勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第153話 敵の裏

――レブル帝国皇帝 レブル5世視点

国境にほど近い、大した産業も特徴もない街が何者かに襲われたと言う報告が上がってから、討伐軍を二度派遣した。しかし結果はどちらも失敗。最初は千、次は二千と数を増やしてみたものの、敵に損害を与えたという報告はなかった。

当然、そんな被害状況を馬鹿正直に報告してくる派遣軍の指揮官など存在しない。奴等は余の怒りを避けるためギリギリまで報告を遅らし、それでもどうにもならない場合は被害を過小報告してきた。だが、奴等は余の目が帝国中に張り巡らされている事を知らない。諜報部の報告を耳にした余は、現場指揮官をすぐに更迭。奴をモノクルの実験材料へする事に決めた。

余に忠誠を誓う騎士に指揮を代行させてみたが、それで一つ解ったことがあった。敵の数は全部で五人。それぞれが一騎当千の猛者。剣も弓も信じられないほどの使い手で、一般的な帝国兵ではまるで歯が立たず、いたずらに犠牲を増やすだけだと言うのだ。一体何者?
他国の工作員の可能性もあるが、魔族の妨害工作の線も捨てきれぬ。ま、それを調べるのは仕留めてからでも問題あるまい。魔族による世界の混乱、領土拡張の絶好の機会に、わざわざ戦力をすり減らす必要もない。

「黒騎士を……いや、中途半端な実力では対抗出来んか。少数精鋭でなければ意味が無い。モノクルを呼べ」

研究以外に興味のない狂人であるモノクル。奴の研究所なら件の工作員にも対抗出来よう。

「お呼びでしょうか陛下」

呼び出されたモノクルは、白衣にこびり付く血糊を拭おうともせずにそう言った。

「諜報部からある程度の話は聞いていよう? 最低でも十人、使い物になりそうな者を例の街に派遣せよ」
「承知しました。ちなみに、現地の住民の安全は考慮するべきでしょうか?」
「敵を始末するのが最優先だ。多少の犠牲はやむを得まい」
「なるほど、では戦闘能力に特化した人選を致しましょう」

不気味な笑みを浮かべつつ、頭を下げたモノクルは姿を消した。さて、これで結果がどうなるか。

――モノクル視点

私の貴重な研究時間が減るのは何よりも避けたいところだが、陛下から直接命を受けたらそうも言っていられない。嫌々でも仕事に取りかかるしかなさそうだ。

「お帰りなさい所長」
「陛下より許可が下りたぞ。使うのは第一班だ」
「へええ! よくあれが許されましたね!」

私の助手が心底驚いたように声を上げる。この研究所には、現在第一班から第十班まで班分けされた素体達が存在し、様々な特徴や適した任務によってそれぞれ集められていた。その中でも第一班は戦闘能力に特化した素体ばかり。元ゴールドランクの冒険者に始まり、凄腕の騎士や兵士、果ては盗賊崩れなどの輩まで存在した。こちらとしては、戦闘に耐えうる頑強さや元々の運動能力さえあれば良いので、性格など無視しても構わない。どうせ、命令一つで自由意志など取り上げられるのだから。

奴等はその強力な戦闘能力で黒騎士程度は軽く蹴散らせる。おまけに感情も痛覚も無かったことにできる、言うなれば死兵だ。痛みや死の恐怖を感じさせず、肉体が完全に破壊されるまで戦い続けるなど、まるで伝説に語られる狂戦士みたいだが、擬似的な狂戦士と言っても良い出来になってはいる。

そんな連中だから、回りの被害など毛ほども考えない。大人だろうが子供だろうが、敵を排除するのに邪魔になれば殺すだけだ。今回の任務にあった敵の殲滅でも、相当な現地住民が死ぬことになるだろう。だが、私が考慮することではない。責任は陛下にあるのだ。

「すぐに出撃準備させろ。薬も忘れるなよ」
「わかってますよ。とびきり強力な人選を期待してください!」

こうして、帝都から死を振りまく集団が解き放たれた。現地の住民には気の毒だが、今の内に冥福を祈っておこう。

§ § §

――ラピス視点

「襲撃を止める?」
「正確には違うよ。この街での襲撃を止めるんだ」

街に駐留していた軍を壊滅させ、討伐軍を壊滅させること二度、そろそろ敵が本腰を入れてくるだろうと予想していた。帝国の戦力を削るのが目的なら、このまま街に留まって戦うのも良いだろうし、みんなもそのつもりでいたはずだ。でも俺の考えは違う。

