勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第155話 正体

「大体破壊出来たみたいね……」
「ただの一撃でこの威力……流石師匠」

シエルとルビアスがあまりの惨状に呆然と呟く。眼下には破壊尽くされた巨城の姿がある。あちこちから火の手が上がり、動ける人間が右往左往して忙しく走り回っている様子が見えた。この状況だと彼等には何が起こったのかも判断出来ていないに違いない。帝国の奥深くにある帝都。その象徴とも言える城が破壊されるなんて、想像もしていなかっただろう。

「う……」
「ラピスちゃん!?」

力が抜けてずり落ちそうになる俺を、カリンとディエーリアが慌てて支える。魔力を限界まで放出して、思っていた以上に消耗しているようだ。飛行魔法はもちろん、今なら指先に小さな炎を灯すのも難しい。

「消耗が激しいわね。追っ手が来ないうちに撤退を――」
「何か来る! 下だ!」
「え!?」

強烈な殺気を受けて反射的にそう叫んだ。カリンとルビアスは素早く剣を抜いて対応しようとしたものの、足場もない空中で出来る事などたかが知れている。猛烈な勢いで迫ってきた何者かの一撃を、剣を盾代わりにして受け止めるのが精一杯だった。

「きゃああ!」
「マズい! 離れたら!」
「――風の精霊よ!」

衝撃で全員の手が離れてバラバラになる寸前、ディエーリアの精霊魔法によって強引に風を作りだし、空中分解することだけは何とか避けられた。だがこれで安心というわけにもいかない。まだ敵はいるのだから。

「シエル! 全力で退避だ!」
「り、了解!」

彼女が持てる魔力を総動員し、一気にその場から加速し始めた。だけど敵は更に早く、こっちは五人一塊になってるために、速度差は明白だ。続く第二撃は何とか防げたものの、次の一撃を持ちこたえることは出来ず、俺達はきりもみ状態で地面に叩きつけられた。その衝撃で覆面やローブがズタズタになっていく。

「あぐ!」
「かはっ!?」

いくら高度を下げていたとは言え、結構な勢いで地面と激突したんだ。全員が一瞬息も出来ないほどのダメージを受けた。帝都からは少し離れた位置まで来られたが、馬の足ならすぐ来られる距離だ。これはマズいな。

「ほう……。あれだけの事をやらかしたのだ。ただ者ではないと思ったが、やはり貴様か。ラピスよ」
「!」

何とか立ち上がった俺達の前に降りてきたのは、剣を携えた一人の男だった。決して大男というわけでもないが、全身から感じる覇気はその体を何倍も大きく感じさせる。その髪色は彼の苛烈な性格を表すように、燃えるような赤だ。その目は猛禽のように鋭く、並の人間なら卒倒するような殺気が込められている。

「皇帝……」
「うそ……なんで……」
「……仕留め損なっていたか」

仕留められる可能性は低いと思っていたが、やはり失敗していたのか! その上追っ手が皇帝本人とは。コイツ……。

「まさか飛行魔法が使えるなんて……」
「ふん! お前達だけが使える魔法だとでも思っていたのか? そんなわけがあるまい。それより貴様等――」

ギロリと睨まれてルビアス達は武器を手に身構える。彼女達もコイツがただ者じゃないと気がついたみたいだ。

「ボルドールだけではないか。そっちのエルフは報告を受けていたゼルビスの者だな? 大方、余の命を奪ってレブル帝国の動きを止めようとしたのだろうが……残念だったな。余はこの通り生きておる」

だが、まったくの無傷というわけでも無さそうだ。奴の体からはあちこち出血しているし、青黒く変色している部分もある。たぶん骨の一二本は折れているはずなのに、まったく痛そうな素振りすら見せない。まるで痛みを感じていないようだ。本当に痛くないってことはないだろうから、それだけコイツの精神力がタフだってことなんだろう。

「これだけの事をしでかしたのだ。貴様等はこの場で殺す。いい加減、余の覇道の邪魔になってきたのでな」

奴がブン――と剣を振るうと、それだけで風圧が迫ってきた。思わず顔をしかめる。マズいなこれは……かなり強いぞ。だが、ルビアス達は怯まない。威圧されるどころか、正面から堂々とにらみ返す。

