勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる
第96話 少しの抵抗
――シエル視点
何も無い真っ直ぐな道を黙々と進んだ私達を待っていたのは、部屋を出て行った時と同じ、何の気負いもしていない様子のセレーネだった。
「来ましたか。その様子だと準備はできたようですね」
彼女の言う準備とは単に装備の面だけでなく、私達の心構えの事を指しているんだろう。既に覚悟を決めた私達は、今更そんな問いに戸惑う事もない。一歩前に出たルビアスが堂々と応える。
「ああ、もう万全だ。我々の持てる力を全て使って、あなたと戦わせてもらおう」
「結構。なら、いつでも来なさい。あなた方が仕掛けた瞬間から戦闘開始としましょう」
明らかにこちらを舐めきった態度。まるで私達がどんなにあがこうと、自分には傷一つつけられないと確信しているようなその態度に、流石にムッとしてしまう。でもそれは事実だし、今はそんな事で集中力を乱すわけにはいかない。私達は目配せをするとセレーネを囲むように素早く四方に散り、それぞれの武器を構えて戦闘準備に入った。対するセレーネはその場に留まって微動だにしない。いつ仕掛けられても何とかできると言う余裕なのかしら?
今回、私とディエーリアは大技を封印して援護に徹すると決めている。だから私達二人が動くのは、前衛であるルビアスとカリンが動いてからだ。
セレーネを挟んだカリンとルビアス。セレーネの背後に陣取ったカリンが小さく頷くと同時に、剣を持ったまま矢のように駆けだした。それと同時にルビアスも武器を構えてセレーネに向かっていく。タイミングは完璧なまでに一緒だった。
「やあああ!」
「はああ!」
どんなに腕が立つ人間でも、前と後ろの同時攻撃を捌くのは簡単に出来る事じゃない。まして攻撃するのは人間の中でも勇者と呼ばれるルビアス達だ。普通ならろくに反撃もできずに切り倒されて終わり。でも、それが通用しないのは私達も学習済みだった。
「挟み撃ちにした程度で何とかなると思ったのですか? まだ実力差を理解出来ていないようですね」
突っ込んでくる二人を迎え撃とうと、セレーネがゆっくりとした動きで構えを取ろうとしたその時、私とディエーリアはルビアスとカリン、それぞれの背後で炸裂させるように魔法を放った。
「光よ!」
「光の精霊よ!」
「!?」
それぞれの背後で強烈な目潰しになる光の魔法が放たれては、セレーネに突っ込んでいく二人にまで目潰しされる事になる。でも私達は何度も共に修羅場をくぐってきた仲だ。その程度の連携、いちいち口に出さなくても取れるようになっている。圧倒的強者であるセレーネに突っ込んでいるというのに、二人は目をつむったままだった。そして瞼を通して光を感じた瞬間、目を開けて更に加速。戸惑っているセレーネに猛然と攻撃を開始した。
「くらえ!」
「やあ!」
視界の奪われた状態なら攻撃を避けるなど絶対無理だ。でも相手は古竜でるあるセレーネ。ラピスちゃんと同等の実力を持っていてもおかしくない。なら油断せず、手加減無しの全力をぶつけなければならない。前と後から迫る二本の剣は吸い込まれるようにセレーネに当たったと思った――その瞬間、二人の剣は簡単に弾かれてしまった。
「な!」
「嘘でしょ!?」
驚いた事に、セレーネは正面にあったルビアスの剣の腹を殴りつけ、後ろに迫ったカリンの剣を尻尾でなぎ払った。そう――尻尾だ。彼女の長いスカートを貫いて出てきたのは長くて強靱な尻尾。一見してリザードマンの物かと錯覚したけど、鱗の美しさや形状の違いでそうじゃないとわかる。
「今のは……単純ですが良い戦法でした。相手が強い場合は虚を突くのが効果的です」
そう言うセレーネは反撃してこない。だからと言って攻撃の手を止めるはずもなく、私達は次の攻撃に移った。再び斬りかかったルビアスとカリン、それより早く反応したのがディエーリアだ。
「ソル!」
大地の精霊であるベヒモス。それと契約を結んでいるディエーリアなら、大地の精霊魔法に関して詠唱の必要がない。彼女が望めばベヒモスが瞬時に応え、その大地に干渉する。
