勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第88話 アプリリア

俺達の活躍によって、魔族による人質脅迫事件は一応解決した。潜伏していた魔族によって、街の各所で混乱が発生していたみたいだけど、それは仲間達の活躍によって鎮圧されていた。一番戦力的に不安だった神官と密偵のコンビは、特に妨害も無く結界を維持出来ていたみたいだ。どうも魔族の数がそれ程でも無く、神聖魔法を使う神官を相手にしたくないという心理が働いたのかも知れない。その辺は運が良かったんだろう。

幸い一般市民に怪我人は居ても死人は居なかったらしく、取り返しの付かない事態だけは避けられた形だ。壊れた商店や物は金銭面で保証出来るので、俺達の完全勝利と言っても良い結果だろう。街の各所で魔族と戦闘をしていた俺や仲間達の一部は、駆けつけてきた衛兵に一時拘束されていたみたいだけど、それも翌朝には解放されていた。

なぜなら、ルビアス達から説明を受けたこの国の王様――デュトロが、俺達に非はないと断言したからだ。自分の孫達を人質に取られていた上に、関係無い俺達を死地に向かわせようとしていた事に加え、その俺達に人質を救出されるという顛末を聞いたデュトロは、その場で床に両手をついて頭を下げたらしい。仮にも国王が、勇者とは言え一介の冒険者に土下座をする――これが玉座の間であったら大騒ぎ確実な行為も、彼の私室で行われたために何とか内密に出来た。

そうして謝罪した彼は昨夜の騒ぎについて代替的に公表しようとした。しかしそれを止めたのは他ならぬ俺達だ。王の体面的に孫云々の情報を公開するのはマズい。王は孫可愛さに勇者パーティーや国民を危機に陥れたと捉えられては、国民の間で不和が広がる。不満を持つ者が増えれば再び魔族による潜入も余裕になるので、それだけは絶対に公表してはならなかった。だから一部の情報を変え、俺達は王都全土で無差別テロの準備をしていた魔族を、王の依頼で討伐しただけだと発表したのだ。

ストローム王国の国民――それも王都に住む人々は、俺達の名前を叫びながら喝采を上げた。魔族に国土を蹂躙され、鬱憤のたまっていた彼等は久々の勝利に沸き返った。勇者万歳、国王様万歳と。笑顔ではあるものの、どこか上の空のデュトロ陛下は、そんな国民達に精一杯愛嬌を振りまいていた。

お礼も兼ねて晩餐会を開こうとするデュトロ陛下に断りを入れ、魔族討伐に参加した面子の大半は王都を後にしていた。結界を張った神官や密偵は自分達の仕事もあるし、いつまでも王都に滞在しているわけにはいかないからだ。王都に残るのはバンディット、アネーロの両勇者パーティーのみ。国王への対応や魔族に関する警戒は、彼等に任せておけば問題ないはずだ。

「今回の騒ぎのおかけで、各国の神官もようやく本腰を入れて動いてくれるだろうからな。王都のような人口密集地域には常時神聖魔法による結界を張って貰えるように要請するはずだし、俺達はそれまで残る事にするぜ」
「我々の本国は魔族領から最も離れているからな。警戒に当たるのは我々が適任だと思う」

そう言ってバンディットやアネーロは居残りを志願してくれた。

「よし、それじゃそろそろ帰ろうか」

準備を整え、振り向いた俺の前には、既に旅支度を調えた仲間達の姿があった。

「そうね。毎回の事だけど、今回も疲れたわ」
「特にルビアスとディエーリアは頑張ったよね。一対一で魔族をやっつけたんだから」

帽子を深く被り直したシエルは、肩をぐるぐる回しながらそう言う。彼女とカリンの二人はルビアス達ほど強力な魔族と遭遇したわけじゃないけれど、それでも街中を走り回って各地の戦いに加勢していたから、けっこう疲労しているはずだ。

「もう無我夢中だったわよ」
「まだまだ自分の腕は未熟だと思い知りました。師匠、帰ったら早速稽古をお願いします」

ディエーリアとルビアスの二人も疲れ気味だ。彼女達は近衛の騎士を蹴散らしながら魔族と戦ったらしいし、精神的な負担は半端な物じゃ無いだろう。たぶんこの中で一番楽をしていたのが俺だ。みんなが頑張ってる中、肝心の魔族は取り逃がすと言う失態をおかして、自分の不甲斐なさを痛感している。自覚は無かったけど、どうも不抜けているよな。ここは気持ちを入れ替えて、帰ったら自分を鍛え直した方が良いかもしれない。

(それに……俺の正体を知った魔族がどう動くかも気になるしな)

