勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第25話 盗賊の手先

訓練所の生徒達にルビアスを紹介すると、彼等は快く彼女を受け入れてくれた。もちろん王族と知ったらよからぬ事を考える輩がいないとも限らないので、彼女は王族ではなく、グロム様の親戚という扱いになっている。王族なら命懸けで誘拐しても見返りは得られるだろうけど、グロム様は伯爵だし、ルビアス自身もある程度は戦える。こう言ってはなんだが、命を賭けて誘拐するのは割に合わない相手だと思う。それに、この街の領主の身内に下手にちょっかいをかけたりすると、ギルドからも訓練所からもあっさり追放されてしまうだろうし。


ルビアスの腕前は、王都から帰ってくる途中の稽古である程度は把握している。ここの生徒の基準からすると、初級は楽にクリア出来るけど、中級ではついて行くのがやっと……ぐらいだろう。なので彼女が最初にやることは体力作りからだ。装備を身に着けさせた後、他の生徒と同じように高重力下に置き、ゴーレムと無理矢理戦わせてみた。


これで心が折れるなら勇者に対する彼女の熱意などその程度のものなのだろう――と、少し彼女をテストするつもりで訓練を始めたのだけど、ルビアスは予想以上の頑張りを見せてくれた。


「ほら立て! また来るぞ!」
「無理だ……もう立てない……」
「立てる! お前ならやれる! 強くなりたいんだろう!? この程度で音を上げてどうするんだ!」


驚いたことに、彼女は一度も弱音を吐くこともなく訓練を続行している。しかも挫折しかけている他の訓練生を励ましながら。戦闘が始まった時からルビアスは元気だった。思うように体が動かず、歩くだけでも辛い環境に居るはずなのに、自分目がけて振り下ろされるゴーレムの拳に剣を叩きつけていた。


当然攻撃をまともに食らった彼女はぶっ飛ばされ、顔面から激しく流血しながら地面を転がった。顔は腫れ上がり、歯も何本か折れ、手足の骨にヒビぐらい入っていただろう。普通の訓練生ならそのまま気絶して終わり、俺はいつものように回復させて戦いの中へ放り込むだけだ。しかし彼女は違った。気を失っていなかった。苦痛に顔を歪めながら自分の手足で立ち上がった彼女は、剣を拾い上げると雄叫びを上げながらゴーレムに向かっていった。当然再びぶっ飛ばされ、今度こそ本当に気絶してしまったけれど。


気絶したままのルビアスを回復させながら、俺は驚きを隠せなかった。王女として生活していた彼女は、恐らく大きな怪我をしたのも今回が初めてのはずだ。いくら訓練で模擬試合を経験していても、王女に大怪我をさせる馬鹿はいないだろうから。にも拘わらず、彼女は苦痛にのたうち回ることもなく、剣を取って立ち上がった。戦闘の高揚感でハイになったのを差し引いても、それは得がたい資質だと思う。


初日だけでルビアスが気絶した回数は実に二十回以上。他の訓練生の倍近い回数だ。しかしそれは彼女が他より劣っているからではなく、常に最前線に立って他の訓練生の盾になろうとした結果だ。てっきり今回の勇者候補の話はお姫様の我が儘か道楽だと思っていたのに、どうも思い過ごしだったらしい。彼女は真剣だ。本気で勇者になろうとしている。実際になれるかどうかはともかく、やる気だけは間違いなくある。


「ありがとうございました!」


深々と頭を下げ城へと戻っていく彼女を見送りながら、俺は次に彼女をどう鍛えるべきか、頭の中でシミュレーションするまでになっていた。


翌日、俺は受け付け業務のために訓練所はお休みだ。そうと知らないルビアスが朝一で訓練所に突撃していたようだけど、見事空振りに終わってしまった。しかしそこで腐らないのが彼女の長所だ。ルビアスは俺以外の教官からも何か得るものは無いかと真剣に講義を聴き、実技訓練を繰り返し行っていたという。休憩がてら様子を見に行ったところ、同僚である教官の一人からそう聞かされたので間違いない。


「やる気だけなら一番ありますね。実力的にはシルバーの域に留まっていますが。将来が楽しみな生徒ですよ」
「そうですね……」


優秀な教え子の登場に喜ぶ同僚。うん。この調子でいくのなら、ルビアスはすぐ上級コースまで上がれるはずだ。そしてその先――カリンとシエルの二人と組んでの実戦も、あまり時間をかけずにいけるようになると思う。


