勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第52話 本当の理由

「レブル帝国での晩餐会以来だな。元気にしてたか? ひょっとして俺達の名前を忘れちまってんじゃないよな?」
「覚えてますよ。バンディット殿。そして、従者のアヴェニス殿とイプシロン殿でしたよね?」
「そうだが……硬いな。ティティス陛下はともかく、同格である俺達に敬語は不要だぜ」
「……わかった。じゃあ普通に話させてもらうよ」


笑顔を浮かべながらやって来たバンディット達三人は、ティティス様に断りも無く席に着いた。それに対して女王は何も言わないどころか、涼しげに笑みを浮かべている。あまり礼儀作法に五月蠅くない人なのか、それともただ気さくなだけなのか判断がつかない。厳格なボルドール王国では考えられないようなその態度に、特にルビアスが目を丸くしていた。話しやすさが原因なのか、バンディットは俺をこのパーティーのリーダーだと思っているようで、ルビアスを通り越して俺に話を振ってくる。


「どうだい、この国は?」
「良い国だと思うよ。街には活気があるし、船の出入りが多いのは経済が活発な証拠だ。それに人の顔が明るい。治安も随分良いみたいだな」
「そう見えるか? お前さん達にそう思って貰えるなら、みんなも喜ぶだろうな」


俺が感想を述べるとバンディット達は笑顔を見せた。やっぱり自国を褒められるというのは、誰にとっても嬉しい事なんだろう。しかしそんな笑顔も、次の瞬間曇ってしまった。快活な性格のバンディットにしては珍しく、何か言いにくそうに口ごもるので、何事かと俺が口を開きかけたその時、バンディットの代わりにティティス様が話し始めた。


「実はな、その平和もかりそめのものでしかないのだ」
「仮初め……ですか? それはどう言う……?」
「うむ。もちろん事情は話す。今回バンディットの名を使って其方等を呼び寄せたのも、それが理由なのだ。そして話を聞き終わった後で良いので、其方等の力を是非貸してもらいたい」


力を貸す? わざわざ俺達を呼びつけてそんな事を言うからには、たぶん荒事の類いなんだろう。少し緊張して身を固くしたのを同意と思ったのか、ティティス様は話を続ける。


このバリオスは俺達が見たとおり、盗賊や魔物の姿を見かけることも無く、治安も安定していて非常に平和だ。しかしそれには、期限付き――と言う前提があった。この国が生まれたのは今から百年ほど前。建国王は当時小国が乱立するこの地を、ある存在の力を借りて瞬く間に平定してしまったらしい。その存在とは、この王城の地下深くに眠る精霊ベヒモス。四大精霊の一つとされているベヒモスの強さは圧倒的で、建国王に敵対した周囲の国々は為す術も無く滅ぼされたらしい。そして周囲に敵対者がいなくなった建国王は、この地にバリオスを建国して、今に続く海運国を作り上げた。それだけならめでたしめでたしで終わる話だけど、そう上手く行かないのが世の中だ。


一般的に、魔法を使う場合には代償になる魔力が必要になる。精霊の力を借りて戦う精霊魔法でもそれは同じで、力を貸してもらう代わりに、自らの魔力を彼等に献上しているのだ。しかし初代建て国王は違った。彼は優れた剣士ではあったものの、魔法の類いは一切使えない脳筋だったらしい。なら彼は何を代償にしてベヒモスのような強力な力を使役出来たのか? その疑問に対する答えは――未来への負債だった。


「この地に眠っていたベヒモスは、魔法も使えず、精霊使いでも無いのに力を欲する建国王に、代償を要求したそうだ。魔力が不可能なら……魂を差し出せと」


みんなの顔色が変わる。いくら何でも命そのものを要求するなんて……。


「巷に居る神官達の話が真実なら、人間に限らず、全ての命は死後天に召された後、再び世界に戻ってくると言う。輪廻転生――魂の循環であるそれは、言い換えるなら、この世界という巨大な体を依り代とした魔力の循環とも言える。そこから人の魂と言う魔力の塊を得られるのなら、精霊はそれだけで数百年存在出来るそうだ。もっとも、力を頻繁に行使すれば魔力はどんどん目減りして、存在するための力も失われていくようだが」