大々的にバラすのは……無いと思う。古の勇者が存命だと人々が知ったら、魔族にとっても都合の悪い事態になると思うからだ。俺というシンボルを旗印にして人類が一致団結する可能性すらあるのだから、そんな事態は避けるはず。だとすると、やはり今回のように王族などの主要人物に働きかけ、俺を利用しようとするんじゃないだろうか? 具体的にコレと言った手段は今の所思いつかないけど、あまり愉快な結果になるとは思えない。

(俺が単独で魔王討伐に向かったとしても……確実に成功する見込みは無い。仮にも魔王が複数いる現状だ。それぞれが昔の魔王と同程度の力を持っていたとしたら、消耗したところを他の魔王に襲われて死ぬ可能性だってある。やはりこっちも戦力を育て上げて、力を合わせて戦わないと勝てないだろうな)

昔でさえかなり苦労したんだ。今の俺にそこまでの力があるかどうか……。今回の失敗を考えると、一人で立ち向かうにはあまりに危険と言えた。

§ § §

――フツーラ視点

俺の名はフツーラ。アプリリア様に仕える忠実な僕。そして今回ストローム王国に潜入して破壊工作を命じられていた魔族の一人でもある。今回の任務はストローム王国の国王デュトロを脅迫し、勇者達を利用してトライアンフの野郎と共倒れさせる計画だった。しかしどこから情報が漏れたのか、いつの間にか潜入していた各国の勇者に加え、神聖魔法で街を覆われた結果、俺達の計画は失敗に終わった。

本来ならこれは許されざる失敗だ。長い時間をかけて王都に根を張り、ようやく人質を利用出来るようになったと言うのに、蓋を開けてみればこの体たらくだ。人質を誰一人始末出来ず、逆にこちらは俺以外が全滅。激怒したアプリリア様に殺されても文句の言えない失敗だろう。しかし俺は今回、そんな失敗を吹き飛ばすような情報を得る事が出来た。死んだと思われていた勇者ブレイブの存命。そして現在姿を変えたブレイブの発見。これは魔族領全体を揺るがす衝撃的な情報のはずだ。

「失礼します。アプリリア様、フツーラです」
「入りなさい」

音の殆どしないドアを開けると、そこでは一人の女性が豪華なソファにもたれ掛かり、優雅にワインを楽しんでいた。輝くような緑の髪と、絶世の美女と言って良い美しい顔立ち。スラリと伸びた華奢な手足はとても戦闘に耐えるようには見えないが、俺はその体が圧倒的な戦闘力を持っている事をよく知っている。彼女こそが俺の主アプリリア様だ。

「早かったのね。貴方にはストローム王国での工作を任せていたはずだけど、上手くいったのかしら?」

俺は思わずゴクリと唾を飲み込む。

「実は……任務を失敗しました。申し訳ありません」

深々と頭を下げ、アプリリア様の反応を伺う。彼女は無言で手にしていたワイングラスの中身を飲み干し、それをそのまま俺に向かって投げつけてきた。

「ぐ……!」

俺の額に直撃したワイングラスは乾いた音を立てて粉々に飛び散る。アプリリア様の怒りをこれ以上買わぬ為にも、避ける事など許されない。多少の暴行は甘んじて受けるべきだった。

「それで? おめおめと私の前に戻ってきたという事は……覚悟が出来ていると見ていいのかしら?」
「それは――」

顔を上げた途端、全身が総毛立つほどの殺気を叩きつけられ、俺は思わず硬直してしまった。この殺気……あの勇者ブレイブに勝るとも劣らない。いや、それ以上か……? しかし今はそんな事を気にしている時じゃ無い。俺の首の皮をつなげるために、早くブレイブの情報をお知らせしなければ……!

「お、お待ちくださいアプリリア様! 今回の任務、失敗したのには理由があるのです」

必死の形相でそう訴えると、少し殺気が弱まってきた。一応話を聞く気になって貰えたようだ。俺はアプリリア様の気が変わらないうちにと、必死に言葉を続ける。

「実は、王都で信じられない人物と遭遇したのです。三百年前、魔王を倒して我等魔族が分裂する切っ掛けを作った勇者ブレイブ、あいつが生きていたのです!」

瞬間、俺に対する殺気が霧散した。思わず地面に突っ伏し、荒い息を吐く。アプリリア様はそんな俺に近づくと、指で顎をクイと持ち上げた。

「興味深いわね。その話、詳しく聞かせてもらおうかしら」
「……勿論です」

何とか首の皮一枚繋がった。俺は自分の幸運に感謝しつつ、遭遇したブレイブの情報を語り始めた。

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