達のそんな会話を耳にしながら、俺はコクリコクリと船を漕いでいた。ここ最近は戦い詰めだったからな。油断するとすぐに眠ってしまいそうになる。だからと言って油断しているわけじゃなく、何かあればいつでも飛び起きられる体勢だ。ベルシスの国境を無事に越え、後は何カ所かの街を経由して王都を目指せば良いと思っていたんだが、途中で泊まった宿で妙な張り紙を見つけてしまった。

「アネーロが反逆罪で逮捕……? どう言う事だ?」
「見て兄さん。こっちには新しい勇者の名前が書かれてる。シェルパ……って名前みたい」

シェルパ? 聞いたことない奴だ。それよりアネーロが逮捕ってのは何なんだ。あいつ等と別れたのはつい最近だし、何か国でトラブルがあったとも聞いてなかった。この短い時間に何があったんだ……。

「兄さん。どうする?」

妹の一人、アヴェニスが首をかしげながらそう訪ねてきた。もともとこの旅の目的はアネーロ達の力を借りること。そのアネーロ達が捕まったとなったら、諦めて帰るのも選択肢の一つだろう。だが――

「決まってる。このまま王都に向かうぞ。事の顛末を確認しないとスッキリしないからな」
「そうこなくっちゃね」

もはや親友と呼んでも良い仲になったアネーロを見捨てる選択肢はない。俺は決意を固め、ベルシスの王都を目指した。

§ § §

――シェルパ視点

俺とアネーロの差がついたのはいつだっただろう? 俺の銀鱗族とアネーロ金鱗族はどちらも武門によって立つ一族で、この国を古くから支えている名門だ。歳も性別も同じな上に、幼い頃から頭角を現してきた俺達だっただけに、互いに一族の期待が凄まじかった。あいつだけには負けるな。奴に負けるのは一族の恥。負ければお前に存在価値はない。そんな事を子供の頃から言われ続けたというのに、ハッキリと決着をつける機会もなかった。モヤモヤした気持ちを抱えながら過ごしていたある日、降って湧いたのが勇者選定の闘技会だ。

俺は驚喜したね。これでアネーロの奴を公衆の面前で叩きのめせる。俺の実力を国中に知らしめることが出来る。そう思った。そもそも、俺と奴の性格は水と油だ。奴は自分を高めること以外に興味は無いとばかりに、金や女には目もくれなかった。一族を纏めて行くには政治力も必要だというのに、そんな俺を嘲笑うように奴は槍ばかり振り回していたんだ。

腹が立った。いけ好かない態度が。俺が大事に思っているものを切って捨てるその態度が。だから思い知らせてやりたかった。お前の努力など無駄なんだと。勇者に選ばれるのは、戦う以外何も出来ないお前ではなく俺なんだと。だと言うのに、俺は奴に敗れた。

多くの国民が見守る中、国王陛下の眼前で、俺は奴に完膚なきまでに叩きのめされた。俺の槍は奴に掠りもしなかった。俺だって遊んでいたわけじゃない。暇を見つけては鍛錬を欠かさなかったし、国では五指に入る腕前だと評判だったんだ。なのに結果はこれだ。突きつけられた冷たい槍の穂先にたじろいだ俺を誰かが笑った。静まりかえった闘技会で、それは酷く大きく聞こえた。声の主を探し出して八つ裂きにしてやりたい衝動に駆られた。だが、最も俺を傷つけたのは、アネーロの目だった。

まるで同情するような奴の目。あれは弱者に対する哀れみの目だ。その日から、俺の生活は地獄と化した。一族のもの達による遠慮のない罵倒。関わりのない第三者は平然と俺をこき下ろした。正に国中の笑いものだ。俺に媚びへつらっていた連中は手の平を返したように離れていったさ。……恨んだね。アネーロの奴を奴さえ居なければ、俺はこんな目に遭わずに済んだ。奴が邪魔しなければ、俺は皆の期待を一身に背負い、勇者として名を馳せていたはずなんだ。それなのに……!

