勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第131話 ヴェルナの説教

「死ぬかと思いました……」

助け出された後、ヴェルナは泣きながらそう言った。彼女の服は自分の出した汚物まみれになっていて、結構酷い臭いをさせていたからだ。私はもちろん、シモンが近づくのも嫌がって、街に戻って着替えるまでずっと泣き続けていた。

シモンの実家に戻って体を拭き、温かい飲み物を口にしてようやく落ち着いたのか、彼女は私に深々と頭を下げた。

「ディエーリア。今回は本当に助かりました。私のこともですが、街から黒騎士を一掃してくれたことは感謝してもしきれません」
「ありがとう。お嬢様を助けてくれて」
「いいよいいよ。そんな改まってお礼なんか言わなくても」

面と向かって礼を言われると流石に恥ずかしい。それに、一応この街を根城にしていた黒騎士は倒したけど、問題は何も解決していないんだから。

「それよりこれからどうする? 城には黒騎士が居ないみたいだけど……」
「それも含めてお父様とお話しします」

そう言えばヴェルナの父親であるクリストファー伯爵の存在をすっかり忘れていた。あまりに影が薄いんで頭からすっぽり抜け落ちていたな。

「ヴェルナ?」
「あの人のどっちつかずの態度が今日のような事態を招いたのですから。もう覚悟を決めてもらわねばなりません」

ヴェルナは随分ご立腹のようだ。自分が酷い目に遭ったから? ……いや、違う。たぶん彼女は父親の領主としての不甲斐なさに怒っているだけなんだ。他力本願で領地を守ろうと板挙げ句、守るべき領民を危機にさらし、いざ危なくなったら自分の娘だけを逃がそうとした。父親としては良い人なのかも知れないけど、領主としては失格だろうな。ヴェルナが怒るのも無理はない。

「さあ二人とも。城に参りましょう」

私とシモンの返事を待たず、ヴェルナは強い足取りで城へと歩き出す。慌てて後に続く私とシモンはお互いに顔を見合わせ、苦笑するしかなかった。どうやらヴェルナ、今回命の危険にさらされたことで一皮剥けたみたいだ。まだまだ頼りない感じはするものの、その小さな体からは確かな覚悟が感じられた。

日が昇ってきた。それはつまり、戦いの痕跡を明らかにすることだ。通りに放置されたままの黒騎士達の遺体はどれも原形を留めておらず、ソルという圧倒的な暴力の恐怖を敵味方に印象づけていた。それらを目にしたヴェルナは一瞬怯んだものの、すぐに歩みを再開させる。まるで何も存在していないかのように、少しもペースを落とさずにだ。

ヴェルナの後に続きながら転がっている死体に目をやると、私はある事に気がついた。

「普通の兵士が混じってない?」

死んでいるのは全て黒騎士で、所謂一般の兵士が見当たらない。特権意識におごった黒騎士がわざわざ一般兵の鎧を身に着けるとも思えないから、たぶん黒騎士だけが死んでいるんだろう。

「お城の兵士なら城の中に居ると思うぜ」

私の呟きが耳に入ったのか、横を歩くシモンが答えてくれた。

「元からこの城に居た兵士や騎士の大半は首になったんだ。黒騎士に反抗的だって理由でさ」
「……よく領主様が許可したね」
「許可なんて必要なかったんだよ。スティード王子の権威を振りかざせば、一般の兵士や騎士の首なんて簡単に飛ばせる。自分達を庇ってくれない領主様に嫌気が差して自分から辞めた奴も居るけど……」

そう言うシモンの声には暗い響きがあった。たぶん、彼に親しい人も軍を抜けたのかも知れないと、なんとなく予想はついた。真面目な人から辞めていったんだろうな。

馬を奪った時同様、城の門は開け放たれたままだ。これだけ騒ぎがあったというのに、城内に残っている兵士は様子見にもやってこない。怯えて縮こまっているとしても、流石に根性がなさ過ぎじゃない?

