勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第106話 想定外

「じゃあ帰るよ! 世話になった!」

見送りに出てきてくれたティアマトとセレーネの二人に別れを告げ、俺達はグングン高度を上げていく。行きと違って帰りは楽だ。飛行魔法で一直線に帰れば良い。みんなをひとまとめにする制御は俺が、風を防ぐのはディエーリアがやることだけど、移動はシエルの飛行魔法に頼ることになる。ここで鍛えた実力を早速見せてもらおうと言うわけだ。以前と違ってシエルの操る飛行魔法は、とても安定していて素早く発動するようになっていた。しかも力ある言葉だけで魔法が使えるようになっていた。この調子なら無詠唱までもう一息だろう。

「行くわよ!」

もう豆粒ほどの大きさになった眼科の二人に手を振ると、シエルの一声と共に俺達は一気に加速した。凄まじい勢いで流れていく山々。修行の前と後ではまるで別人と思えるほどの速度差だ。

「凄いじゃないシエル! 物凄く早くなってるわ!」
「自分でも驚いてるのよ。まさかここまで差が出るなんてね」

カリンに褒めらたシエルはすました顔でそう答えているが、嬉しさは隠しきれないのか顔の表情が若干緩んでいた。目に見えて自分の実力が向上しているのだから嬉しくないわけがない。俺はシエルの様子を目にして笑みを隠すのに苦労した。

俺とディエーリアの補助があったとは言え、シエルの操る飛行魔法は二日ほどで俺達をスーフォアの街に運ぶことが出来ていた。流石に後半はくたくたになっていたようだけど、今の彼女はその程度で泣き言を漏らすほどヤワじゃない。交代を申し出た俺を制して、結局最後まで自分の力で移動しきった。

「帰ってきたー!」
「一月留守にしただけなのに、なんだか随分戻っていなかったような気がするわ」
「とにかく早く帰って休もうよ。あっちじゃゆっくり休めなかったから、一日中寝てやるわ」

街の入り口に到着した俺達。街に入るために手続きをしていた人々は、突然見慣れない飛行魔法で現れた俺達を遠巻きに見ていたが、やがてそんな彼等をかき分けるように一人の兵士が慌てた様子で現れた。

「門番さん、久しぶり」
「ああ、久しぶりだなラピスちゃん……って、そんな暢気に挨拶してる場合じゃないんだ! お前さん達、聞いてないのか!?」
「?」

彼の焦る意味が全然理解出来なくて、全員が首をかしげる。そんな俺達の様子がもどかしいのか、彼は俺の腕を取るとカリン達に手招きしながら街の中へと歩き出した。

「ちょ、ちょっと、何? どうしたの?」
「ここにいたらマズい。とにかく着いて来てくれ」

行列をつくる人々が不満そうな顔を見せるのもお構いなしで、彼に連れられた俺達は詰め所からどんどんと離れていく。街の中心にある大通りから路地をいくつか曲がり、俺達は人気の少ない場所でようやく足を止めた。

「ここなら多分……大丈夫か」

そう言いつつ、彼は周囲を用心深く警戒していた。なんとなく流れで着いて来たけど、そろそろ事情を知りたいもんだ。

「どうかしたの? ひょっとして、俺達が何かした?」
「いや、お前さん達が何かをしたなんて、この街に住んでる人間は誰も思ってない。でも、そう思わない人間が最近大勢やって来たんだ」
「……どういう事?」
「順を追って説明する。あれは今からちょうど一ヶ月ぐらい前だったかな? お前さん達が旅立ったすぐ後の事だ」

彼の話はこうだ。俺達が竜の巣へ旅立った直後、中央――つまりボルドール王国の王都で政変があったらしい。現在、王位継承権第一位であるスティード王子による反乱。表向きは体調を崩した王に成り代わった形ではあるものの、前日まで元気だった王が突然幽閉され、いきなりスティードが国の舵取りをやり始めたのだから、その行為は誰の目にも反乱だと映った。当然彼と王位を争う次兄のマグナは反発した。しかしマグナが思っていた以上にスティードは急進的で、無茶なことを平気で行う人物だったらしい。

「王都にいたわけじゃないから正確な話はわからないが、マグナ王子は殺されたと聞いている。スティード王子は自分に敵対する勢力を容赦なく武力で潰していったそうだから、王都では貴族平民問わず、かなりの人間が死んだらしい」
「…………」

その場にいた誰もがルビアスを心配そうに見る。彼女は事態の変化についていけないのか、真っ青な顔で黙り込んでいた。無理もない。一ヶ月前には想像もしてなかった事態だ。自分が留守の間にそんな事が起こっていたなんて、彼女の心情は複雑だろう。

「でも、それに反対する人達もいたんじゃないの?」

シエルが疑問を口にする。そう、彼女の言うとおりだ。スティードとマグナが水面下で王位継承権を争っていたのは半ば公然の事実として知られていた。なら当然、マグナ派がそんな暴挙を黙って見ているはずが無い。武力には武力で対抗しようとするのが普通じゃないのか?

