勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第24話 王女とメイド

「ラピス殿。いや、師匠。これからよろしくお願いする」
「そう言うわけなんでラピス君。君にはルビアス王女を勇者候補として鍛えてもらうことになった。訓練を続ける間は身分を気にしなくて良いと王命を頂いているので、他の生徒と同じように、いや、他の生徒以上に厳しくするように」
「…………」


深々と頭を下げるルビアス王女と、その横に立つグロム様。なんでこんな事になっているのか理解出来ず、俺はただ固まっていた。模擬戦が終わった後、俺だけグロム様の控え室に移るように言われて一時間ほどが経過した頃、戻ってきたグロム様は戸惑う俺に会議で決まった内容を語り、こちらの了解も取らずに弟子を押し付けてきたんだ。


「えっと……弟子……ですか?」
「そうだ。君には教官の仕事の傍ら、王女に対して特別な訓練を施して欲しい。目的は我が国の代表となる勇者の育成だ。やりがいがあるだろう?」
「こ、断るのは……」
「もちろん駄目だ。これは君を勇者候補として王都へ移さないための妥協案だからな。断った場合は君が王都に残ることになる。そんなのは嫌なんだろう?」


頭が痛くなってきた。確かに取り込まれるのはご免だけど、王女を勇者に仕立て上げるとか、更に難易度の高い仕事を押し付けられたような気がする。それに勇者にしろとか簡単に言うけど、どの程度まで鍛えれば良いのか見当もつかない。勇者ってものの基準が明確じゃないんだよな。


「鍛えると言っても、訓練所の上級コースを全部終わらせる程度で良いんですか? ひょっとしてそれ以上まで?」
「もちろん他と同じでは意味が無い。君と同じ……とは言わないまでも、近い実力に引き上げて貰えれば、勇者として名乗ることに何の問題も無いだろう」


簡単に言ってくれる。俺は多くの神の加護を持っている上に、子供の頃から異常な訓練を繰り返してきたから今の強さがあるんであって、普通の人間を俺ぐらい強くしようと思ったら、それこそ一生かかるかも知れないんだぞ。何十年と血の滲むような修行をして、それでもたどり着けるか解らない境地なんだ。才能と努力と時間と加護。最低限その四つが揃っていなければ、いくら鍛えても時間の無駄になってしまう。


「無茶を言っているのは解っている。しかし師匠、無理を承知でお願いする。私を誰よりも強く鍛えてくれ!」


再び頭を下げるルビアス王女を、俺は複雑な表情で彼女を見つめていた。勇者になりたがる彼女の心理がさっぱり理解出来ない。わざわざ勇者候補になんかならなくても、王女様なら一生お城で平和に生活出来るんじゃ無いのか? 何で命の危険を冒してまで無茶な修行をやろうとしているんだろう?


「理由を……教えてもらっていいですか? なぜ強くなりたいんです? 勇者になって魔王を倒し、名声を得るためですか?」


俺の言葉に何か言いかけたグロム様をルビアス王女が制止する。彼女は少し自嘲しながら俺に答えた。


「そんな大それた望みはないんだ。これはただの……保身に過ぎない。王位継承権の低い第三王女が誰の道具にもならず、一人で生きていくための力が欲しいんだ」
「それはどう言う……?」
「私から話そう。ラピス君」


言い辛そうにしているルビアス王女に変わって、グロム様が説明してくれた話は、王女の状況や辿るはずの未来についての内容だった。女という不利な立場。政治の道具にしかなれない自分。どんなにあがこうと、自分の力ではどうしようもない『王家』と言う名の伝統。そこから脱出出来る唯一の方法である、勇者候補。その全てをだ。


「そんな理由があったんですか……」


思った以上に重い話に、俺は知らずため息を吐いていた。貴族という特殊な社会が、人の欲望や恨み、無念といった負の感情で動いているのは、昔の経験から俺にだって解る。でも俺が彼等と接したのは一時的なものでしかなく、ルビアス王女のように自分の意思を無視して未来を決められるほどじゃなかった。それに俺には王女と違い嫌になれば逃げ出す力があった。暗殺者を差し向けられようとも簡単に返り討ちにできる力があった。でも王女は? 多少鍛えていたところで、そんなもので抗えるほど貴族社会はヤワじゃない。このまま俺が断ったら、たぶん彼女に明るい未来はない。グロム様の言うように政治の道具で一生を終えるはずだ。


チラリと視線をルビアス王女に向けると、彼女は緊張した面持ちで俺のことをジッと見ていた。自覚がないのか、その体は少し震えていて、怯えているようにも見える。そんな彼女が少し前のカリンと重なって見え、思わずポリポリと頭を掻いた。どうも俺は泣きそうな女の子に弱いらしい。


