勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第122話 ギルドの得た手がかり

――シエル視点

盗賊ギルドと接触出来たことで、私達は王都で無駄に動き回る必要がなくなった。彼等とは別に自分達の力だけでスティード派の貴族を調べようと思っていたんだけど、具体的に何をどう調べるのが最適か見当がつかなかったので、パンはパン屋と言うか、結局彼等が情報を持ってきてくれるのを大人しく待つ事にした。

あの盗賊ギルドの男――後で聞いた名前はゴールドというらしい――に仕事を頼んだ影響なのか、翌日からゴロツキに絡まれることもなく、平穏な毎日が続いている。宿で絡んできた連中も目を合わせようとしないし、それだけギルドの影響力が強いのだと思えた。……単に私達二人にビビってる可能性もあるけど。

「ねえ、この宿に泊まってから全然兵士の姿が見えないんだけど、この辺は巡回もされないの?」

ある朝、いつものように一階で食事を摂りながら宿の店主に話しかけると、彼は洗った食器を拭きながらぶっきらぼうに答えてくれた。

「この辺に兵士が来ることは滅多に無いぜ。治安が悪いってのもあるが、現場の指揮官クラスにはギルドから賄賂が渡されてるからな。だからよほどの事が無い限り、兵士がスラムには来ない」

なるほど。指揮官への賄賂はともかく、末端の兵士も命あっての物種だし、指名手配犯が隠れている程度じゃ動かないって事か。私達にとってはありがたい事だけど、治安維持を最初から放棄しているような王国のやり方には失望してしまう。まぁそのおかけで、この付近を気軽にウロウロ出来ているわけなんだけど。

この宿に泊まるようになってスラムはグッと身近になった。以前は特に関わることもない別の世界ぐらいに考えていたんだけど、やはり実際に肌で触れる距離で見聞きすると、色々と考えさせられる事もある。

まず大通りに面した街の中心では姿を見ない浮浪者や孤児が多い。彼等の多くは痩せ細っていて、日々の食事にも事欠く有様のようだ。当然身に纏う服は服と言えないような襤褸だし、靴なんて履いていない人の方が多い。おまけに井戸もないものだから体を拭く習慣がないのか、酷く臭う。通りかかった私達を死んだ魚のような目で見上げながら、何かを恵んでもらおうとただ無言で手を突き出してくる姿には恐怖すら感じた。

でもそんな彼等を眺めながら、私は妙な点に気がついた。社会の最底辺と言える無力な存在である彼等なのに、あるべきはずのものがなかったからだ。つまり、死体だ。日々の食事も満足に出来ないのなら、飢えて死ぬか、力のあるものに奪われるかしてすぐ死んでもおかしくないのに、彼等は一応生きている。宿に戻ってそんな疑問を店主にぶつけると、彼は顔をしかめながら答えてくれた。

「連中にはギルドが食糧を配給してるんだよ。と言っても一日三食与えるなんて出来ないから、一日一食がせいぜいだがね」
「驚いた。盗賊ギルドが慈善事業をしてるなんて」

意外な事実を聞かされて感心した私を馬鹿にするように、店主は鼻を鳴らす。

「なわけないだろ。あれは将来構成員として使えそうな奴にだけ施してるのさ。それ以外は野垂れ死んでるよ」
「え? でも死体は――」
「死体にも色々と使い道があるって事だ。例えば死霊術の実験とか、試し切りの標的とか。身内の居ない奴らの死体なんて、どんな扱い方をしようと、どっからも文句が出ないからな。結構良い金になるらしいぜ」

一瞬でも盗賊ギルドを見直して損した。やっぱり連中は外道の集まりだ。そんな組織の力を借りないといけない状況が腹立たしくてしょうがない。怒と共に水を飲み込むと、ちょうど今話していた盗賊ギルドの構成員――ゴールドが姿を見せた。

「邪魔するぜ」

彼は不機嫌さを隠そうともしない私を気にもせず、断りもなく真横の席に腰掛ける。そして店主からコップを受け取ると、一気にその中身をあおった。

「さて姉さん達。随分待たせちまったが、朗報だ。マグナ王子の消息が掴めたぜ」
『!?』

思わず席を立った私とカリンの興奮を余所に、ゴールドは落ち着けとばかりにこちらを手で制した。

「と言っても直接接触したわけじゃないから、まだ確定じゃないんだ。あくまでも確率が高いってだけなんだがな。それでも聞くか?」
「当然でしょ。その為に頼んだんだから。外れてればまた調べ直してもらうわよ」
「そうか。じゃあ話そう」

