勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第49話 竜殺し

――シエル視点


勝った。幼竜とは言え、あれだけ強力な魔物を私達三人だけで倒せた。その事実が次第に理解出来ると、私は自分の体から力が抜けていくのを自覚していた。


「終わった~……」


物言わぬ骸となったドラゴンの頭に自分の剣を残したまま、滑り落ちるようにして降りてきたカリンは、そのまま地面に寝転んでしまった。彼女の体は傷だらけだ。私とディエーリアも酷い怪我だけど、一人で前衛を務めているカリンほどじゃない。至る所に血が滲み、打撲跡も一つや二つじゃ無い。


「私達が……勝ったんだね……」


ディエーリアが信じられないと言った風にそう呟く。その目は今まで激闘を繰り広げていたドラゴンに向けられていた。ダラリと舌が垂れ下がっている口からは、ファイアリザードを簡単に引き裂いた鋭い牙がいくつも覗いている。全身を覆う強靱な鱗は、今のカリンでさえ傷つけるのに苦労していたほど強固だった。ちょっとした家ほどある大きさの巨体。それを大空へ羽ばたかせるための翼は、巨体をぐるりと一包み出来るほどに長くて広い。こんな魔物を相手にして勝ったなんて、未だに信じられない思いだ。


「ええ。私達の勝ちよ。今まで苦しい訓練を続けてきた成果ね」


それもこれもラピスちゃんのおかげね。あの娘に出会わなければ、私達はここまで強くなれることなんて無かった。でないと今頃、ショボい依頼で日銭を稼ぐ、ありふれた冒険者の一人でいただろうから。


「勝ったー! これで竜殺しドラゴンスレイヤーだ!」


寝っ転がったまま両腕を突き上げてカリンが叫ぶ。そうか。言われてみればその通りだ。他の魔物とドラゴンが決定的に違うのは何も強さだけじゃ無い。ドラゴンを倒す事によって与えられる富と名声は、普通の魔物なんか比較にならないほど巨大だ。カリンがラピスちゃんと出会う切っ掛けになった借金も、ドラゴンの素材を売ることで綺麗さっぱり無くなっていたし。あの時の事をカリンに聞いたことがあるけど、道具袋に詰め込める程度の素材だけで金貨が大量に動いたらしい。それがドラゴン一匹分となると、想像も出来ない額で取り引きされるに違いないわ。


そして、冒険者としての生活に大きく影響があるのがその名声。ドラゴンを倒した者にはギルドから竜殺しドラゴンスレイヤーの称号を与えられる。単にアイアンとかシルバーの階級以上に、竜殺しと言うだけで計り知れない宣伝効果があるはずよ。きっとソロで動いていたら、あっちこっちのパーティーから引っ張りだこになるに違いないわ。勇者パーティーのメンバーとして、これ以上無いほど箔がつく。王女であるルビアスやラピスちゃんのオマケじゃ無く、実力でパーティーの一員になったんだって証明になるはずね。


「私がドラゴンスレイヤーだなんて信じられないけど、とりあえず今は休みたいよ」
「賛成。力を出し切ったもんね」


全員体が傷だらけ。体力も魔力も残っていない。幸いドラゴンのブレスで火がついた森は若木が多かったみたいで鎮火しつつあるし、少し休んで村に戻ってもいいわよね。腰にぶら下げていた革袋の一つをあおり中の液体を飲み干していくと、体の傷が急速に癒やされていく。やっぱり高級ポーションは効果があるわね。痛む体に顔をしかめながら、私はカリン達と同じように大地に横になった。


§ § §


突如現れた強敵であるドラゴンを倒したまでは良い。これから手に入る大金や名声に心躍らせていた私達は、すぐ現実を突きつけられることになった。まず当初の依頼目的であるファイアリザードの死体が無い。巣穴にしていた坑道を調査してみたけど、見つかるのは動物の腐乱死体と排泄物だけで、ファイアリザードは影も形も居なかった。最初に倒した五匹で全部だったらしい。


事情を話しに村に戻って説明すると、ここでもちょっとした騒ぎになった。野良のドラゴンが自分達のすぐ側に現れたために、コミネさん以下村民達は軽いパニックになってしまった。幸い私達が倒した事を伝えると冷静になったけど、今度は村を救ってくれた英雄を歓待したいと騒ぎ始めてしまったからだ。礼を言いつつもそれを丁重に断り、彼等には私達が休んでいる間、ドラゴンの素材を監視してくれるように頼んだ。


