勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第75話 城内へ

――ルビアス視点

ストローム王国に戻った我々は、王都の近くまで来ると地上に降り、事前の打ち合わせ通り各自が変装して街に入っていった。商人や冒険者を装うため予め各ギルドの身分証を作っておいたので、特に怪しまれる事も無く門をくぐれる。門を守る兵士達が少し殺気立っているのは魔族を警戒しての事だろう。

「じゃあルビアス、ディエーリア。上手くやってね」
「お任せください師匠」
「じゃあねラピスちゃん。そっちも頑張って」

手を振って離れていく師匠達。私とディエーリア以外の面子は、これから街の地形の把握と潜伏場所の確保に動く予定だ。そして作戦開始時間の三日後――午後八時まで魔族の形跡が無いか探り続ける事になる。その間我々も王城に待機して、魔族の気配を探らなくてはならない。

「ボルドール王国の勇者ルビアスと、ゼルビスの勇者ディエーリアだ。国王陛下より招待を受けてまいった。取り次ぎ願いたい」
「……少々お待ちを。確認しますので、その間お二人はこちらでお寛ぎください」

国王陛下は前線の街から王城へと戻っているので、我々が呼び出されたのも王城だ。なので警備の厳重さや兵の数は以前より厳しくなっていて、師匠のように無理矢理潜入するのはほぼ不可能になっている。もっとも、我々には無理でも師匠なら簡単にやってのけそうだが……。

「お待たせしました。国王陛下の元へ案内致しますので、こちらへどうぞ」

さっき取り次いだ兵士と入れ違いに入ってきた騎士は、恭しく頭を下げてからそう言った。ストローム王国の王城に入るのは初めてだったが、作り自体に特別なものは無く、ありふれた城と言う印象を抜け出る事はない。しかし決定的な違いが一つだけある。雰囲気だ。

「……やっぱりみんなピリピリしてるね」

すれ違う人々を見ながらディエーリアがポツリともらす。

「うむ。あんな事があったばかりだからな。仕方ない」
「申し訳ありません。城内には魔族の襲撃で身内が命を落とした者も多数おりますので。行き場の無い怒りに殺気立っているのです」
「そうか……気の毒に」

彼等だって、出来る事なら今すぐ剣を取り、魔族相手に復讐戦を挑みたいに違いない。しかしそれはストローム王国の現状が許さなかった。魔族相手に本格的な戦争を始めるのは簡単な事では無い。何を目標にしていつまで戦うのか? 戦争終結の落としどころはどうするのか? 新たに生み出される犠牲者やその家族に対して、どうやって金銭の補償をしていくのか? 投入する戦力は? 徴兵で減った労働力の代わりは? 落ちた国力をどうやって元に戻す? と、簡単に思いつくだけでも問題は山積みだ。だから王としても軽々しく復讐戦など挑めないはず。だからこそ、少数で敵地に潜入し、魔王を仕留める勇者などという存在が持て囃されるのだろう。

考え事をして歩いている間に、いつの間にか目的地に到着していたようだ。案内役の騎士は横に控えて道を空け、内部からの呼び出しと同時にボルドールに比べて小ぶりな両開きの扉が開いていく。すると部屋の最奥にある玉座に座ったストローム国王の姿が目に入った。

外交的な儀礼のためか、奥へと続く絨毯の左右には貴族や騎士が肩を並べて静かに立っている。しかし、全体的に数が少なくなっているのは気のせいではないはずだ。

「ようこそストローム王国へ。ルビアス殿、ディエーリア殿。今回は招待に応じてくれて感謝する」

ディエーリアと二人サッと膝をついて礼を取り、深く頭を下げる。

「ご無沙汰しております陛下。ルビアスとディエーリア、参上致しました」
「ふむ。まだ久しぶりと言うほど日数も空いていないか。何度も呼び立ててすまない。ところでルビアス殿。今日はお二人だけでこちらに参ったのかな?」

国王陛下の視線が我々の後ろにある誰もいない空間に向けられていた。

「はい。ラピス、カリン、シエルの三名は、本国でどうしても外せない要件がありましたので。今回は我々二人でお邪魔させていただきました」
「……そうか。彼女達にも色々と事情があるだろうからな。無理強いは出来んか……」

そう言う国王陛下は落胆の表情を隠そうともしない。やはり我々全員を呼び出して、何か厄介な仕事を押し付ける気だったのかもな。仮に魔王を倒してこいなどという頼み事をされても、人数を絞っていれば断るなり返答を引き延ばすなり時間稼ぎが出来る。事前に分散していたのは正解だった。

「早速で悪いのだが、二人に時間を貰えるだろうか? 少し頼みたい事があってな」
「それは構いませんが……」
「おお、そうかそうか。ではこちらへ。すぐお茶の用意をさせよう」

立ち上がった国王陛下は、玉座の後ろにある扉に手を掛けながらこちらを振り返り、こいこいと手招きして見せる。

「…………」
「…………」

普通、ああ言った場所はいざという時の避難経路にもなっているので、他国の人間は勿論、自国の側近以外通さないのだが……。あえてそこを通るというのは、我々に親しみを感じているので無ければ、かなり切羽詰まった状況なのだと予想出来る。ここで断るのも失礼かと判断した我々は顔を見合わせ、おずおずと国王陛下の後に続いた。国王陛下を先頭に、我々と近衛騎士で列を作って一本道を歩いて行く。

「あまり時間が無いのでな。お二人は申し訳ないが、近道をさせてもらう」
「はぁ……。あの、陛下。我々がここを通ってもよろしいのでしょうか?」
「構わんよ。我が城の守りなどザルも同然。今更ここを隠したからと言って、どうなるものでもないしな」