「このやる気が維持できたらの話だけど」


最初に胸に抱いた熱意を、最後まで持ち続けられる人間など滅多に居ない。自分が強くなっている実感が得られる間は大丈夫だ。でも伸びが衰えてきた時、そろそろ自分の限界が見え始めた時にこそ、その人の本質が試されると思っている。才能の限界と言う壁をぶち破って一段高いところに上れるかどうかは、これからのルビアス次第だろう。


§ § §


ルビアスの訓練が始まって間もない頃、俺が受付業務をしていると、一人の男がフラリとカウンターに近寄ってきた。男は深くフードを被り、腰には剣を、そして背中には荷物袋を背負っている。靴には乾いた土が貼り付いていて、長い時間をかけてここまでやって来たのが見て取れた。フードの奥から見え隠れする瞳からは、疲れてはいるものの強い意志を感じる。


「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」


どんな容姿や雰囲気をしていようとも客は客。いつもの営業スマイルを浮かべながらそう尋ねると、男は暗く、恨みの籠もった声でこう呟いた。


「……人を殺したい。依頼出来るか?」
「…………」


滅多に居ないけど、たまにこう言う依頼を出したがる人間はやって来る。ギルドを――と言うより、冒険者を暗殺者か何かと勘違いしているんだ。世間一般の認識では、冒険者は金さえ払えば何だってすると思われがちだけど、もちろんそこまで無法な存在じゃない。冒険者が人を殺すのは、護衛の依頼で雇い主を守る時や、襲われた時の正当防衛、そして生死問わずの条件が出た賞金首を殺す時ぐらいだ。もちろん護衛の依頼の場合、依頼主が犯罪者ではないか、悪事の片棒を担がせようとしていないかを徹底的に調べられる。つまり、冒険者だろうと一般人だろうと、依頼を出したからと言って人を殺せるはずなど無いのだ。


「申し訳ありませんが、殺人の依頼をお受けすることは出来ません。ここは暗殺者ギルドではありませんので」
「……金ならいくらでも払う」
「そう言う事じゃないんです。殺人の依頼そのものをお受けすることが――」
「何でだ!!」


いきなり叫んだ男にギルド中の視線が集まる。何事かと戸惑う者達がほとんどだけど、中にはちょうど良い娯楽を見つけたと瞳を輝かせる者や、心配そうにこちらを見る者も何人か居るようだ。助けに来ないのは男にビビっているからではなく、単に俺の強さを知っているからだろう。


男は殺気すら纏わせて俺を睨み付けている。当然そんな視線程度で揺らぐはずもなく、逆になぜこの男がそんな事を言い出すのか観察する余裕すらあった。


薬物か何かに依存して妄想に囚われ、居もしない誰かを殺そうとしているようには見えない。この男の体臭からは麻薬常習者特有の臭いがしないから、薬の線はない。正気を保っているようだから愉快犯と言うわけでも無さそうだ。では次――単に誰かを激しく恨んでいる相手が居て、それが自分ではどうしようもないぐらい強い場合。これが一番可能性が高いと思う。本当なら男が何を言おうとつまみ出して終わりだけど、男の様子が妙に気になった俺は話を聞く気になっていた。


「何か事情がおありなんですね。依頼を受ける確約は出来ませんが、話を聞くぐらいは出来ますよ。どうします?」
「……わかった。話だけでも聞いてくれ」


別室に移った後、男は少し落ち着いたようだった。しかし心の内で燻っている炎が消えたわけではないので、相変わらず目つきは危ないままだったけど。


男の名はセロー。生まれも育ちもこのボルドール王国の人間で、現在はスーフォアの街から少し離れた村に住んでいるそうだ。特に名物や観光名所などもない平凡な村に生まれ育った彼は、変化のない生活に飽き飽きし、一念発起して街で商売人になろうとしたらしい。細々と働いて必死に貯めた貯金を手に。と言っても特に当てがあるわけでも無いので、彼の就職活動は、もっぱら軒を連ねる商会に手当たり次第声をかけただけだった。自分を雇って欲しいと。


当然誰かの紹介があるわけでも無いので断られる。基本的に商会に勤めている人間は、子供の頃から丁稚として雇い入れられ、礼儀作法や商売の心得をみっちりと叩き込まれる、たたき上げの人間ばかりだ。そうで無い場合は他の商会から移ってきたりだとか、行商人を雇い入れたりとか、商売の経験がある者を雇うだけなので、商売人として何の経験も無いセローを雇い入れる商会など、最初から存在しなかった。