そう。ドラゴンを倒したのは良いけど、私達にはあの巨体から素材を回収するという重労働が残されていた。手伝いを申し出てくれた村人の手を借りて、悪戦苦闘しながら部位ごとに切り分けていくのに丸一日。普通の刃物じゃ鱗に刃が通らないから、カリンとディエーリアの負担は相当なものだった。


次に問題になったのは切り分けた素材を運ぶ方法。以前と違って私も飛行魔法が上達しているから、ある程度の重さの荷物は問題なく運べるようになっている。でも、それにしたって限界があった。ファイアリザードが数匹程度ならともかく、ドラゴン一匹分を抱えて飛べるほどの力はまだ無い。どうしても数回に分けて飛ぶ必要があった。そこで私達が取った手は、カリンとディエーリアをこの村に残して私だけで素材を運ぶ事。彼女達二人分の重量分の素材にあてがって、往復する回数を減らそうとしたのだった。


「じゃあ行ってくるわね」
「気をつけて」
「無理しちゃ駄目だよ」


上昇するにつれ、見送ってくれた二人がみるみる小さくなっていく。傷も疲れもすっかり癒えた私は全速でスーフォアの街を目指した。空を飛んでいる限り魔物と遭遇する確率は限りなく低い。たまにこちらを発見する魔物がいても、速度差であっという間に見えなくなってしまう。おまけに今は余力を残さずただ移動すれば良いだけなので、全魔力を飛行だけに使うことが出来たから、一週間と半分を使った道のりも、たったの一日で移動することが出来た。


見慣れた町並みが近づいてきて、私は徐々に速度と高度を落としていく。大量の素材と一緒に飛んできたからか、眼下に居る人達がしきりに指さしながら騒いでいた。そんな中、私は正門前へと着陸した私に気がついた馴染みの衛兵がすぐに駆け寄ってくる。


「シエルか? お前さん、今度は何を討伐してきたんだ?」
「ドラゴンよ。何度か往復しないといけないから、許可を貰えるかしら?」
「ドラゴン!? ……本当だ、ドラゴンだ!」


近すぎて、彼にはドラゴンの巨大な頭部が何なのか解らなかったみたいだ。そんな彼の叫びで、門の近くに出入りしていた人達がザワリと騒がしくなった。当然ね。ドラゴン自体滅多に見かけることも無いし、ましてそれを討伐してきたんだから。冒険者には尊敬の目で眺められ、商人には物欲しそうに注目される中、私は再び空に上がってギルド前に着地した。突然空から現れた私と大量の素材に驚く冒険者達。一息ついた私の下に、中に駆け込んだ冒険者から連絡を受けたラピスちゃんが飛び出してきた。


「シエル!? これはいったい?」
「見ての通りドラゴンを倒してきたわ。素材の買い取りをギルドに頼みたいの」
「ドラゴン……わかった。すぐに職員を集める」


応援を呼ぶために、中に引き返して行くラピスちゃん。やれやれ、なんとかこれで一段落ね。消耗した魔力を少しでも回復させるため、私は注目を浴びる中、ドラゴンの頭に寄りかかって力を抜いた。


§ § §


真っ昼間の大通りであれだけ派手に登場したら、すぐに私達三人がドラゴンを討伐した噂が広まったみたいだ。ギルドの職員達はもちろん、委託を受けた業者が応援で駆けつけてきて、ギルド前はちょっとした騒ぎになっている。そんな中、受付であるラピスちゃんはソッと私の手を取った。


「ラピスちゃん?」
「お疲れ。後は俺が手伝うから、シエルは道案内だけしてくれれば良いよ。俺なら残りの素材も一回で全部運べるだろうし」
「……良いの?」


ラピスちゃんに手伝って貰えるなら、こんなに楽なことは無い。彼女の飛行魔法は私と比べものにならないぐらい凄いんだし。


「もちろん。ギルドも人が集まってる間に一気に処理を済ませたいらしいから、俺が手伝う事になったんだよ」


そう言う事なら遠慮はいらない。ラピスちゃんに引っ張られながら、私は物凄い早さでノウド村まで戻っていく。風よけと重量軽減の魔法で対策した飛行魔法は快適だ。私が丸一日かけて移動した距離でも、ラピスちゃんならものの一時間程度で十分だ。最速でも二日はかかると思われていた距離だけに、ラピスちゃんを連れて戻ってきた私にカリン達は驚いて駆け寄ってくる。


