勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第121話 盗賊ギルド

――カリン視点

夜。飛行魔法で難なく潜入に成功した私達二人は、昨日と同じように宿を取って寛いでいた。いくら王都が警戒厳重だといったところで、兵士の数には限りがあるのだし、全てを見張り続けるなんて不可能な話だ。おまけに昼ならともかく、夜に空から侵入してくる者に気がつく注意深さもないはず。だからあっさり街に入れてしまった。

「で、これからどうしようかシエル?」
「出来れば適当なチンピラが向こうから声をかけてくれれば良いんだけどね」

そう言ったシエルは、期待を込めた目で周囲をぐるりと見回した。

私達が部屋を取ったのは一般的な宿と同じで一階が食堂になっている。だから回りには宿の宿泊客だけじゃなく、外から食事だけしに来た人も多く居た。でもこの宿は、そんな普通の宿の様子と少し違っていた。周囲の客は一人残らず目つきが悪い。おまけになんだか殺伐としてて、これから喧嘩か殺し合いでも始めようかって雰囲気を漂わせていた。一目で堅気じゃない連中だと子供でも解るに違いない。

なぜこんな事になっているのかと言うと、単純に宿が治安の悪い場所にあるからだ。何処の街でもならず者が入り浸っているような危険な場所は多いけど、王都はその規模が他と比べものにならないぐらい大きかった。小さな街ならすっぽり収まってしまうようなぐらいだったから、私達にとって身を隠すのと盗賊と接触する、二つの目的を同時に果たせる打って付けの場所と言えた。

シエルは何の遠慮も無しに客を一人一人観察している。普通の娘なら怖がって見ることも出来ないような連中相手でも、今の私達には大した脅威にならないため、怯える必要もない。目のあった数人は鋭い目つきで見返してくるだけで終わったけど、案の定血の気の多い人間の何人かが立ち上がってこちらに向かって来た。

「なんだ姉ちゃん? なんか俺達に文句でもあるのか?」
「喧嘩売ってんなら買ってやるぜ」
「誰に対してでかい顔してるかわかってんのか?」
「ほらきた」

チンピラ特有の決まり台詞を口にした三人組にほくそ笑みながら、シエルは狙い通りでしょと言いたげにこっちを見た。そんな彼女の態度が癪に障ったのか、それとも精一杯の威嚇が何の効果もなかった事に怒ったのか、三人組は一瞬で顔を真っ赤にする。

「てめえ等! ちょっと遊んで済ませてやるつもりだったが、もう勘弁しねえぞ!」
「痛めつけてから娼館に売りつけてやる!」

三人組が腰の短剣を構えた――と思った次の瞬間、彼等の手から今抜いたばかりの短剣が姿を消し、揃って壁に突き刺さっていた。一瞬何が起きたか解らず呆然とする連中の目の前には、私が突きつけた剣の切っ先が光っていた。

「な……!?」
「遅いよ。それじゃ何人居ても私達の敵じゃない」

少し殺気を込めて睨み付けただけで、三人組は顔を青くして黙り込んでしまった。絡んだ相手の実力が自分達より圧倒的に上だとわかって、どうすれば良いのか戸惑っているのかも知れない。彼等にも面子があるだろうし、ここで謝っても正面から戦って叩きのめされても、どっちにしろ恥をかく。一般人より力で上下関係が決まる地域だと、これから先かなり厳しい状況になるに違いない。三人組が破れかぶれで向かってこようと、泣きそうな顔で動き出そうとしたその時、奥から彼等を止める声が響いた。

「止めとけ。お前等じゃ百人居てもその姉さん方にはかなわねえぞ」
「あ、兄貴……」

静かに立ち上がって奥の席から姿を現したのは、三人組とは比較にならない迫力をもった一人の男だった。体格的にはそんなに差がないように見えるのに、歩き方や身のこなしでなかなかの腕前だとわかる。でも、これは――

「盗賊かな?」
「一目で見抜いたか。やはりただ者じゃねえな」

私がポツリと漏らした言葉を耳にした男は、感心したようにニヤリと笑った。

「身のこなしからなんとなくね。冒険者とも堅気とも違う、足音を立てない歩き方をしてたから。それは盗みや暗殺を生業とした人間の動きでしょ?」
「おっしゃるとおりだ。確かに俺は真っ当な生業の人間じゃない。ついでにこの辺り一帯の顔でもある。それで一つ聞きたいんだが、あんた達はなんでこんな宿にいるんだ? あんた達ぐらいの腕だったら、中央にある高級な宿にも泊まれるだろう?」

男からは敵意を感じない。もちろん、何かあった時のために少し腰を落とし、すぐに動けるよう身構えてはいるものの、それだけだ。こっちの出方を見るつもりなんだろう。私はシエルにチラリと視線を向けた。どうやら狙い通りの人物が接触してくれたみたいだし、後の交渉は頭脳労働担当のシエルに任せた方が良い。彼女は一つ息を吐くと、仕方ないと言う風に頭を振った。

「その辺りの事情を込めて話をさせてもらえるかしら? あなたなら相談に乗ってくれそうだしね」
「相談? ふむ……とりあえず話をしてみようか」

男が宿の店主に指で何かの合図を送ると、店主は一つの鍵を投げて寄こした。それを受け取って男はカウンターの奥へと足を向けると、こちらを振り返った。

「ついて来な。こっちなら盗み聞きされる心配はねえ」

私達は立ち上がり、男の後に続いてカウンターの奥へと歩いて行く。三人組は最初から居なかったような扱いになっていて、本人達もオロオロとしていたけど、誰も彼等に声をかけることはなかった。