知らず、全員の目がこの中で唯一の精霊使いであるディエーリアに集まった。ただの魔法使いに女王の話が本当なのかは解らない。でも普段から精霊と交信している彼女なら、今の話の真偽はわかるはずだ。少し居心地悪そうにしながら、ディエーリアは頷いた。


「私が使う精霊達は、力も存在力も大したことが無いから魔力だけで使役出来るし、現実世界に常時実体化存在するための魔力も必要としないわ。でもベヒモスみたいな四大精霊は別。各属性の王とも言える彼等は、ただ存在するだけでも膨大な魔力を必要とするはずよ」
「じゃあ、建国王はその要求にどう応えたのですか?」


俺の質問に、女王ティティスは少し俯いて自嘲気味に笑った。


「建国のために死ぬわけに行かなかった彼は、自らの命と引き換えに子孫の命を差し出す約束をしたそうだ。これから五代後の血族、その命を差し出すと。五代後の子孫とは、妾の事だ」
『!』


誰もが息をのむ。建国王は自分の子孫がどうなっても良いと思っていたのか?


「五代も後になれば、自分の血族が増えると思ったんだろう。多く居る血族の中から最も不要な者の命を差し出せば、それだけで物事が解決すると思ったに違いない。しかし皮肉なことに、今の王家は私だけしか残っていないのだ。血筋的に、あまり子宝に恵まれていないようでな」


自嘲気味にティティス様が笑う。他人事ながらあんまりだ。いくらなんでも、自分と全く面識の無い先祖が交わした約束で自分の命がやり取りされるなんて、気の毒ってレベルを超えている。俺がティティスの立場なら、先祖に対して考えられる限りの罵詈雑言を投げつけたに違いない。そんなティティスに代わってバンディットが話を続ける。


「女王陛下のおかけで、見ての通り今この国は平和そのものだ。不正を働く者達を一掃し、各地に備えた兵士詰め所のおかげで、国内の治安は以前と比較にならないほど安定している。補助金を出して誰でも船を買いやすくして、海運国家として発展出来たのも、女王陛下の功績なんだ。このままティティス陛下の治世が続くなら、この国は今までに無いぐらいの栄華が約束されている。しかし陛下を失ったら、また昔の冴えない国に逆戻りなんだ。そうなる前にベヒモスを何とかしなくちゃいけない」


バンディットとその従者は突然立ち上がると、俺達に対して深々と頭を下げた。


「恥を忍んで頼む。歓待すると言いながら、急にこんな話を持ちかけた身勝手さも謝罪する。好きなだけ罵ってくれて良い。だが、だが……俺達に力を貸してくれ! 相手が精霊じゃ、魔法を苦手とする俺達だけじゃ勝ち目は薄いんだ!」
「妾からも頼む。バンディットの話によれば、其方等は剣も魔法も常人より大きく上回っていると聞いた。ベヒモスを退治するなり、説得するなり、どちらにせよバンディット達だけでは力不足なのだ。勝手なことを言っているのは理解している。しかし、どうにか力を貸しては貰えぬか?」


そう言って、ティティス様はバンディット同様に頭を下げた。……そう言う事か。なんで晩餐会で少し話をしただけ俺達をわざわざ国に招待したのか、これで理由がハッキリした。公式に援助を要請すればバンディットの――引いてはバリオスの力不足と捉えられるためにそれは出来ない。しかし個人的な歓待のついでで力を貸したなら、それほど話は広がらないし、勇者同士の共闘という事で収まるかも知れない。


自分には何の落ち度も無いのに、知らない間に命のやり取りをされていたティティス様には同情するし、力になってやりたいとも思う。たとえ俺達には全く関係が無い話だとしてもだ。しかし俺はともかく、みんながどう思うかは別だ。四大精霊であるベヒモスは、間違いなく地属性の頂点に君臨する強力な精霊。実体化している時ならともかく、普段は物理攻撃を一切受け付けないし、力も魔力も並の魔物を大きく上回る存在だけあって、戦うとなったら文字通り命懸けになってしまう。それこそカリン達が戦ったドラゴンとかじゃ比較にならないほど強いはずだ。


仲間達にチラリと視線を向けると、彼女達もどうしたものか判断がつかない様子だった。


「どうする?」
「どうするって……どうしよう?」
「私は参加しても良いわ。確かなに精霊相手だと攻撃手段が限られてくるからね。魔法使いである私なら力になれると思う」
「なら……私も参加かな?」