突如セレーネの足下の地面が揺らいだかと思うと、一瞬にして二つの鞭のような物が出現し、彼女の両足に絡みついた。
「む? こちらの動きを封じましたか」
鞭は一瞬で強固な地面へ早変わりし、彼女の動きは完全に封じられている。でもそれだけで安心出来る相手じゃないのは全員が理解していたから、さらに畳み掛けた。
「氷の槍!」
ルビアスが足を。カリンが胴を狙って斬りつけるのと同時に、私は氷の槍で頭を狙う。三カ所同時に狙われたら、流石に回避するのは困難なはずだ。でも――
「――な!?」
バキバキと何かを砕く音が鳴ったかと思ったら、固定されていたセレーネの足が跳ね上がる。ベヒモスの力で作り上げた大地の枷は、並の魔物だと振りほどく事もできない。それなのにセレーネはまるで飴細工でも砕くかのように、簡単に脱出していた。
「あぶ――!?」
跳ね上げられた足がルビアスを襲う。彼女はギリギリで体を反らし直撃を避けたようだけど、セレーネがそんな隙を見逃すはずがない。彼女は体勢を崩したルビアスに向かって、拳を振り上げていた。
「させない!」
最初に戦った時なら、そのまま一撃もらったルビアスが倒れ、戦力の減った私達は総崩れになっていたはずだ。でも今の私達は違う。冷静に戦力差を把握し、互いの欠点を補うように連携がとれている。たった今魔法を放ったはずのディエーリアは素早く矢をつがえ、セレーネとルビアスの間に牽制の矢を放っていた。
それは難なく躱されたけど、その一瞬があればルビアスは体勢を立て直せる。彼女は再び背後から斬りかかったカリンと共に、セレーネを挟み撃ちにするよう猛攻を加えた。二人とも持てる魔力の限界まで肉体を強化しているというのに、セレーネは右半分でカリン。左半分でルビアスを相手に余裕の表情だ。そんな状況から時折信じられないような速さで反撃を繰り出し、彼女達を寄せ付けないでいる。セレーネの攻撃が早すぎるため、カリンもルビアスもハッキリと見えているわけじゃないんだろう。でも二人は攻撃の気配を察知し、勘で避けると言う綱渡りな戦法で何とか食らいついていた。
「驚きました。最初戦った時とはまるで違う。これがあなた方本来の実力なんですね」
少しも驚いていないような表情でセレーネは言う。でもそんな言葉をかけられたところで誰も浮かれたりしないぐらい、今の私達は戦いに集中していた。
カリンが押されればルビアスが。ルビアスが押されそうならカリンが援護に入り、彼女達でも対処出来そうに無い時は私とディエーリアでカバーしていく。戦いが始まって何分経っただろう? 何も無い広間には剣戟の音だけが鳴り響いている。膠着状態と言って良いこの状況。なんとか互角に戦っているように見えるけど、徐々にカリンとルビアスの二人が押される回数が増えてきた。理由は単純。体力の低下だ。二人がかりとは言え、遙かに実力が上なセレーネ相手に全力の戦闘を続けているんだから、体力、魔力、精神力の全てを急速に消耗しているに違いない。対するセレーネは少しも衰えず、淡々と戦いを続けている。このままだと確実に負ける――この場に居る誰もがそう思っていた。
「賭けるしかないかな……」
この勝負は、私達がセレーネに少しでも傷を負わせれば勝ちという条件で始まったもの。なら、かすり傷でも与えられれば私達の勝ちと言う事になる。口で言うだけなら簡単そうに思えるけど、今の所私達の全力でも何のダメージも与えられないで居るのだから、それだけセレーネは自信があったんだろう。まともにやっても多分無理。ここまで色々手を尽くして駄目なら、虚を突くしか方法がない。私は手に持った杖を胸に抱きしめ、全力で魔力を練り始めた。
「あぐ!?」
「ぐは!」
それと同時に、今まで均衡を保っていたカリンとルビアスの二人がセレーネから攻撃を受けた。気絶するのは避けられたみたいだけど、彼女達は痛みで動きが止まっている。横を見ると慌てた様子のディエーリアが矢を番えて立て続けに放っているけど、これも恐らく通用しないはず。
(これじゃ前回の焼き直しね……。――でも!)
