勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第135話 ルビアスの真意

――ルビアス視点

「兄上!? ご無事だったのですか!?」
「なんとかな。スティード派の目をかいくぐって、あちこちに身を寄せていた。それはいい。重要なのはさっきの呼びかけだ」

半分以上生存は絶望的だと思っていた兄からの連絡を驚く間もなく、私はすぐに頭を切り替える。マグナ兄上は第二王位継承者だ。彼が不在の間に私が決起したとなると、以前交わした約束を一方的に反故にしたことになる。となれば、スティードを倒した後の身の振り方が大きく変わってくるだろう。

「兄上――」
「言いたいことは色々とあるが……まず、お前の望みを聞いておきたい。お前はスティードを倒した後にどうしたい? 父上が生きていた場合は以前のように政治から身を引いて、第三王女としての地位に甘んじるのか。それとも父上を引退させて自ら国の舵取りを行いたいのか?」

こちらの言葉を遮ってマグナ兄上は言葉を続ける。その声色からは若干の焦りが感じられた。

(兄上……?)

そうか――と、私はなんとなく彼の焦る理由を察していた。兄上の立場からすれば、私が勝っても負けても自らの立場がなくなると思っているのだろう。私が勝利した場合、ただ我が身可愛さに隠れていただけとの誹りを受け、立場を無くした彼の元に集まる貴族は激減する。負けた場合は邪魔者を排除して更に勢力を増したスティード派から引き続き追っ手がかかる。どちらにしても詰んでいる状態だった。しかし――

「……兄上が生きておられたのなら、私が王を目指すつもりはありません。私は父上をお救いし、スティードを排除することだけです」
「…………」

魔道具で宣言したのと同じ答えにもかかわらず、マグナ兄上は納得出来ていない様子だった。信用されていないのかと、自然に眉をひそめる。

「お前はそう言うが、はたしてお前に協力した者達がそれで納得するだろうか? お前の言うことに賛同し、父上をお救いするためだけに参加する貴族ばかりだとはとても思えんのだ」
「なぜ? どのみち彼等に選択肢はないはずです。スティード派に与せないのなら嫌でもこちらに味方するしかないのでは?」

生き残りを賭けるならこれが最後の機会になるはずだ。他にどうしようと言うのだ? 選択肢がまだあるかのような物言いに、思わず首をかしげる。だが兄上はため息を吐くばかりだ。

「それはお前に欲がないから出てくる答えなのだルビアスよ。普通の人間はそこまで割り切って物事を考えられん。お前に協力を申し出るのは自勢力の維持という打算もあるだろうが、それ以上に分け前を期待しているからだ。戦いが始まる前より多くの領地、多くの富を期待するに決まっている」
「そっ……」

そんな事はないと言い切りたかったが、兄上の言うとおりだと思い直した。今まで私が王城で穏やかに過ごせてきたのは何故だ? それは私が王位争いに加わらず、政治と遠のいていたからだ。私に与したところで得るものが何も無いから、どの貴族も私と密接に関わろうとしなかったではないか。

「なら、兄上はどうせよとおっしゃるのです?」
「善意の味方面をしてくる奴等は構わず受け入れよ。今は少しでも戦力が欲しいのだ。ただし、私が彼等との間に立とう。旗頭はお前とし、私は調整役に回る。彼等もお前なら与しやすいと思うだろうが、私が間に立てば好きにはやれぬ」

思わぬ発言に目を瞬く。以前の兄上からは考えられないような言葉だ。

「旗頭が私のままなら、兄上のお立場が弱くなるのでは? 王位を目指していたのではないのですか?」
「だから私の名前はギリギリまで出さなくていい。スティードを打ち倒した時に父上が健在ならそのまま補佐として私が立つ。もし亡くなっていた場合は、お前が即位を辞退すればいいのだ」
「……それで彼等が納得するでしょうか?」
「納得はしないだろう。が、反対したところでどうなるものでもあるまい。その時には既にスティード派は排除されているのだから。寄る辺となる戦力もないのだ。口を噤むほかあるまい?」

それではだまし討ちみたいではないか。協力してくれた彼等に報いるところがないのなら、無駄に命を賭けさせるだけだ。人としてそれでいいのか? と思う。しかし私の葛藤などお見通しなのか、兄上は鼻で笑う。

「だからお前は政治に向かんのだルビアス。裏切り、裏切られ、それでも憎い相手と笑顔で手を結ぶ事が出来なければ、王はもちろん、貴族など務まらん。個人的にお前の真っ直ぐな性格は好ましいが、貴族としては失格だ」
「…………」