シエルとカリンは参加する気のようだ。


「経緯はともかく、わざわざ我々に力を貸して欲しいと頼まれたのなら、勇者の名にかけて断る選択肢はありません。当然私も参加です」


ルビアスも問題ないみたいだ。しかし最後に残ったディエーリアは、一人だけ浮かない顔をしていた。


「ディエーリア?」
「ベヒモスは……洒落にならないよ。あれは下手すると古代竜と同じか、それ以上の力を持ってるかも知れないんだよ? あんなのと戦ってたら命がいくつあっても足りないよ」


そう言うディエーリアには隠しきれない恐怖が浮かんでいた。精霊使いである彼女は、俺達以上に身近に精霊を感じる能力がある。そんな彼女だからベヒモスの脅威も十分理解しているみたいだ。


「私の国じゃ、ベヒモスだけじゃなく、四大精霊についての記述が多く残されているのよ。彼等は強力な力を持つから、一度扱いを間違えれば多くの被害を出すことがあるの。それこそ多くの人が一度に死んだり、国が滅びかけたりした事もあったみたい。だから戦うって言う選択肢はギリギリまで回避して、他に方法が無いかを探した方が良いと思うわ」


戦い以外の方法か……。それが出来ればティティス様やバンディット達もそっちを選んだんだろうけど、逆に言えば、それが出来ないから戦う方を選んだとも言える。


「あるにはあるんだが……」


あるのかよ! 思わず突っ込みそうになった俺だけど、バンディットは今まで以上に言いにくそうだ。何か理由があるのか?


「強力な精霊使いにベヒモスと契約してもらい、この地からベヒモス自体を取り除いてもらう方法もある。だが、俺達の国には精霊使いそのものが居ないし、そんな伝手もないんだ。そもそも四大精霊の一つと契約出来るなんて、よほどの腕利き以外にあり得ないからな」


なるほどね。それじゃ確かにバンディット達には無理だ。それに、それじゃ責任を一人に押し付けていることになるし、一緒に体を張るという最低限のことも出来ていない。仮にも勇者がそんな選択肢を選べなかったんだろう。でも、だからと言って乗り気じゃ無いディエーリアに参加を無理強いすることは出来ないからな。彼女の分は俺が頑張ればいいだけだ。意見が出揃ったと思った俺は、勤めて明るい声色で話し出す。


「そう言う事なら、ディエーリアはこの城で待ってて良いよ。ベヒモスは俺達が何とかするから」
「力を貸して貰えるのか!? ありがたい! お前さん達が参加してくれるなら百人力だ!」
「勇者達よ、感謝する。事が終わった暁には、必ず礼をすると約束しよう」
「気にしないで良いですよ。困った時はお互い様だし」
「無論だ。その為に我々は勇者を名乗っているのだから」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! 勝手に置いていく事にしないで!」


ディエーリア抜きで話がまとまりつつあったその時、待ったをかけたのはディエーリア本人だった。


「ディエーリア?」
「私も一応勇者なんだからね! それにパーティーのメンバーなんでしょ? 置いてけぼりにされたらたまらないわ!」
「でも、戦うのは嫌なんじゃ……?」
「確かに嫌だけど! 仲間外れにされるのはもっと嫌なのよ!」
「ええ……」


そんな子供みたいな事を堂々と主張されるとは思ってなかった。わりとしょうもない理由で命懸けの戦いに参加を表明したディエーリアに、俺達もバンディット達も少々呆れ気味だ。しかしまぁ、精霊使いであるディエーリアが参加するのとしないのとでは、戦いの推移はまるで違ってくるはず。過去の俺だって四大精霊と戦った経験は無いから、どう転ぶのか未知数だし、彼女が力を貸してくれるなら助かる。


「じゃあ……一緒に行こう。ディエーリア」
「当然でしょ! その代わり、成功したらとびっきりのご褒美を用意してもらいますからね!」
「う、うむ。もちろんだ。女王の名にかけて相応の報酬を払うと約束する」


勇者としても、精霊使いとしてもどこか間違っているような気がするけど、これで俺達は一人も欠けること無くベヒモスと戦うことになった。

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