「力を貸そうか?」

酒場で飲んだくれ、とぼとぼと自宅へ帰る途中に出会った男は、突然そんな言葉を口にした。

月夜の晩だ。フードを深く被った男の表情は見えない。だが、フードの上からでも大体の体格は推測出来た。尻尾がないからリザードマンではない。身長は180センチほどか? ガッシリした体格で、明らかに戦いを生業としている人間の所作だった。武器にこそ手をかけていないものの、俺はその男から一時も目が離せなかった。なぜなら、男の雰囲気は尋常なものではなく、普通の人間とは明らかに違う存在だとわかったからだ。

(油断したら殺される……!)

さっきまでの酔いなど一瞬で覚め、油断なく男に対して身構える。こんな事なら槍の一本でも持ち歩いておくんだった――そんな悪態が口から出そうになるのを堪えて、俺は男を睨み付けた。俺の緊張が伝わったのか、男は両手を広げて武器を持っていないとアピールしてくる。

「そう警戒しなさんな。俺はただのボランティアでね。世界中を巡っては、アンタみたいに不遇な人を助けて回ってるのさ」
「それを真に受けるほど俺は間抜けじゃないぞ」
「いや、結構間抜けだと思うがね。力の差もわからないんだから」
「!」

それが今の状況を指すのか、それともアネーロとの差を指すのか、判断はつかなかった。だが罵倒された瞬間俺は頭に血が上り、男に対して跳躍していた。ただの人間なら拳一つで何とかなる。避けられたところで尻尾でなぎ払えば良い。そんな俺を嘲笑うように、男はスッと腕を前に突き出した。

「そんな細腕で防げるものか!」

生半可な防御なども腕ごと叩き潰してお終いだ。だが、俺が振り抜いた拳が男に届くことはなかった。なぜなら俺が渾身の力で振り抜いた拳は、男の指先一つで止められていたからだ。

「馬鹿……な。こんな……」
「見ての通り、アンタと俺の差は圧倒的だ。俺が本気を出したらアンタはあっと言う間に挽き肉になっちまう。これで少しは実力差を理解したか?」

屈辱で震える俺に、男は優しく声をかける。しかし、優しいのは声だけだ。男の体から発する雰囲気は剣呑なままで、下手に選択肢を間違えようものなら、その場で殺されるような恐怖がある。

「……何が目的だ?」
「お、やっと話を聞く気になったか? 俺の目的は簡単だ。さっきも言ったように、アンタみたいに力を求める奴を助けたいのさ。もっとも、その方法がまともだとは言わんがね」

そう言って、男は被っていたフードを取った。月の光に浮かび上がったその姿に俺は驚愕する。浅黒い肌と、人を人とも思わない冷たい目。その姿は間違えようもない、人類天敵――魔族のものだった。

「魔族だと……魔族がなんで俺を……」
「力が欲しいんだろ? 例えば、アネーロを叩き潰せるような凄まじい力を」

思わずピクリと反応した俺を面白がるように男は笑う。

「俺が力を貸せば、アンタはこの国で並ぶものが居なくなるほど強くなれるぜ。それも圧倒的にな」
「……馬鹿な。そんな都合の良い方法が――」
「見返したくないのか? 自分を馬鹿にした連中を。手の平を返して見下した連中を。なにより、アンタをそんな境遇に追いやった勇者アネーロを」

俺の言葉など聞いていないように、男は一方的にまくし立てる。それは意図せず俺の心を激しく揺さぶった。力が欲しい。力さえあれば、好き放題言ってくれた奴等に仕返しが出来る。力さえあれば、アネーロの奴に復讐することが出来る……!

「想像してみなよ。そんな連中が足下に這いつくばった状況を。本来アンタが得られるはずだった地位も名誉も奪っていったアネーロを、叩きのめしたくはないのか?」
「…………」

ああ……それができたらどれだけ気分がいいだろう? 俺から何もかもを奪っていったアネーロ。あいつを俺と同じ……いや、もっと酷く惨めな立場に追いやることが出来たなら、それはこれ以上ないほどの娯楽と言える。俺は知らず知らず、男に対して一歩、二歩と距離を詰めていた。

「……本当に……強くなれるのか?」
「ああ、もちろんだ。この手を取ればお前をすぐに強くしてやる。だから一緒に暴れようぜシェルパ」

迷いながらも、俺はゆっくりと男に手を伸ばした。男は満面に笑み浮かべながらそれを握り返してきた。そして次の瞬間、この国に最強のリザードマンが生まれたのだった。

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