勇者のやり直し~世界を救った勇者は美少女に生まれ変わる

小林誉

第21話 謁見

俺は今、スーフォアの街の領主であるグロム様と一緒に、豪華な馬車に乗って一路王都を目指していた。馬車の中には俺達二人の他にグロム様の護衛である騎士が二名と、彼の補佐役と思われる文官が一名、計五名が同乗していた。もちろん領主の移動がこれだけの護衛で済むはずがなく、この馬車の前後に騎士を乗せた小型の馬車が守りを固めている。


なんでこんな事になっているのか?  それは先日、王都からの召喚命令が届いたからだ。なんと公王陛下直々の呼び出してあるため、俺とグロム様に拒否権などあるはずもなく、急遽予定を変更して王都へ出発することになった。おかげで受け付けや訓練所のシフトが大幅に狂い、多くの受講生から不満の声が上がったらしい。俺だって文句の一つも言いたいけど立場的にそれは許されない。嫌でも行くしか選択肢がなかった。


(次の休みは二人と遊びに行く約束してたのにな……)


俺が王都に行くことになったと告げた途端、カリンとシエルの二人は目を丸くして驚いていたっけ。話をもらった時の状況を、何となく思い返してみる。


§ § §


「王様から呼び出し!? 凄いじゃないラピスちゃん!」
「そうよ! これってラピスちゃんの活躍が目にとまったって事でしょ!? 王様自らご褒美をくれるに決まってるわ!」


呼び出された当人をそっちのけでなぜか盛り上がりまくる二人。その興奮する様子に、俺は呆気にとられるだけだ。


「二人とも落ち着いて。呼び出された理由が何かわからないんだから、ご褒美が貰えるとは限らないよ」
「でも、理由も無しに呼び出すことなんてないでしょ?」
「そうよ。悪いことなんかしてないんだし、きっとリッチを倒した話や、訓練所での活躍が王様の耳に入ったのよ。それ以外考えられないわ」


楽観的な二人と違って、俺は今回のことを重く受け止めていた。三百年前に魔王を倒した程じゃないけど、最近の俺は少々目立つ行動を取り過ぎたと思っている。それ自体は色々と必要だったり、不可抗力だったりと理由はあるから仕方なかったけど、人の注目を集める以外の方法があったんじゃないかって、多少後悔している面はある。


「お土産頼むわね!」
「期待してるから!」


§ § §


「ラピス君。どうかしたのかい?」
「え? いえ、何でもありません」


笑顔で送り出してくれた二人の顔を思い浮かべ、俺は知らずに苦笑していたらしい。怪訝な目を向けてくる護衛達を愛想笑いで誤魔化す。この馬車での旅もそろそろ一週間以上が経った。スーフォアの街から王都までは結構距離があって、早足の乗合馬車でなら一週間、普通の馬車ならその数日遅れで、護衛を引き連れているこの馬車なら二週間はかかる予定だ。補給で行く先々の村や街に滞在する必要がある上に、滞在先の領主にも顔を合わせるので、思った以上に時間がかかっている。


軽い食事会にグロム様や護衛達だけが参加するなら気楽で良いんだけど、なぜか俺まで参加を命じられているので、道中でも気が休まる暇がない。王族と面会するために急遽グロム様が用意してくれたドレス風の礼服にも、いい加減慣れてしまった。


「国王陛下からの呼び出しだが……」


俺が退屈していると思って気を遣ってくれたのか、グロム様が話しかけてくる。


「君は何が理由だと思う?」
「……リッチを倒した事が原因でしょうか?」
「その可能性が一番高いね。単独でリッチを倒す英傑など、王都の騎士団にすら存在しないはずだ。私が陛下の立場なら、自分の近くに取り込んでおきたいと考えるだろう」


やっぱりそうなるよな。面倒くさい事になってきた。もし王都に留まれとか言われたらどうしよう? 家を買ったばかりだし、仕事にも恵まれているし、今更あの街を離れたくない。何よりあの街にはカリンとシエルの二人が居る。彼女達と離れてまた一から人間関係を築くくらいなら、昔のように山の中に引っ込んでいた方がマシだ。


