勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第65話 フレア対デイトナ

――フレア視点

「ぐあっ!」
「くっ!?」

私とデイトナの剣が互いの体を切り裂く。既に鎧は自分の流した血で赤く染まり、白い部分を探す方が難しくなっていました。デイトナは回復魔法が使えないのか、使う余裕が無いのか、傷を治そうとする素振りが見えません。でも私は――

「クソッタレが! またか!」
「ふふ……これが仲間の力です!」

デイトナと違い、私の傷は戦いの最中であっても、後ろに控えている仲間達がすぐに治してくれます。彼等は一人一人が回復魔法を使える神官であり、前線で戦う私の回復を常に行うたに集められたメンバーなのです。勇者として名乗りを上げた時に私が望んだのは、共に前線で戦う戦士でもなく、強力な魔法を使う使いでも、針の穴を通すような腕前の弓使いでもなく、自分を回復させてくれる神官の存在でした。

他国の勇者は誰とでも、どんな集団との戦いでも勝ちうる戦力を整えているようですが、私は違います。私の敵はあくまでも魔族と魔物であり、私のパーティーはそれにだけ特化していれば良いと考えたのです。事実、この街の魔物や魔族は私達の神聖魔法で大きく力を削がれています。これが普通の魔法なら、敵味方の区別無く大きな被害を出していたに違いありません。これが神聖魔法の素晴らしいところです。邪悪な存在でなければ何の痛痒も与えない、実に使い勝手の良い魔法でしょう。

しかし、それでもデイトナの剣技は私を上回りました。正直言って彼等の援護がなかったら、私は今頃物言わぬ骸と化していたにに違いありません。

「ぐああ! キリがねえ! お前等から殺してやる!」
「!」

いくら傷を負わせても立ち所に回復してしまう状況にデイトナは業を煮やしたのか、突然目標を私から後方に居る神官達に変えて斬りかかったのです。一応近接戦闘の訓練は積んでいるものの、彼等がデイトナと戦うのは無謀の一言。一瞬の後に切り倒されたいくつもの死体が転がるはず――と、デイトナは思っていたかも知れません。しかし――

「なにぃ!?」

自信を持って放ったデイトナの一撃は、彼等の張った防御の魔法に防がれたのです。彼等を守るいくつもの壁。それは物理、魔法、精神と、考えられるだけの攻撃を防ぐ鉄壁の鎧。相手を圧倒するように力は無くても、防御力と回復力に特化したのが、彼等の力なのです。

「何でだあ! くそくそくそ! どいつもこいつもイラつかせやがる! こうなったら――」
「く!?」

突然デイトナの体から赤黒い炎のようなものが巻き上がり、彼の体に絡みついていきます。これはいったい!?

「が……ああっ……あああああ!」

絶叫と共に炎が膨れ上がり、退避した私達の目の前で炎は静かに消えました。するとそこには、より凶悪な形に変貌した、デイトナの禍々しい姿があったのです。

「これは……」
「これが俺の奥の手……強化術だ」

一歩前に出たデイトナの圧力に押され、私は思わず後ろに下がっていました。これは……恐らく、レブル帝国でバルバロス殿が使っていたのと同じ術。でもあれとは明らかに術の次元が違う。バルバロス殿が使った時は、ここまで禍々しい気配は放っていなかった。同じような術でも、魔族と言うだけでこうまで結果が変わるというの?

「これを使うと後でしんどいからよ。なるべくなら温存しときたかったんだが、そうも言ってられねえよな。覚悟しろよ小娘。もうお前に勝ち目はねえぞ」
「!」

言うが早いか、先ほどまでとは比べものにならない速度で迫るデイトナ。神聖魔法の影響下にあると言うのに、別人のように動きが違う。私は咄嗟に身を守ろうと神聖魔法を口にしたのです。

聖なる防壁よホーリー・ウォール!」
「小賢しい!」

私の目の前に展開された光り輝く聖なる壁は、デイトナの一撃を見事に受けきった――かに見えましたが、続けざまに叩き込まれた攻撃に耐えきる事が出来ず、粉々になって破壊されてしまったのです。空中に細かく舞い散る魔力の残滓は聖属性を持っているため、それを身に浴びたデイトナは苦痛に顔をしかめますが、奴は構わずこちらに突っ込んできます。

魔法は間に合わない――そう判断した私は剣を構え、来るべき一撃に備えた私の狙い通り、デイトナの剣を受け止める事が出来ました。ですが

「なっ!?」
「甘いんだよ! さっきまでと同じと思うな雑魚が!」

手に持った剣ごと吹き飛ばされた私は、地面を転がりながら何とか体勢を立て直そうとしますが、デイトナがそれを許すはずもなく、瞬時に追いついてとどめを刺すように剣を振り上げたのです。

「フレア様!」
「お守りします!」
「しゃらくせえ!」

仲間達の張った防御魔法は、私の神聖魔法と同じように粉々に粉砕され、私の首を刎ねようと迫ってきます。

「うぐっ!?」

地面を転がって直撃だけは避けたものの、首を庇っていた左腕を深く切り裂かれ、思わず苦痛の声が出てしまいました。反撃に剣をデイトナの両足目がけて振り抜くと、後方に跳んで綺麗に躱したのです。

回復ヒール!」

傷は仲間達によって瞬時に回復されますが、私は険しい表情のままでした。デイトナの強さはさっきまでとまるで別物。明らかに二段も三段も上の力を持っています。こんな奥の手を隠し持っていたなんて……完全に誤算です。

