勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第74話 ベルシスの勇者アネーロ

――アネーロ視点

私の名はアネーロ。ベルシスが誇る黄金の鱗族随一の戦士であり、勇者の名乗りを許された男だ。この大陸には多くの種族がひしめき合っているが、その中でも我々リザードマンは白兵戦を最も得意とする生粋の戦士だ。固い鱗で覆われた体は並大抵の攻撃など軽くはじき返すし、両手両足に加えて尻尾も使えるので、手数の多さでも他を圧倒する事が出来る。その上水中でも長く活動出来、苦手とする戦場はほぼ皆無に近かった。そんな生まれなものだから、私は長らく自分こそがこの大陸一番の戦士だと自惚れていた時期があった。

事実、自称猛者を名乗る多くの他種族と手合わせしてみたところ、さして苦労する事もなく勝利を収める事が出来ていた。これなら他国の勇者も大した事は無いと高をくくっていた私は、すぐに現実を突きつけられる事になった。招待されたレブル帝国での晩餐会。そこで目撃した出会った事もない強者達。強烈な瘴気を発しながら自らの体を変化させ、戦闘能力を引き上げる技を見せたバルバロス殿。そしてそんな彼が手も足も出なかったラピス殿の圧倒的な強さ。あの戦いを目撃した経験は、自分の意識を変える切っ掛けになってくれた。

自惚れを捨て、半ば見下していた人々にも頭を下げて教えを請い、私は自らを鍛え直していった。そうする事で、今まで思いつきもしなかったような技を身につける事が出来たし、一回りも二回りも強くなる事が出来たと思う。しかし優れた武芸者がそうそう見つかるはずもなく、私は次第に手合わせ出来る相手が少なくなっている現状に頭を悩ませていた。覚えた技、鍛え上げた体、それらを試すのには、どうしても自分と同格の対戦相手が不可欠だった。そんな時、国内外を問わず手頃な対戦相手を求めている私の元に、思わぬ所から修行の誘いがかかった。バリオスの勇者、バンディットからの招待だ。

彼とはレブル帝国の晩餐会で知り合い、短い時間ながら随分親しく話をさせてもらっていたし、なかなか気が合う御仁なので近況のやり取りは続けていた。そんな彼も私同様、最近実力的に伸び悩んでいたそうなので、ここで殻を破るべく、私に誘いをかけたそうだ。

もちろん私は一も二もなくその話に飛びついた。彼と戦った経験はないが、仮にも勇者と呼ばれる人間が弱いわけがないので、これ以上ない練習相手になってくれると思ったのだ。そして期待通り、彼は私と互角の強さを持っていた。私と彼も従者の数は二人と同じで、組み合わせを変える事であらゆる事態に対処出来る臨機応変さも身に着けられたと思う。そろそろここらで実戦の一つでもと思っていたら、なんとルビアス殿からの要請で、魔族と戦える機会を与えられると言うではないか。魔族の脅威にさらされているストローム王国の民を助けるという勇者本来の務めも果たせるし、強者と戦う機会も得られるとくれば、私の返事に否はなかった。

「お待たせしてすいません。ではストローム王国まで俺の飛行魔法で移動しますので、しばらくの間は我慢してください」

久しぶりに見るラピス殿は、一人の見知らぬエルフを連れて我々の元に現れた。聞けばそのエルフはゼルビスの勇者であり、驚いた事にベヒモスを支配下に置く精霊使いだと言う。なるほど、若く見えても長命種であるエルフなら、四大精霊の一角であるベヒモスすら使いこなすのかと感心したものだが……今の所、彼女はベヒモスを召喚出来る実力が無いらしい。

「私の魔力じゃ呼び出してもすぐ消えちゃうのよ。でも少しずつだけど維持出来る時間が長くなってきてるし、その内完全に使いこなしてみせるわ」

どうやら今の所戦力に数えるのは難しそうだ。しかしベヒモスを使いこなせるようになれば、彼女は世界屈指の精霊使いになる事だろう。

ラピス殿とディエーリア殿の魔法のおかげで、我々は僅か二日でボルドール王国の王都まで移動出来た。初めて体験する飛行魔法は素晴らしいの一言で、私に言い知れぬ感動と興奮を与えてくれた。凄まじい速度で流れる眼下の景色を眺めながら、空を飛ぶ生物は普段からこんな景色を見ているのかと、感慨深く思ったものだ。

ボルドール王国に入ったのはこれが初めてでは無いので、今回の訪問は特別な感想を漏らすほどでもない。しかし私達を出迎えた側はそうではなかったようで、多くの者が驚いた顔を隠そうともせず、私達を見上げていた。彼等は今回、我々と同じく人質解放に集められた神官達で、宗派も数もバラバラだ。比較的年の若い者ばかり集められているのは戦闘を見越してなのかは不明だったが。そんな彼等の視線が気になったのか、ルビアス殿が申し訳なさそうに頭を下げた。

「皆、リザードマンが珍しいだけなので、悪気は無いのだ。許してやって欲しい」
「構わない。こう言った視線には慣れている」

黄金の鱗を持つ私は、国内外問わず日頃から衆目を集めてしまうので、今更注目されたところで何とも思わない。むしろ王女であるルビアス殿に頭を下げさせて、こちらが恐縮してしまいそうだ。

