勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第134話 参加表明

――ルビアス視点

グロム伯爵を救い出し、貴族や平民を問わずスーフォアの街からスティード派は一掃された。兵の場合は武力で排除された者が大半だが、黒騎士に加担して悪事を働いていた平民は、その多くが投獄されることになった。街を騒がしていた連中が排除された事で治安が劇的に回復し、通りには行き交う人々が戻ってきて活況を呈している。しかし、彼等のようにただ浮かれている訳にはいかない人々が城の奥まった一室に集まって、顔をつきあわせていた。

「殿下、スーフォアの街単独の兵力は、どんなにかき集めても千に届くか届けかないかしかありません。正直言って、正面からの戦いでは勝ち目がないでしょう」
「私も同意します。何とかして時間を稼ぎながら味方を集めたいところですね」

口々にそう言うグロム伯爵とスーフォアの街の騎士団長を見つめ、私は同意を伝えるために頷いた。グロム伯爵の私室に集まったのは、私、師匠、グロム伯爵、騎士団長の四人だけだ。普段見かけるメイドや護衛騎士も今は部屋から出されている。彼等は話が終わるまで部屋の前で待機することになっていた。

「ルビアスはどうしたい? 相手がいくら集まろうと、俺一人でも蹴散らせると思うけど?」

穏やかな表情でそう言う師匠に、伯爵と騎士団長が引きつった笑みを浮かべる。国中を掌握しているスティードが強権を使えば、各地から兵を集めて万単位の軍隊を組織することも可能だろう。しかしそれでも師匠は問題無いと言い切った。流石に一人で敵を全滅させるのは難しいだろうが、敵の頭を潰して混乱させれば行軍など不可能になる。士気の低い軍なら尚更だ。乱れたところに防ぎようのない大魔法を数発打ち込んでやれば、それだけで壊乱するだろう。

何も考えない素人なら、ここで悩む必要がなく、師匠に頼り切ってしまうに違いない。しかしそれでは意味が無いのだ。仮に師匠一人で敵を潰したとしよう。すると師匠はどうなるか? 圧倒的な武力で悪の王子を倒した美しい少女。しかも勇者パーティーの一員だ。祭り上げるのにこれ以上の存在はいないだろう。彼女の力や容姿を目当てにした人間が次から次へと殺到し、用が済めば邪魔者扱いされるようになる。それでは以前の師匠――勇者ブレイブと同じではないか。私は彼女に同じ苦痛を与える気など毛頭ないのだ。だから師匠一人で戦わせる案は却下だ。矢面に立つのは私でなければならない。師匠が私に尋ねたのも、その点をどうするかと言う意味なのだろう。だから私は静かに首を横に振った。

「一人で戦うのは無しです、師匠。戦う時は軍というまとまりで、誰の目にも明らかな形で勝利しなければなりません。個人の武勇に頼った勝利は、その後の後始末までその個人に頼り切りになってしまいますから」

望み通りの答えが返ってきたからか、師匠はホッと息を吐く。

「そっか。でも、グロム様が言うように数が圧倒的に不足しているよね。その辺はどうするの?」
「……各地に対して呼びかけを行います。私がここで蜂起したことを、国内全てに宣言するのです。こちらの数が増えるなら、恐らく、大きな戦いは数回で終わるでしょう」

政変後、スティードに虐げられている貴族や平民は多いが、私が呼びかけただけでは簡単に集まってくれないだろう。しかし、目に見える形で決定的な勝利を得られれば、黙って耐えるしかなかった彼等も、日和見を決めていた貴族も、雪崩を打ってこちらに合流するに違いない。

「恐らく、初戦で大勢が決します。スティードも余裕のある内にこちらを叩き潰そうと兵を掻き集めるでしょうから、初戦で決定的な勝利を得なければなりません」
「時期はいつになると予想してるの?」
「一月以内。立場上、スティーも長々と放置しているわけにはいかないでしょう」
「なら、すぐに動かないと駄目だね」
「ええ」

師匠の言うとおり、我々にはゆっくりと構えている時間はない。各地から兵を集めるのも協力者を得るのも、実際にスティードが仕掛けてくるまでに終わらせなければならないことだ。

