勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第34話 後悔

――フレア視点


私の名前はフレア。リュミエール神を祭るリュミエール教を国教とする、リュミエルの勇者です。孤児の私は神殿のお世話になりつつ、幼い頃から日々色々な面を鍛え続けていました。体力や魔力はもちろん、神と少しでも近づくために積極的に神事に参加したり、徳を積むために困っている人達を積極的に手助けしたりしてきました。その甲斐あってか、私はリュミエール教の最精鋭であるリュミエル神聖騎士団の一人に抜擢されたのです。


神聖騎士団のお仕事は神官のものと違い、普通の騎士団では対処出来ないような魔物の討伐や、国内で行われる儀式への参加、外交の場での護衛任務など、どちらかと言えば見栄えを気にするようなお仕事ばかりでした。治安維持活動を主とする普通の騎士団より収入も多く、白で統一された装備は格好良いので、神聖騎士団はみんなから大人気です。でも私は、だんだんそんな仕事に不満を感じるようになっていきました。もっと直接人とふれあいたい。困っている人達を助けたい。幼い頃の私のように、餓えで苦しむ明日をも知れぬ命を救いたい。でも、神聖騎士団に所属している限り、そんな機会は絶対に巡ってこないと解っていました。そこに降って湧いたような勇者選抜試験の話。私はすぐに飛びついたのです。勇者になれば沢山の人達を救えるようになれる。誰に命令されなくても、目の前に居る人を助けられる。勇者というのは、私の理想を体現するのにこれ以上無い肩書きなのですから。


勿論試験を受けたのは私だけじゃありません。国内の人間であれば、自薦他薦を問わずに応募できたために、参加者は膨大な数になっていきました。それでも最初の筆記試験で読み書きの苦手な人達が大勢脱落し、次の実技試験で更に多くの人達が脱落したのです。幸い私は生まれつき人より多くの魔力を持ち、神殿勤めで得た神のご加護もあって、実技じゃ誰にも負けませんでした。リュミエール神の加護はとても素晴らしく、私に様々な能力を授けてくださいました。体だけでなく、心も強くなった私は実技試験を突破して、晴れて勇者になったのです。筆記は多少苦労しましたけど……。


勇者になった私は、国内の色々なところに足を運んで出来る限りの手助けをしてきました。それと同時に腕を磨き、いつか戦う魔王との戦いに備えていったのです。そんなある日のこと、私は国王様からの命令で、隣国のレブル帝国に足を運ぶことになりました。レブル帝国は最近急速に軍事力を拡大させていて、隣国に攻め入るつもりだとか、魔王と結託しているとか、人を攫って人体実験をしているとか、よくない噂がいくつもある国です。魔王に備えるためなら何も問題ないのですが、周囲の国へ侵攻するつもりなら他人事で済むはずがないので、国王様は私に勇者の立場を利用して、レブル帝国の内情を調査するようお命じになられたのです。


実際に訪れてみたレブル帝国は、何とも言えない雰囲気の国でした。住民の皆さんの顔には元気が無く、何だか覇気がありません。あまり商人が行き来していないのか、店に並ぶ商品も数が少なく割高です。街を行き交う人の半分近くを兵士が占めているので、働き手があまりいないのでしょう。軍隊なんて消耗するだけの組織なんですから、それを増やせば国の活力がなくなるのは当然だと思いました。


色々な式典の後に起こった勇者同士の模擬戦。招待したお客様を挑発して戦うように仕向けるなんて、国としての品位を問われるような真似をする帝国に、私は心底呆れました。帝国には相手を思いやる気持ちや礼儀というものが存在しないのでしょうか? 勇者として断れない立場にあるルビアス様には同情してしまいます。


戦いはルビアス様が優勢に進めていました。勇者と呼ばれるには少し物足りない感じはしましたが、彼女は王族と言うこともあり、あまり実戦を経験する機会が無かったとのこと。これから魔物との戦いを何度も行う事で、今よりずっと強くなると感じます。話してみた感じ、少しぶっきらぼうでも誠実で、誰にでも平等に接する事の出来る、非常に好感も持てる方ですし。


バルバロス殿との実力差は明白。そのままルビアス様の勝利で終わるはずの戦いは、突然変化したバルバロス殿の術によって急展開を迎えました。全身の筋肉を膨張させ、髪や目の色を変化させる術なんて聞いたことがありません。生理的に感じる気持ち悪さに顔を歪めていたら、私に一つの天啓が下りました。その術に気をつけよ――と。ごく稀に、私にはリュミエール神から天啓が下ることがありますが、そのほとんどは危険を回避するためのものでした。と言う事は、あの術は正当な神の加護を受けない邪悪なもの。まともな人間が使ってはいけないものです。


変化してからのバルバロス殿は――強いの一言でした。長年厳しい訓練を積んできた私ですが、今の彼と戦っても勝てる気がしません。隣に居るバンディット殿も同じ思いなのか、少し顔が青ざめていたようです。圧倒的な能力差で形勢は逆転し、ルビアス様は嬲り殺しにされる寸前まで追い詰められました。とどめを刺そうとするバルバロス殿を止めようと、私とバンディット殿が飛び出しかけたその時、助けに飛び込んだのがラピスさんでした。