「騎士団の大半はマグナ王子についてたみたいだが、それは全てスティード王子の引き連れていた兵によって蹴散らされたらしい。彼等は見た事も無いような全身黒ずくめの鎧を身に纏って、圧倒的な強さで数に勝るマグナ派を倒したそうだ。混乱の中マグナ王子は行方不明になり、生き残ったマグナ派の貴族や騎士、兵士達は自分の領地に逃げ帰ったと聞いている。彼等はスティード派に下ることなく、未だに抵抗を続けているそうだ」

黒ずくめ? 正規の騎士なら誰が見ても一目でわかる格好をしているはずだから、そいつらは何処かからスティードが連れてきたって事か? しかし、そんな得体の知れない連中を頼りにするなんて、スティードは何を考えているんだ?

「行方不明になったマグナ王子は死亡扱いになっている。実際の所はわからないが、スティード派が死んだと宣伝しているから、大半の人はそう信じてるのが現状だな」

と言う事は、まだマグナ王子が死んだとは限らないわけだ。マグナ派が抵抗を続けているのもそれが理由か。生き残りだけを考えたなら、さっさとスティード派に鞍替えすればいいだけだからな。

「王都で大変なことが起きたのは今の話でわかったわ。でも、なんでそれが私達が隠れる理由に繋がるの?」

黙って話を聞いていたディエーリアが言う。すると彼は一層声を潜めて話を続ける。

「……政変後、グロム伯爵はのらりくらりと態度を鮮明にしなかったみたいだが、とうとうスティード派の貴族が街に乗り込んできたんだ。グロム様は城こそ追い出されなかったみたいだが、家族全員監視下におかれている。おまけに訓練所も監察官とか言う変な連中が幅を利かせ始めたもんだから、人が一気に減っちまってな。今じゃ人が寄りつかなくなっちまった」
「ギルドはどうなった? まさかギルドも……」
「いや、ギルドは流石に大丈夫だ。あれは各国に根を張る組織だし、流石にスティード派も敵に回すとマズいと思ったんだろう。と言っても街全体がそんな感じだしな。冒険者の数自体が減っていて、依頼をこなせなくなったギルドも困ってるみたいだ」

魔王の復活で各地の魔物が活発化してるからな。そんな状況で冒険者が減れば、治安が悪くなるのも無理はない。俺達が旅立つ前でもギリギリだったぐらいなんだ。それなのにこんな……。

「で……だ。お前さん達をここに引っ張ってきた理由なんだが……。簡単に言うと、スティード王子はお前さん達を指名手配している」
「!?」
「ええ!?」
「指名手配って……」

驚く俺達の中で、一人冷静だったのはルビアスだった。彼女は青ざめたままだったものの、悔しげに唇を噛みしめている。

「恐らく、私とマグナ兄上が接近していたのを知ったのでしょう。それに加え、名を上げていた我々の存在が疎ましくなった。だから排除を。あのスティード兄上ならやりそうな事です」
「…………そこまでするのか」

自分に人気がないからって、人気のある人間を捕らえてもしょうがないだろうに。それで自分の評価が上がるわけじゃないんだぞ? そんな簡単なことがわからないんだろうか? ……わからないんだろうな。

「お前さん達の家も監視がついてるはずだ」
「!? マリアさんやセピアさん達は無事なの?」
「ああ、その辺はギルドがうまく匿ったみたいだ。それより問題はお前さん達だよ。俺がこうやって連れて歩いてるのも、後でバレたらヤバいことになる。でも長い付き合いだし、街のために色々やってくれてたしな。見過ごすわけにはいかなかった」

自分達こそが最高の存在だと考える貴族にとって、一門番の命など路傍の石ころ程度にしか感じていないだろう。だから彼が俺達を逃がしたとバレたら、本当に命を奪われるかも知れない。だと言うのに彼は俺達のために動いてくれた。名前も覚えていないような、俺達のために。

「ま、俺は俺で自分のことは何とか出来るさ。街はスティード派が牛耳っているが、奴等に心から従っている奴なんてほんの一握りなんだ。報告を誤魔化したり、途中で握りつぶすぐらいは何とかなる。お前さん達は見つからないように姿を隠すなり、余所の国に逃げた方が良いぜ。じゃあ失礼するよ」

そう言って、彼はそそくさとその場を後にした。辺りに静寂が訪れる。思ってもいなかった政変。国を代表する勇者から指名手配犯という真逆の環境に置かれることになってしまって、正直どうしたものか判断がつかない。

「どうする?」
「どうするって……どうしよう?」

これが魔族相手なら暴れて解決するという強引な手も取れる。しかし政変となったら話は別だ。武力を行使するとしても、大義名分が必要になってくる。こんな場合、俺達の中でまともな判断を下せるのはルビアスしかいない。俺達が戦うにしろ逃げるにしろ、彼女の方針次第なのだ。自然、みんなの目がルビアスに集まる。彼女は深く深呼吸した後顔を上げ、決意を秘めた目で口を開いた。

「スティード兄上の横暴を放っておくわけにはいきません。このまま放置すれば国は乱れ、多くの罪なき民が苦しむことになります。それを魔族が指をくわえて見ているとも思えません。となれば、一刻も早く父上か、マグナ兄上を担ぎ上げて対抗しなければなりません。しかしその前に」

チラリとルビアスの視線が俺に向く。言わずとも解っているとばかりに、俺は一つ頷いた。

「マリアさん親子とセピアさんの無事を確認しなきゃね。その後でグロム様と連絡をとって、反撃の手段を考えよう」

せっかく力をつけて帰ってきたのに、それを初めに振るうのが魔族ではなく人間になりそうなのは、流石に憂鬱だった。しかしそうも言っていられない状況だ。仕方ない。覚悟を決めて動くとするか。

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