城の中に入ってから、ヴェルナの歩みは次第に早くなっていき、今は早歩きと言って良いペースで進んでいた。三階建ての城の最上階にあるのが、彼女の父――クリストファー伯爵の私室だ。流石に部屋の前になると護衛の騎士が陣取っていて、この城に入ってから初めて兵士の姿を見ることになった。

「ヴェルナ様!」
「ただいま戻りました。お父様は中ですか?」

はいと答える騎士に構うことなく、ヴェルナは勢いよく扉を開けた。ノックも返事もなくいきなり入室するのは貴族的にどうかと思うけど、今のヴェルナにはどうでも良いことなんだろう。中に入ると、そこには身なりの良い中年男性が一人、護衛の騎士や兵士に囲まれて座っていた。眉をへの字に曲げてどこか神経質そうな外見からは、普通のオッサンという印象しか受けない。これがヴェルナの父親か~。

「ヴェルナ!? お前どうして――」
「お父様。外の騒ぎには気がついていますか? あの黒騎士達がどうなったのか」

逃がしたはずの娘が突然帰ってきての詰問口調に、クリストファー伯爵は戸惑いを隠せない。親としては彼女が何故戻ってきたのか聞きたいんだろうけど、ヴェルナの雰囲気がそれを許さなかった。伯爵は一瞬顔をしかめると、絞り出すように声を発する。

「外の戦いのことはもちろん知っているよ。謎の化け物が現れて黒騎士達を殲滅したと。いったい誰の差し金なのか知らないが、余計なことをしてくれたものだ。これでは私がスティード王子に楯突いたみたいじゃないか」
「な――」

あまりの言い草に言葉が出ない。あれだけ横暴を働いていた黒騎士を撃退したのに、感謝どころか文句を言ってくるなんて。呆気にとられた私と違いサッと顔色を変えたのは横に立つシモンだった。でも立場上文句の言えない彼は言葉を飲み込み、悔しげに唇を噛みしめる。そんな中、ヴェルナの怒声が部屋に響き渡る。

「お父様! この状況で口にする言葉がそれですか! 恥を知りなさい!」

しん――と、部屋が静まりかえった。クリストファー伯爵は大人しかった娘の怒声に驚いて口をポカンと開けたまま固まっているし、護衛の騎士や兵士は大人しかったお嬢様の突然の変貌に声も出ない。しかしヴェルナはそんな彼等に構うことなく声を張り上げた。

「自分で自分の領地を守ろうともせず、他力本願で碌でもない連中を引き込んだばかりか、その後始末をしてくださった方に何て無礼な物言い! お父様がそこまで情けない人だなんて思いませんでした!」
「な、何を怒っているのだヴェルナ。いったいどうしたというのだ?」

激怒する娘を宥めようと、オロオロするクリストファー伯爵。ヴェルナはそんな父親をキッと鋭い目で睨み付け、少し落ち着いた口調で言葉を続ける。

「お父様。外で戦いが始まったと知った時、あなたはどこで何をしていたのです?」
「どこってお前……私はこの部屋で情報収集を……」
「……情報収集ですって?」

やばい。ヴェルナの怒りが再燃している。自分が頼りとするシモンが命懸けの戦いをして、下手をすれば領民にも被害が出る状況だっただけに、今の言葉は腹に据えかねたのだろう。

「それで、これだけ時間をかけた結果、何か解ったのですか?」
「いや……それは。黒騎士の大半が死んで、残りが逃げ出したとしか……」
「そうでしょうね。ですが、それからどうしたのです?」
「それから?」

ヴェルナに言われた意味がわからなかったのか、伯爵は首をかしげる。

「戦いが終わってから数時間は経っていますよ。何故お父様は外に出て直接被害を確認したり、傷ついた領民がいないのかを確かめないのですか?」
「あ……」

言われて初めて気がついたらしく、伯爵の額から一筋の汗が垂れた。さてはこのオッサン、自分のことだけ考えてたな……。

「お父様。まずはこちらにいらっしゃるディエーリアにお礼を言ってください。城から逃げ出した私とシモンを助け、街に巣くう黒騎士を撃退したのは彼女なのですから」
「助けた? 道中で何かあったのか?」
「魔物の集団に襲われただけです。それより早くお礼を」
「そ、そうか。娘が世話になったようだな。礼を言う」

半信半疑といった感じで伯爵は頭を下げた。少しも感情のこもってない礼だけど、私の外見だけ見て判断すると、それも無理はないかなと思う。私のように美人で華奢で可憐なエルフが屈強な黒騎士の集団を撃退したと言っても、なかなか信じられないはずだから。そんな事を思いながら一人うんうんと頷いている私を、シモンは怪訝な表情で見ていた。

「礼には及びません。成り行きで助けただけですから。それより伯爵様。ヴェルナの話を聞いてあげてください」
「ありがとうディエーリア。お父様。このディエーリアから聞いたのですが、すでにグロム伯爵の領地はスティード派に抑えられているようです」
「な、なに!?」

驚きの声を上げる伯爵。唯一の安全地帯がなくなったと知った彼の顔色は、面白いように変わっていた。

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