勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第39話 実年齢

――ソルシエール視点


三百年ぶりにブレイブと再会する。そう思っただけで、私は自分でもよくわからない焦燥に胸を焦がしていた。彼が世界から邪魔者扱いされた時、私は唯一の解決策として彼に新しい体を与えた。姿形が丸ごと変わってしまえば、流石に誰も彼だと気がつかないと思ったから。そうすれば、彼は力を隠して社会の中で生きていける。そんな甘い事を考えていた。


でも私が思っていた以上に彼の心の傷は深かった。新しい体を手に入れたところで、彼は人と関わろうとしなかった。仕方が無い。子供の頃から実際に血反吐を吐きながら自らを必死で鍛え上げ、みんなの期待を一身に背負って戦ったブレイブ。死にかけたことも一度や二度じゃない。親しくなった人や助けてくれた人が倒れていく辛い現実。それすら乗り越えてやっと魔王を倒したと思ったら、彼は裏切られた。自分を犠牲にしてでも助けようとした全ての人に、お前は生きているだけで邪魔なんだと悪意を突きつけられたのだから。


そこまで傷ついているのなら、そこまで他人が怖いなら、誰にも見つからない居場所を作ってしまえば良い。仲間を蔑ろにする国の仕事にさっさと見切りをつけ、私はすぐに行動を開始した。人の目を避けることができ、人の侵入を阻む結界魔法の開発に十年かかった。魔境と人間界の境目に小さな土地を切り開き、少しずつ各地を回って協力者を集めるのに更に十年。街の体裁を整えるのにその後十年かかって、計画を完遂するのに三十年の月日がかかってしまった。


これでようやく彼を迎えに行ける――そう思って彼の住んでいた農村を訪ねた時、すでにそこはもぬけの殻だった。力が抜けたわ。私の読みなら、何だかんだいいつつも彼は人里の近くに住んでいるとばかり思っていたのに。必死で探してみたけど、彼は一切の痕跡を残さずに姿を消していた。まるでそんな人間は最初から居なかったみたいに。


失意の中でも私は希望を捨てなかった。彼は自ら命を絶つほど弱くない。生きている限り必ず再会できる日が来るって。百年が経ち、二百年が経ち、私が作った街の世代交代が何回も行われた頃、私はようやく彼の手がかりになる情報を手に入れる事が出来た。


ここからそう遠くない場所にあるボルドール王国と言う新しい国の中に、スーフォアと言う名前の街がある。最近その街にリッチ率いる魔物の群れが襲撃を仕掛けて、一人の少女によって蹴散らされたと言う情報が手に入った。私が彼とパーティーを組んでいた時なら、単独でリッチを倒せる猛者は何人も居た。でもそれはあくまでも一対一という前提であって、魔物の群れも纏めて殲滅できると言うわけじゃない。同じ事をやろうと思ったら、広域魔法を得意とする魔法使いが何人か必要になったはずだ。なのにその娘はたった一人で殲滅したらしい。私なら同じ事が出来る。遠距離から大魔法をぶっ放して、ダンジョンごと地上から消滅させてお終いだ。それと似たようなことが出来る人が、戦士達の力が弱体化したこの時代に居るはずがないと思った。たった一人、彼を除いては。


「やっと見つけた……! ブレイブ!」


すぐに飛んでいきたい所だったけど、長らく隠遁生活をしていた彼が何の目的で戻ってきたのか、私はそれが知りたかった。ただの気まぐれだったら、私と顔を合わせた途端にまた姿を眩ませるかもしれない。そうでないなら、やっと築いた人間関係を壊すようなことをしたくない。要するに、私は怖かったんだ。下手に接触して彼が消えるのが。


それから私は慎重に情報を集めていった。彼が今どんな所に住んで、どんな仕事をしているのか。誰と友達になって、誰と仲が良くないのか。国から厄介な仕事を押し付けられていないのか。また立場を悪くするような事件は起きていないのかを。揺らぎはあるけど概ね平穏な生活を送っていると解った時、私はただホッと胸をなで下ろしていた。