そう言って、どこか自嘲気味に陛下は笑った。普段ならただの冗談として聞き流せた今の発言も、魔族が入り込んでいるだろう現状からすれば笑えない。そしてしばらく歩くと開けた場所に出た。瑞々しい花々が咲き誇る花壇と小型の噴水。そして吹き抜けで青空の見える日当たりの良い場所。真ん中にテーブルがある事から、ここは王族専用のテラスと言ったところか。テーブルには既に食器の類いが用意されていて、少し離れたところにメイドと近衛騎士が立っている。どうやらここで会談をするつもりのようだ。

「ささ、どうぞ座ってくれ。自分の家だと思って遠慮なく寛いでくれ」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」

寛げと言った割には、こちらが紅茶に手を伸ばすよりも早く国王陛下は用意されたお茶を一息に飲み干し、お代わりを入れようとするメイドの動きを手で制した。

「実は……お二人に頼みたい事がある」
「頼みたい事ですか? それはどのような内容でしょうか?」
「うむ……非常に言いにくい事なんだが……」

定まらない視線は彼の動揺や罪悪感を表しているようだ。歩いてきただけなのに額には大粒の汗が浮かび、手もほんの僅かに震えいてるように見える。やがて意を決したのか、国王陛下は我々をまっすぐ見つめながら口を開いた。

「お二人には魔境に入ってもらいたい。我が国に侵攻を企む魔族の王を、その手で打ち倒して欲しいのだ」

瞬間、空気が重くなったように感じたのは私だけではなかったはずだ。大体何を言うか予想出来ていたものの、やはり直接耳にすると感じ方が違ってくる。魔境に入って魔王を倒す――言うだけなら簡単だが、それがどれだけ困難な事か。生半可な腕の持ち主なら魔境を徘徊する魔物にすら太刀打ち出来ないし、それに勝てる者でも魔族に通用する保証は無い。ハッキリ言って死にに行ってこいと言っているようなものなのだ。

未だ師匠には遠く及ばないが、勇者を名乗っている身として、いずれは魔境に踏み入り魔王の首を討ち取らねばならないと思っているし、助けを求める人が居るなら代わりに剣を振るうつもりでもいる。しかしここで即答すると作戦が台無しになってしまうので、答えを濁す必要があった。

「それは……突然ですね」
「無茶を言っているのはわかっている。しかし、我が国の民は再び魔族に襲撃される事を恐れて、日々怯えながら暮らしているのだ。悔しい事に、ワシにはそれをどうにかしてやる力は無い。それこそ勇者のような力があれば自ら剣を取って乗り込んでいくのだが、それが出来る歳でも無い。恥知らずな頼みをしているのは解っている。しかしどうか、どうか我が国を助けてはくれないか?」

懇願するように頭を下げられ、反射的に任せてくださいと言いそうになった私の脇腹を、ディエーリアが素早く肘打ちした。一瞬息が詰まった事で冷静になれたのか、深呼吸して息を整えつつ国王陛下に向き直る。

「陛下。頭をお上げください。陛下の望みはわかりましたが、この場にパーティーの全員が来ているわけではないので、即答が出来ないのです。彼女達に話をして決を採らなければパーティーとして動けません」
「うちのパーティーは多数決で方針を決めていますから……。その、すいません」
「そ、そうであったか。それはすまない。ちと急ぎすぎたな……だが……」

諦めるわけにいかないと思ったのか、更に言葉を続けようとする国王陛下に被せるように、私は問いかける。

「陛下。質問させていただいてもよろしいでしょうか? ストローム王国が魔族の脅威に晒されているのはわかりますが、なぜそこまで魔王討伐を急ぐのですか? 現在は我がボルドールを初めとする、各国の支援や援軍が続いているはずです。国の力を取り戻し、守りを盤石にしてからでも遅くないのでは?」
「い、いや……それは困る。勇者達にはすぐにでも魔王討伐に向かってもらいたいのだ」

しどろもどろになりながらも、そう断言した国王陛下。端から見ていると挙動不審そのものなのだが、本人は気がついていないのだろうか?

「失礼ですが、それはどう言う……?」
「と、とにかく! 相談が必要だというなら他の面子をすぐに呼び寄せて欲しい。その間お二人はこの城に滞在されるがよかろう。すまんが、体調が悪くなってきたので失礼させてもらう」

こちらからの追求を避けるような態度で一方的に言うだけ言うと、止める間もなく国王陛下は近衛騎士を伴ってこの場を後にしてしまった。一応招待された身だし、ホスト役が真っ先に退出するなど外交的には無礼この上ない態度だったが、事情を知っているだけに怒る気もしない。

「……ずいぶん余裕がなさそうだったね」
「ああ。それだけ追い詰められていると言う事なんだろう。我々を城に滞在させて師匠達を呼び寄せると言うのは建前で、いざとなったら薬や魔法でも使って洗脳する気なのかも知れない」

物騒な言葉が出てきたためか、口に紅茶を含んでいたディエーリアが盛大にむせる。

「くすりって……! そんな事あるの!?」
「無いとは言い切れんさ。どんな人間でも、追い詰められたら何をするかわからんしな。普段なら馬鹿馬鹿しいと切り捨てるような手段でも、視野狭窄に陥っていると救いの光に見えるかもよ」
「嘘でしょ……怖いな~」

王がああ言った手前、城から出ようとした場合は妨害が入るかも知れない。しかし考えようによっては城の中を自由に探れるチャンスとも言える。作戦開始までの僅かな日数でどこまで探れるか不明だが、城の中をいろいろと調べてみるとしよう。

「差し当たっては、城のメイドを一人一人観察してみる事からだな」
「だね。精霊がおかしな動きをしてないかも見ておかなくちゃ」

近衛騎士もメイドもいなくなったテラスを後にする。まずは適当に歩いてみるとしよう。

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