勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第151話 逆襲開始

――フツーラ視点

ゼルビスに入り込んで、現地の魔族とその協力者に合流できたまでは良かった。ゼルビスに出回る小麦を買い上げさせて軍の兵糧を減らし、隣国であるレブル帝国の兵を密かに潜入させ、反乱を企てる一部の将校が動く機会を作った。ここまでくれば、あと一息で事が起きる。こちらとしては成功しようが失敗しようが構わないのだ。人間共が互いにつぶしあってくれれば任務は終了となるのだから、高みの見物をしていれば良い。そう。そのはずだったのだ。だが――

「レブルの兵と魔物がまだ来てないとはどう言う事だ?」
「それがサッパリ……こちらには何の連絡もありませんから」
「チッ!」

反乱を企てた将校達の首魁であるエルフは、舌打ちして苛立たしげに腰を下ろした。そんな男から他のエルフ達は一歩距離を取る。機嫌を損ねた男から、いつ自分達に向けてとばっちりが来るか警戒しているのだろう。連中から少し離れた位置で、俺は奴等を冷めた目で見ていた。

「フツーラ殿。貴殿は何か聞いていないのか?」
「と、言われましてもね。こちらとしても本国からの連絡待ちですから。向こうから接触するのを待つ以外にないんですよ」
「……いい加減な!」

不愉快な感情を隠そうともしない男に肩を竦めてみせる。今の俺はエルフに変装しているため、男からは他国に通じる同士として扱われていた。こんな簡単な魔法すら見破れないようでは、この男の器量などたかが知れている。仮に予定通り事が進んだところで、男の天下は長く続かないだろう。しかし――と、俺は首をかしげた。男の意見に同調するのはともかくとして、レブル帝国にはこちらの手の者が入り込んでいるはず。おまけにあの国は魔族との協力を秘密裏に進めているため、騎士団などに妨害される可能性も低い。と言う事は、第三者による不測の事態が発生したと考えるのが普通だろうか?

……一度調べてみる必要があるな。


――ディエーリア視点

ラピスちゃんが言い出したのはハッキリ言って無茶苦茶な事だった。レブル帝国に潜入して、あちらの軍事拠点をぶっ潰そうと言うのだから。そんな事をしたら戦争になる。レブル帝国に大義名分を与えるだけの暴挙だと誰もが思った。でも、ラピスちゃんは気持ちいいくらいに開き直っていた。

「要は、襲撃した奴が誰だか解らなければ良いんだよ。顔を隠して変装すれば大丈夫だ。むこうが疑ってきたところで、捕らえられない限り証拠なんかないんだから。何か聞かれてもとぼければ良い。それはレブル帝国が証明してくれてるだろ?」
「確かに……。奴等の使う手段をそっくりそのままやり返すのも手ですね。面白い」
「ルビアス!?」

この中で一番慎重でなくてはならないルビアスが同調してしまった。普段の彼女ならこんな事は真っ先に反対しそうなのに、いったいどうしちゃったの?

「そんな驚いた顔をするなディエーリア。私も人間だ。祖国が好き放題に荒らされて、怒らないわけがないだろう? 先の戦いでは多くの国民が命を落とした。もちろん、私の知人も例外じゃない。正義を標榜する勇者としては失格だろうが、戦うために肩書きが邪魔になるなら、いつでも捨てる覚悟は出来ているさ」

そう言って肩を竦めるルビアスに、私はかける声を失っていた。そうか……言われてみればその通りだよね。自分の大事な国が悪意によって蹂躙されたんだ。やり返したいと思うのは自然の流れなんだろう。自分も戦っておきながら、私はそんな当たり前の感情が抜け落ちていた事に情けなくなった。そして体をぶるりと震わせる。ボルドール王国で起こったあの悲劇が、今度はゼルビスで起きようとしているんだ。だったらどんな手段を使ってでも止めないといけない!