褒められているのか貶されているのか判断がつかない。やはり宮中のものの考え方は私に合わないなと痛感する。

「心配せずとも味方した貴族にはそれなりに報いる。ただ、黙って受け入れた場合は裏切られる可能性もあるからな。条件をつける必要がある」
「条件……ですか?」
「彼等が協力を申し出た場合、味方をする事を国内全てに宣言させよ。そうすれば逃げ道は潰せる。あの我が儘放題なスティードのことだ。一度自分の敵に回った者に容赦などしないだろう。お前と違って、あれは悪い意味で一本気な性格をしているからな」

断言する兄上に言葉もない。あまり関わりのなかった私にはよく解らないが、兄弟だけあってよく見ているのだろう。

「わかりました。正直、私も王位などという面倒な立場はご免です。兄上が変わってくださるなら喜んで譲りましょう。それで、具体的にはどうします? すぐに合流出来ますか?」
「そうだな。出来る限り早くそちらに合流しよう」
「現在地はどこです? なんなら迎えを差し向けますが」

どんな場所でも師匠に向かってもらえば問題無い。文字通りひとっ飛びで兄上を連れてきてくれるはずだ。

「いや、それには及ばん。こちらにはお前の仲間であるカリンとシエルの二人がいる。シエルの飛行魔法に頼れば難なく移動出来るはずだ」
「カリンとシエルが一緒に居るのですか!?」

まさか兄上を見つけ出していたとは……。流石だな二人とも。いったいどうやって見つけ出したのだろうか?

「私一人運ぶだけなら問題あるまい。遅くても二、三日中には合流出来るはずだ。それまでお前は出来るだけ味方を増やしておいてくれ」
「わかりました。二人がついているなら大丈夫でしょうが、お気をつけて」
「そちらもな」

その言葉を最後に魔道具は反応を止めた。知らずに張っていた肩からため息と共に力を抜く。

「二人が一緒に居たなんて思わなかったね」
「全くです。ディエーリアといい二人といい、やはり彼女達は有能ですね。私ならいまだに兄上を探してウロウロしていたでしょう」

そう言って、師匠と共に軽く笑う。勇者としての自由を捨てる覚悟をしていたのに肩すかしを食らった気分だが、兄上が生きていたのならこちらも好都合だ。面倒な事は彼に任せて、私は剣を振るうことに専念しよう。

――マグナ視点

「ふう……」

ルビアスとの通信を切り、私は思わず盛大にため息を吐いていた。

「ほら、言ったとおりじゃないですか」
「……そうだな。其方の言うとおりだ」

得意気に言うシエルの顔が癪に障るが、彼女の言うとおりだったので反論も出来ない。私の妹は相変わらずだった。何の欲もなく、ただ真っ直ぐに自らの責任を果たそうとする、王族の鏡とも言える人間のままだった。私のように捻くれてしまった者にとって、彼女の有様は非常に眩しく感じられるが、同時に強烈な嫉妬が覚える。……ない物ねだりだと自覚していても。

私はそんな心情を欠片も表に出さずに、シエルとカリンに向き直った。

「聞いての通りだ。早速行動したいが、二人の準備は出来ているか?」
「いつでも大丈夫ですよ。スーフォアの街なら休憩を入れても、三日もあれば到着するでしょう。マグナ王子こそすぐに出られますか?」
「もともと身一つで落ち延びてきたのだ。特に問題はない。食料と水だけ持ってすぐに出発しよう」

ここに来るまでに野宿は何度も経験している。王宮育ちだった私には色々と過酷な経験だったが、人間とはどんな状況でも慣れるものだと実感させられた。今回の移動も問題無く行えるだろう。急いで用意された食料を体に括り付けた後、頑丈なロープで自分とカリン、それから私を縛り付けていくシエルを眺めていた。

「これは……?」
「落ちないための命綱ですよ。ラピスちゃんとディエーリアかいたら必要ないんですけど、私の魔法だけならただ引っ張るだけになりますし。念のためです。じゃあカリン、頼むわね」
「任せて」

頷いたカリンは私を後ろから抱きしめるように抱え込み、先にふわりと宙に浮いたシエルに引っ張られ、私とカリンはグイッと空に引き上げられた。ロープだけなら息が詰まるような圧迫感があっただろうが、抱えてくれるカリンのおかげで問題無く呼吸出来る。眼下で心配そうにこちらを見る家臣達が目に入った。

「殿下……!」
「其方等は後で合流せよ。無理なようならこの地に留まっても構わん。自分の命を最優先に考えて行動するのだぞ!」

そう言った次の瞬間、私の視界は急速にブレた。何事かと思ったが、今まで見た事も無いような速度で景色が流れていくのを理解して、ようやく移動し始めたとわかったのだ。なるほど、確かにこれならすぐに到着するだろう。失われた飛行魔法を操るシエルに感心しながら、私は見えるはずのない、遙か先にあるスーフォアの街を睨み付けた。

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