勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第105話 修行完了

体が軽い。山の中から引っ張り出されて、魔物や魔族と何度も戦ってきたけれど、ここまで調子が良くなることは無かった。体の隅々まで自分の思ったとおりに動く。魔力の練り上げ方も発動の仕方も、かつて第一線で戦っていた時と同じぐらいに上手く出来ていた。

「――っと! 危ない危ない」

猛烈な勢いで迫ってきたティアマトの尻尾をギリギリで回避する。少し調子に乗ると、その油断を見透かしたように即死級の攻撃が飛んでくるから危なくてしょうがない。反撃とばかりに生み出した炎の壁は、ティアマトが顔を左右に振るだけで消し飛ばされた。

ドラゴンという種族は魔法が効きにくい。それは下級のグリーンドラゴンだろうと、ドラゴンの頂点に立つティアマトも同じだ。だからこそ彼等の体を素材として利用した武具は高値で取り引きされるし、冒険者に限らずあっちこっちで重宝される。だからこそ生半可な魔法は目くらまし程度にしかならない。だから俺の攻撃手段はもっぱら武器による殴打になってしまう。ここに持ってきたハルバードはとっくに壊れてしまったので、今手に持っているのは岩の塊だった。

「くらえ!」

人の頭ほどある大きさの岩は、俺とティアマトの戦いで崩れた神殿の壁だったものだ。なかなか壊れることのないこの神殿も、度重なる俺達の戦いでついに限界が来たらしく、見るも無惨な姿に変わっている。壁はひび割れ柱は折れ、床にはいくつも大穴が空いていた。
武器も防具も持たずに石ころで戦うなんて原始人そのものだが、それが返って俺の生存本能を刺激していた。

「ちっ! これじゃ駄目か」
「その程度では牽制にもならんよ」

魔力を込めた岩を思い切りぶつけてもティアマトはケロッとしている。体には少しだけ傷がついていた程度だ。並の魔物なら軽々と粉砕出来ただろうに、まったく呆れた頑丈さだな。

「せめて武器があれば良い勝負になるのに……」
「無い物ねだりをしても仕方あるまい」

何でもないような会話をしつつ、ティアマトはその凶悪な牙の生える口でこちらに噛みついてきた。蹴りで軌道を逸らして反撃の拳を叩きつけるも、痛むのはこちらの手だけだった。このぐらいの負傷なら既に数え切れない数を繰り返している。拳や足の骨が折れたりしても瞬時に回復させ、いつまでも戦い続けていた。

「師匠!」
「ラピスちゃん!」

いつの間にか、遠く離れた位置にルビアス達の姿があった。みんなの明るい顔を見る限り、セレーネ相手に良い結果を出せたんだろう。なら、師匠である俺も良いところを見せないとな。この長期間に及ぶ修行の中で、ずっと考えていた新しい技を試してみよう。

「む?」

ティアマトから一旦距離を取った俺は持っていた石を投げ捨て、全身の力を抜くと静かに息を整えた。自分の中にある魔力。それをいつも魔法を使う要領と同じに練り上げていく。普段なら高まった魔力を魔法として放出するところだけど、それを内側に留めたまま更に増幅させていく。ここまでなら魔法を使える人間だと誰でも出来るだろう。その一歩先にあるのがルビアス達の使う身体強化なので、俺にとっても使い慣れた技だ。しかし、今の俺はそこで止まらない。

「ぐっ……!」

放出されずに留められた魔力は体の内側から飛び出そうと暴れ続ける。制御を間違うと文字通り破裂する危険な状態だ。でも俺は、ティアマトと戦い続けることで何度も死線を乗り越え、どこまでが自分の限界なのかを体感で理解していた。体中に魔力が満たされ、その状態を維持しつつ俺は更なる力を得ようと神に祈った。

生まれた時から当たり前のように感じる神々による恩恵。それを更に得ようと、過去にも行った事の無い新しい思いつきを試してみる。俺に恩恵を授けている神々――正義と光を司る神リュミエル、知恵の神ウィダム、生命の誕生を司る豊穣の神ファルティラ、取り引きや契約を司る商売の神トレド、技術の向上や伝承を司る匠の神アーティー、戦いを司る戦の神ゲール、の六柱。闇と破壊を司る神ダムエルからは恩恵を受けていないので、それ以外の神に自分の魔力を捧げていく。

まず試したのはリュミエルの光と神聖力だ。神官でない俺にとって、フレアさんの扱うような大規模神聖魔法は使えない。だからこの場合神に願うのは一点集中の力。自らの拳に神聖力を乗せ、邪悪なものを打ち払う力を得るのだ。俺の望通り、拳には次第に光が集まり直視するのも難しいほどの光量を放ち始める。地を蹴った俺は瞬時にティアマトへと迫ると、その体目がけて力一杯拳を振り抜いた。