「その場合、王都に移るように命令されたら断れませんか?」
「……難しいだろうな。王政である我が国において、陛下は絶対権力者だ。その命令を断った場合は、色々と不都合な面が出てくるに違いない。住みにくくなるのは確実だろうね」


無理か~……。ああ、憂鬱だ。なんで人助けをしてこんな目に合わなきゃいけないんだ。いっそ王様が腹でも壊して、今回の話を無かったことにしてくれれば一番なのに。落ち込む様子を見るに見かねたのか、グロム様は言葉を続ける。


「しかしまぁ……、それも交渉次第だと思うよ。君を取り込む前提で話をさせてもらうと、陛下だって君の不興を買いたくはないだろうから、あまり無理強いはしてこないんじゃないか? 王都に移るのを断る代わりに、何かしらの条件提示をこちらからしてみてはどうだろうか? それなら少し希望が持てるだろう?」
「なるほど……確かにそうですね……」


要は言われっぱなしでいる必要は無いって事か。交渉するって選択肢が最初から頭になかった俺にとって、グロム様の言葉は目から鱗が落ちる思いだった。そう思えるようになったら現金なもので、俺は残りの道程を比較的気楽に過ごすことが出来た。


§ § §


王都には研修で訪れたことがあるので、今更新鮮味を感じることはない。相変わらずゴチャゴチャして落ち着かない街だという意外、特に感想はなかった。普段通りを行き交う活気に溢れた人々も、貴族の馬車が通るとなれば話は別だ。通りの両端に急いで別れて、馬車が通り過ぎるのを待っている。後ろの窓からチラリと覗くと、やり過ごした人々が再び活発に動き始めていた。やっぱり都会の人間は田舎と違って元気があるな。


王城に入るには二度、門をくぐる必要がある。跳ね橋前を一回、跳ね橋を渡ってからが一回だ。それぞれの両脇に兵士詰め所があって厳重な警戒がされているので、無法者が強行突破するのはかなり難しいはずだ。グロム様の一行は流石に貴族だけあって、馬車の中を隅から隅まで調べられるようなことはなかった。一度城に入ってしまえば、後は言われるがまま行動するだけだ。護衛の騎士はグロム様の護衛と手荷物を運ぶ班に分かれて、乗ってきた馬車は城に勤める下働きの男達が預かって何処かに連れて行った。たぶん馬と馬車を別々にし、馬に飼い葉と水を与えるつもりなんだろう。


俺とグロム様は城の文官に案内されて、奥へと続く長い廊下を歩いていく。初めて入った城は大きく、廊下一つとってもグロム様の城とは比較にならない大きさだ。これなら大人が五人、横に並んで歩いてもまだ余裕があると思う。


(城の作り自体はあまり変化がないんだな)


視線を四方に飛ばしながら城内を隈無く観察してみたところ、三百年前の城と大きく変わるところはない。この城自体が長く使われているのか、それとも三百年経っても建築技術がそれほど進歩していないのかの区別はつかなかった。


城に着いたからと言って、すぐ王様と面会できるわけじゃない。順番待ちもあるし、何より俺達が着替える必要がある。なので最初に案内されたのは、身分に応じた控え室だ。グロム様と騎士は大部屋に、女性である俺は別室で着替える事になった。着慣れたドレス風礼服に四苦八苦しながら腕を通し、鏡でおかしな所はないか入念に確認する。宴に出席するわけじゃないので装飾品の類いは皆無だ。


「よし」


おかしくはない……はず。昔参加した晩餐会でも、身分の低い女の子の礼服はこんな感じだったと思う。予想以上に時間がかかったので慌てて部屋を出ると、既に準備を終えたグロム様達が待っていた。


「お待たせして申し訳ありません」
「なに、女性の支度に時間がかかるのは当然だからね。気にしていないよ。それにしても……やっぱり似合っているね」
「……恐縮です」


もう何度も目にしているはずなのに、改めて感心したように目を見張るグロム様。貴族である彼にそう言われるって事は、どうやらそれなりの見栄えになっているようだ。とりあえず一安心だな。合流した俺達は、再びさっきの文官に案内されて城内を進んでいく。時折すれ違う騎士や貴族が興味深そうに目を向けてきたけど、その度に会釈してやり過ごした。