このまま彼が幸せに生活を送れるなら、私は手を出さないつもりでいた。でも世界がそれを許さない。魔王の復活――それも複数という異常な事態が起きている状況で、彼が俗世と一切無関係でいられるなんて思わなかったからだ。


だから私は彼を呼んだ。何も知らない振りをして、あんたなんか忘れていたと言わんばかりの態度で。素直で騙されやすい性格だったから、彼は私の嘘にも気づいていないみたいだったけど、ようやく伝えることが出来た。あなたの居場所を作ったんだよって。


「ねえ……ブレイブ。いつか、あなたがかつてのように邪魔者扱いされる時が来たら、必ず私の所にいらっしゃい。今度こそ、安住できる居場所を作ってあげるから」


去って行く彼等の背を見送りながら、私はポツリと呟いた。


§ § §


「ねぇラピスちゃん。ラピスちゃんとソルシエール様って、どんな関係なの?」


彼女の作った街を後にした俺達は、再び飛行魔法を使ってスーフォアの街を目指していた。
そんな中、カリンがそんな質問をぶつけてくる。シエルやラブルスカ達なら遠慮しがちな事でも、カリンは結構平気な顔をして聞いてくる。この辺は性格の差かな。


「俺とあいつの関係か……」


まさか正直に全部話すわけにもいかない。せっかくソルシエールが誤魔化しに付き合ってくれたのに、自分でバラしてしまっては意味が無くなる。どうしたもんかと悩んだ挙げ句、俺は無難な答えを返すことにした。


「……ただの古い知り合いだよ。あいつとは昔色々あってね。一緒に戦った事もあるんだ」
「へえ~。やっぱりラピスちゃんぐらい強かったら、ソルシエール様と一緒に戦えるんだね。あれ? でもソルシエール様が戦ってたのって、勇者様が頑張ってた頃だよね?」
「!」


しまった! いくらなんでも迂闊すぎた。あんまり考えることが得意じゃないカリンにこんな鋭いツッコミを入れられるなんて予想外だ。どうしよう? どうやって誤魔化せば良い? 無言でダラダラと汗を垂らす俺を見かねたのか、困った顔でシエルが助け船を出してくれた。


「ラピスちゃん。無理しなくて良いわ。あなたが物凄く長生きしているってのは出会った時から予想できてたから」
「え!?」


驚く俺を呆れ気味に見るシエル。俺の嘘ってそんなにわかりやすいの?


「色々とボロを出してた自覚ある? 最近の地図を見て様変わりしたとか言うし、とっくに廃れた魔法を現役で使いこなしてるし。何より大昔に姿を消したソルシエール様と知り合いって時点で不自然すぎるわよ」
「…………」


言われてみればそうかも知れない。初めて会った時はともかく、ソルシエールと顔見知りってのは決定的だよな。相変わらず俺は嘘が下手だ。自分でも呆れてしまう。


「だから私は、ラピスちゃんの事を見た目通りの歳じゃないと思ってるわ。違う?」


みんなの注目が集まる。……仕方ない。今更誤魔化しきれないし、俺の歳ぐらいはバラしても良いか。おほんとわざとらしく咳をしてから、俺は勿体ぶって話し出す。


「じゃあ言うけど……。シエルの言うとおり、俺は見た目通りの歳じゃない」
「やっぱり……。本当はいくつなの?」
「正確な数は数えてないけど、少なくても三百は超えてるよ」
「さ、三百!?」
「それって、前の魔王が居た頃!?」
「予想通りね……」
「異常な強さの理由がわかったような気がする……」


長命種でもない俺達人間は、本来三百年どころか百年も生きれば長生きだ。みんなが驚くのも当然だと思う。


「どうやってそんなに長生きを……。しかも歳を取ってないし。まさかラピスちゃんやソルシエール様は、人間とは別の種族なの?」
「いや違うよ。俺達はれっきとした人間だ。詳しいことは解らないけど、俺の予想だと、たぶん魔力が関係しているんだと思う」