喉を湿らせたことで調子が出たのか、ゴールドは懐から取りだしたメモを片手に集めた情報を語り始めた。彼の話による経緯はこうだ。

まず、私達がマグナ王子の捜索依頼を頼んだのは、今からちょうど一週間前。ゴールドは早速ギルド幹部と話を纏め、組織全体の力を使ってマグナ王子の捜索に全力を出したそうだ。盗賊ギルドの情報網は広く、このボルドール王国のほとんどの地域を網羅していると言っても良いぐらいだそうだけど、今回特に力を入れたのは王都とその周辺の地域だったらしい。

なぜなら、地方都市まで調べていると流石に人員が足りないし、人の出入りは比較的把握しやすいからだ。おまけにマグナ王子は襲撃後、他の土地での目撃例が皆無だったため、ギルドは彼が王都に潜伏していると予想したそうだ。

ギルドの構成員はゴールドのような強面から、露店の店員、出入りの商人、そして街の浮浪者まで、様々な人種で多種多様らしい。だからどんなに強固な城塞だろうと、普通の一軒家だろうと、彼等に調べられない場所は無い。今回も警戒厳重な貴族街で、普段と違う動きをしている貴族の屋敷はないか、徹底的に調べたみたいだった。

「結果的に言えば、スティード派に偽装した貴族の屋敷が怪しい」
「それは……屋敷の中でマグナ王子を見かけたのが理由なの?」
「逆だよ。見かけるどころか、ギルドの人間が入り込めなかったから怪しいと確信したんだ」

つまり、何処にでも――それこそ王城にすら入り込めるギルドの人間が入り込めない場所というのは、それだけ人の出入りが制限されている場所――つまり誰にも会わせるつもりがない人か物が隠されていると言う結論に至ったわけ。

「その屋敷が怪しいと睨んだ俺達は、そこから出るゴミや中に入る食糧の量に以前と差がないか徹底的に調べた。で……だ。政変が起きた後ぐらいから、明らかに消費される食糧や、外に出されるゴミの量が多くなっていたらしい。マグナ王子が匿われているとしたら、彼本人と護衛の騎士が何人か隠れているってところじゃないか?」

「そんな方法で調べたの? 凄いね」
(本当。大したものだわ……)

心底驚いたと感心してるカリン。私も口にこそ出さないものの同じ気持ちだった。やっぱり組織力ってのは侮れない。まさかそんな些細な事から足がつくなんて、切れ者と名高いマグナ王子でも想像がつかなかったはず。

「それで、その貴族の名前は?」
「ああ、奴の名はビラーゴ侯爵。スティード派の中堅貴族で、最近台頭してきた新興貴族だな。スティード王子に対して賄賂を流し、自らの地位を金で買った成り上がりの新興貴族だとばかり思っていたんだが……まさか裏切り者を紛れ込ませてるなんて、マグナ王子もやるじゃないか」
「でも奇襲してくるのは防げなかったんでしょ? だったらあまり信用されてないんじゃない?」
「そうでもないさ。現にマグナ王子の死亡は確認されていない。それはつまり、事前に何者かから危険を告げられて逃げる余裕があったことの証拠にならないか?」
「それは……そうだけど」

いまいち納得がいっていないようにカリンは腕組みして難しい顔だ。心情的にはカリンの味方をしたいんだけど、こればっかりはゴールドの意見に賛成ね。仮にビラーゴがマグナ派の間者だとだとしても、それだけで今回の政変を止める力なんてなかったはず。中堅どころという微妙な立場もそうだけど、間者の主目的はあくまでも情報を流すことにある。政変が起きた時表だって裏切るよりも、後のことを考えて、味方のフリをして裏に手を回す方を選んだに違いないわ。

「まぁ、見つけた経緯はそんな感じだ。こっから先は流石に俺達じゃ厳しくてね。下手に侵入しようものなら問答無用で斬り捨てられる可能性が高い。そこであんた達の出番てわけだ」

どうする? と、ゴールドの目はそう問いかけていた。ここまでお膳立てをされて動かないと言う選択肢はない。私達の答えなんて、最初から決まっている。

「当然、中に侵入するわ。なるべく穏便にね」
「と言っても、結局力ずくになりそうなんだけど……」

仮に私達がルビアスの仲間だと告げたところで、会わせてくれるとも思えない。かなりの高確率で戦いになりそうな予感がしていた。

「そうかい。じゃあ、健闘を祈るぜ。もし本当にマグナ王子がその屋敷にいたら――」
「ええ、報酬は払うわよ。マグナ王子か、私達の雇い主がね」

それを聞いてホッとしたのか、ゴールドはニヤリと笑みを浮かべた。私達は朝食を綺麗に平らげるとサッサと身支度を調え、宿の出入り口へと足を向ける。さて、鬼が出るか蛇が出るか、ビラーゴ侯爵とやらの屋敷に行ってみましょうか。

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