勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる
第158話 狂人ソルシエール
――シエル視点
ラピスちゃんと出会う前、自分はそこそこの腕前を持つ魔法使いだと思っていた。難しい依頼も何度かこなし、ギルドで待機すれば参加要請をしてくるパーティーも多い。そしてラピスちゃんと仲間になって、厳しい修行をこなし、一流と呼んで良い魔法使いになったと思っていた。でも、それはただの奢りだと思い知らされた。
「よし、五分休憩終わり。じゃあ次ね」
「ま、待ってください!」
「待たない」
歴史に名を残す大魔導士であるソルシエール様直々に鍛えられるなんて、名誉意外の何ものでもないと思った。他の魔法使いが聞いたらみんな、自分が代わりたいと手を上げてくるのも予想出来る。ただ、今の私は、代われるものならすぐ誰かに代わって欲しかった。
ソルシエール様の修行は過酷だった。いえ、過酷なんて言葉じゃ表現しきれないほどの厳しさだった。肉体的な疲労はさほどでもないけど、精神的な疲労がとんでもない。彼女の修行と言うのは、精神だけを徹底的に鍛える特殊なものだったから。
――臨死体験をさせる
そう言われた時、私はソルシエール様が何を言っているのか理解出来なかった。臨死体験と言う言葉自体は知っている。死の淵を彷徨うような大怪我をしたり、何らかの大病から生還したりした人が体験するあれのことだ。冒険者なんて家業をやっているからその手に話はよく聞くけど、まさか自分が……それも、ベッドに寝たまま体験する羽目になるとは思わなかった。
頑丈な革のベルトでベッドに括り付けられ、身動き出来なくなった私の頭にソルシエール様が手をかざす。どんな魔法なのかはわからないけど、私はそれだけで意識が落ちるのを感じた。
次の瞬間、私は自分が真っ暗闇の中に居ることに驚いた。意識はある。あるけれど……まるで夢の中に居るようにふわふわした感覚だ。自分の体なのに自分じゃないような感覚は面白くて、最初はすぐに目が覚めるだろうと思った。でも違っていた。暗闇の中を彷徨う内に、私は次第に恐怖を感じるようになっていた。それはそうだろう。自分の体すらよく見えない暗闇の中に長時間放置されたら、大抵の人間は精神をやられてしまう。暗闇に恐怖を感じる――これは生物としての本能だからどうしようもない。
恐怖に囚われた私は、何度か自力での帰還を試みた。目が覚めろ目が覚めろと何度も絶叫したし、魔法を使って何とか出来ないかと試してもみた。無闇矢鱈に走り回ってコケたり、意味も無く手足を振り回したりもしてみた。でも、それは全てが無駄だった。
時間の感覚もわからなくなり発狂しそうになって、涙と鼻水と涎にまみれながら、ここから出してくださいと叫び続けた。だけど、私をこんな目に合わせたソルシエール様に対して怒りは感じなかった。感じたのは恐怖だけ。一見まともに見えるけど、やっぱりどこかおかしい人なんだと再確認しただけだった。躾と称してウェアウルフの耳や尻尾を引きちぎるような人だもの。まともなはずがないのよ。
精神がすり減り、自分が何者なのか、何のためにこんな事をしているのかもわからなくなりかけた時、私は唐突に、現実へと引き戻された。
「目が覚めた?」
目の前にソルシエール様の顔を見た途端、全身から一気に冷や汗が噴き出てきた。ガタガタと歯が鳴るのを抑えられない。酷い風邪でもひいたみたいに全身が細かく震える。魔王と対峙した時と同じかそれ以上の恐怖が体を支配する。ヒッヒッと、引きつけのような声が自分の口から漏れているのがわかった。涙で濡れる私の前で、ソルシエール様が首をかしげているのが見えた。
「ん~……。思ったより魔力量が増えてないわね。もう少し何とかなると思ったんだけど。ま、一度で無理なら何回か繰り返せばいいか」
出来の悪い子供の躾けを悩む親のように、本人の意思なんて無視した結論を出したソルシエール様は、再び私の頭に手を寄せてくる。私は取り乱しながらも、何とかその手から逃れようと身を捻った。
「待ってください! 今のはいったい何なんですか!? 私は何をされたんですか!? せめて説明ぐらいしてください!」
「説明はしたじゃない。臨死体験をさせるって。死の淵を彷徨って生還した魂は強度を増す。だから君の魂を私の力で死の淵に立たせていたのよ。君の精神が弱すぎると本当に死んでしまう可能性もあったけど、仮にも勇者パーティーの一員だし、その確立は低いから大丈夫よ」
