勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第139話 挑発成功

――タナックス視点

「ペガサス隊、翼竜隊はただちに空へ上がれ! 敵は空から攻撃しているぞ!」

私の支持で理性を取り戻したのか、右往左往していた兵が慌てて厩舎へと向かう。城内には次々と松明や魔法による灯りがともされて、地上だけでなく空も明るく照らし始めた。

「いた! あれだ!」

騎士の一人が指さす方向を一斉に見上げる。するとそこには杖を持って空を飛ぶ女の姿があった。

ラピス嬢じゃない!? 以前見た姿と別人という事は、彼女の他二も飛行魔法の使い手が居たということだ。

「馬鹿者! よせ!」

すぐ側に立っていた兵の一人が弓を引き絞って空に向けている。周囲の兵も同じように空とぶおんなを射かけようと弓を引き絞っているのを見て、私は慌てて止めに入った。しかし間一髪間に合わず、いくつもの矢が鋭い音を発しながら空へと飛んでいく。当然、ペガサスや翼竜ほど大きくもなく、小さく素早い女にはかすりもしない。そして一度打ち上げられた矢は勢いを失い、今度は地上目がけて降り注ぐことになった。

「うわ!」
「ぐああ!?」

上から降ってくる矢を避けるなど昼間でも困難なのだ。地上で注意も払っていなかった兵は為す術もなく味方の矢で負傷していった。奇襲されて混乱していたとは言えなんと無様な!

「味方がいるところに矢など放つな! お前達は消火だけに専念せよ!」
「は……はは!」
「負傷者を城内へ運べ! 治療を急がせるのだ! 空の敵はペガサス隊と翼竜隊に任せろ!」

空からの攻撃はまだ続行されている。しかしこちらもやられっぱなしではない。駆けつけてきた魔法使いの一隊が空へ向かって次々と魔法を放ち始めた。矢と違い、魔法は魔力が切れて消滅するか、障害物に当たらない限り直進し続ける。対空攻撃の手段としては有効だった。

一方的に攻撃してきた二つの影は、それでいくらか怯んだのだろう。明らかに攻撃の頻度が落ちいてきていた。そこに大きな翼をはためかせながら、ペガサス隊と翼竜隊が突っ込んできた。それに伴い、同士討ちを恐れた地上からの魔法攻撃が止む。後は空での戦いになるが、正直私は厳しいと思っていた。あのラピス嬢なら空中戦ぐらい簡単にやってしまうだろう。翼竜よりも速く、ペガサスよりも小回りの利く彼女に剣で襲いかかられたら、空中の彼等は為す術もなくやられてしまうと思っていた。しかし――

「見ろ! 逃げていくぞ!」
「やった! 追い払ったんだ!」
「流石だぜ! ペガサス隊!」
「翼竜隊もだ!」

ラピス嬢達は交戦することもなく南の空へと飛んでいった。空の味方が追撃しようと後を追うが、スピードの差は歴然だ。あっと言う間に見えなくなり、後に残されたのは炎上する施設と、それを消火するために走り回る兵の姿だけだった。

「負傷者の数は把握出来たのか!?」
「火災による死者はいません! 少し火傷した程度なら何人かいますが、矢で負傷した者の方が多いぐらいです!」

近くにいた部下を捕まえて詰問すると、そんな答えが返ってきた。おかしい。彼女の魔法で無差別攻撃などすれば、それこそ三桁単位で死体の山が出来てもおかしくないというのに。

「つまり……本格的な攻撃じゃなかったのか……?」

牽制、警告という意味での攻撃だとしたら、今回の行動にも納得出来る。この程度ならいつでもやれる。次はもっと酷い被害を覚悟しろ――まるでそんな声が聞こえてきそうな戦い方だった。

これは、兵士と言うよりスティード殿下への警告と受け止めるべきか。ああ……そうか、畜生。スティード殿下に対するものだとしたら、これは警告ではなく挑発なのだ。臆病者め。隠れ家ごと焼き尽くしてやろうかという意味の挑発だ。そしてこの攻撃の被害が耳に入れば、殿下は間違いなく前線に出てしまう。自らの居城で、権力の象徴とも言える王城でこれだけの事をやられたんだ。絶対に止めても聞かないだろう。

明日からの事が簡単に想像出来て、私は思わずため息を吐いていた。

――ラピス視点

「完全に振り切ったみたいだね」
「ええ。もう見えなくなってるわ」

敵の航空戦力から逃れた俺とシエルは、南に向かって飛んでいた。彼等と俺達じゃスピードが全然違うから、追われたとしても余裕で逃げることが出来る。現に五分もしないうちに視界から消えてしまった。ひょっとしたら追ってくるかも知れないけど、補給の続かない状態じゃ長距離飛行なんて難しいだろうから、また逃げれば良いだけだ。