頭の中にラピスちゃんの姿が浮かぶ。私と彼女が出会ってから随分経ち、彼女とは何度も稽古をつけてもらっていた。その中でも一番褒められたのは攻撃魔法でも防御魔法でもなく、移動をメインにする飛行魔法だった。
「シエルは飛行魔法の才能があるね。それだけのスピードで飛び回れる魔法使いはそうそういないよ。全力で飛んだら、追いつける奴は数えるほどしかいないと思う」
ラピスちゃんが褒めてくれた飛行魔法。私の唯一の長所を生かし、この事態を打開してみせる!
「無駄です」
「く――まだまだ! この程度――!?」
ディエーリアの矢を難なく躱しながら、セレーネは倒れているルビアスに拳を振り下ろした。直前で身を躱し直撃を避けたルビアスは、一瞬背後に視線を向けて驚愕に目を大きくする。当然だ。彼女の視線の先――つまりセレーネの後ろから、杖に掴まった私がとんでもないスピードで迫っていたからだ。後衛である魔法使いがまさかの体当たり。そんな常識外れの戦法に、この場の誰もが驚いていた。
「なんですって!?」
ルビアスにつられて視線を向けたセレーネも流石に驚いたのか、ガラにも無い驚きの声を上げて回避しようとする。しかしそれは邪魔された。苦痛に顔を歪めていたカリンとルビアスが痛みを押し殺して、必死の形相でセレーネにしがみついたからだ。
「は、離しなさい!」
「誰が離すか!」
「シエル! そのままやっちゃえ!」
二人がしがみついただけなら蹴り飛ばされて終わっていたかも知れない。でもセレーネが蹴りを放とうとしたその時、再びディエーリアの精霊魔法が彼女の両足を地につなぎ止めた。
「いけえええええ! シエル!」
「このおおおおお!」
自分の限界以上に魔力を放出し、一瞬意識が遠のきかける。でも次の瞬間、私の体全体を物凄い衝撃が襲った。何かに激突して吹き飛ばされ、地面の上をボールのようにコロコロと転がっていく。体のあちこちをぶつけて、痛みで再び気が遠のきかけたけど、何とか歯を食いしばってその場に踏みとどまった。
「いつつ……」
結果は……? セレーネはどうなったの!? 体の痛みを無視して立ち上がった私は、ぶつかる寸前と同じように、そこで仁王立ちするセレーネの姿を目にした。彼女の回りには力尽きたのか、カリンとルビアスの二人が倒れている。そんな……。また失敗? 完全に不意を突いて仕掛けた手が不発に終わり、私は絶望で目の前が真っ暗になった。
「ふむ……。なんとか合格と言ったところですか」
そんなセレーネの言葉が耳を通り抜け、私は慌てて顔を上げる。すると、彼女の口の端から一筋の血が流れているのに気がついた。
「あ……傷を……?」
「ええ。魔法使いが杖ごと体当たりしてくると言う予想外の戦法に驚き、一瞬防御が遅れました。その結果、不覚にも一撃をもらってしまったようです。私もまだまだ未熟ですね」
そう言ってセレーネは肩を竦める。セレーネに傷を負わせた。つまり……勝ったんだ。そう思った途端全身から力が抜け、私は思わずその場にへたり込んでしまった。
「こうなっては最初の条件通り、あなた方をラピスの元に案内するしかありませんね。あなた方が疲れていなければすぐにでも連れて行きますが……どうします? 一度休んでからにしますか?」
倒れたままのカリンとルビアスに目をやりセレーネはそう言うけど、ここで休憩を選ぶような私達じゃない。痛みに呻きつつ、剣を杖代わりにして立ち上がる二人に肩を貸しながら、私はセレーネをまっすぐ見つめる。
「行きます。私達は、今すぐにでもラピスちゃんに会わないといけないから」
「そうですか。では着いて来なさい」
こちらに対する気遣いは不要と判断したのか、セレーネはそう言って歩き出す。痛む体を引き摺りながら、私達は慌てて後を追いかけ始めた。ラピスちゃん……すぐ行くからね。
何も無い真っ直ぐな道を黙々と進んだ私達を待っていたのは、部屋を出て行った時と同じ、何の気負いもしていない様子のセレーネだった。
「来ましたか。その様子だと準備はできたようですね」
彼女の言う準備とは単に装備の面だけでなく、私達の心構えの事を指しているんだろう。既に覚悟を決めた私達は、今更そんな問いに戸惑う事もない。一歩前に出たルビアスが堂々と応える。
「ああ、もう万全だ。我々の持てる力を全て使って、あなたと戦わせてもらおう」
「結構。なら、いつでも来なさい。あなた方が仕掛けた瞬間から戦闘開始としましょう」
明らかにこちらを舐めきった態度。まるで私達がどんなにあがこうと、自分には傷一つつけられないと確信しているようなその態度に、流石にムッとしてしまう。でもそれは事実だし、今はそんな事で集中力を乱すわけにはいかない。私達は目配せをするとセレーネを囲むように素早く四方に散り、それぞれの武器を構えて戦闘準備に入った。対するセレーネはその場に留まって微動だにしない。いつ仕掛けられても何とかできると言う余裕なのかしら?