「……わかりました。引き受けますよ。そんな事情があるなら断れないし」
「本当か!? ありがとう! ありがとう師匠!」


俺の手を握ってしきりに感謝するルビアス王女を眺めながら、俺は彼女をどう鍛えるか、密かに頭を悩ませていた。


§ § §


ルビアス王女――いや、もう弟子扱いだからルビアスで良いか。めでたく? 俺の弟子になったルビアスを連れて、俺とグロム様の一行はスーフォアの街に戻ってきていた。道中剣の稽古をねだられて何度となく相手をし、暇を持て余すことだけは回避できたけど、正直彼女の熱意に終始押され気味だったので、無駄に疲れることになってしまった。


ルビアスが王都を離れる時、特に見送りなどは無く、荷物も最小限度のものだけだった。剣と鎧、そして僅かばかりの資金。それが彼女の全てだ。しかしそこは流石に王族、彼女には身の回りを世話するメイドが一人、同行することになっていた。そのメイドの名はセピア。ルビアスが子供の頃から彼女の専属を務めているベテランメイドだ。歳は今年で三十ちょうど。茶色い髪を肩口で一つに纏め、テキパキと動く仕事の出来る女性だ。彼女は何も言われなくてもルビアスが次にどう動くのかを予想できているらしく、常に先回りして動いている印象がある。そんなセピアを連れてスーフォアの街までやって来たルビアスは、一時的にグロム様の城に住むことになったらしい。まぁ、弟子扱いとは言え、一国の王女を安宿とかそこらの民家に泊めるわけにはいかないだろうし、これは当然の処置だと思う。ルビアス本人が特別扱いを嫌ったとしても、王がそれを許さないだろうし。


彼女が一人暮らしを許されるのは俺が実力を認めてからと言う事になった。つまり、自分で暗殺者を撃退できる腕になり、金を稼いで生活出来るようになるまでは、ずっと城の中での生活だ。城に滞在する間は衣食住を全てグロム様が面倒見ることになるので、ルビアスは修行だけに集中できる環境が整う。その分成長は早いだろうから、案外自立できるのは早いかも知れない。


「とりあえずルビアスは明日から訓練所に通うように。ちょうど俺も訓練所に出勤することになっているし、他の人に紹介がてら軽めの訓練を始めよう」
「はい! よろしくお願いします、師匠!」
「……呼び方は師匠に固定されたのね……」


他の柔らかい呼び方を提案したものの、ルビアスが頑として譲らなかったので、結局俺は師匠と言うちょっと恥ずかしい呼ばれ方をするようになってしまった。久しぶりに再会したカリンとシエルの二人にルビアスの事を話すと、彼女達はルビアスの弟子入りを自分のことのように喜んでくれた。


「王族の師匠になったら、ラピスちゃんの評判は国内だけに留まらないよね」
「しかもほとんど専属でしょう? 大出世ね!」
「ありがと……。そのルビアスについて少し相談があるんだけど、彼女をしばらく鍛えた後、二人とも一緒に何かの討伐依頼をうけてやってくれない?」
「どういう事?」


全くの素人と違い、ルビアスは王城の中である程度の鍛錬は積んできているし、訓練所に通うことである程度の実力をつけるのに時間はかからない。でも彼女には決定的に足りないものがある。それが実戦経験だ。命のやり取りと言うのは想像を絶するほど精神的にも肉体的にも負担がかかるので、訓練通りに体が動かせるとは限らない。仮に試合でだけ最強になったとしても、実戦では数段腕の劣る相手にあっさり殺されることもある。それを回避するためには、精神的な訓練を積むしかない。つまりは魔物との殺し合い――実戦だ。カリンとシエルの二人がいれば大体の魔物は討伐できるので、新人のルビアスの補佐には打って付けだろう。


「どのみち魔境に入ろうと思ったら野宿もしなくちゃいけなくなるし、魔物との戦いは避けられない。冒険者としてのあり方や生き残り方を二人から教えてやって欲しいんだ」
「良いわよ。私も王女様には興味あるし」
「お安いご用ね。私達も日々成長してるし、ひょっとしたら強くなった王女様とパーティーを組んで、そのまま魔王討伐しちゃうかもよ」
「あはは……お手柔らかに頼むね」


これで二人の了解は取れた。後は俺がルビアスを鍛え上げるだけだ。


§ § §


――セピア視点


私はセピア。姫様専属のメイドを始めてから今年でちょうど十五年になります。姫様は幼い頃からお転婆で、花や動物と戯れるよりも木刀を振り回すことに熱中する、ちょっと変わったお子様でした。そんな姫様が淑女となるべく厳しい教育を受けた貴族の令嬢方と馬が合うはずも無く、親しくする友人も出来ないので、姫様はますます剣や魔法にのめり込んでいったのです。