俺達みたいなのが昔の時代に居なかったのかと問われれば、数は少ないが存在したと答えられる。そんな連中に共通しているのはただ一つ、魔法使いだと言うことだ。人格者も居れば魔法以外まったく興味のない奴も居て、どいつもこいつも性格も外見も性別もバラバラだったけど、全員が人並み外れた魔力の持ち主だった。ソルシエールに聞けばもっと詳しい答えが返ってくるかも知れないけど、たぶん、老化と魔力量は密接な関係にあるらしい。


「単純に魔力を多く持つ者だけが老化を遅らせることが出来るのか、それとも魔力をコントロールする術に長けていると自然とそうなるのかはわからない。でも、大きく関係しているのだけは確かだよ」
「そっか~。じゃあ訓練次第じゃ、寿命を大幅に伸ばすことも出来そうだね」
「良いことを聞いたわ。もっともっと修行して、私も出来るか試してみないと」


この中で唯一の魔法使いであるシエルはやる気になっている。長生きか……。まぁ、短いより長い方が良いんだろうけど、不毛な人生を送ってきた俺としては、あまりオススメする気は無い。人それぞれだから止めたりはしないけどね。


寿命談義に花を咲かせる彼女達。いつの間にか俺に対する追求が止んでいたので助かった。このまま色々と突っ込まれ続けたら、俺の正体までばれそうだったし。内心ホッとしながら、俺達はスーフォアの街へと帰還した。


§ § §


魔王が複数存在する――その衝撃的な情報は領主であるグロム様から国王陛下に伝わって、あっという間に国中に広まった。当然情報の出所を聞かれたけど、俺は正直にソルシエールから聞いたと伝えた。もちろんすぐに信じて貰えたわけじゃない。どうやって伝説上の人物と知り合ったのか、どこに彼女が住んでいるのか、彼女は手助けしてくれないのかと根掘り葉掘り質問されたけど、意外な方法で乗り切る事が出来た。


この国には――いや、この世界には、悪人を裁く時に裁判という制度がある。被害者と加害者、そして目撃者を一堂に集め、嘘のつけない状況で真実を解き明かす制度だ。そこには真実の剣という国家の管理する道具があって、その剣を手に持った者は物理的に嘘がつけなくなる。証言台に立った者は剣を手に取り、質問に正直に答えなければならない。でないと手に持った剣が勝手に動き出し、自分を切りつけようとするからだ。もちろん希少な道具だから、あちこちの裁判所にあるわけじゃなく、王都や他の大きな街に何本かあるだけだ。そんな道具だけあって、それを手に持った俺の証言は疑われることなく信じて貰えた。


中には関係の無い質問が飛んできたこともあったけど、それには沈黙で返せば良いだけだ。真実の剣は嘘をついた時だけ動くので、沈黙に対しては効果が無い。万能に見えても道具なんてそんなものだから。


俺が国王陛下をはじめ、名だたる貴族達からされた質問多いけど、答えたのは以下の二つ。魔王が複数現れたと言う情報が本当か。ソルシエールを名乗る人物は間違いなく伝説上の人物なのか。それだけだ。都合の悪いことを全て沈黙で返すのもどうかと思ったので、真実味を持たせるために俺の実年齢だけは明かすことにした。真実の剣を持った俺が、実は三百歳を超えていますと言い出した時の貴族連中の顔と言ったら、なかなかの見物だったな。


騒然とする貴族達。顔を青くしたり赤くしたり大変な有様だったけど、与えられた情報があまりにも衝撃的すぎたために、俺に対する追求どころじゃなくなったのは皮肉な状況だったろう。


「全ての国に情報が広まると、また大騒ぎになりそうだね」
「うん。でも、騒いだところで魔王が消えて無くなるわけじゃないしね。俺達は俺達の出来る事を精一杯やれば良いよ。とりあえず、カリンとシエル、ルビアスの三人には、今まで以上の厳しい訓練を課すから覚悟しといてね」
「覚悟はしてるけど、お手柔らかに頼むわね……」


単独ならまだしも、魔王が複数存在するのなら、俺ものんびりしていられない。人間側の戦力を底上げするために、受け持った生徒達をより一層強くしなければ。

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