勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第103話 和解

俺がそう言った時、彼女達は怒ったような顔をしていた。やはり断られるのかと思った次の瞬間、俺はカリンの胸に抱きしめられていた。

「カ、カリン……?」
「……辛かったねラピスちゃん。長い間、一人で頑張ってたんだよね」

ポタリ――と、俺の頭に雫が落ちる。これは……涙? 胸に顔を埋め、抱きしめられているためハッキリとしない。

「みんながあなたに期待して、勝手に責任を押し付けた。誰よりも強かったから」
「…………」

俺が普通の人間と変わらない強さだったら、人生は大きく変わっていたかも知れない。祖父は俺に期待することもなく、家が傾くほど修行にのめり込まなかっただろうし、ひょっとすると途中で見切りをつけて普通の領主としてやっていけた可能性もある。

魔王討伐に出ることが無ければ仲間達にも出会わなかったし、戦争の行く末も大きく違っていたはずだ。ひょっとしたら一兵士として戦争に参加して、アッサリ死んでいた未来もあっただろう。でも、そうはならなかった。それはあくまでも可能性の一つ。今では近づくことも叶わない、過去に存在したもう一つの生き方だ。

「でも、もう頑張らなくて良いんだよ。この時代にはあなたほど強い人は居ないだろうけど、自分達で何とかしなくちゃいけないって考えている人は大勢居るの。昔みたいにラピスちゃんだけが頑張る必要なんて無い」
「…………」

頑張らなくていい。初めて投げかけられたその言葉に、一瞬呼吸が止まる。辛くて逃げ出したい時。頭から毛布を被りベッドから出たくなかった時に、俺はなんて言われていただろう。唯一残った肉親には、立ち上がれと。戦えと、両親の敵を討てとばかり言われていた気がする。

共に戦う仲間からは、お前ならできる。大丈夫だと背中を押されてばかりいた。でも――こんな言葉をかけてくれる人は居なかった。そう思った瞬間、ポタリ、ポタリと勝手に涙があふれ出す。

「あ……なんで……?」

自分の意思を無視して溢れる涙。慌てて拭って止めようとしても、次から次へと溢れ出してくる。焦るうちに呼吸が乱れてきた。ヒック、ヒックと、まるで幼子のように泣く自分が情けなくて取り乱す俺を、シエル、ルビアス、ディエーリアがそっと抱きしめてくれた。

「ラピスちゃん。頼りないかも知れないけど、私達だって頑張るから……!」
「一人で抱え込まないでください師匠。今は弱くても、必ずあなたに頼られるぐらい強くなって見せます」
「辛かったら辛いって、言って良いんだよ。弱音を吐いても私達は責めたりしない。ずっと一緒に居るから、駄目になりそうな時はお互いに助け合おうよ。ね? ラピスちゃん」

気がつけば、みんなが涙を流していた。俺は彼女達と一緒に居られることが嬉しくて、慰められていることが恥ずかしくて、これからも一緒に居られることに安堵して、嘘を許してもらった事に感激して、気持ちがぐちゃぐちゃになった挙げ句、子供のように声を上げて泣いていた。

§ § §

――セレーネ視点

「……どうやら、元の鞘に収まったようですね」
「ふむ。解っていたことだがな。それにしても人間と言うのは面白い存在だ。怒ったり泣いたりと我々からすれば未熟な精神にも見えるが、短い命しか持たない彼等にとって、他人とのぶつかり合いは必要な事なのかもしれんな」

人の姿で優雅にお茶を楽しむティアマト様は、顔こそ変化が無いものの少し笑っているような雰囲気です。勇者ブレイブ――いえ、今はラピスでしたか。彼女がこの神殿にやって来て数日しか経っていないと言うのに、ここは今までに無かったかのような賑やかさになりました。彼女達人間の戦い方も興味はありましたが、やはり一番気になったのは彼女達人間同士のふれ合いでしょうか。