「適当に座りな。お茶なんて気の利いたものはないし、出しても飲まねぇだろ?」

心底面白い冗談を言ったように男は唇の端をクイッと上げた。毒殺のことを言っているんだろうけど、少しも笑えない。シエルはそんな男を相手にせず、手近な椅子に腰をかけた。私は立ったまま入り口近くに陣取る。妙な動きをしたら即座に男を叩き斬れる位置だ。

「お構いなく。話がしたいだけだから。じゃあ早速で悪いんだけど、話を進めさせてもらうわね」

私達の正体を明かさずに、シエルはマグナ王子の行方を捜しているのと、その協力者を求めている事情を男に詳しく話していった。私達が勇者パーティーの一員だとしたら情報を売られる危険もあるし、まだ男が信用出来るかどうかもわからない状況では、仕方のないことだ。案の定、男は私達が何者なのかを知りたがったけど、シエルはあくまでも偽名を貫き通す方針みたいだ。

「と言うわけで、あなたが盗賊ギルドの人間なら協力してもらえないかしら?」
「ふ……む。あんた達の事情はわかった。確かに俺達の情報網ならマグナ王子を見つけられる可能性は高い。しかしだ」

男はジロリとこちらを睨む。

「それに見合った報酬をあんた達は払えるのか? 知っての通り、俺達は堅気じゃない。どんな簡単な仕事だろうと、まともな人間なら目ん玉が飛び出るような報酬を要求するし、払えなけりゃ地の果てまで追い続ける組織だ。当然行方不明になってるマグナ王子を見つけるなんて大仕事、金貨の十枚や二十枚なんてちゃちな金額じゃ出来ねえってもんだ。あんた達はそれを本当に払えるのか? もし踏み倒すつもりなら止めときな。いくらあんた達が強かろうと、二十四時間狙われ続けりゃ、いつか死ぬことになるぜ。その覚悟があんた達にあるのかい?」

男は組織に絶対の自信を持っているみたいだ。確かに男の言うように、正面からの斬り合いならともかく、いつ背中から刺されるかも知れない状況が続くと厳しい。それでも負けるつもりはないけど、こっちもわざわざ敵対したいわけじゃないから、報酬で話をつけるしかない。シエルは男の警告などまるで聞いていなかったように、足を組み直す余裕の態度だ。

「報酬なら心配しないで。詳しくは話せないけど私達にも味方がいるのよ。ちゃんとした貴族の味方がね。私達はその人の手足になって働いているだけ。マグナ王子さえちゃんと見つけられれば、褒美は望のままでしょうね」
「へえ……」

それだけの言葉で大体の事情を察したのか、男は不敵な笑みを浮かべた。マグナ王子を探している貴族と言う事は、私達の雇い主はマグナ派の貴族と言う事になる。そしてこの状況下で今も無事なマグナ派なら、それなりに力をもった有力貴族しかない。つまり財政的にも安定していて、金貨の百枚や二百枚なら払える財力があると言うことだ。

「何なら誓約書でも書きましょうか? 血判でも押せば少しは安心出来るんじゃない?」
「いや、その必要はないね。貴族相手にそんなものを用意したところで踏み倒されたら終いだ。だから報酬はマグナ王子の身柄か、潜伏場所の情報と引き換えにさせてもらおう。それでどうだ?」
「……確かに。それが妥当でしょうね」

後払いだと逃げられたり踏み倒される恐れがあるから、盗賊ギルドとしてはそれが最大限の譲歩なんだろう。

「それで、いったいいくら要求する気?」
「そうだな。金貨千枚。これでどうだ?」
「千枚ですって!?」

シエルが驚いて身を乗り出した。予想の倍どころか、文字通り桁が一つ違っていた。金貨千枚ともなると、個人でどうにかなる範囲を完全に超えている。ルビアスて頼んでも払いきれるかどうか怪しい金額だ。

どうする? とばかりにシエルがこちらを見てくる。私はポリポリと頭を掻きながらため息を吐いた。

「いくらなんでもぼったくり過ぎじゃない?」
「嫌ならいいんだぜ。俺達も危ない橋を渡りたくないしな。話をなかった事にしても良い」

よく言うよ。危ない橋しか渡らない連中なのに……。でも、仕方ないか。私達だけじゃ手がかりも見つけられないし、お金のことは後でみんなに相談してみよう。

「わかった。じゃあ頼むよ」
「ちょっと! 本気?」

珍しく慌ててるシエルに対して、私は肩を竦めるだけだ。

「他に方法もないしね。金策はまぁ……どうにかなるでしょ」
「どうにかって……お気楽ね」
「じゃあ決まりって事で良いんだな?」

男はスッと立ち上がると、私の横を素通りしてドアノブをガチャリと回した。そして部屋から出ようとした時、チラリとこちらを振り返る。

「一応事が事だけに、あんたらの回りには見張りをつけさせてもらうぜ。何か用があるならそいつらに言ってくれ。すぐ俺に話を通せるようにしておく。誰が見張りかは……あんたらの実力なら判断出来るだろ」

それだけ言って、男はさっさと部屋を出て行ってしまった。後に残された私達は顔を見合わせて苦笑するだけだ。

「まさか金貨千枚なんてね」
「でも、そのおかげで何とかなりそうだし、上手く行ったと考えようよ」
「本当にお気楽なんだから。まあ、いいわ。他に手がないのも事実だし」

一番面倒な金策ってところをルビアスに丸投げすることにして、私達は何とか盗賊ギルドと接触出来た。

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