「こちらです」


長い廊下の突き当たり、美しい装飾の施された巨大な両開きの扉の前には、屈強な騎士が目を光らせていた。文官を先頭に歩いてくる俺達一行を目にしたその騎士達は、何も言わずに力を込めて扉を開いていく。籠城した場合最後の守りになる役目を負っているだけあって、扉はかなり重そうだ。しかし軋んだ音一つ立てないのは、よく整備されている証拠なんだろう。


前に進むよう文官に促されたグロム様は一つ頷き、堂々とした足取りで中に入って行く。置いて行かれないように目線を伏せながら慌てて後を追うと、そこでは多くの人が俺達を待ち構えていた。


謁見の間の扉から少し進むと、豪華な赤絨毯が真っ直ぐ奥へ伸びていて、その左右にはこの国の重鎮達と思われる人々が並ぶように立っていた。その多くは貴族らしく、城内ですれ違ってきた人々に比べても、かなり立派な服に身を包んでいる。そして数は少ないものの、そんな彼等に混じっているのは武装した騎士だ。それもただの騎士ではない。一般の騎士とは細部が違った装備から見ると、たぶん階級が上の方にある人間なんだろう。


そしてそんな彼等の先、正面にある数段高い位置には豪華な玉座が二つあり、一つに王様、一つに王妃様が腰掛けている。二人の左右には侍従が一人と、護衛の騎士が数名。これだけの人間がこちらを凝視してくるのだから、流石に少しプレッシャーを感じてしまう。しかしグロム様は慣れているのか、特に気にした様子もなく王様に近づいていき、ある程度の距離で立ち止まると、その場に片膝をついた。俺や護衛も慌てて彼に倣う。


「陛下、スーフォアの領主グロム、召喚に従い参上致しました」
「うむ。大義である」


鷹揚に頷く王――ルドウィン陛下。横に座る王妃様は和やかに微笑みを湛えているものの、声をかけてくる事は無い。


「本日其方等を呼び出したのは他でもない。リッチを首魁とする魔物の氾濫、及びレブル帝国勇者の件を、当人の口から詳しく聞きたいと思ってな」


やっぱりそれか。当たって欲しくない予想が当たってしまった。内心苦虫を噛み潰す思いの俺を余所に、冷静な態度を崩さないグロム様は、一連の事件の経緯を事細かく語っていく。事件のあらましを知っているルドウィン陛下はともかく、何も聞かされていなかった貴族や騎士達は、苦笑しながらグロム様の話を聞いていた。俺がリッチやレブル帝国の勇者を倒した事を全く信じていないんだろう。普通なら笑われたことに怒る場面かも知れないけど、この外見だから侮られるのも当然かと、別に怒る気にもならない。


「――以上が、私の知るうる限りの情報です」
「ふむ……それで、その方がラピスか」
「さようでございます、陛下」


顔を上げてそう返事をすると、周囲がザワザワと騒がしくなった。今まで失笑していた貴族達が好奇の目でこちらを見る。ルドウィン陛下は少し眉を上げただけだ。


「噂通り美しい娘だな。本当に其方がリッチを倒したのか?」
「はい。事実です」


途端に今まで以上に騒がしくなった。


「あのような娘がリッチを倒せるはずがない!」
「グロム殿はあの歳で耄碌されたか」
「いや、事実であれば新たな英雄の誕生だ」
「それよりあの美しさ。平民にしておくのは勿体ない」


王の御前だというのに、遠慮の欠片もなく言いたい放題だ。ルドウィン陛下自身はある程度そんな反応が予想できていたのか、特に止めずに好きにやらせていたけど、それを黙らせる人物が現れた。