今回、私とディエーリアは大技を封印して援護に徹すると決めている。だから私達二人が動くのは、前衛であるルビアスとカリンが動いてからだ。
セレーネを挟んだカリンとルビアス。セレーネの背後に陣取ったカリンが小さく頷くと同時に、剣を持ったまま矢のように駆けだした。それと同時にルビアスも武器を構えてセレーネに向かっていく。タイミングは完璧なまでに一緒だった。
「やあああ!」
「はああ!」
どんなに腕が立つ人間でも、前と後ろの同時攻撃を捌くのは簡単に出来る事じゃない。まして攻撃するのは人間の中でも勇者と呼ばれるルビアス達だ。普通ならろくに反撃もできずに切り倒されて終わり。でも、それが通用しないのは私達も学習済みだった。
「挟み撃ちにした程度で何とかなると思ったのですか? まだ実力差を理解出来ていないようですね」
突っ込んでくる二人を迎え撃とうと、セレーネがゆっくりとした動きで構えを取ろうとしたその時、私とディエーリアはルビアスとカリン、それぞれの背後で炸裂させるように魔法を放った。
「光よ!」
「光の精霊よ!」
「!?」
それぞれの背後で強烈な目潰しになる光の魔法が放たれては、セレーネに突っ込んでいく二人にまで目潰しされる事になる。でも私達は何度も共に修羅場をくぐってきた仲だ。その程度の連携、いちいち口に出さなくても取れるようになっている。圧倒的強者であるセレーネに突っ込んでいるというのに、二人は目をつむったままだった。そして瞼を通して光を感じた瞬間、目を開けて更に加速。戸惑っているセレーネに猛然と攻撃を開始した。
「くらえ!」
「やあ!」
視界の奪われた状態なら攻撃を避けるなど絶対無理だ。でも相手は古竜でるあるセレーネ。ラピスちゃんと同等の実力を持っていてもおかしくない。なら油断せず、手加減無しの全力をぶつけなければならない。前と後から迫る二本の剣は吸い込まれるようにセレーネに当たったと思った――その瞬間、二人の剣は簡単に弾かれてしまった。
「な!」
「嘘でしょ!?」
驚いた事に、セレーネは正面にあったルビアスの剣の腹を殴りつけ、後ろに迫ったカリンの剣を尻尾でなぎ払った。そう――尻尾だ。彼女の長いスカートを貫いて出てきたのは長くて強靱な尻尾。一見してリザードマンの物かと錯覚したけど、鱗の美しさや形状の違いでそうじゃないとわかる。
「今のは……単純ですが良い戦法でした。相手が強い場合は虚を突くのが効果的です」
そう言うセレーネは反撃してこない。だからと言って攻撃の手を止めるはずもなく、私達は次の攻撃に移った。再び斬りかかったルビアスとカリン、それより早く反応したのがディエーリアだ。
「ソル!」
大地の精霊であるベヒモス。それと契約を結んでいるディエーリアなら、大地の精霊魔法に関して詠唱の必要がない。彼女が望めばベヒモスが瞬時に応え、その大地に干渉する。
突如セレーネの足下の地面が揺らいだかと思うと、一瞬にして二つの鞭のような物が出現し、彼女の両足に絡みついた。
「む? こちらの動きを封じましたか」
鞭は一瞬で強固な地面へ早変わりし、彼女の動きは完全に封じられている。でもそれだけで安心出来る相手じゃないのは全員が理解していたから、さらに畳み掛けた。
「氷の槍!」
ルビアスが足を。カリンが胴を狙って斬りつけるのと同時に、私は氷の槍で頭を狙う。三カ所同時に狙われたら、流石に回避するのは困難なはずだ。でも――
「――な!?」