「むう!?」

流石に直撃するとマズいと思ったのか、珍しくティアマトがその巨大な手で俺の攻撃を防ごうとした。しかし俺の拳はソレを大きく弾き飛ばし、ティアマトの巨体を地面から浮かせるほどの威力を示した。

「ええ!?」
「すごい!」

カリンやシエルが驚いているが、一番驚いていたのは俺だ。まさかここまで強化されるなんて嬉しい誤算だった。これは長期的な肉弾戦にも使えそうだな。

ティアマトは一瞬怯んだものの、浮き上がった手を勢いよく振り下ろしてくる。直撃するとぺしゃんこにされるので後方に跳んで回避し、次の手を試す。

知恵の神ウィダムに祈りを捧げながら使い慣れた雷の魔法を放つ準備を始めた。いつもと比較にならないほど魔力を吸い上げられる感覚がして、一瞬目の前が真っ暗になり足下がフラつく。時間にして一、二秒だろうか? しかしそれに構わず放った魔法は一瞬のうちにティアマトへ到達すると、背中にある二枚の大きな翼の内、その片翼をあっさり貫いた。

「ぐあああ!?」

俺の魔法が初めてティアマトに大きなダメージを与えた。魔法に対して最高と言って良い防御力を誇るティアマトだ。魔法だけでここまでのダメージを負ったのは初めてだったろう。彼は苦痛に顔を歪めながら、巨大な口を開けてブレスの準備に入った。普段なら力を溜めてから放つブレスなのに、すでに撃てる準備がされている。つまり威力を度外視して速さを優先したんだろう。対する俺は次の神に祈りを捧げる。豊穣の神ファルティラは神々の中でも特に回復や防御に優れた恩恵を与える神として知られている。俺はファルティラに祈りを捧げ、自信の周囲に防御の結界を張った。すると俺の体は小さな球形につつまれたようになった。さながら、水の中に漂う小さな泡のように。

次の瞬間、ティアマトの口からブレスが放たれ圧倒的な力の奔流が迫ってきた。避ける間もなくそれは俺の結界へと接触し、ガリガリとそれを削り取っていく。

(さすがティアマト! これでも守り切れないか!)

本来の威力より抑えられたブレスでも、俺の結界はあまり長時間耐えきれなかった。穴の空いた箇所からブレスが侵入し、俺の体を焼き尽くそうと襲いかかってくる。本当なら前と同じようにボロ雑巾同様にされるところだったけど、今の俺は違っていた。

確かに防御の結界は突破されたし、ブレスによるダメージもある。しかしそれ以上に回復能力が上回っていて、ダメージを受けた端から瞬時に治していたのだ。ファルティラに祈りを捧げた最大の恩恵はその回復力。吸血鬼ですら呆れるほどの超回復で、俺はティアマトのブレスを無傷でやり過ごすことに成功した。

「なに!?」

身に纏っていた装備や服はボロボロに崩れ、ほぼ半裸になりながらも無傷で姿を現した俺にティアマトが驚いている。仲間達は驚きすぎてもう声も出ないぐらいだ。

取り引きを司る神トレドに祈りを捧げる。次の瞬間、目の前に存在するティアマトが、ブレたようにいくつも見えるようになった。

「なんだこれ!?」

俺がティアマトに接近すると、いくつか見えていたティアマトの数が二つに絞られた。ハッキリ見えているのが現実のティアマト。そしてもう一つの姿が――

「!? そうか!」

俺はブレていたティアマトが行う攻撃の軌道から身を躱す。するとその直後、俺の立っていた地点に対して寸分違わないティアマトの攻撃が行われた。これは――未来予知! ほんの一瞬先の未来の映像が俺の目には見えたらしい。

まるで予見されていたように攻撃を躱されたことに、ティアマトは戸惑っている。次は匠の神アーティーだ。祈りを捧げた途端、俺は自分が何を出来るのか瞬時に悟った。崩れた柱の側に駆け寄り、その瓦礫に手を伸ばす。振り回されるティアマトの尻尾を跳躍で回避しつつ、俺は手の中にある瓦礫に魔力を流した。すると瓦礫はどんどん姿を変え、一本の剣が手の中に現れた。瓦礫から生み出されたその剣の刀身は青く、柄には見事な装飾が施されている。使い慣れたその感覚はよく手に馴染み、俺の心を奮い立たせる。

その剣こそかつて俺が使っていた愛剣――聖剣ラズライト――の贋作だった。アーティーの能力は物質の変換。ただの瓦礫からでも武器や防具を作り出せる、匠の神の名にふさわしい能力だった。偽ラズライトを手にした俺は、ティアマトの攻撃を掻い潜り彼の体に剣を一閃させる。

「な、なんだと!?」

偽ラズライトの一閃でティアマトの体には大きな傷がついた。切り裂かれた鱗から血が溢れ、あっと言う間に神殿の床を血の色に染めていく。それと同時に手の中の偽ラズライトは元の瓦礫へと姿を変えた。どうやら使えるのはほんの一瞬だけらしい。

最後に試すのは戦いの神ゲールの力だ。祈りを捧げた次の瞬間、俺は魔力強化とは比較にならないほど圧倒的な力が体に行き渡るのを感じた。これなら――いける!