「父上! このような小娘の戯れ言、信じるに値しません!」


そう言って飛び出してきたのは、十代後半ぐらいに見える男だった。陛下の事を父上と呼んだところから考えると、この国の王子なんだろう。父親譲りの銀髪と、周囲より頭一つ高い長身に、気の強さを感じさせる意思の籠もったつり上がり気味の目。体もそこそこ鍛えているのか、立ち居振る舞いが洗練されていた。


「スティードよ。今はお前の意見を聞いていない。下がっておれ」
「いいえ父上、黙りません! そこのラピスなる娘、どうせありもしない実績を元に、褒美をだまし取ろうという魂胆に違いありません! 騙されてはなりませんぞ!」


酷い言われようだ。褒美をだまし取るも何も、リッチの件も勇者の件も、俺が宣伝したわけじゃない。全部知らない間に話が出回ってただけじゃないか。


「実際に倒す場面を多くの兵や間諜が目撃しておる。お前はその者等の目が信じられぬと言うのか?」
「戦場の熱気にやられ、頭が浮かれていたんでしょう。興奮した人間なら幻覚を見ても不思議ではありません!」


唐突に始まった親子喧嘩。周囲の貴族や騎士は我関せずと言った態度だけど、その目は良い娯楽を見つけたとばかりに爛々と輝いている。グロム様は無言のまま反応もないし、王妃様に至っては相変わらず微笑んでいるだけだ。来たくもないのに呼び出された挙げ句、言いがかりを吹っかけられて大勢の前で詐欺師呼ばわりだ。いい加減帰りたくなってきた。そんな中、しらけた目で目の前のやり取りを見ている俺と、スティードと呼ばれる王子様の目が合った途端、今度はこっちに矛先が向いたようだ。


「なんだその目は! 私を馬鹿にしているのか!?」
「え? いえ、別に……」


何なのコイツは。馬鹿だと思ってたのは当たってるけど、こんな喧嘩っ早い奴が王子って、この国大丈夫なんだろうか? つかつかと詰め寄って来たスティードが呆気にとられる俺に手を伸ばそうとしたその時、ルドウィン陛下の一喝が謁見の間に響き渡った。


「よさぬか!」


ビクリ――と、伸びてきたスティード腕が止まる。やはりこれだけ高圧的な人間でも、国王に怒られるのは怖いらしい。


「平伏する婦女子に手を出そうなど、それが王族たる者の振る舞いか! 恥を知れ!」
「し、しかし父上――」
「黙れと言ったぞ! 下がっておれ!」


怒鳴られたスティードは、ギリッと鳴るほど歯を食いしばり、憎々しげな目で俺を睨み付けてから元の位置に戻った。今まで騒いでいた連中も、国王の勘気に触れてはたまらないと思ったのか、一斉に口をつぐんでしまった。そんな静まりかえった謁見の間で、ルドウィン陛下の声だけが静かに響く。


「とは言うものの、スティードのようにラピスの実力を疑っている者は多いだろう。ワシはグロムが嘘を言っているとは思わぬがな。そこでだ。ラピスよ、少し其方の実力を披露しては貰えぬか?」
「は、はい? 実力ですか?」
「なに、難しい事ではない。不満を持つ者達の中から数名代表者を選び、城の広場で模擬戦を行うだけだ。報告書通りの腕前なら、簡単な事であろう?」


面倒なことになった。今でも目立っているのに、この上衆人環視の下で戦いを披露するなんて、ろくな結果にならないような気がする。何とか回避する方法ってないのかな? 俺が助けを求めるようにグロム様に目を向けると、彼は解っているとばかりに静かに頷いた。やった! 通じてる! 流石は我等が領主様!


「問題ありません陛下。このラピスなら、並み居る騎士など束になっても敵わないでしょう」
「な!?」
「何を! 我が騎士団を愚弄するか!」
「ふざけおって! 目にもの見せてくれるわ!」


通じてない! 全然通じてなかったよ! 意思疎通が出来てると思ってたのに、完全に俺の一方通行だったみたいだ。しかも断るどころか挑発してるし。ああ、今の一言で回りの騎士連中が完全にやる気になってるじゃないか。


謁見の間は物々しい雰囲気に包まれ、もはや断ることの出来ない状況になっている。グロム様……恨みますよ。

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