我々ドラゴン種も生まれたての若い個体なら、それこそ猛獣のように感情と直結して動きますが、人化のできるほど成長したドラゴンなら感情の起伏がほとんどありません。そんな存在であるこの神殿の主であるティアマト様とその世話係である私にとって、彼女達は実に興味深い娯楽対象でした。

こんな事を本人達に言っては怒るでしょうが、我々ドラゴンは自分達こそがこの世で最も優れた種であると自負しています。力でも魔力でも他の追随を許さない最強の生命体にとって、人間や魔族の争いなど所詮は他人事。その気になればいつでも潰せる小さな諍いという認識です。だからと言って他の種族を駆逐しようだとか、この大陸を支配下に治めてやろうだとかは一切考えません。感情の起伏が乏しいと言うことは、欲望からも程遠いと言う意味なのです。まったく、神々は上手く種族を作ったものだと感心してしまいます。

……話が逸れました。何の変化もなく毎日が過ぎていく、そんな止まっているような時間の中で久しぶりに現れた珍客。それも、かつて人の身でありながら私を倒した事のある人間が姿を変えて現れたのですから、興味をそそられるのも当然でしょう。

ラピスが大声で泣くなんて想像もしていなかった事態です。あれだけの力を持った人間でも、精神面があれ程脆いのは驚きでした。てっきり最強の人間は精神面でも最強だと思っていた私の認識を改めることになりました。

「……どうやら寝てしまったようだな」

ティアマト様が目をつむってそう呟きました。ティアマト様も私も、この神殿内のことならその場にいなくても大体何があったのか把握出来ます。私もティアマト様に倣って目をつむり、彼女達の様子を探ります。なるほど、確かに小さな寝息が五つ。泣き疲れてしまったのでしょう。

「彼女達、明日からはどう動くと思いますか?」

私の質問にティアマト様は少しだけ眉を上げ、言葉を選ぶように語ります。

「当然、修行とやらは続けるだろうよ。あの五人にあったわだかまりは今回の一件で完全に解消されたのだから、後は本来の目的に立ち返るだけだ」

そんなものでしょうか。あっさり帰るような気がしていた私は意外な気持ちです。やはり過ごしてきた年月の差なのか、まだまだティアマト様のように人間の行動予測はできませんね。

「それより……本来の調子を取り戻したラピスがどの程度の力を発揮するのか、私はそれが楽しみでならない」
「本来の調子……ですか?」

彼女の力はあれで全力だと思っていたのですが、まだ上があると?

「人間に限らず、感情に支配される定命の種族は、感情の起伏によって大きく力を増したり、減じたりする事がある。三百年前のブレイブは確かに強かったが、当時の彼はあまり感情を表に出さない男だった。それゆえの強さもあったが、言い換えれば人間と言う種の武器である力の起伏が無かった状態だ。それが人間らしい感情を得て、力を増減させる事を覚えれば……面白いことになるだろうな」

三百年前、表情も変えずに自分を叩きのめしたブレイブの姿を思い浮かべ、私は知らずに身震いしていました。あれより強くなる……。俄には信じられません。その場合、ひょっとするとティアマト様ですら危なくなるのでは? 心配そうな視線を感じたのか、ティアマト様は私に顔を向けるとうっすら笑みを浮かべました。

「心配はいらん。今のラピスがいくら力をつけようと、まだまだ全力の私には勝てんよ。もっとも、奴が装備を調えていたら勝負はわからんがね」

伝説に語られる聖剣や防具と言った数々の宝具。長い時間の中、神からもたらされたと言われる装備は行方不明になっているようですね。なら、ティアマト様が負けることは万に一つもないでしょう。

「セレーネよ。明日からは色々と忙しくなるだろうな」
「はい。しかし、ちょうど良い娯楽かと」
「ふむ。しばらくの間は退屈しないですみそうだ」

空になったカップにお茶を注ぎながら、私は明日から彼女達とどう戦おうか、頭を悩ませ始めました。

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