バキバキと何かを砕く音が鳴ったかと思ったら、固定されていたセレーネの足が跳ね上がる。ベヒモスの力で作り上げた大地の枷は、並の魔物だと振りほどく事もできない。それなのにセレーネはまるで飴細工でも砕くかのように、簡単に脱出していた。
「あぶ――!?」
跳ね上げられた足がルビアスを襲う。彼女はギリギリで体を反らし直撃を避けたようだけど、セレーネがそんな隙を見逃すはずがない。彼女は体勢を崩したルビアスに向かって、拳を振り上げていた。
「させない!」
最初に戦った時なら、そのまま一撃もらったルビアスが倒れ、戦力の減った私達は総崩れになっていたはずだ。でも今の私達は違う。冷静に戦力差を把握し、互いの欠点を補うように連携がとれている。たった今魔法を放ったはずのディエーリアは素早く矢をつがえ、セレーネとルビアスの間に牽制の矢を放っていた。
それは難なく躱されたけど、その一瞬があればルビアスは体勢を立て直せる。彼女は再び背後から斬りかかったカリンと共に、セレーネを挟み撃ちにするよう猛攻を加えた。二人とも持てる魔力の限界まで肉体を強化しているというのに、セレーネは右半分でカリン。左半分でルビアスを相手に余裕の表情だ。そんな状況から時折信じられないような速さで反撃を繰り出し、彼女達を寄せ付けないでいる。セレーネの攻撃が早すぎるため、カリンもルビアスもハッキリと見えているわけじゃないんだろう。でも二人は攻撃の気配を察知し、勘で避けると言う綱渡りな戦法で何とか食らいついていた。
「驚きました。最初戦った時とはまるで違う。これがあなた方本来の実力なんですね」
少しも驚いていないような表情でセレーネは言う。でもそんな言葉をかけられたところで誰も浮かれたりしないぐらい、今の私達は戦いに集中していた。
カリンが押されればルビアスが。ルビアスが押されそうならカリンが援護に入り、彼女達でも対処出来そうに無い時は私とディエーリアでカバーしていく。戦いが始まって何分経っただろう? 何も無い広間には剣戟の音だけが鳴り響いている。膠着状態と言って良いこの状況。なんとか互角に戦っているように見えるけど、徐々にカリンとルビアスの二人が押される回数が増えてきた。理由は単純。体力の低下だ。二人がかりとは言え、遙かに実力が上なセレーネ相手に全力の戦闘を続けているんだから、体力、魔力、精神力の全てを急速に消耗しているに違いない。対するセレーネは少しも衰えず、淡々と戦いを続けている。このままだと確実に負ける――この場に居る誰もがそう思っていた。
「賭けるしかないかな……」
この勝負は、私達がセレーネに少しでも傷を負わせれば勝ちという条件で始まったもの。なら、かすり傷でも与えられれば私達の勝ちと言う事になる。口で言うだけなら簡単そうに思えるけど、今の所私達の全力でも何のダメージも与えられないで居るのだから、それだけセレーネは自信があったんだろう。まともにやっても多分無理。ここまで色々手を尽くして駄目なら、虚を突くしか方法がない。私は手に持った杖を胸に抱きしめ、全力で魔力を練り始めた。
「あぐ!?」
「ぐは!」
それと同時に、今まで均衡を保っていたカリンとルビアスの二人がセレーネから攻撃を受けた。気絶するのは避けられたみたいだけど、彼女達は痛みで動きが止まっている。横を見ると慌てた様子のディエーリアが矢を番えて立て続けに放っているけど、これも恐らく通用しないはず。
(これじゃ前回の焼き直しね……。――でも!)