「シエル! ラピスちゃんも!」
「事情は聞いたよ。素材の回収と帰りの移動は俺に任せてくれ。それにしても……」


笑顔を浮かべたまま、ラピスちゃんは私達一人一人の顔を見る。


「みんな大したもんだね! 凄いよ。物凄く強くなった! これなら十分俺と並んで戦えるよ!」


その言葉に、柄にも無く私の胸に熱いものがこみ上げてくる。初めて出会ってから、この娘の強さに圧倒されて憧れ続けて、必死で努力し続けてきた日々。ただ庇護されるだけの存在だった私達が、本当の意味でようやく彼女に仲間として認められた。もちろんまだまだ彼女の力には遠く及ばないけど、背中を預けられる仲間だと認めて貰えたのは何よりも――ドラゴンを討伐出来たことよりも嬉しいことだった。


「ラピスちゃん……」
「ちょっと、カリンは何泣いてるのよ!」
「だって嬉しくて……」


嬉し泣きするカリンにディエーリアが苦笑している。私もカリンぐらい素直な性格だったら一緒に泣けたんだけど……今は自分の難儀な性格が恨めしい。


ラピスちゃんは流石というか、まだまだ残っているドラゴンの素材を余裕で運んでいる。ディエーリアの精霊魔法と私の補助もあったけど、それでも出発してから二時間と少しでギルドまで戻ってきてしまった。待ってましたとばかりにワッと群がる解体職員達。あの素材はそれぞれ分けられて、後日正式な金額が私達に渡されることになる。流石に小型の魔物と同じように、即日全額払いとはいかないからだ。そして私達三人が手続きのためにギルドに足を踏み入れると、周囲の冒険者から歓声で出迎えられた。


「凄えなあんたら!」
「やったなシエル! カリンも大したもんだ! あと、エルフの嬢ちゃんも!」
「今度一杯おごれよ!」
「うちのギルドからドラゴンスレイヤーの誕生だ!」
「流石勇者に選ばれるだけはあるぜ!」


竜殺しは全ての冒険者の憧れと言っても良い夢の称号。それを成し遂げた私達は彼等のヒーローになったみたいね。顔見知りの冒険者が次々祝福してくれる中、ラピスちゃんとギルドマスターのクリークが見慣れないプレートを持って現れた。


「事情はラピス君から聞いた。三人とも、今回の依頼はドラゴンによる妨害があったために失敗扱いにはしないが、その代わり報酬も支払えない。すまない」


予想はしてたけど、やっぱりそうなるか。まぁ、証拠の一つも無いんだから討伐したと言っても信じて貰えないよね。失敗扱いにならないだけマシと思わないと。申し訳なさそうにするクリークに気にしていないと頷いてみせる。すると彼は気を取り直したように、少し声色を明るくした。


「その代わりと言っては何だが、君達三人のランクアップが決まったよ。おまけにドラゴンスレイヤーの称号も正式に付与させてもらう。これで今日からゴールドランクだ。おめでとう!」
「おめでとう!」


ラピスちゃんの手渡してくれたプレートは、今まで馴染んでいた銀と明らかに材質が違っていた。軽くて頑丈。そして何より美しい。


「これが……ゴールドランクのプレート。そして称号なのね……」


見慣れた自分の情報に加えて、備考欄にはちゃんと竜殺しと書かれている。私はその金色に輝くプレートを胸に押し抱き、自分の成し遂げた偉業を噛みしめていた。巷に溢れているその他大勢の冒険者だった私。それが今や勇者パーティーで竜殺しだなんて……人生って本当に何が起きるか解らない。これから先も色々あるかも知れないけど、私達なら何とかなる――そう思える証しを、こうやって手に入れたんだから。


「……でも、しばらくはゆっくりしたいわね」
「シエル?」


首をかしげるラピスちゃんに私は笑いかける。


「何でもない。それよりラピスちゃん! 祝勝会、付き合ってくれるんでしょ?」
「もちろん! 必ず参加させてもらうよ」
「マリアさんとリーナも一緒にね!」
「そうと決まれば金の麦亭を予約しに行かないと!」
「ルビアスも呼んでくる!」


慌ただしく駆けだしていくカリンやディエーリア。さあ、私も彼女達に任せてばかりいないで、色々準備を始めなきゃ。

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