「マズいですね……」

こんな奴をどうやって倒したら……。正直勝てる絵が思い浮かびません。どう攻撃しても躱されて反撃される未来図しか見えず、躊躇している私を見たデイトナは、先ほどの苛つきとは真逆の嬉しそうな顔で嗤っています。

「今頃ビビったか!? 俺を怒らせるからこうなるんだよ! 人間なんぞ、黙って魔族の玩具になってりゃ良いんだ! 降参か? 降参するのか? それでも良いぜ! 今降参するなら、お前は魔物共のはけ口として生かしておいてやるぞ! この国の人間みたいにな!」
「…………何ですって?」

デイトナ達がこの国で何をしていたのか、周りにある無残な遺体を見ればなんとなく想像はつきます。しかし彼等の命を、必死の抵抗を、まるで意味もないもののように見下すその言動。正義と光の神であるリュミエル神の使いとして、人々を守る勇者として、決して赦すわけにはいきません!

「お? なんだ? いっちょ前に怒ってやがるのか? くはははは! お前が怒ったところで何になるんだよ! 自分の身も守れねえような糞雑魚が!」
「…………」

神経に障るデイトナの不快な声を無視して、私は剣を構えます。……覚悟は決まりました。まともな勝負をしても勝ち目がないのなら、まともに戦わなければ良いのです。力に溺れて油断している今なら、私の考えた方法で倒すチャンスは訪れるはず。一瞬。一瞬の油断さえ突く事が出来たなら、この勝負は私の勝ちで終わるはずです。

「……何か考えてやがるな? だがよぉ、今更小手先の技をいくら使ったところで、お前に勝ち目はねえんだぞ? その貧相な脳みそじゃ理解出来ないのか?」
「……無駄口ばかり叩く男ですね。鬱陶しい。さっさとかかってきなさい」
「……チッ! なら望み通り……殺してやるよ!」

絶対的な力の差から来る余裕なのか、デイトナはいやらしい笑みを浮かべながらこちらに迫ります。対して私は、剣を持つ右手と、空の左手にそれぞれ魔力を巡らせ、奴の一撃に備えました。そして目前に迫るデイトナの剣に向けて、身を守るように左手で払いにかかります。

「そんなもんでどうにかなると思ってんのか! 死ね!」

振り下ろされる必殺の一撃。私を一刀両断するために、左肩目がけて振り下ろされたその一撃。私は魔力を込めた左手の掌底を、渾身の力を込めて下から叩きつけたのです。

「ぐ!」

漏れそうになる苦痛の声を、歯を食いしばる事でなんとか堪え、髪の毛を何本も切り落としていくデイトナの剣をやり過ごします。しかしその代償に、私の左指は何本か根元から飛ばされていました。しかし私に痛がっている暇などありません。デイトナが攻撃を終えて油断したこの瞬間、この時のために私はワザと左手を犠牲にしたのですから。

「はああああぁぁぁっ!」
「なにい!?」

気合いの声と共に右手に持った剣を振るいます。限界を超えて魔力を込めた右腕はパンパンに腫れ上がり、ただ剣を振るうだけでプチプチと筋肉が千切れている音が聞こえてきそうです。一瞬のうちに以上に青黒く変色した右腕の一撃は、この戦いが始まってから最高の速度と威力を持って、がら空きになったデイトナの胴に迫ります。

「くそっ!」
「逃がしません!」

これで逃げられたら本当に終わり。二度と私に勝つチャンスは訪れないでしょう。何が何でもこれで仕留めなければ後がない。後方に跳んで逃げようとするデイトナに一歩踏み込み、奴の動きより速く振り抜かれた私の剣は、見事デイトナの体を両断する事に成功したのです。

驚愕の表情を浮かべながら離れていく自分の下半身を視界に収め、デイトナは口から大量の血液を吐き出しました。ドサリ――と、思い音を立てて地面に横たわる奴の体からは、完全に生命力が感じられません。どうやら仕留める事が出来たようです。苦痛に顔をしかめながら、私は吐き捨てるように語りかけました。

「……油断するからそうなるのです。勝敗は、実力だけで決まるものではないのですから」

慌てて駆け寄ってきた仲間達に傷を癒やしてもらいつつ、私はホッと息を吐いて上空を見つめます。まるで夜空を彩る花火のように、多様で巨大な魔法が乱れ飛ぶその光景は、一瞬事態を忘れて見入ってしまいそうになるほど幻想的でしたが、私は頭を振って考えを追い出します。

「……あちらもそろそろ決着がつきそうですね。流石ラピスさんです」

デイトナより遙かに格上と感じられた高位魔族。それを確実に追い詰めていく様子は、戦っている最中、非常に心強く思っていました。彼女が優勢に進めてくれるなら、たとえ私がこの場で倒れようと、きっと仇を討ってくれる。そう心の何処かで思っていたからこそ、私はさっきのような思いきった作戦を取れたのです。

余裕が消し飛び、顔に焦りを浮かべる女魔族と対照的に、涼しい顔のラピスさん。彼女の強さはいったい何処まで底なしなんでしょうか? この戦いが終わったら、是非その辺りの秘密を本人から聞かせて欲しいものですね。しかし、とりあえず――

「今は回復に努めましょう。とりあえずの役目は果たしたのですから」

体の痛みが消え去り、次第にみなぎってくる力を感じながら、私は上空で行われている激闘の決着を静かに待ちました。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品