死の淵に立たせる? と言う事は、今のは本当に死にかけてたって事? ゾッとした。――頭がおかしいとかそんなレベルじゃない。一刻も早くこの狂人の魔の手から逃れなくては、文字通り命がいくつあっても足りなくなる。咄嗟に逃げようとした私だったけど、今更ながら、自分がベッドに縛り付けられているのを思い出した。
「くっ! 何で!?」
「はいはいジタバタしない。これを何度か繰り返すだけで魔力量が飛躍的に増えるんだから。寝てるだけで強くなれるなんて君は運が良いよね」
満面の笑みを浮かべるソルシエール様に、そんなわけあるか! と言う叫びが私の口から出ることはなかった。何故なら、すぐ私の意識は暗闇の中に落ちたのだから。
精神がすり減り、暗闇の縁から生還する事数度、荒い息を吐きながらなんとか自分が何者であるのかを思い出す。私は……シエル。……魔法使い。そう。魔法使いだ。みっともない悲鳴を上げながら泣きわめく雌豚なんかじゃない。仲間はラピスちゃん、カリン、ルビアス、ディエーリア。ここに来た目的は……なんだったっけ? ああ、そうだ! ソルシエール様に助けられたんだった。
「まだまだ物足りないけど……まあ、これで魔力量だけは一人前になったかな。明日からは魔力のコントロールをやるよ。今日はそのまま休みなさい」
まるで実験動物みたいに私を観察した後、そんな台詞を口にしたソルシエール様は、用は済んだとばかりに部屋から出て行った。やっと休めるの? 本当に休んで大丈夫なの? 寝た瞬間、またあの暗闇の中に居るんじゃないの? そんな疑念が残ったままで、素直に寝る気にはならない。ただ、体と精神は極度に疲労していたし、寝ようと思えば一瞬で寝られるはずだ。
「……精神力も鍛えられてるってことかな」
何度か暗闇と現実を行き来することで、僅かばかり私の精神もタフになったみたいだ。暗闇に落とされる可能性があるというのに、少しは眠る気になっているんだから。でもその前に――
「水ぐらい飲みたいしねっ――て、何よこれ!?」
起き上がろうとした私は自分の体が全然動かない事に驚いた。なんてことだろう。あの人、私をベッドに縛り付けたまま部屋を出て行ったみたいだ。
「ちょっと! ソルシエール様! これ外してください! ねえ聞いてるの!? 誰か! 誰かいないの!? 助けて――!」
暗闇から脱出したと思ったら、現実世界でも似たような悲鳴を上げることになるなんて想像もしなかった。結局、私が解放されたのはそれから一時間ほど経ってからで、尿意が限界にきた時だった。
ラピスちゃんと出会う前、自分はそこそこの腕前を持つ魔法使いだと思っていた。難しい依頼も何度かこなし、ギルドで待機すれば参加要請をしてくるパーティーも多い。そしてラピスちゃんと仲間になって、厳しい修行をこなし、一流と呼んで良い魔法使いになったと思っていた。でも、それはただの奢りだと思い知らされた。
「よし、五分休憩終わり。じゃあ次ね」
「ま、待ってください!」
「待たない」
歴史に名を残す大魔導士であるソルシエール様直々に鍛えられるなんて、名誉意外の何ものでもないと思った。他の魔法使いが聞いたらみんな、自分が代わりたいと手を上げてくるのも予想出来る。ただ、今の私は、代われるものならすぐ誰かに代わって欲しかった。
ソルシエール様の修行は過酷だった。いえ、過酷なんて言葉じゃ表現しきれないほどの厳しさだった。肉体的な疲労はさほどでもないけど、精神的な疲労がとんでもない。彼女の修行と言うのは、精神だけを徹底的に鍛える特殊なものだったから。
――臨死体験をさせる
そう言われた時、私はソルシエール様が何を言っているのか理解出来なかった。臨死体験と言う言葉自体は知っている。死の淵を彷徨うような大怪我をしたり、何らかの大病から生還したりした人が体験するあれのことだ。冒険者なんて家業をやっているからその手に話はよく聞くけど、まさか自分が……それも、ベッドに寝たまま体験する羽目になるとは思わなかった。
頑丈な革のベルトでベッドに括り付けられ、身動き出来なくなった私の頭にソルシエール様が手をかざす。どんな魔法なのかはわからないけど、私はそれだけで意識が落ちるのを感じた。
次の瞬間、私は自分が真っ暗闇の中に居ることに驚いた。意識はある。あるけれど……まるで夢の中に居るようにふわふわした感覚だ。自分の体なのに自分じゃないような感覚は面白くて、最初はすぐに目が覚めるだろうと思った。でも違っていた。暗闇の中を彷徨う内に、私は次第に恐怖を感じるようになっていた。それはそうだろう。自分の体すらよく見えない暗闇の中に長時間放置されたら、大抵の人間は精神をやられてしまう。暗闇に恐怖を感じる――これは生物としての本能だからどうしようもない。