「何を言うか。ここで死ぬのは貴様だ皇帝! 貴様が魔族と繋がり、各国で悪事を働いていたのは明白! ここで貴様を倒し、悪の芽を摘ませてもらおう!」

ルビアスがそう啖呵を切るのと同時に、他の面子が皇帝を取り囲むように距離を取る。シエルはディエーリアと共に大きく後ろに下がり、ルビアス、カリン、俺は三方から皇帝を斬りかかれる位置だ。だが――

「大きく出たな、ボルドールの王女よ。しかし、貴様等が余に敵うと思うか? 見たところ、余とまともに戦えるのはラピス一人。そのラピスも先ほどの大魔法で使い物にならないようだ。それで勝てるなどと……思い上がるな!」

皇帝が動いた。奴は正面に立つルビアスへ一気に迫ると、その頭を砕くような一撃を振り下ろす。咄嗟に反応したルビアスはその一撃を鼻先すれすれで何とか躱したものの、次に襲いかかってきた攻撃を躱し損ねた。

「くっ!?」
「ルビアス!」

体勢を崩したルビアスを助けるべくカリンが飛び込む。だが皇帝が力強く振り抜いた剣は、それを受けたカリン達の体ごと彼女達を吹き飛ばした。

「うあ!」
「きゃ!?」
「させるか!」

彼女達に追撃させないように俺も武器を片手に襲いかかるが、普段と比べものにならないほど遅い。まるで他人の体になったような感覚だ。

「話にならんな」

そんな俺の攻撃を、皇帝は鼻で笑いながら余裕を持って躱す。反撃に振り抜かれた剣は死を予感させるに十分だったが、それは飛来したディエーリアの矢で中断された。

「ラピスちゃん! みんな! 落ち着いて!」
「牽制するわ! 隙を見つけるのよ!」

ディエーリアが立て続けに矢を、シエルが細かな魔法を放ち、皇帝に追撃させないように援護してくれる。

「鬱陶しいぞ! まず貴様等から死ね!」

皇帝が二人に手を掲げると、一瞬で巨大な魔力が膨れ上がる。あれは――

「二人とも防げ! 防御に集中するんだ!」
「結界を!」

巨大な炎の塊が皇帝の手から放たれた。それはシエルの張った結界に阻まれたが、魔法は一発だけで終わりではない。二発、三発と立て続けに巨大な魔力をぶつけられ、シエルは次第に耐えられなくなった。

「も、もう限界!」

悲鳴を上げるシエルの結界が砕かれる。炎はそのまま彼女に襲いかかるかと思ったが、その炎を蹴散らし、飛び出してきた一匹の獣が現れた。

「ソル!」
「ほお……四大精霊か」

感心したように呟く皇帝に焦った様子はない。凶悪な牙を剥きだしたソルが奴を八つ裂きにしようと襲いかかるが、剣の一振りで霧散してしまった。

「そ、そんな……あのソルが一撃で……」
「ボサッとするなディエーリア!」
「え!?」

頼みのソルがあっさりとやられた事で動揺したディエーリアに、皇帝が襲いかかる。何とか間に合った俺は体当たりして彼女を突き飛ばし、代わりに皇帝の一撃を受け止めた。

「お、重い!」
「その状態で余の攻撃を受け止めるとは流石だな。だが」

立て続けに浴びせられた斬撃。見えていた。いつもの俺ならなんなく避けるか防げるかしていただろう。しかし、今の俺にはそれが出来なかった。首を狙って振り下ろされた剣を防いだのは良い。しかしその直後、肩口から入った皇帝の剣は、俺の胸元を切り裂きながら腹の辺りまで抜けていった。

「がは!」

切られた部分から血が吹き出す。自分の口からも悲鳴の代わりに血が溢れてきた。

「終わりだな」
「ラピスちゃん!」
「師匠!」

決死の覚悟でカリンとルビアスが飛び込んでくるのが見える。しかし、彼女達の位置からでは間に合わない。死の予感が頭をよぎったその瞬間、俺は再び神に祈っていた。

(豊穣の神ファルティラよ! 力を貸してくれ!)