「でも、本当にあれでよかったの?」
「人死にはなるべく避けたかったからね。黒騎士なら問答無用だけど、一般の兵士の犠牲はなるべく出したくない」

スティードを倒し、マグナ王子なりルビアスなりが王位に立った時、彼等は味方になる戦力だ。無駄に殺すことは避けるべきだろう。もちろん、この挑発が上手くいけば、スティード率いる大軍と戦うことになる。その時は必要な犠牲と割り切って倒すだけだ。

「ラピスちゃん、このまま戻るの?」
「そうだな……。出来ればもう一回ぐらい襲撃したかったけど、流石に警戒されてるだろうし、あまり時間を取られたら迎撃の準備が間に合わなくなる。もう戻ろうか」
「了解」

一定の成果を得て満足した俺達は、来た時同様猛スピードでスーフォアの街へ飛んでいった。

§ § §

「こちらの諜報員は既に出発しています。我々は彼等の行う情報操作を裏付けるべく、それぞれ四隊に別れて行軍しなければなりません。実際の指揮は各隊の隊長に任せて、我々はあくまでも敵を引きつける餌にならなければなりません」

スーフォアの街まで戻ってくると既に出撃準備が整っていた。こちらの総兵力は、最終的に六千まで膨れ上がっていたのだが、その全てを戦闘要員として扱うわけにはいかない。軍隊とは人の集まりであって、人が集まれば当然それらが消費する食料や水も必要になるし、運ぶための馬車や馬も集めなければならない。四隊それぞれに千人の兵を配置して四千。後は後方支援に千の兵を使う事になった。そして残りの千は本拠地であるスーフォアの街の守りと、各地の連絡兼警戒要員として使う。敵の規模から考えて何とも頼りない数だが、奇襲や攪乱を前提とした軍事行動だから、速さ重視の編成だ。

そしてスティードを引きつける餌である俺達四人は、それぞれの隊に同行することになる。本来なら知らないその情報を敵に流すために、諜報員にも王都で頑張ってもらう事になっていた。

「師匠の隊の指揮は彼が担当します」
「初めましてラピス殿。ライドと申します。お噂はかねがね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

ルビアスに紹介された一人の騎士に頭を下げる。年の頃は三十ぐらいだろうか? 男として最盛期にあると言える年齢のためか、体から覇気が溢れている。彼はスーフォアの街に近い領地を治めている男爵だそうだ。地位的にはそれほど高くないのに指揮官に抜擢されたのは、彼の経歴が理由だった。なんと彼は元冒険者だったらしく、国に貢献が認められて貴族になったという珍しい経歴の持ち主だった。最終的なランクはゴールド。ドラゴンスレイヤーの称号こそ持っていないものの、現役の頃は有名だったそうだ。

なので剣の腕は文句なしに優れていて、我流ながら生半可な騎士では相手にならないぐらいに強い。身のこなしからか見る限り、黒騎士相手にも十分戦えそうだった。

「私としては最前線で剣を振るっているのが気楽で良いのですが、他に適当な者がいないので指揮官をやることになりました」
「ライドさんは軍の指揮をした経験がおありなのですか?」
「自領の兵なら日常的に指揮していますが、流石に千人単位は初めてですね。ですから私の隊には、他の隊より多くの補佐をつけてもらっていますよ」
「そうですか……」

いっちゃ何だが、俺達の軍勢は寄せ集めだ。ちょっと戦況が不利になっただけであっさりと潰走する危険がある。だからこそ、彼のような人間が指揮官として選ばれたのかも知れない。人間とは単純なもので、後方で偉そうに指示するより、前線で味方を鼓舞する人間について行きたがる習性を持っているからな。そう考えれば、この人選はありだろう。

「まあ、最初に突っ込むのは俺がやりますから、ライドさんはその後に続いてください」
「頼みます。この隊の主力はラピス殿ですので」

他の貴族なら顔をしかめるような俺の言葉を、ライドさんは笑顔で受け流していた。ひいき目なしに俺の実力を評価しているのか、全面的に俺を信頼しているようだ。この様子だと楽に動けそうだな。

「では師匠、我々の隊から出撃します」
「わかった。無理するなよルビアス」
「そちらも。ご武運を」

行軍といっても四千人もの兵が一度に出撃するわけではなく、一隊ずつ各地に向かうのだ。出撃していく兵達の顔は、皆一様に緊張している。下手をすれば二度と帰ってこられないわけだから、無理もないだろう。

「ラピス殿。我々もそろそろ準備を」
「ええ。わかりました」

用意された部分鎧を身に纏い、俺は馬にまたがった。途端に、まわりからほう……という、ため息にも似た声が聞こえる。周囲の兵が無遠慮に眺めているのがわかったが、あえて何も言わずに前だけを見る。自分で言うのも何だが、今の俺は伝承に語られる戦乙女に酷似した外見だろう。美しい容姿と他を寄せ付けない戦闘能力。それだけに兵の士気が自然と上がっていくのが解った。

この外見が戦いで役に立つ事があるなんて、この時になるまで気がつかなかった。まあ、みんなのやる気が出るなら別にいいか。細かいことを頭から追い出しつつ、俺は作戦内容を思い返していた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品