勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第100話 ブレイブの少年時代①

神殿の中はただでさえ人の気配が少ないため、どこに彼女達がいるのかは聞かなくても解った。俺が部屋を出た後、彼女達は別の部屋に移ったみたいだ。たぶんセレーネあたりが気を利かせてくれたんだろう。無愛想に見えるけど、あれで結構気配りのできる奴だからな。

重い足を引き摺りながら、長い廊下を歩いた先で、俺は一つのドアの前に立った。深呼吸して息を整える。逃げ出したくなる衝動を堪えながら、震える手でドアを小さくノックした。コンコン……と、静かな神殿じゃないと聞き逃しそうな音がすると、それに反応して部屋の中から誰かが近寄ってくる気配があった。緊張したまま待つ俺の前でドアがゆっくりと開けられ、対応に出たカリンと目が合った。

「ラピスちゃん!?」
「やあ……こんばんは」

挨拶したものの次に何を言って良いのかわからず、口ごもる俺の手をカリンが握る。

「もう大丈夫なの? 怪我は治った?」
「あ……うん。自分で治したから」
「そう……良かった。じゃあ入って」

え? と問い返す間もなく、俺は強引に部屋の中へと引きずり込まれた。当然部屋にはカリンの他、ルビアス、シエル、ディエーリアの三人も居て、まるで俺を逃がすまいと言うかのように取り囲まれてしまった。突然の事態に呆気にとられて何も言えないでいると、彼女達は揃って頭を下げた。

「えっと……」
「ごめんなさい。ラピスちゃん。あなたを傷つけてしまったことを謝ります」

また――謝らせてしまった。何の非もない彼女達に。冷静だったはずが、その一言で再び取り乱しそうになるのを必死で耐える。

「……謝らないでくれ。謝るのは俺の方なんだから。だから……」

声が震える。咄嗟に天井を見上げて誤魔化した。泣くな! こんなところで泣いてどうする! 強く唇を噛みしめ、爪が食い込むほど拳を握りしめた。一回、二回と深呼吸をして気分を落ち着け、彼女達と向き合った。

「……昔の話を聞いて欲しい。俺がどんな人間で、どんな経緯でこんな姿になっているのかを」

俺が静かにそう言うと、カリン達は神妙な顔で静かに頷いた。

§ § §

何から話したものか迷った挙げ句、俺は自分がどんな家庭に生まれたのか、その経緯から話すことにした。俺が生まれた家庭は代々騎士を務めていた古い家だった。騎士と言っても辺境の地に小さな領地を持っている名ばかりの騎士で、領地の収入だけじゃ食べていけないから副業と言う名の内職で食いつなぐ、貧乏一家だった。

そんな家庭で生まれた俺は、りょうしんの顔をほとんど覚えていない。何故なら二人とも、俺が物心つくまでに無くなっていたからだ。当時は国対国の戦争は殆どなかったが、代わりに魔族や魔物との戦いがずっと続いていた。当然俺の両親も戦いに駆り出され、名誉の戦死を遂げている。父親は剣、母親は魔法が得意な人達だったらしいけど、腕前はあくまでも普通より少し上ぐらいだったので、乱戦に巻き込まれて命を落としたそうだ。

それに対して特に恨みは無い。殺し合いに行ったんだから、殺すのも殺されるのも覚悟の上なんだろうと今の俺なら思える。しかしそう思わない人間が居たんだ。それこそ、亡くなった父親の父親。つまり俺の祖父であり、唯一残された肉親だった。

俺が彼について覚えているのは、鬼のような形相でひたすら俺をしごき続ける怖い人と言う部分だけだ。日常的な会話などほとんど無く、聞こえてくるのは――この程度もできないのか――や、――そんな事で魔王を倒せると思っているのか――などという、厳しい声ばかりだった。当時の俺は、そんな祖父が大嫌いだった。戦ったこともなく、両親の敵である魔族よりも嫌いだった。当然だろう。小さな子供が、わけのわからない理由で自分を痛めつけてくる大人を嫌いになるのは、自然の流れなのだから。

祖父の訓練は過酷を極め、普通の人間なら何回も死んでいるような異常なものばかりだった。大事な息子夫婦を失って、彼も狂っていたんだろう。少しでも彼が冷静だったなら、こんな無茶を繰り返して耐えられる人間が居るはずないとわかったはずだ。

しかし――俺は耐えられた。耐えてしまった。子供の身に不釣り合いな筋力と魔力。神々より与えられた過剰とも言える加護に守られ、俺はあっと言う間に祖父を凌ぐ戦闘力を手に入れた。

それに対して祖父は悔しがるどころか、狂喜乱舞した。これで魔族を滅ぼせる。自分の孫こそ魔族を滅ぼす戦士だと。そして次に彼がしたのは、各地の腕自慢を自分の孫と戦わせた事だった。孫を叩きのめせば金一封という無茶苦茶な条件を出して。子供を叩きのめすだけで金が貰えるとあって、あっちこっちから色々な人間が集まってきた。ならず者から腕自慢まで。そのほとんどは俺と剣を合わせることもできず半殺しにされていったが、中には俺を上回る使い手も存在した。祖父はそんな人物に留まるように働きかけ、俺を鍛えるように頼んでいったんだ。

もちろん全員が首を縦に振ったわけじゃない。金だけもらってすぐ去った者も居れば、長期間俺の修行に付き合ってくれた人も居た。その頃の俺の生活は、食事と風呂と寝ること以外、ずっと模擬戦を続けていただけだ。剣の素振りなんか全くせず、ひたすら実戦形式で戦い続けていた。実戦に勝る稽古無し――と言うのが祖父の主張だったからだ。

そんな殺伐とした日々を過ごした俺は、十五になったその日に家を出ることになった。別に俺が十分つよくなった事に祖父が満足して、修行の終わりを告げたわけじゃない。単に彼の寿命が尽きたのがその理由だ。ある日いつものように朝食を食べていると、いつまで経っても祖父が部屋から出てこないことに不審に思った俺は、彼の部屋を訪ねてみた。するとそこには、ベッドから這い出ようとしている途中で力尽きている祖父の姿があった。何かの持病があったのか、それとも突然心臓の調子でも悪くなったのかは、今となってはわからない。ただ当時の俺は、特に悲しむこともなく祖父の葬儀を手早く済ませ、魔王討伐の旅に出発することに決めた。

魔王を倒すのが自分の使命と思ったわけじゃなく、単に他に目的がなかったためだ。

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