しかしそこに一組の男女が現れる。彼等は酒場で管を巻くセローに近づくと、こうささやいたらしい。一緒に商売をしないか――と。よく言えば純朴。悪く言えば世間知らずのセローであっても、流石に初対面の人間を信用して、自分の大事な金を預けるような真似はしない。そんな彼を解きほぐそうと、男女は様々な手で彼を懐柔しようとした。酒、料理、博打。村では縁の無かった様々な娯楽に、次第にセローは浮かれていった。そしてとどめに女だ。そう、二人組の片割れ――女の方が、セローに言い寄り始めたのだ。


年寄りと子供ばかりの故郷の村で若い女は引く手数多で、モタモタしているとあっという間に誰かの嫁に収まってしまう。セローもご多分に漏れず、モタモタして婚期を逃した口だったため、女に口説かれた彼は簡単に舞い上がってしまった。男には内緒でと言いつつ宿の一室を取り、いざ行為に及ぼうとしたところふと気が遠くなり、気がついたら朝になっていたらしい。


何が何だか解らないセローは、行為が始まる直前、女に酒を飲まされた事を思い出した。景気づけと言いつつ進められた一杯の酒。それを飲んだ後の記憶がまるで無かったのだ。慌てたセローが財布を捜してみても後の祭り。宿の部屋には女の代わりに、綺麗に空になったボロボロの財布だけが残されていたという。


「何とかしてあいつ等を見つけて、殺してやらないと気が済まない! 何か方法はないのか!?」
「うーん……」


一筋の汗を垂らしながら、俺は唸ることしか出来なかった。何と言うか、突っ込みどころが多すぎて言葉が出ない。都会に憧れて村から出るのは解らないでもないけど、いきなり商人を目指すのが理解出来ない。自分で商売を始めたいなら、商人ギルドで簡単な仕事を紹介してもらうとか、行商人から始めて地道に販路を拡大していくものじゃないのか? それに酒場で近づいてくる奴なんて、大抵ろくでもない奴と相場が決まっている。半分以上が酔っ払いで、後は小悪党が大半だ。見知らぬ人と仲良く飲もうなんて気の良い奴は、滅多に居ないはずだ。だからこの街の酒場では、一人で泥酔する人間は少ない。気を抜いたら財布をスられたり、身ぐるみを剥がされる場合があるからだ。酒を飲むなら信頼できる人間と。それが無理なら酒量を控える。この街に限らず、最低限の自衛手段だろう。


こう言っちゃなんだけど、今回の件はセローが油断さえしなければ、そのほとんどを回避できた災難だと思う。田舎暮らししか知らない彼には酷だと解っていても、そうとしか言いようが無い。もっとも、別に彼が悪いことをしたわけじゃ無いので自業自得とは言えないけれど。気の毒だなとは思う。しかし、それで相手を殺そうとまで思うかな? 金を取り戻したいとか、ぶちのめしたいとかが先じゃないか?


「……事情はわかりました」
「なら依頼を出してくれるんだな!?」


何故そうなるんだ。期待に満ちて勢いよく身を乗り出すセローを、俺は片手で押しとどめる。


「何度も言いますが殺人の依頼は受けられません。衛兵に訴えたりはしなかったんですか?」
「とっくに言ったさ! しかし奴等、一応探してみるが、あまり期待するなと言いやがったんだ! とっくに街から逃げてる可能性が高いとか言って!」


まぁそうだろうな。盗人が盗みを働いた街にいつまでも滞在してるとは思えない。俺が彼等の立場でもとっとと逃げ出すだろうし。


「じゃあこうしたらどうでしょう? 冒険者に探してもらうんです。人殺しの依頼は受けられなくても、盗人を捜す依頼なら受けられますし」
「……しかし、見つかる保証はないんだろう?」
「このまま何もしないよりは可能性がありますよ。万が一見つからなくても損をするのは手付金だけですし。どうしますか?」


セローは懐から財布を取り出し眉を顰める。大金を盗まれたばかりだし、懐事情が厳しいのかも知れない。ちなみに彼は金を盗まれた後、村に戻って金をかき集めてきたんだとか。


