勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第112話 ディエーリアの怒り

――ディエーリア視点

ラピスちゃんとルビアス、二人と別れた私は家の方へと歩き出した。いつも歩き慣れてる道だというのに、今は少し足が重く感じている。街の雰囲気は勿論の事、いつスティード派の私兵に見つかるかビクビクしているからだ。

「勘弁してよね……。修行したとは言っても、私が接近戦苦手なのは変わらないんだから」

おまけに今は護身用の短剣すら持ってない。みんなの装備はボロボロだったし、見つからないよう一纏めにして隠してしまったからだ。目立つ耳を隠して女商人のフリをしてるけど、女の商人自体数が少ないのだから逆に目立ってないか気になってしまう。

そそくさと人目を避けながら足早に歩いて行くと、次第に周囲の人波は少なくなっていった。それに伴って建物の数も減っていく。私達の住む家は郊外にあるからそれも当然だった。

「風の精霊シルフ。周囲に人の気配がないか探って」

私の声に反応して、周囲を風が吹き抜けていく。力の弱い精霊は行使する力が弱いという欠点もあるけど、精霊使いにしか姿が見えないと言う利点もある。こういう時の偵察役には打って付けだ。

「……三人か。どうしようかな」

戻ってきたシルフが囁いた言葉によると、家の周りには三人の人間が居て、その場から動いていないらしい。通りすがりとか近所の人が黙って隠れてるなんてあり得ないから、貴族の私兵と判断しても間違いないと思う。

(蹴散らすのは簡単そうだけど、三人を監視してる報告役が隠れてる可能性もあるしね。シルフの探知範囲外ならお手上げ。しくじったら私までカリン達みたく追い回される事になるわ)

出来る事なら一網打尽にしたいところだけど、今勇者パーティーはこの街に居ない事になってる。追いかけられてるカリン達はあくまでも他国の密偵って形だし。て事は、暴れるのは論外。

(家に立ち寄るのは無理でも、前を通り過ぎるぐらいは出来るかな?)

敵の姿は視界にない。けど、私はゆっくりとした足取りで家の方へと歩く。だんだんと近づいてくる家。視線だけを動かして家の様子を窺うと、そこには信じられない光景が広がっていた。

(壊されてる……!)

玄関のドアは破られ、窓も全てたたき割られていた。みんなで作った花壇は踏み荒らされて、材料を持ち寄って作った家具は原形を留めないほど壊されている。私はその光景を見た瞬間、頭に血が上るのを自覚した。この家で過ごした楽しい日々を、赤の他人に土足で踏みにじられたのだ。これが頭にこないわけがない。

八つ裂きにしてやろうか――知らず、そんな考えが浮かんだ。今の力なら簡単にできる。でも、それをやると後々面倒な事になるって頭の冷静な部分が警告している。食いしばった歯が鳴り、握りしめた拳が痛む。冷静になれ。怒りは後に取っておけば良い。私は内心の怒りを隠しつつ、視線を家から外して訓練所の方へと足を向けた。

「はぁ……」

重い重いため息が自然と漏れた。だんだん家と距離が離れてくると、私に向けられていた監視の目も緩んでくる。みんなになんて言おう……。家が壊されてたなんて知ったら、絶対悲しむよね。憂鬱だなぁ。

「ん……?」

見慣れた訓練所が近づいてきたけど、それも家と同様にいつもと様子が違っていた。

「活気がない……と言うか、声が聞こえない」

訓練所は普段からやかましい。トラックを延々と走らされている生徒のかけ声や、戦闘訓練の剣戟や爆発音。とにかく朝から晩まで騒がしい場所のはず。やっぱり門番さんの話の通り、人が寄りつかなくなってるのかな?

足を止めず訓練所に目をやると、そこには以前と比較にならないほど数を減らした冒険者の姿がチラホラとあった。たぶん全部で十人も居ない。おまけに全員動きが素人みたいだから、新人しか残ってないっぽい。でも、見慣れた静のその光景に、私はすぐにその違和感に気がついた。

「おらどうした! 冒険者を名乗るなら立ってみろよ!」
「がはっ!?」

教官だと思った人間は、どうやら貴族の私兵らしい。彼等は明らかに新人の冒険者に対して剣を振るい、癇に障る笑い声を上げていた。数は全部で三人。二人は騎士の鎧を身に纏っているけど、一人だけ真っ黒な全身鎧に身を包んだ騎士がいる。上から下まで真っ黒で、一目で直感した。奴が話にあった黒ずくめの一人なんだと。

「ここの訓練所は腕利きが多いと聞いたが、まるで大した事は無いな!」
「本当だぜ。少しは期待してたのによ!」
「ぐっ!」

男の一人が笑いながら剣を振るうと、受け損なった冒険者の一人が肩に一撃を受け、その場に崩れ落ちた。倒れた冒険者は肩を押さえてうめき声を上げている。今のは剣の腹で殴りつけただけみたいだ。流石に連中も殺しはマズいと思ってるんだろうか? なんにせよ、見てて気分の良いものじゃない。

「生徒がコレなら、強いって評判のあの女……確かラピスって名前だったか? あれの腕前も大した事なさそうだな」
「リッチを倒したってのも、どうせ話がでかくなっただけだろ。実際はスケルトンだったんじゃねえのか?」

ピクリ――と、顔の筋肉が引きつる。コイツら……言うに事欠いてラピスちゃんが弱い? 彼女が本気になったら、お前等なんか一瞬で消し炭にされるんだぞ! 家を壊されたイライラも相まって、そろそろ我慢も限界に近い。怒鳴りつけてやろうかと思った次の瞬間、一人の冒険者が立ち上がったかと思ったら、私の代わりに大声を上げた。

「違う! 先生は本当に強いんだ! あの人はこの街を救ってくれた本物の英雄だ! 彼女を馬鹿にする奴は絶対に許さない!」

戦ってるところを見ていないけど、身のこなしだけで彼等冒険者と男達の実力差はある程度把握出来る。彼等と私兵は絶望的なほど腕の差がある。たぶん、今抗議の声を上げた事もかなり勇気を必要としたに違いない。怖がりながらも自分達の先生――つまりラピスちゃんを精一杯擁護してくれたんだ。私はその事実に胸が熱くなってしまった。しかし貴族の私兵達は、そんな彼の抗議を鼻で笑う。きっと子犬が吠えてる程度にしか思ってないんだ。

「だったらどうする? 実力で黙らせるか? 出来ないだろ? お前等雑魚の腕前じゃあよ! おらどうした! ビビってないでかかってこい!」
「く……! う、うおおおお!」

屈辱に耐えかねたのか、侮辱された冒険者は剣を構えて奴らに斬りかかる。しかし結果はさっきと同じ。一瞬のうちに剣を跳ね上げられ、胴に一撃を受けて崩れ落ちた。

「うぐ……ぐ……! ち、ちくしょう……!」
「身の程をわきまえろよ平民。お前等がいくら努力しようが、生まれの差って奴は覆せないんだよ!」

悔し涙を浮かべながら、痛む体で剣を取ろうとする彼を、男の一人が蹴りつけた。それを見た私の頭のどこかで、何かのスイッチが入った気がした。怒りに染められた頭が冴えていく。冷静に、どこか冷酷とも言える人格を持った別の自分に切り替わったように、私は冷めた目で男達を睨み付けていた。

「……ごめんみんな。ちょっと我慢出来そうにないや。暴れちゃマズいのはわかるけど、これを見逃しちゃ勇者を名乗れなくなるよね」

私は頭を覆っていたフードを取り、男達のもとへ歩いて行った。

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