「わかった。私も覚悟を決めたよ。やれることは何でもやる。どうすれば良い?」
「とりあえずやることは簡単だ。軍事施設を見かけたら片っ端から叩く。情報がないから行き当たりばったりになるけど、俺達だけならどうとでもなるよ」

ラピスちゃんの考えはこうだ。叔父さんに頼まれたゼルビス内での魔物の調査は一旦中止して、このまま飛行魔法でレブル帝国に潜入する。街に立ち寄ると足がつく恐れがあるので、山中に潜んだまま、大きな街を探す。これ自体は街道を辿れば良いだけだから簡単だと思う。街を見つけた後は軍の施設を軽く襲撃。軍の施設が攻撃されたとなると、必ず調査なり援軍なりがやってくるはずだから、そいつらも叩く。そして逃げる相手を空から見張り、今度はそいつらの本拠地も叩く――という、普通の人間が言えば勝機を疑われる内容だった。

「ラピスちゃんが普通じゃないのはわかってたけど、改めて思い知らされた感じだよ」
「そんなに褒めるなって」
「いや、褒めてないから」

§ § §

そこからの行動は早かった。街で装備を調えた後、レブル帝国に向けてひとっ飛びだ。空を自由自在に飛べる私達にとって、国境線など無いも同然だ。厳重な警備を敷く帝国兵を嘲笑うように帝国へ潜入した私達は街道を辿り、さっそく大きな街を発見した。

「いつもなら宿でも取って休むところだけど、しばらくは野宿続きになるかな」
「久しぶりね。ま、食料は動物でも狩れば良いし、駆けだし時代を思い出すよね」

シエルとカリンは何故かテンションが高い。彼女達もルビアス同様、レブル帝国の横暴には腹を立てていたみたいだ。それに、カリンは以前レブル帝国の勇者バルバロスにやられた経験もあるから、個人的にレブル帝国を嫌っているみたいだし。

「とりあえず飛行魔法は封印だ。流石に空を飛んで逃げたら言い訳のしようがなくなるからね」
「じゃあ、追っ手がかかった場合はどうするの?」
「蹴散らす。魔族に手を貸してる連中だ。遠慮はいらないだろ」

キッパリと言い切ってはいるものの、ラピスちゃんの表情はどこか強ばっている感じがした。レブル帝国が魔族と繋がっているとしても、末端の兵士がそうとは限らない。たぶん彼等の大部分は自分の意思と関係無く徴兵されて、現在の職に就いているはずだから。かつて勇者ブレイブとして戦ったラピスちゃんは納得しているんだろうか? 事が始まる前にそれだけは聞いておきたかった。

「本当にいいのラピスちゃん? 軍を襲撃ってことは、彼等の命を……」
「わかってる。覚悟はしているよ。どんな言い訳をしようと、俺達がやろうとしてるのは人殺しだ。非難されて当然の行いだよ。でも、彼等を殺すことでゼルビスが守られるなら、俺は躊躇しない。それに、こんな事は初めてじゃないんだ。ブレイブだった時だって、嫌々駆り出された人達と命のやり取りを繰り返したことがあるしね。だから気にしないでくれ」
「……そう。わかったわ。じゃあ始めましょうか!」

全員が頷き一斉に動き出す。みんなは頭からローブをすっぽりと被り、顔には布を巻き付けている。派手な装備は目につくために、身に纏っているのは黒い布と武器だけだ。カリンやシエルの持つ剣には黒い塗料が塗られ、普段の輝きは完全に失われている。まるでアサシンが使う武器のようだ。シエルの杖は普段使っている大きなものではなく、半分ほどの大きさになっている。ラピスちゃんは短剣を二振り腰に差しているだけだ。私も普段使いしている弓矢と違い、どこでも手に入るものを肩からぶら下げていた。

城壁駆け上がって一気に上まで上ると、街を見渡して軍の施設に目星をつける。街の一角にある少し開けた場所には見張り台があり、その下に多くの物資が山積している様子があった。あれはたぶん、ゼルビスから買い取った小麦の山だろう。前線に近いこの街が物資集積所になっていても不思議じゃない。

「始めようか。シエル」
「まかせて」

シエルが杖を振りかざし、大きな火球を空中へと生み出した。彼女はなんの躊躇もなくそれを振り下ろすと、火球は勢いよく空を走り、山と積まれた小麦へと着弾した。直後、激しい轟音と火柱が上がる。突如起こった災害に兵士達が右往左往しているのが目に入る。さあ、いよいよ本番だ。私は弓を力強く握りしめ、必殺の矢を構えた。

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