「……依頼する。何とかしてあいつ等を見つけて、俺自身の手で殺してやる」
「……はい。それじゃあ、その人達の特徴を教えてください」


冷たいようだけど、目的の人物を見つけた後、セローとその男女がどんな結末を迎えようとギルドの関知する所じゃない。冒険者ギルドは正義の味方ではないし、慈善団体でもないからだ。俺は彼に同情しそうになる心を自制し、淡々と彼の言う男女の特徴を書き記していく。しかしその内容を書いていくにつれ、俺は自分の眉間に皺が寄っていくのを自覚していた。


「どうした?」
「ちょっと待ってくださいね。……これって」


セローの言う男女の特徴には見覚えがある。と言うか、ここ最近他のギルドから回ってきた、ある依頼対象にそっくりなのだ。俺はセローをその場に残して受付に戻ると、まだ張り出していない依頼書を取りだした。何枚かある依頼書をつぶさに眺め、目的の依頼書を探し当てる。


「あった。これだ」


それは盗賊の討伐依頼だった。最近スーフォアの街と隣町の中間ぐらいに盗賊団が出没すると言う情報があった。その盗賊団は神出鬼没で、討伐しようと準備を始めると、さっさと姿を消してしまうらしい。あまりにも良いタイミングで消えることから、ギルドや領主様達は内通者の存在を疑っていた。


と言っても騎士や兵士が盗賊団の仲間になるとは考えにくい。下手をうたなければ彼等は一生安泰な職に就いているし、一時的に盗賊団のおこぼれをもらったところで割に合わないはずだ。となると、盗賊団は仲間を街に潜伏させ、情報収集をしている可能性が高い。実はその可能性の高い人物の身柄を確保しようとした時、すんでの所で逃げられたと他のギルドから連絡があった。その男女の特徴こそ、セローの言う盗人と合致している。恐らくその男女は盗賊団の一味で、街から逃げ出すついでにセローから金を奪ったに違いない。


相手が盗賊で討伐依頼が出ているなら何の問題も無い。セローの望み通り、そいつらを殺しても罪に問われることはなくなった。俺は急いでセローの所に戻ると、早速事情を説明した。


「ほ、本当か!? 本当に奴等を殺せるのか!?」
「一応捕縛命令は出ていますけど、生死は問わないとなっているので、戦闘の結果殺される可能性は高いですね。ただ――」


喜ぶセローに事実を告げなければならない。それが受付嬢の仕事だから。


「討伐にあなたを連れて行く事は出来ません。戦闘の経験者でもない人を連れて危険な依頼を受けるパーティーは居ないでしょうし、それに、その男女の姿を見た途端先走る可能性があるので、二重の意味であなたは参加できません」
「何故だ! この手で殺さないと気が済まないのに!」
「何故と言われても困ります。この情報を与えることすら本当なら駄目なんですよ? あなたが気の毒だから特別に話しているだけです」
「…………」


納得いかずに憮然とした表情のセロー。気持ちはわかるけど、こればっかりは仕方が無い。護衛対象ならともかく、血の気の多い素人などを連れていたら、それだけでパーティーが全滅する危険性もあるからだ。仮にセローが人質にでも取られようものなら、冒険者は何も出来なくなってしまう。


「あなたを連れて行くことは出来ませんが、せめて依頼が成功したのかどうかだけはお知らせします。特にその男女の事はね」


ギルドとしてはこれが限界。この依頼自体は領主様が出したものだし、彼は無関係な人間なのだから、本来情報を知る立場には居ない。それでも結果だけは知らせると言うのだから、破格の好待遇と言っても良い扱いだ。


「……わかった。それで良い。失敗しても成功しても、何か解ったら教えてくれ」
「はい。では数日おきにギルドを尋ねてください。何か変化があったらお知らせします」
「頼む」


ギルドを去って行くセローを見送りながら、俺は硬くなっていた肩をぐるぐると回し、ホッと息を吐いた。


「やれやれ。色んな人間が居るんだな。良い勉強になった。それにしてもこの依頼――使えそうだな」


俺は依頼書を眺めつつ、ちょうどルビアスの事を思い浮かべていた。魔物と戦うのは当然として、彼女には一度、人間相手に実戦経験を積ませたいと思っていたところだ。今回の盗賊団は少数だし、彼女の練習相手にちょうど良いんじゃないだろうか? カリンとシエルの二人についていってもらえば大丈夫だろうし。


よし、善は急げだ。早速帰って二人に相談してみよう。

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