頭の中にラピスちゃんの姿が浮かぶ。私と彼女が出会ってから随分経ち、彼女とは何度も稽古をつけてもらっていた。その中でも一番褒められたのは攻撃魔法でも防御魔法でもなく、移動をメインにする飛行魔法だった。
「シエルは飛行魔法の才能があるね。それだけのスピードで飛び回れる魔法使いはそうそういないよ。全力で飛んだら、追いつける奴は数えるほどしかいないと思う」
ラピスちゃんが褒めてくれた飛行魔法。私の唯一の長所を生かし、この事態を打開してみせる!
「無駄です」
「く――まだまだ! この程度――!?」
ディエーリアの矢を難なく躱しながら、セレーネは倒れているルビアスに拳を振り下ろした。直前で身を躱し直撃を避けたルビアスは、一瞬背後に視線を向けて驚愕に目を大きくする。当然だ。彼女の視線の先――つまりセレーネの後ろから、杖に掴まった私がとんでもないスピードで迫っていたからだ。後衛である魔法使いがまさかの体当たり。そんな常識外れの戦法に、この場の誰もが驚いていた。
「なんですって!?」
ルビアスにつられて視線を向けたセレーネも流石に驚いたのか、ガラにも無い驚きの声を上げて回避しようとする。しかしそれは邪魔された。苦痛に顔を歪めていたカリンとルビアスが痛みを押し殺して、必死の形相でセレーネにしがみついたからだ。
「は、離しなさい!」
「誰が離すか!」
「シエル! そのままやっちゃえ!」
二人がしがみついただけなら蹴り飛ばされて終わっていたかも知れない。でもセレーネが蹴りを放とうとしたその時、再びディエーリアの精霊魔法が彼女の両足を地につなぎ止めた。
「いけえええええ! シエル!」
「このおおおおお!」
自分の限界以上に魔力を放出し、一瞬意識が遠のきかける。でも次の瞬間、私の体全体を物凄い衝撃が襲った。何かに激突して吹き飛ばされ、地面の上をボールのようにコロコロと転がっていく。体のあちこちをぶつけて、痛みで再び気が遠のきかけたけど、何とか歯を食いしばってその場に踏みとどまった。
「いつつ……」
結果は……? セレーネはどうなったの!? 体の痛みを無視して立ち上がった私は、ぶつかる寸前と同じように、そこで仁王立ちするセレーネの姿を目にした。彼女の回りには力尽きたのか、カリンとルビアスの二人が倒れている。そんな……。また失敗? 完全に不意を突いて仕掛けた手が不発に終わり、私は絶望で目の前が真っ暗になった。
「ふむ……。なんとか合格と言ったところですか」
そんなセレーネの言葉が耳を通り抜け、私は慌てて顔を上げる。すると、彼女の口の端から一筋の血が流れているのに気がついた。
「あ……傷を……?」
「ええ。魔法使いが杖ごと体当たりしてくると言う予想外の戦法に驚き、一瞬防御が遅れました。その結果、不覚にも一撃をもらってしまったようです。私もまだまだ未熟ですね」
そう言ってセレーネは肩を竦める。セレーネに傷を負わせた。つまり……勝ったんだ。そう思った途端全身から力が抜け、私は思わずその場にへたり込んでしまった。
「こうなっては最初の条件通り、あなた方をラピスの元に案内するしかありませんね。あなた方が疲れていなければすぐにでも連れて行きますが……どうします? 一度休んでからにしますか?」
倒れたままのカリンとルビアスに目をやりセレーネはそう言うけど、ここで休憩を選ぶような私達じゃない。痛みに呻きつつ、剣を杖代わりにして立ち上がる二人に肩を貸しながら、私はセレーネをまっすぐ見つめる。
「行きます。私達は、今すぐにでもラピスちゃんに会わないといけないから」
「そうですか。では着いて来なさい」
こちらに対する気遣いは不要と判断したのか、セレーネはそう言って歩き出す。痛む体を引き摺りながら、私達は慌てて後を追いかけ始めた。ラピスちゃん……すぐ行くからね。
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