最初は子供の遊び程度から始まったものが自分の護衛相手の模擬試合に変わり、騎士団に混じって本格的な訓練に至るまで、それほど時間を必要としませんでした。勉強が優先で体を動かすことを嫌うスティード様達と違い、姫様にはもともと才能もあったのでしょう。剣の腕も魔法の知識も、周囲が目を丸くするほど貪欲に吸収していきました。


しかしある時から姫様はお悩みになっているご様子でした。なんとなくですが、私にはその理由が想像出来たのです。城内の強者とはある程度模擬戦を繰り返し、そこそこの戦績を残すようになった姫様ですが、成長が頭打ちになっていました。同じ事の繰り返しである程度の技量まで引き上げられるのは、剣に限らずあらゆる分野で共通の事でしょうけど、訓練だけでは得られない経験があるのも、また共通の事でしょう。


そこに現れたのがラピス様です。私も姫様と一緒に彼女が戦う様子を見ていましたが、ただただ目の前の出来事が信じられませんでした。我が国の強者達をまるで赤子の手を捻るように次々と倒したのに、息一つ乱していなかったのですから。となりに立つ姫様が、まるで神でも拝むように熱心な目で見ていたのが印象的でした。部屋に戻るなり姫様は高らかに宣言しました。


「セピア! 私はあの方の下に弟子入りするぞ!」
「姫様……また何を言い出すのですか?」


私は呆れたように頭を振りますが、姫様は気にもしていないのか、いかにラピス様が素晴らしいかを熱弁しています。姫様が突拍子もない事を言い出すのはこれが初めてじゃありません。魔物の解体をしたいから冒険者から魔物の死体を買い取ってくれだとか、水の中で呼吸をする魔法を試したいと言って溺れかけたりだとか、子供の頃から無茶なことばかりなさる方なのです。その上、今度はあんな人間離れした方に弟子入りですか? そんな事、陛下がお許しになるはずがないじゃありませんか。


大事な娘を過酷な環境に追いやるはずがない――そう思っていた私の予想は、見事に外れることになったのです。模擬戦の後、姫様は普段参加しない会議に参加したかと思ったら、なんと見事に弟子入りの許可をもらってきたのですから。


「と言うわけでセピア。私はこれから城を出てグロム殿の街に滞在することになる。荷造りの準備を手伝ってくれ」
「それは構いませんが……姫様。街には誰をお連れになるご予定ですか?」
「修行のために滞在するのだから、もちろん街に行くのは私一人だけだ。誰も連れて行く気は無い」


私は目の前が真っ暗になる感覚に襲われ、思わずテーブルに突っ伏すところでした。仮にも王女たる者が、供も連れずに一人で修行の旅に出る? 世間知らずの姫様を一人で城の外に出すなど、飢えた魔物の前に健康でまるまると太った幼子を差し出すようなものです。そんなこと、絶対に見過ごすわけにはまいりません!


「姫様!」
「な、なんだ急に? 大きな声を出して……」


私の気迫に押されたのか、姫様がジリジリと後退しようとしましたが、私は素早く姫様の両手を握りしめてそれを阻止します。


「どうか、どうか私に身の回りのお世話だけでもさせてください。姫様一人を城の外に出すなど危険すぎます!」
「いや……しかしだな。修行のためなんだから一人で何でも出来るようにならなければ……」
「それでもです! いくら修行すると言っても、いきなり何でも出来るようになるわけではありませんよね? なら自分で出来るようになるまでの僅かな時間で構いません! どうか私を姫様の側で働かせてください! お願いします!」
「セピア……」


子供の頃から見守り続けてきた姫様。こんな事を言うと身の程知らずと罵られそうですが、私は姫様を実の妹か娘のように思っているのです。そんな大事な方が見え見えの危険に飛び込もうとしている時に、何もせずにはいられません。深々と頭を下げたまま微動だにしない私に根負けしたのか、姫様と深くため息を吐いた後、私の同行を認めてくださいました。


「……わかった。同行を許可する。確かにお前の言うとおり、私は現時点で何も出来ない世間知らずだからな。お前の手助けがあると心強い。師匠には私から説明しておこう」
「ありがとうございます、姫様!」
「まあ……なんだ。本当は私もお前と離れるのが寂しいからな。着いて来てくれると嬉しい」
「……!」


姫様は突拍子もない事をいつも口にされますが、こちらが感動するようなことを言うのも突然なのです。姫様の温かい心遣いに胸が熱くなります。姫様。ルビアス様。微力ながらこのセピア、いつか姫様が勇者となられるその時まで、全身全霊をもってお仕えさせていただきます。

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