私が目を向けるとグロム伯爵が一つ頷き、遠話の魔道具をテーブルに置いた。これは普段遠方に居る者と会話をするのに使う道具だが、多数に対して同時に話しかけることも出来る。もっとも、その場合は一方通行だ。呼びかけに応じてくれた貴族との会話は個別にしなければならない。

「んん」

喉の調子を整えて魔道具に手を触れる。流石に緊張してきた。自分の意思一つで多くの人間の運命が変わるのだ。冷静ではいられない。しかしその時、私の手にソッと手を重ねる
感触があった。師匠だ。彼女は私の緊張を解きほぐすようにニコリと笑う。それだけで体に入っていた無駄な力が抜けていった。魔道具を起動させ、緊急警報を鳴らした。これだけで各地にある魔道具が反応してくれたはずだ。

「……私、ボルドール王国の第三王女ルビアスは、ここに決意を表明する。これ以上スティード兄上の横暴を見過ごす事は出来ない! 国を正しい道に戻すため、乱暴狼藉を働く不届き者を国内から一掃するため、何より魔族の脅威に備えるために、私はスティード兄上……いや、スティードを倒すと決意した! 我と思わんものは我が元に集え! もう一度言う! 勇者ルビアスとその仲間は、スティードを倒すために決起した! 王をお救いし、スティードを倒す! 我等ボルドール正規軍に協力を望む者は、スーフォアの街に集結せよ!」

一気にそれだけ言い切って、私は魔道具から手を放した。……言ってしまった。これで避けようのない戦いが始まることになる。一つ仕事をやりきったと、ソファに体を深く沈める。これで味方が増えてくれればと思った次の瞬間、突然魔道具から声が聞こえてきた。

「聞こえますか? ルビアス様。私はクリストファー伯爵家のヴェルナと申します。殿下にお味方したく思い、こうして連絡させていただきました」

いきなりか!? まさかこんなに早く反応が返ってくるとは思っていなかったので、この場の全員が驚きを隠せない。クリストファー家と言えば、確か国内最北端に位置する領地を持っていたはずだ。以前クリストファー伯爵を見かけた時は元気そうだったのだが……彼ではなく娘が出てきたことに少し首をかしげる。しかし詳しい事情は後回しだ。私は応答するべく慌てて魔道具に手を伸ばす。

「ルビアスだ。ヴェルナ殿、早速の参加表明に感謝する。予想以上に早い反応で驚いたぞ」
「それに関してはこちらにも事情があったのです。実はつい先ほど、この街に巣くっていたスティード派を一掃したところなのですよ。殿下のお仲間であるディエーリアのおかけで」
「ディエーリアが!? なぜディエーリアがそんなところにいるんだ?」
「それに関しては本人から……あら、直接話します?」

何やらゴソゴソと音がしたかた思うと、聞き慣れた声が魔道具から響いてきた。

「ルビアス聞こえる? ディエーリアよ。ラピスちゃんもいるんでしょ?」
「ディエーリア、いったい何故そんなとこに……」

しばらく顔を見ていなかった仲間の声に顔が緩む。どうやら元気でやっているようだ。

「まあ色々あって成り行きでね。詳しく話したいけど、あまり私達が魔道具を独占しててもマズいでしょうから手短に。とりあえず北にあるクリストファー家はルビアスの味方をするわ。そっちはこの後各地から連絡が入るでしょうから、一日置いてヴェルナは全土に味方表明をするつもりよ」
「ありがたい。ディエーリアがそっちにいてくれるなら、北と南から挟み撃ちが出来るな」
「あまり数がいないから牽制ぐらいしか出来ないと思うけどね。じゃあまた明日、改めて話しましょう」

それだけ言うと通信は切れた。思ってもいなかった援軍、それも遠く離れた地で仲間が力を貸してくれていると思うと、それだけで力が湧いてくるようだった。

「なんかディエーリアも色々やってるみたいだな。でも、良かったなルビアス」
「ええ。クリストファー家の兵力はそれほど当てになりませんが、それでも味方表明をしてくれるのは助かります。一人でも参加を表明すれば後に続きやすくなるでしょう」

いい流れが出来つつある。そう思った矢先、また魔道具が反応を示した。やれやれ、今日は本当に忙しくなりそうだと手を伸ばしたその時、私はその声に体を硬直させる。

「……聞こえているかルビアス。私だ。お前の兄のマグナだ」

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