勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第133話 二人の王子

――スティード視点

「どう言う事だ!」

叫びと共に投げつけたグラスが、壁に当たって粉々に砕ける。側仕えの女が衝撃にビクリと体を震わせた後、表情を取り繕ってすぐ片付けようと動き出した。私はその様子をイライラした気分で眺めながら、ドッカリと椅子に腰を下ろした。

変化を求めず、国を強くする私の提案を悉く却下した父上に取って代わるため、強硬手段に出てからまだ二ヶ月ほどしか経っていない。最初は上手く行っていたのだ。密かに盛った薬で王を眠ったままの状態にし、政敵であり、実の弟でもある、あの忌ま忌ましいマグナとその一派を奇襲することで王都から排除することが出来た。私の派閥に属する貴族を要職に就かせ、軍や内政に関する全ての権力をその手に握ったのだ。後は地方で反抗する貴族を根絶やしにし、マグナの首を取れば誰も文句の言えなくなる状態になる――はずだった。

なのに、ここに来てルビアスが武力蜂起だと!? 奴は自ら政治に関わろうとせず、今までの王位争いから一線を引いていたではないか。それがなぜ今更、この状況で!?

「くそっ!」

再び注がれたワインを一気にあおる。口から溢れたワインが自らの服も汚すが、そんな事は全く気にならないぐらい頭にきていた。

国内でのルビアスの人気は侮れない。勇者を名乗り、自ら剣を取って魔族との戦いに身を投じたのだ。何も考える頭のない民や貴族は無条件でルビアスに好感を抱く。後方で指示を出す人間の苦労も知らずにだ。そして、一番の問題は奴とその取り巻きの戦闘能力だ。
王女と思えん程剣にのめり込んだルビアスは勿論、パーティーを構成しているメンバー一人一人が非常に厄介な存在だった。冒険者としてのクラスはゴールド。おまけにドラゴンスレイヤーの称号持ちだ。並の兵では相手にもならないだろう。だが、最も危険な存在は奴の師匠でもある、ラピスとか言う小娘だった。

以前王宮で行われた騎士団との模擬戦で見た、あの圧倒的な戦闘能力は脅威と言える。雑兵をいくら集めたところで蹂躙されるのがオチだ。奴等にどう対抗するかが肝心だろうな。

国内の黒騎士をかき集めるか? いくらルビアス達でも、一対一ならともかく、千を越える数の黒騎士をぶつければ流石に倒せるはず。各地に対する締め付けが一時的に弱まるが、それに対するのはルビアスの首を取ってからでも十分だろう。むしろルビアスに同調し、今まで表立って反抗しなかった貴族をいぶり出すのも良い手かも知れない。

「ふむ……」

我ながら良い考えだ。突然思いついた妙案にイライラが収まり、自然と頬も緩む。怯えていた側仕えが怪訝な目でこちらを見ているが、機嫌の良い私はまるで気にならなかった。

「あの男を呼べ」
「畏まりました」

私の指示を受け、側仕えがすぐに部屋を飛び出していく。念には念だ。万が一の場合を考えて、あの連中から借り受けた男を準備しておいた方が良いだろう。万が一ルビアス達が黒騎士を撃退したとしても、弱ったところにあの男をぶつけられては勝ち目があるまい。

「ルビアスめ……思い知るがいい……」

私の王政を絶対のものとするため、奴とマグナの首は何としても取らねばならない。

§ § §

――マグナ視点

スティードに対する奇襲計画を潰され、盗賊ギルドに居場所を察知されている私は、王都を離れて身を隠していた。国内で最も東にある貴族領――当然私に属する派閥の貴族のものにだ。

隣国バリオスと接する位置にあるこの領地を治めるのは、男爵であるグリップだ。今年二十歳になったばかりの若い男で、急逝した父から受け継いだ領地を難なく経営しているやり手の男である。

貴族は生まれた時からあらゆる面で英才教育を施され、将来の領主、またはその妻として恥ずかしくない教養を叩き込まれることになる。しかし彼の場合、まだ成人する前に父親が亡くなったため、教育課程が全て終わっていたはずがないのだ。なのに、他領の貴族に取り込まれることなく領地を保っているのは、彼の才能のおかげだろう。

「……お聞きになりましたか?」
「ああ。嫌でも耳に入った……」

今後の犯行計画を練るために、グリップの私室で頭を付き合わせていた時、突然連絡用の魔道具が警告音を鳴らし始めた。何事かと魔道具を凝視していると、そこから聞き慣れた声が流れ始めた。ルビアスだ。あの乱暴者の妹が国内全てに向けて宣言したのだ。兄であるスティードを討つ――と。驚きの表情で振り向いたグリップが私の顔色を見て青くなる。

自分でも解る。きっと今の私の顔には憤怒の表情が貼り付いているに違いない。

「ルビアスが……」

まさかあの妹がこんな思い切った手に出るとは予想もしていなかった。以前ルビアスと話した時、あれは私に言ったのだ。王位に興味はないと。国の隅にでも小さい領地と屋敷でも与えてくれれば、それで中央からは離れると。その後は互いに干渉しないと。