流れを変えるためなのか、負傷したティアマトが地響きを立てながらこちらに突撃してくる。その圧力は相当なもので、正面から見るとまるで城壁が迫っているような錯覚さえ起こさせた。普通なら逃げるところだ。しかしゲールの力を借りた今は違う。俺は逃げるどころかその場に踏みとどまり、突っ込んできたティアマトの巨体をその場で受け止めた。
地面にめり込む両足。めり込みながら数メートル後方まで流されたものの、腰まで地面に埋まりつつ、俺はティアマトを完全に止めて見せた。

「な!?」
「ぐぎぎぎ……!」

まさか自分より遙かに小さい俺に突進を止められると思っていなかったんだろう。ティアマトの口から驚きの声が漏れる。俺はその隙を見逃さず、全身の力を振り絞ってその巨体を中に持ち上げると、勢いをつけて投げ飛ばした。

「な、なんとー!?」

悲鳴なのか疑問なのか、どちらか判断がつかない声を上げながら宙を飛ぶティアマト。カリン達やセレーネは、信じられないものを見る目でその光景を眺めていた。ドラゴンを――それも頂点に立つティアマトを投げ飛ばす人間――俺だって話だけ聞いたら失笑するような存在。それが今の俺だった。神殿全体が揺れるような衝撃と共にティアマトが地面に叩きつけられた。

「は……はは……。凄いことやったな……俺。よし、こっから一気に……あ、あれ?」

追撃をかけようと地面からは出した途端、全身急に目の前が暗くなって力が抜けていく。立っているのも辛くなり、四つん這いになって必死で呼吸を整えようとするものの、思った風に回復しない。何だこれは……?

「恐らく、魔力の枯渇でしょう。無茶のしすぎです」

いつの間に側にいたのか、セレーネが俺の肩に手をかけていた。魔力の枯渇? 修業時代ならともかく、そんな経験は何百年ぶりだ? 神々の力を借りるって言うのは、そこまで体に負担をかけるものなのか?

「驚くべき戦闘能力だったが、あまり長続きしない力のようだな」

思い頭をなんとかして持ち上げると、人間の姿になったティアマトが立っていた。既に治療はすんでいるのか、怪我をした様子はどこにもない。俺の全力攻撃も大してダメージを与えなかったみたいだな。

「しかし、神の力を上乗せするとは思わなかった。昔のお前でもそこまでは出来なかっただろう。いや……出来たのかも知れないが、他人の力を借りると言う発想がなかったか。この戦い方は今のお前にしか出来ない事だな」

腕を組みながら冷静に論評するティアマト。確かに、彼の言うとおりだと思う。自分の力を頼りに戦っていた俺にとって、神の力は与えられて当然の空気のようなものだった。なのに仲間達とのふれ合いのおかげで、俺も他人に頼るという事を知った。仲間の力を借り、神の力を借りる事で、これからの戦いを有利に戦っていける。言ってしまえば、これは仲間達が与えてくれた力のようなものだ。

「私に手傷を負わせたのだから、これで一応の修行は終わりと言う判断で良いのか?」

ティアマトの言葉にハッとする。そうだった。今回の目安としては、俺がティアマトに深手を負わせることを目標にしていたのだから、これで修行は完了と言える。仲間達もセレーネ相手に善戦できるほど腕を上げたようだし、俺も以前より大きな力を手に入れる事が出来た。これ以上ここに残っても仕方がないだろう。

チラリとカリン達を見ると、彼女達は静かに頷いてくれた。よし、なら――

「ああ、これで終わりで良いよ。長々と付き合わせて悪かったな。ティアマト、セレーネ、感謝するよ。俺達はこれで帰ることにする」

一ヶ月以上ギルドを空けているからな。そろそろ帰らないと、本当に首にされかねない。それに魔族の動きも気になる。早く戻ってどんな状況か確かめないと。と、その前に。

「まあ、帰ることは帰るんだけど、ちょっと一休みさせて欲しいな。立ち上がるのも難しいから」

四肢を投げ出して寝転ぶと、床の冷たさが心地よかった。色々問題も起きたけど、得るものの多い一ヶ月だったな。短くて濃い日々を思い返しながら、俺は大きく息を吐いた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品