まさに目にもとまらない速さ。いったいいつの間に現れたのか、まるで何も無い空間から突然湧き出てきたように、気がついたらその場に居たのです。彼女とは数日前に城で顔を会わせていたのですが、その時はただ可愛いという印象が先行して、それほど強い人だとは思いませんでした。それなのに、彼女はあの強化されたバルバロス殿を文字通り圧倒したのです。勝負にすらなっていません。いったいどれほど厳しい訓練を続ければ、あれだけの強さを手に入れられるのでしょうか? 彼女の強さは現時点で、私は勿論隣に居るバンディット殿やアネーロ殿、そしてルビアス様すら遠く及ばないものでしょう。


彼女のような人が居るのなら、魔王討伐の大きな力になってくれるはずです。この国に来て唯一の収穫は、彼女と知り合いになれたことでしょう。


§ § §


波乱のあった模擬戦の翌日、私は先日の約束通り、ラピスさんとお茶をする機会に恵まれました。この国にはお茶だけを楽しむお店がほとんどないみたいなので、私達は軽食を扱っているお店に午前中からお邪魔します。お茶を二つ頼むと、時間を置くこと無くすぐに注文の品が出てきました。お客さんが少ないので暇なのでしょう。私は対面に腰掛けたラピスさんを改めて観察してみましたが、本当に可愛い人だと思いました。黙って座っているだけで多くの男性が虜になるような美貌。耳に優しい声を聞いているだけで、なぜか安心してきます。


でもそんな彼女は今、目に見えて落ち込んでいました。昨日の戦いで私の魔法によって正気を取り戻したラピスさんは、それ以来ずっとこんな調子のようです。


「どうされたんですか? 良かったら相談に乗りますよ」


そう言うと、彼女は言いにくそうに話し始めました。


「その……自分の短気さがちょっと嫌になって。いくら仲間がやられているからって、あんな場所でいたぶるような真似をするのは異常ですよね。怒りにまかせて相手を嬲るなら、やってる事はバルバロスと大差ないかなって……」


ラピスさんはまるで懺悔するかのように頭を垂れます。その姿がまるで教会に助けを求めてやって来た信者とダブって見え、私は思わず神に祈りました。この人の心を立ち直らせて見せますと。


「そうでしょうか? ラピスさんは、ルビアス様を助けるために行動したのですよね? それは恥じるどころか、褒められる行為だと思いますけど?」
「でも……俺……じゃない。私は昔からそうなんです。自分じゃ冷静なつもりでも、結局力で揉め事を解決している方が多い。そして気がついたら必要以上の暴力を振るっている。私の本性はただの乱暴者なんじゃないかって……」


良い香りの漂わせるカップを手に取り、少しだけお茶で喉を潤してから、私は口を開きました。


「ラピスさん。貴女が行動した動機を思い出してみてください。それは全部、私利私欲で行ったものですか? 自分の利益のために暴力を振るって他者を傷つけるなら、確かに貴女はご自身で言うように、ただの乱暴者でしょう。でも、貴女は誰かを助けるため、または悪意を撥ね除けるために力を振るってきたのではないですか?」
「…………」
「人助けのためや、自己の権利を守るために振るわれた力なら、暴力ではないと私は考えます。これは信じる神や身分に関係無く、人間普遍の真理だと思いますよ。でなければ、この世は悪が好き放題する地獄のようになってたでしょうから」


孤児だったからこそわかります。この世がどれだけ理不尽か。恵まれない人や力の無い人は、ただ利用されて捨てられるだけ。他者を利用し、他者から奪うことを何とも思わない輩とは話し合いなど成立しません。力には力で対抗するしかないのです。だからこそ私は、誰よりも強くなろうと努力を続けてきたのですから。


「だから私は力を振るうことを否定したりしません。力なき正義は無力でしかない。指をくわえて悪の横暴を見逃すぐらいなら、他者に批判されようと力を持って対抗するべきです」
「フレアさん……」


リュミエール神を国教とするリュミエルの勇者である私の言葉に、ラピスさんは驚いているようでした。内勤勤めしかした事のない神殿関係者が今の話を聞けば、驚いて私を罵倒したかも知れません。彼等は神の名の下に正しい行いを説けば、人は必ず改心すると信じ切っていますから。


「貴女は乱暴者なんかじゃありませんよ。だって力を振るう相手は明確な悪に対してだけだから。それにバルバロス殿の術はリュミエール神も警戒なさっておいででした。きっと貴女の行為をお許しになるでしょう」
「……神様が保証してくれるなら心強いですね」
「そうでしょう? こんな時は自分が神官でよかったと思います」


冗談めかしてそう言うと、ラピスさんが少し笑ってくれました。よかった。やっと彼女が本来もっている明るさや活発さが戻ってきたみたいです。可愛い女性にはいつも微笑んでいてもらわないと、勿体ないですからね。


「さあ、ラピスさん。悩みが解決したのならお茶を楽しみましょう? せっかくの機会なんですから」
「そうですね……。じゃあ追加でお菓子も頼みましょうか。色々聞きたい話もありますし」
「私もですよ。ラピスさんの強さの秘密、直接本人から聞いてみたかったですし」


お客さんの少ない店の隅っこで、私とラピスさんの笑い声が響きます。国王陛下への報告は、新しく出来た友人とのお茶会が終わるまで待っていただきましょう。今はこちらの方が大事ですから。

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