それが何故今更武力蜂起に及んだのだ? 国の混乱を目にして、眠っていた野心に火がついたのか? それとも単に善意で、国を荒廃させるスティードを取り除きたいだけなのか? わからない。いずれにしても情報が少なすぎる。私は側仕えに命じて、すぐにカリンとシエルの二人を呼ぶように命じた。ルビアスと親しいあの二人ならば何か情報を知っているかも知れない。ルビアスが裏切ったと断じる前に、一度冷静になる時間が必要だった。

「ルビアスが武力蜂起ですか!?」
「それも……スーフォアの街で……」

呼び出した二人に話を聞いたところ、私と同様驚くだけで何も聞いていないような反応だった。

「其方達が街を出る時、ルビアスは私の捜索を命じたのだろう? それで間違いないか?」

私の問いかけに二人は揃って頭を捻る。過去の記憶を探っているのか、視線はあらぬ方向を向いていた。

「えっと……。正確にはルビアスじゃなくて、ラピスちゃんに頼まれました」
「なに!?」
「そう言われれば……そうかも」

本人が頼んだわけじゃないのか!? 衝撃的な事実に頭がクラクラしてきた。それではまるで話が違ってくる。ルビアス自身はそう望まずとも、ラピスとか言うルビアスの師匠から強く言われれば、野心を秘めていても妹は素直に従ったかも知れない。そして後にラピスの説得に成功した上で味方に取り込むことが出来たとすると、今回の武力蜂起にも繋がってくる。

あの娘――ラピスの戦闘能力は異常だ。あれを味方につけるかつけないかで、戦いの趨勢は大きく変わってくる。ルビアスがラピスを戦力として考えているのなら、スティード派などあっと言う間に一掃されるかも知れない。そうするとどうなる? 雲隠れして表に出ていない私より、実力でスティードを討ったルビアスが最も王位に近くなる。

「マズいな……」

身を隠している間に、事態はどんどん悪い方向へと転がっていく。ルビアスが蜂起したとなれば、この二人もどこまで信用出来るか解ったものじゃない。今この瞬間に襲いかかられたとしても、こちらには防ぐ手段が何も無いではないか。

そうやって焦る私とは正反対に、カリンとシエルの二人は暢気にお茶などをすすっていた。そのまるで緊張していないと言う態度に頭にくる。誰のおかげでこちらの計画が潰されたと思っているのだ!

「えーと、マグナ王子。なぜ私達を睨むのですか?」
「なに、少し前の事を思い出していただけだ。それより、今回のルビアスの動きを二人はどう思う?」

返答次第では舌先三寸で丸め込み、さっさと屋敷から追い出さなくては。そしてまた拠点を変えなければならない。全く……面倒な!

「どうも何も……ルビアスは王様になる気なんて無いと思いますよ」
「……は?」

全く予想もしていなかった返答に、自分の口から間の抜けた声が漏れた。王になる気が無いのに……武力蜂起? 意味がわからん。混乱する私を余所に、カリンの後をシエルが続けた。

「そうね。こちらからマグナ王子発見の一報を入れていないのだから、ルビアスはまだ王子が生きてるか死んでるのかも知らないはずです。だから死んだ前提で動いたのではないですか? スティード王子の好き勝手にさせておけば国が滅びる。旗頭にしようにもマグナ王子は行方不明。なら自分が立つしかない……と思ったのでは?」
「そんな……」

そんな……まさか……と思いつつ、確かにシエルの言うとおりだと気がついた。何処から所在がばれるかも知れないため、連絡用の魔道具を使うことが頭からすっぽりと抜け落ちていたのだ。

「だが……既にルビアスは蜂起したのだ。今更私が名乗り出たところで、消されるのではないか?」

王位を得るためならそれぐらいしてもおかしくない。私ならそのような手段も選ぶだろうし、ルビアスがその気になっても不思議ではない。しかし私の懸念が余程おかしかったのか、カリンとシエルの二人は笑い出す。

「な、何を笑っているのだ!?」
「あ、いえ、すみません。でも、あんまり変なこと言うから……」
「そうですよ。ルビアスにそんな野心はありません。彼女にあるのは責任感だけです。それに、自分の欲望のために王位を狙うなんて……そんな事にラピスちゃんが協力するはずがないんですよ。一人でやれと突っぱねられるのがせいぜいでしょう」
「うむむ……」

何を根拠にそんな事が言い切れるのだ? 確かにルビアスは曲がったことが嫌いで一本気な性格をしているからその通りかもしれんが、ラピスに関してはわからんだろう? 可愛がっている弟子に頼み込まれれば、心変わりをするかもしれんではないか。考え込む私に、シエルが困ったような表情になる。

「ラピスちゃんは権力と関わることを嫌っていますから。詳しい事情は話せませんけど、
それだけは断言出来ます」
「ここで悩むより、一度ルビアスと話をしてみたらいかかでしょうか? 難しく考えるより、まず動いてみることをオススメしますよ」

うーむ……。二人の言うことが真実なら、今回はただの誤解で済むかも知れない。しかし身の安全を図るあまり、事態を静観していたらもっと状況が悪くなるのも事実だ。ここは一つ、覚悟を決めてルビアスと話してみるか。私はそう決意して、遠話の魔道具に手を伸ばした。

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