恐怖に囚われた私は、何度か自力での帰還を試みた。目が覚めろ目が覚めろと何度も絶叫したし、魔法を使って何とか出来ないかと試してもみた。無闇矢鱈に走り回ってコケたり、意味も無く手足を振り回したりもしてみた。でも、それは全てが無駄だった。
時間の感覚もわからなくなり発狂しそうになって、涙と鼻水と涎にまみれながら、ここから出してくださいと叫び続けた。だけど、私をこんな目に合わせたソルシエール様に対して怒りは感じなかった。感じたのは恐怖だけ。一見まともに見えるけど、やっぱりどこかおかしい人なんだと再確認しただけだった。躾と称してウェアウルフの耳や尻尾を引きちぎるような人だもの。まともなはずがないのよ。
精神がすり減り、自分が何者なのか、何のためにこんな事をしているのかもわからなくなりかけた時、私は唐突に、現実へと引き戻された。
「目が覚めた?」
目の前にソルシエール様の顔を見た途端、全身から一気に冷や汗が噴き出てきた。ガタガタと歯が鳴るのを抑えられない。酷い風邪でもひいたみたいに全身が細かく震える。魔王と対峙した時と同じかそれ以上の恐怖が体を支配する。ヒッヒッと、引きつけのような声が自分の口から漏れているのがわかった。涙で濡れる私の前で、ソルシエール様が首をかしげているのが見えた。
「ん~……。思ったより魔力量が増えてないわね。もう少し何とかなると思ったんだけど。ま、一度で無理なら何回か繰り返せばいいか」
出来の悪い子供の躾けを悩む親のように、本人の意思なんて無視した結論を出したソルシエール様は、再び私の頭に手を寄せてくる。私は取り乱しながらも、何とかその手から逃れようと身を捻った。
「待ってください! 今のはいったい何なんですか!? 私は何をされたんですか!? せめて説明ぐらいしてください!」
「説明はしたじゃない。臨死体験をさせるって。死の淵を彷徨って生還した魂は強度を増す。だから君の魂を私の力で死の淵に立たせていたのよ。君の精神が弱すぎると本当に死んでしまう可能性もあったけど、仮にも勇者パーティーの一員だし、その確立は低いから大丈夫よ」
死の淵に立たせる? と言う事は、今のは本当に死にかけてたって事? ゾッとした。――頭がおかしいとかそんなレベルじゃない。一刻も早くこの狂人の魔の手から逃れなくては、文字通り命がいくつあっても足りなくなる。咄嗟に逃げようとした私だったけど、今更ながら、自分がベッドに縛り付けられているのを思い出した。
「くっ! 何で!?」
「はいはいジタバタしない。これを何度か繰り返すだけで魔力量が飛躍的に増えるんだから。寝てるだけで強くなれるなんて君は運が良いよね」
満面の笑みを浮かべるソルシエール様に、そんなわけあるか! と言う叫びが私の口から出ることはなかった。何故なら、すぐ私の意識は暗闇の中に落ちたのだから。
精神がすり減り、暗闇の縁から生還する事数度、荒い息を吐きながらなんとか自分が何者であるのかを思い出す。私は……シエル。……魔法使い。そう。魔法使いだ。みっともない悲鳴を上げながら泣きわめく雌豚なんかじゃない。仲間はラピスちゃん、カリン、ルビアス、ディエーリア。ここに来た目的は……なんだったっけ? ああ、そうだ! ソルシエール様に助けられたんだった。
「まだまだ物足りないけど……まあ、これで魔力量だけは一人前になったかな。明日からは魔力のコントロールをやるよ。今日はそのまま休みなさい」
まるで実験動物みたいに私を観察した後、そんな台詞を口にしたソルシエール様は、用は済んだとばかりに部屋から出て行った。やっと休めるの? 本当に休んで大丈夫なの? 寝た瞬間、またあの暗闇の中に居るんじゃないの? そんな疑念が残ったままで、素直に寝る気にはならない。ただ、体と精神は極度に疲労していたし、寝ようと思えば一瞬で寝られるはずだ。
「……精神力も鍛えられてるってことかな」
何度か暗闇と現実を行き来することで、僅かばかり私の精神もタフになったみたいだ。暗闇に落とされる可能性があるというのに、少しは眠る気になっているんだから。でもその前に――
「水ぐらい飲みたいしねっ――て、何よこれ!?」
起き上がろうとした私は自分の体が全然動かない事に驚いた。なんてことだろう。あの人、私をベッドに縛り付けたまま部屋を出て行ったみたいだ。
「ちょっと! ソルシエール様! これ外してください! ねえ聞いてるの!? 誰か! 誰かいないの!? 助けて――!」
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