「敵は、俺達に何かの目的があってこの街を襲ってる……そう思ってるはずだ」
「そうね。実際、襲撃してる私達もそう思ってるし」
「ラピスちゃんは違うの?」

首をかしげるカリンに俺はニコリと笑う。

「うん。敵の目も味方の目も、この街に引き寄せられてる時がチャンスだと思ってるんだ。その隙を突いて、ある人物を仕留めてしまいたい」
「ある人物って?」
「レブル帝国皇帝、レブル五世だ」
『!?』

他の国に比べて、レブル帝国は皇帝の権限が強すぎる。きっと各地で行われている悪事も、皇帝自らが指示して行わせているものばかりだろう。逆に言えば、皇帝さえ何とかできれば、レブル帝国は頭を潰された烏合の衆に成り果てる。完全に悪事の芽を摘み取るのは難しくても、かなりの期間混乱させることはできるはずだ。

「確かに、成功すれば効果は計り知れないでしょう。ですが……」
「ええ。かなり危険で難しいでしょうね」

ルビアスとシエルは難しい顔だ。当然だろう。多少手勢を削ったところで、敵の本拠地なんだ。その気になったら万単位の兵士が集まってくるだろうし、黒騎士はもちろん、バルバロスに匹敵する戦士が複数存在する可能性もある。囲まれてしまえば、いくら俺達でも逃げることは困難になる。

「敵を殲滅するような戦い方をするつもりはないよ。狙うのは皇帝ただ一人。俺が使える最大の魔法を城にぶっ放して逃げるんだ。もちろん、敵の城には対魔法結界も張られているだろうから、城ごと吹っ飛ばすなんて無理だろうけど、かなりの被害は与えられるはずだよ」
「それなら……なんとかなるかしら? ラピスちゃんが攻撃に専念して、私が全員を飛行魔法で逃がす。そしてみんなはその護衛ってわけね」
「とは言うものの、流石に危険が大きいから無理強いはしない。反対意見が多いようなら別の手を考えるよ。みんなの意見を聞かせて欲しい」

俺がそう言うと、ルビアスやカリンは腕を組んで考え始めた。この街で散々普通の兵士相手に殺し合いをしてきただけに、今更城に滞在する兵士や文官の犠牲について躊躇しているわけじゃないんだろう。彼女達が気になるのは、単純に作戦の成功率だけだ。

「師匠は……成功すると思いますか?」
「正直言って、仕留めきる可能性は五割もないと思う。ただ、皇帝には思い知ってもらう必要があると思ってる。どんな立場のどんな人間だったとしても、その気になったらいつでも襲えるって事を」
「つまり、皇帝の目を内に向けさせたいと?」
「そうだね。他国に侵略なんてすれば、その隙に自分の首が危なくなる。それさえ理解させれば上出来だと思うよ」
「なら、私は賛成するわ」

カリンの元気な声が響いた。その彼女を驚いたようにルビアスが見る。

「カリン?」
「私はボルドール王国を守りたいし、ディエーリアのゼルビスだって守りたい。でも、私達だけじゃ全部守るなんて無理でしょ? 攻撃は最大の防御って昔から言うじゃない。ここは難しく考えずに、ラピスちゃんの考えに乗っかるのが良いと思うよ」
「シエルとカリンは賛成か……ディエーリアはどう思う?」
「私は……」

一瞬言いよどんでから、彼女は決意したように口を開く。

「正直怖いけど、みんなと一緒ならなんとかなると思う。たとえ暗殺に失敗しても皇帝を脅かすことができれば、ゼルビスに対して何かする余裕もなくなると思うし。賛成するわ」
「そうか。では……私も賛成です師匠」
「良いの? ルビアス」
「ええ。皇帝の暗殺は難しいでしょうけど、敵に警戒させるのを目的とするなら賛成です。今は魔族相手に忙しい時期。レブル帝国を大人しくさせることができるなら、貴重な時間を得ることになるでしょうし。それに……」

一旦言葉を切ったルビアスは、フワリと柔らかい笑みを浮かべた。

「師匠だけを危険な場所に送るわけにはいきません。弟子として同行するのは当然のことです」
「ルビアス……みんな……ありがとう。じゃあ、やろうか」
『おお!』

敵の裏をかくこの作戦、果たしてどうなるか……結果は神のみぞ知るだな。

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