「そう言って貰えると助かる。では早速だが、ここで作戦の説明をさせて貰いたい。皆、よろしいか?」

ルビアス殿の言葉に皆が静かに頷いた。この場に集まったのはボルドール、バリオス、ベルシスの勇者パーティー。そして各宗派の神官が三十人。それに加えて軽装な装備に身を包む男達がこれまた三十人ほど。どうやら彼等は普段間諜の仕事をしているらしく、今回はルビアス殿の希望で特別に参加する事になったようだ。間諜が顔を晒して良いのかと他人事ながら不安になったが、確かに彼等のような人材は今回の作戦だと大きな力になるに違いない。

「まず初めに言っておくのは、これは極秘の作戦であると言う点だ。ストローム王国の王都に潜伏しているはずの魔族は、どこに潜んでいるのかわからない。普通の一般市民や兵士に見える者が魔族である可能性もあるので、ストローム国王はもちろん、一般の兵にも我々の目的を悟られる訳にはいかない。そこで――」

ルビアス殿が目配せすると、兵士達がいくつかの木箱を抱えてやって来た。蓋を開けると中には地味な服と量産品の剣、そして皮の部分鎧などが入っていた。

「神官の諸君にはこれを身に着けてもらいたい。流石に神官服で街に入れば、一瞬で素性がバレてしまうからな。そして作戦だが、まず私達のパーティーの内、私とディエーリアだけ王城を訪ねて王と面会する。本来なら王と面会する予定は無かったんだが、先方から招待を受けては断れないので、パーティーの代表者である私と、ゼルビスの勇者であるディエーリアだけ顔を出しておいて、師匠、カリン、シエルは街に残ってもらおうと思う」

バリオスから移動している途中ラピス殿から大体の事情は聞いていたので、今回の招待も何らかの目的を持ってのものだと予想出来る。そして王城の中に潜伏している魔族の数は多くないと予想されるので、戦力的にはルビアス殿とディエーリア殿だけでも十分なのだろう。

「そしてここからが肝心だ。神官と護衛役である間諜は、王都全体を神聖魔法の影響下に治めるように各地に散ってもらい、作戦開始時間と共に神聖魔法を使ってもらう。諸君等の神聖魔法が正しく発動した場合、王都に潜伏する魔族の弱体化が成功するはずだ。今回使用する神聖魔法は対象者の魔力コントロールを乱す効果もあるので、魔族が魔法で姿を変えている場合、ほぼ確実に正体を現す事になるだろう。そうなったら当然騒ぎになるので、師匠達やバンディット殿やアネーロ殿達には、騒ぎの現場に急行してもらいたい、それで構わないだろうか?」
「ああ。弱体化したとは言え、普通の兵士に魔族の相手はキツいだろうからな。当然だ」
「私も問題ない。魔族と戦うのは勇者として当然の事」

その為にはるばるここまで来たのだからな。勇者としての力を期待されるのは名誉な事だ。それが人の命を助けるためだというなら、喜んで戦おう。

「バンディット殿はともかく、アネーロ殿達は流石に変装した程度じゃどうにもならないので、ここは開き直って堂々と街に入ってもらいたい。ベルシスの勇者が王都に入ったとなれば、魔族も警戒して動きを潜めるかも知れない。囮のような真似をさせてすまないが、ここは我慢して欲しい」
「構わない。むしろ喜んで囮になろう。私に注目が集まれば、それだけ人質から注意が逸れるはずだ」
「感謝する」

作戦を確認しておくと、王城にルビアス殿とディエーリア殿。他の面子は街に散らばって事態に備える。神官達が神聖魔法を使った後、片っ端から魔族を叩いていく――と。これだけなら簡単に聞こえるが、実際敵の総数は判明していないし、ひょっとすると我々が考えている以上に多いかも知れない。そして強さもだ。戦って負ける気など無いが、もし潜伏している魔族が私やバンディットと互角の腕前だったなら……かなり厳しい状況になるかも知れない。だが今更作戦を中断など出来ないし、放っておいても事態が悪化するだけなのだから、決行意外選択肢は無いだろう。

「作戦としては以上だ。作戦開始時間は午後八時ちょうど。作戦開始の数日前から現地に潜伏し、各自街の地形を頭に叩き込んでもらいたい。魔族が長くその地に留まっていると、瘴気の影響で多少空気が変質している場合があるので、その痕跡も探して欲しい。そして最も優先するのは非常時のための逃走ルートの確保だ。人質救出はもちろん大事だが、自分の命を粗末にしてはいけない。命の危機を感じたらサッサと逃げる。我々勇者パーティーならともかく、神官や間諜の諸君はそれを肝に銘じてもらいたい。では最後に、何か質問はあるか?」

ルビアス殿の問いかけには誰も答えず、代わりに使命感に燃えた視線を返しただけだった。それを受け止めた彼女は満足げに頷く。

「よし、では出発しよう。師匠、シエル、ディエーリア。お願いします」
「わかった」
「任せて」
「今回は大変そうね。頑張らなくちゃ」

かなりの大所帯になっているので、流石にラピス殿の飛行魔法でも移動するのは難しいかと思ったが、彼女は平気な顔をして全員を空へと浮かび上がらせていく。シエル殿とディエーリア殿の補助もあるので、これだけの人数でも問題ないようだな。とりあえずこの飛行魔法で移動するのは王都の近くまでで、それ以降は全員バラバラになって歩きで王都に入る事になる。少しでも魔族に気取られるわけにはいかないからだ。

(今回の作戦、何が何でも成功させなければならないな)

眼下に流れる景色を見つめながら、私は決意を新たにしていた。

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