俺が祈りを捧げたその時、皇帝の剣は球体の結界に阻まれた。そして俺の体はみるみる回復して傷が完全に塞がり、服以外は元通りになっていく。だがその代わり、限界以上に消費された魔力の代償か、頭が割れそうな頭痛が襲いかかってくる。

「ぐ……う……!」

攻撃を防いだだけじゃ事態は改善しない。ここで勝負を賭けないと、どのみち全滅だ。俺は再び別の神へと祈りを捧げる。

「光の神リュミエルよ! 俺に力を貸してくれ!」
「なに!?」

祈りを口にした途端、俺の拳がまばゆい光を放つ。頭痛は更に酷くなり、まるで頭の中に手を突っ込まれて、かき回されているような激痛が奔る。涙で視界が歪み、吐き気まで襲ってきた。それでも俺は動くのを止めない。

リュミエルの加護を受けた俺の拳は、振り下ろされた皇帝の剣を弾き、更に奴へと迫る。

「なんだと!?」

まさか素手で防がれると思っていなかったのか、皇帝の顔が驚愕に歪む。間髪入れず、振り抜いた拳は奴の顔面を捉えた。

「ぐおお!?」
「おおおおお……あああ!」

渾身の力を込めて振り抜いた拳。ティアマトの巨体すら宙に浮かせた一撃なんだ。まともに食らえば人間の顔など一撃で粉砕する威力がある。猛烈な勢いで吹っ飛ばされた皇帝の体は宙を舞い、何度も地面に叩きつけられて動かなくなった。それと同時に俺の方にも限界が来ていた。全身の力が抜け、悪寒と冷や汗が止まらない。

「う……」
「ラピスちゃん!」
「師匠!」

崩れ落ちる俺を二人が支えてくれる。ヤバかった。今の一撃が決まらなければ打つ手なしだった。ギリギリで勝ちを拾ったな。

「無茶をしすぎです師匠。魔力が尽きた身で戦うなんて」
「でも……おかげで何とかなったでしょ」

弱々しく笑みを浮かべる俺にルビアスが苦笑を向けてきたが、すぐ彼女の顔は凍り付くことになった。背後から冷たい声が聞こえたからだ。

「ふむ……なかなかの一撃だったな。少し効いたぞ」

倒したと思った皇帝。しかし奴は何事も無かったかのように立ち上がる。とっておき、奥の手を使って倒したと思ったのに、まるでダメージらしいダメージも与えていない。悪夢のようなその光景に、俺達は言葉もない。

「流石は元勇者というわけか。力尽きた状態でこれだけの戦闘能力を発揮するとは」
「な、なに!? 元勇者って……!」
「知らないとでも思ったか? 貴様のことは調べさせているからな。と言っても、解ったのはつい最近だが」

そう言う皇帝の体からは、先ほどと比べものにならない殺気があふれ出す。気の弱い人間なら相対しただけで絶命しそうな強烈な殺気だ。俺を支えるカリンとルビアスは、無意識なのか歯をガチガチと鳴らしていた。厳しい修行を耐えた彼女達がこれ程怯えるなんて……! だが、これは殺気だけじゃない。奴からは強烈な瘴気も漏れ出していたのだ。

「これは……人間の出すものじゃない。まさかお前……魔族か?」
「正確には違うな。余は人間や魔族の枠に収まらぬ存在になったのだ。バルバロスとは戦ったのだろう? 奴は失敗作だが、余は違う」

そう言った皇帝の姿が変わっていく。人間から魔族のものへと。感じる力は並の魔族など足下にも及ばないものだ。俺の本能が全力で警鐘を鳴らす。逃げろと体が叫んでいる。これは、コイツの力は、かつて戦った魔王と同等かそれ以上だ。

『…………』

絶望的な力を前にして、俺達は完全に戦意を失っていた。

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